292)寂しい天城遊歩道 | 峠を越えたい

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戻るより未だ見ぬ向こうへ

 バス停「湯ヶ島」から浄蓮の滝まで歩くことにより、最終的に下田街道を徒歩で繋ぐことが出来ました。今回の区間は「天城遊歩道」と呼ばれているんですね。「踊子歩道」とはその先の浄蓮の滝から旧天城トンネルを越えて湯ヶ野に至る長い長い道のりを指しています。天城街道の道は元々軟弱な道なのか出水が多いためか、崩れてしまう古い道がここかしこに見られる印象があります。414号線もちょくちょく修繕している場所を見るようです。「天城遊歩道」もご多分に漏れずなんていうこともあるのではないか。通行止めで414号線に行き着けない心配がありました。僅か1時間余りの行程であれば、いざとなったら戻ってくるしかないものの、不安な気持ちでいたところ、良い考えが浮かびました。湯ヶ島バス停に夕鶴記念館が建っていて観光案内もしてくれる様だったことを思い出しました(中を見学に入ったことがなくて御免なさい)。思い切って尋ねて浄蓮の滝に至る道を聞きました。丁寧で詳細な説明有難う御座いました。係の女性と男の方とが対応してくれました。地図と所々の写真の載った紙なども頂いて安心感一杯で辞したところ、もう一度呼び止められて、道の分かりづらいところの1ヶ所あることを指摘してくれました。なんとかなりそう。地図を出します。

 上掲の『伊豆半島』(日地出版、1994年)では「天城遊歩道」がしっかり載っていますが、20年経った最近の地図は道路が何とか辿れそうですが、道の名前は書かれていません。頂いた『Welcome To Yugashima Spa! 天城遊歩道』の前半部分を示します。

 本道(414号線)の「湯ヶ島温泉口」バス停を越えて僅かで、右の急坂を下り瑞祥橋を渡って直ぐ左折した地点が歩き始めです。この道標が立っています。

 「左 天城峠遊歩道 至 浄蓮の滝」と読めるのでこの道に間違いありません。道はしっかりしているようです。最初の内に川を渡らないといけません。

 平衡感覚に乏しいと不安ですが、はまっても大したことはないだろうものの、そうなりたくありません。途中に鉄製のはしご段や階段があるのは自然気分を壊しますね。書生や旅芸人一行はまさかこれらを使ったはずがありません。夕鶴記念館の方たちがアドバイスしてくれた一部分かりにくい場所は恐らく地図上の「余市坂」バス停(414号線)の東下方の辺りかと思われました。細い水の流れの右岸を辿っていた足は、道があるようで無いようで行き場を失ってしまいました。でも前方の視野は十分に開けているし、414号線が右岸上方に沿って走っていることから、方向の間違いようはありません。その細い流れを飛び越えねばなりませんでしたが。本道(414)を2度でしたか、突っ切って更に少し本道を登らないと浄蓮の滝まで行けません。

 最初に本道に出くわした時見たバス停です。普段ちょくちょく素通りする「天城山荘」バス停も新鮮に見えます。やっと浄蓮の滝駐車場に辿り着きました、とは嘘です。短くて拍子抜けと言ったところです。バスに揺られての湯ヶ島から浄蓮の滝まではもっと距離が長く感じたような。はて何故か。遊歩道が自動車道を串刺しにしています。歩く道は「つづら折り道路」を短絡できるから、これが一つの要素かも知れません。

 書生さんも脇にいるのに「伊豆の踊子」像とは可哀想です。仕方ありませんか。ここ暫く最近の浄蓮の滝の様子を見ておらず、今回もその気がありません。新天城トンネル、七滝ループ橋、湯ヶ野を経由して河津駅にて伊豆急に乗るため、バスを待っています。

 天城遊歩道はその昔下田街道の一部だったでしょうから、人の行き来は盛んだったはずです。今の様子は途中で道が判然としなかったり、飲食店と思しき水恋鳥広場にある建物が閉じて久しいようあったり、瑞祥橋たもとにある瑞祥閣は営業をしていないようであったり、寂しいです。湯ヶ島温泉は旅館の数が悲しいほど減っています。時々ぽつんぽつんと孤立して存在する宿、殆ど見つけられない土産物屋とか食べ物屋、遊技場。ほろ酔い気分で温泉街をそぞろ歩く楽しさは遙か昔の夢でしょうか。

 さて浄蓮の滝より先は職場のワンダーフォーゲル同好会の仲間たちと二昔前ほどかもっとか、湯ヶ野まで歩きました。踊子歩道のコースタイムを調べると6時間を超えて歩き続けたようですが(途中で昼食休憩はありました)、大勢でわいわいがやがや、ゆったりと景色も堪能する余裕があって歩くとそんな時間を要した記憶や疲れた覚えはありません。距離は18.5㎞だそうです。