302)「不思議な胸の高鳴り」を浅草で | 峠を越えたい

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戻るより未だ見ぬ向こうへ

 浅草駅の駅舎内に見る、とある醤油屋さんの宣伝看板を撮影して帰宅した3日後に、夕飯を食べた「魚べい」で同社の醤油ボトルに出会いました。てっきりキッコーマンかヤマサとばかり思っていたボトルに「正田醤油」と書かれていて驚きました、なんて言ったら失礼ですね。では浅草駅の景色の一部を。

 東武浅草駅の改札を出て前方の階段を降りれば、地下鉄銀座線に乗り換えたり仲見世に向かったり出来ます。記憶が定かであれば、脇にエスカレーターの無い遠い昔からこの宣伝看板は存在します。何故ここに。本社のある群馬県館林市には東武伊勢崎線館林駅があるからと言えば当たっていましょうか。この醤油屋さんは美智子上皇后さまの実家であることを伝えたかったので、一度写真を撮ろうと思っていました。そんなこと知っているよ、と即座に言う方はかなりの年配でしょうか。

 スペーシアXに初めて乗りました。ホームに入ってくる雄姿です。

 

 浅草まで凡そ1時間半。中は素晴らしく綺麗ですが窓は細かく区切られていて、その分では「リバティー」の方が景色はよく見えます。でも、座席をスタンダードシートにしたからかも知れない。プレミアムシートにすれば窓は広いのかも知れません。その他もっと贅沢なコックピットラウンジ、ボックスシート、コンパートメント、コックピットスイートなどもあるらしいですが、今のところ手が出ません。スタンダードシートでさえリバティーや普通のスペーシアよりも3,400円割高です。だのに、プレミアムシートはほぼ満員で、スタンダードシートは窓側が大体埋まる程度のガラガラでした。車内販売は来たらず、とがっかりしたところ、浅草駅で高級な方の車両にアテンダントと思しき女性を認めました。

 東武電車が隅田川を渡る橋の少し下方脇に設えられた歩道橋は「すみだリバーウォーク」と名乗っています。電車と一緒にひとも渡れるとは知りませんでした。ちょうど上を通って行く時はガタンガタンのうるさいこともありますが。

 下が板敷きのリバーウォークで、上に東武線の線路が通り、ちょうど通過していく電車は「りょうもう」号と思われます。今は「リバティりょうもう」号もあるんですね。リバーウォークを渡ってスカイツリー側で降りて、隅田川を少し下るとアサヒビール泡ビルの手前に勝海舟の銅像があります。

 今回も登場する「花川戸」という地名に華やかさを感じるのは、歌舞伎に登場する「花川戸助六」のイメージと言葉の響きも相まってのことでしょうか。この辺りは靴や草履などの履物屋さんが多いと聞いています。通りかかった路地で撮ったものです。

 ここは花川戸1丁目でした。花川戸の区域はどの範囲でしょう。

 ネットに台東区の町区域のシンプルな地図が載っていました。台東区花川戸(1,2丁目)と呼ばれていますが、台東区浅草花川戸と言うのかと思っていました。更にMapionの地図を。

 上下の地図を見比べてみると、「言問橋西」、「馬道」、「二天門」、浅草駅、「東参道」を結んだ羽子板状の区域が花川戸でしょう。隅田川に沿った東の境目以外は台東区浅草(と雷門)に取り囲まれています。想像するところ、「浅草…町目」に入るのを嫌い、「花川戸」を残したかったのでは。だとしたら「浅草花川戸」がbetterでしたか。ん、そうすると或る期待が膨らみます。東武浅草駅の住所は? 東京都台東区花川戸1-4-1。何だか気分良好です。『コンサイス地名辞典―日本編―』(三省堂、1975)に項目が載っています。

 江戸時代に訪ねても雪駄や下駄や草履は買えませんか。「助六」の歌碑を見忘れました。「助六通り」があるんですよ。いや、「助六夢通り」とは考えました。浅草駅を東に出ると目の前に走っている広い道路(国道6号線、江戸通り)を突っ切って更に進めば隅田川に行き当たりますが、その隅田川と広い道路に挟まれた、平行する細い道路がそう呼ばれています。幡随院長兵衛が花川戸に住んでいたそうです。