323)音便する地名 | 峠を越えたい

峠を越えたい

戻るより未だ見ぬ向こうへ

 衆議院議員補欠選挙立候補者の演説の中で「まっとうな政治」なる言葉が繰り返し出てきた際、「まっとう」は漢字でどう書くんだろうと辞書を引いたところ、「真っ当」とか「全」が使われるようですが、もう一つ「まつとう」とばかり思っている「まっとう(松任)」が現れて、認識を新たにしました。知らないと知らないものです。『コンサイス地名辞典』(三省堂、1975)から、「まっとう-し 松任市」を読みます。

 始まりが少し足りなくて、“石川県中部、金沢(かなざわ)平野中央部にある都市、(面)59.8㎢(人)32,129(交)北陸本線松任駅|1954(昭29).11.3松任町と………”に続いて上記引用文です。市町村合併により現在は白山市であり、番地名には「松任」は残っていないようです。松任文化会館のメールアドレスが「mattobunka@………」です。

 思わぬ情報を得ました。加賀の千代女の生地だそうです。江戸時代の前半から半ばの人とは知らず、江戸の終わりから明治の人だなんて漠然と考えていました。白山市の「市の花」は朝顔です(『加賀の千代女』Wiki.)。「千代女あさがおまつり」が毎年開かれます。「井の端の桜危うし酒の酔い」は、その作者と勘違いしていた加賀の千代女とは全く関係なく、本当の句は「井戸端の桜あぶなし酒の酔」であり、同時代に活躍した矢張女性の「菊后亭秋色」に成る俳句だそうです。「元禄の四俳女」のひとりと正岡子規に評されました(『インターネット俳句』より)。もしかしたらこの4人の中に含まれているため混同したのかと期待しましたが、その4人とは智月尼、田捨女、斯波園女、秋色女(菊后亭秋色)とされ(『「俳句百人一句」ブログ』の「江戸時代前期の四俳女」、アメーバブログより)、当てが外れました。この4人は17世紀の前半乃至は半ば過ぎに生まれた女性達で、加賀の千代女は18世紀の始め生まれで、世代が少し後でした。

 「まっとう」の由来を『松任市』(Wiki.)にて見付けました

 “「松木氏に任せる」というのが地名の由来。

本来「まつとう」と読むが、音便で「まっとう」となった。JR松任駅も「まっとう」と読み、公式ホームページでも「MATTO」と表記されている。”。

 「松木氏」とは? 町名で「松本町」があるものの、松木町はありません。なお、「白山市白山町」は「はくさんししらやままち」と読みます。ユーミンは「まつとうや・ゆみ」ですね。鎌倉時代初期に築造された「松任城(まっとうじょう)」は松任範光の手になるということで(『松任城』Wiki.)、現在松任城址公園が存在します。この地名(or名前)はかなり昔からあるんですね。しかし語源が掴めません。発音しやすいように変化したものであるからには、音便はしてもしなくても良いでしょうから、主にどちらを発音しているかであって、本来ならばどちらも可としたいところです。

 さて、名詞の促音便と言いましょうか、その例は沢山あります。次に挙げたいのは「あっけし(厚岸)」。私には長く「あつけし」でした。語源については『厚岸町』(Wiki.)が詳しいです。

 “厚岸町(あっけしちょう)は、北海道釧路総合振興局にある

    町名の由来[編集]

 町名の由来は諸説あるが、いずれもアイヌ語に基づいている。有力な説は市街地の西にある現在のアツケシ沼でアットウシの原料となるオヒョウニレの皮を剥いだことに由来する「アッケウシイ(at-ke-us-i)」(オヒョウニレの皮・剥ぐ・いつもする・所)、あるいは「アッケシト(at-kes-to)」〔オヒョウニレ・下の・沼〕から転じたものとされている[2]

このほか、アイヌ研究家のジョン・バチェラーが、「アッケシ[注 1]」をカキの意とする説を挙げているが[2][3]、町史では「一単語、一固有名詞が地名に転化する例はほとんど見あたらない、この説を採用したのは、厚岸のカキを宣伝するために用いたのではないだろうか」として否定している[2]”。

 「あっけしちょう」ですが、「アツケシ沼」となっています。『伊能図大全』(河出書房新社、渡辺一郎監修、2013)の「伊能中図」より、

 「アツケシトー」と書かれ、「ッ」ではありません。でもこれは区別できません。同地図では「おしゃまんべ」が「ヲシヤマンベ」と書かれています。小学校総復習社会科地図帳が「あっけし」、「JTB時刻表」も「あっけし」、コンサイス地名辞典だけが「あつけし」。よって、促音便で発音することにします。

 2つ調べてはや食傷なので、後は促音便地名例を羅列します。幸手(埼玉県)、札幌、知手(しって、茨城県神栖市)、摂津国、栗東(りっとう、滋賀県)、日暮里、甲子温泉(福島県)、薩<土垂>峠(さったとうげ、静岡県)、日原鍾乳洞(東京都)、六甲山。

 地名の撥音便例はどうでしょうか。神田、富田林(大阪府)、蒲原(静岡県)、金成(かんなり、宮城県)など。そうだ、「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」(芭蕉)では「やみて」が撥音便して「やんで」でしょう。

 音便に関わってもう一つ。「さいたま 埼玉」(コンサイス地名辞典、三省堂、1975)の上半分より、

 古くは「さきたま」と呼ばれていたので、「い」音便例として良いでしょうか。埼玉古墳群の一つ、稲荷山古墳から出土した鉄剣には漢字が刻まれていて、5世紀後半についての僅かな情報を伝えてくれる貴重な史料です。日本史では書かれていない教科書はありません。この古墳群は「さきたま」古墳群です。

 このままでは一つ抜けていて気になります。「下総」国の読み、「しもうさ」は「しもふさ」のウ音便でしょうか。また音便と言えるか、言えないか、「かめいど(亀戸)」をネイティブは「かめえど(かめーど)」とも発音します。