「しらかわ」のラーメンを食べた帰り、もう一つのお目当てである「ヤバトン ショップ」の豚まん(170円)とカレーまん(170円)をいただきます。あの「矢場とん矢場町本店」の隣の空き地にできたテイクアウト専門店です。少し小ぶりなので、ラーメンの後ですが、ホカホカの豚まんをぺろりといただきました。中の餡がいままであまり食べたことのないような味で美味しいです。でもやっぱり豚まんは「551蓬莱」がやっぱり一番好きかも。ごちそうさまでした♪

 

ヤバトン ショップ (YABATON SHOP)

名古屋市中区大須

 

今日のお昼は、前から行きたかった大須の「麺屋 しらかわ」です。高山では大人気で行列のできるラーメン屋さんが名古屋に出店です(感謝)。ラーメン 味玉入(900円)をいただきます。この1種類のラーメンのみの勝負で、並か大盛か?味玉をつけるか、つけないか?のみの選択はまことに潔く、この味に絶対の自信を持っているというのが伺えます。懐かしい感じがする醤油スープに細縮れ麺のシンプルなラーメンですが、とてもおいしいです♪ごちそうさまでした。

 

麺屋 しらかわ 大須店 (食べログ)

名古屋市中区大須

 

あらすじ
晩年に建仁寺の「雲龍図」を描いた男・海北友松の生涯とは。―友松が若くして心ならずも寺に入れられた後、近江浅井家に仕えていた実家・海北家が滅亡する。御家再興を願いながらも絵師の道を選択した友松だが、その身に様々な事件が降りかかる。安国寺恵瓊との出会い、明智光秀の片腕・斎藤利三との友情、そして本能寺の変へ。武人の魂を持ち続けた桃山時代最後の巨匠と呼ばれる絵師を描く歴史長編。
 
ひと言
デビュー前から海北友松(かいほう ゆうしょう)という男を書きたかったという葉室 麟さんの50作目の記念作品。いやーおもしろかった♪。一気読みでした。読んでいる途中、もし海北友松を原田マハさんが描いたらどんな小説になったんだろうという思いが頭をよぎりました。この前の3人旅で花見小路から寺の境内を通って八坂通の六道珍皇寺を訪れた折、時間があれば立ち寄る予定だった建仁寺。また暖かくなって、新型コロナウイルスも収まってきたら、そうだ、京都、建仁寺行こう。
 
 
(建仁寺 HPより)
 
「美濃は永年、尾張と闘ってきた。尾張に屈したことの無念は、誰もが胸に抱いておるところだ。些細なきっかけでも、ひとの心は動く。特に、あの方は ―― 」 言いかけて内蔵助は口ごもった。内蔵助が考え込む様子を見て友松は、当てずっぽうに、 「あの方とは明智様ですか」 と訊いた。内蔵助は苦笑した。「友松殿はよくお見通しだ。織田様の正室として美濃から嫁された帰蝶様は、明智様にとって従妹にあたられる。明智様は帰蝶様のことを常に案じておられるだけに、譲り状が偽物だとわかれば、織田様に疑いの気持を抱かれよう」 「ほう、いまの明智様は信長を信じておられるのか」 友松は首をかしげた。比叡山を焼き討ちにして老若男女をことごとく斬り捨てる信長の所業は、まさに悪鬼だとしか思えない。 そんな信長を光秀は信じているのだろうか。
「道三が織田様に美濃を譲る気になったとすれば、それは帰蝶様が嫁した相手だからだということになります。譲り状が本物であれば、織田様は帰蝶様を大事にしているはずです。しかし、偽物だとすれば、織田様は詐略をもって美濃を奪ったことになる。だとすると、いわば美濃からの人質であった帰蝶様を粗略にし、あるいは酷くあたっているかもしれぬ。もし、そうであるなら、明智様は織田様を許さないはずだ」
 内蔵助の言葉は友松の耳に不気味に響いた。 「では、誰かが妙覚寺の譲り状を手に入れて、偽書であることを証し立てれば、明智様は謀反されるということですか」 友松が訊くと、内蔵助は間髪を容れずに答えた。 「謀反ではない。美濃を本来のあるべき姿に戻し、さらに永年、信長のもとで人質同然に暮らされてきた帰蝶様を救うのだ。もし、明智様が立つとすれば、そのためということになろう」
(十四)
 
桂川を長い列になって押しわたる軍勢を見たとき、友松は緊張で体が震えた。 明智勢はいまから、覇王信長を討とうとしているのだ。そう思うと、興奮が体中を駆け巡る。 (わたしはかつて明智様は蛟龍に違いない、と思ったが、いままさに龍として天に駆け昇ろうとしているのだ) 友松は思わず、葦の繁みから飛び出し、川岸に走り出た。 明智勢の動きを残らず見届けたい、と思った。 この一軍が戦国の世の流れを一気に変えようとしているのだ。その様はあたかも暗黒の雲間を切り開いて、龍が姿を現わしたかのようだ。 そう思いつつ眺めたとき、友松の目には、―― 雲龍 の姿が映じた。 龍は仏の教えを助ける八部衆の一つで龍神と呼ばれる。多くの寺で僧侶が仏法を説く法堂の天井に龍を描く。龍神が水を司る神であることから、仏の教えである法の雨を降らすという意味が込められている。 (信長の非道に苦しむ民を救うため、明智様は龍神となられるのだ) 信長の誅殺は光秀の私怨ではなく、―― 天の裁き だ、と友松は思った。 その明智勢を先導しているのは、斎藤内蔵助に違いない。薄闇の中、馬を鞭打たせて進む内蔵助のあたかも摩利支天のような姿が見える気がした。
(二十一)
 
〈雲龍図〉の前に立った恵瓊は、 「まことに見事じゃ。しかし、何とのう、懐かしく思えるのはなぜであろうか」 とつぶやいた。「それはかつて恵瓊殿が会われたことがあるからであろう」 友松はさりげなく言った。「わたしが会ったことがあるとはどういうことです」恵瓊は振り向いた。 友松は〈雲龍図〉を見つめながら、「この絵には武人の魂を込めました。されば、恵瓊殿がこれまで会った武人たちを思い出されるのではございませんか。たとえば、山中鹿之助殿、清水宗治殿などでございましょう」 と言い添えた。 「なるほど、そういうことか。だとすると、友松殿がこの絵の双龍に込めた武人の魂とは彼のひとたちでございましょう」 「誰だと思われるのですか」 友松は微笑んで恵瓊を見つめた。 恵瓊はちらりと友松を見てから、ふたりの武人の名を口にした。 明智光秀 斎藤内蔵助 ふたりの名を聞いても友松は顔色を変えず、平然としている。 恵瓊はため息をついた。 「わたしが再興しようとしている建仁寺の襖絵に、よりによって主殺しの大罪人の魂を込めるとは、困ったことをされるひとだ」 「わたしは明智様と斎藤殿を大罪人とは思っておりません。織田信長という魔王からこの世を救った正義の武人であろうかと思っています」 「それゆえ、この寺にふたりの魂を留めおこうということですか」 「いけませぬか」友松は微笑んだ。「いかんと言っても、もはや描いてしまったものは、いかんともしがたいでしょう」 恵瓊はおかしげに笑った。友松はうなずいた。
「わたしは、絵とはひとの魂を込めるものでもあると思い至りました。この世は力ある者が勝ちますが、たとえどれほどの力があろうとも、ひとの魂を変えることはできません。絵に魂を込めるなら、力ある者が亡びた後も魂は生き続けます。たとえ、どのような大きな力でも変えることができなかった魂を、後の世のひとは見ることになりましょう」 恵瓊の目には、濃淡の墨で描かれた龍が、いまにも襖から脱け出て天へと駆け昇るのではないかと見えた。
(二十四)
 

 

あらすじ
大阪の下町に生まれ育ち、東京で小説家として生きる38歳の夏子には「自分の子どもに会いたい」という願いが芽生えつつあった。パートナーなしの出産の方法を探るうち、精子提供で生まれ、本当の父を捜す逢沢潤と出会い、心を寄せていく。いっぽう彼の恋人である善百合子は、出産は親たちの「身勝手な賭け」だと言い、子どもを願うことの残酷さを夏子に対して問いかける。この世界は、生まれてくるのに値するのだろうか。
(2020年本屋大賞ノミネート作品)
 
ひと言
これも2020年本屋大賞ノミネート10作に選ばれた本なので借りました。内容はともかく、ページいっぱいに文字がぎっしりというページが多く、文章もうまいとは思えなくとても読みにくい。重いテーマなのに掘り下げ方も浅く、無駄に長い分量の作品でした。
 

その人が、どれくらいの貧乏だったかを知りたいときは、育った家の窓の数を尋ねるのがてっとりばやい。食べていたものや着ていたものはあてにはならない。貧乏の度合いについて知りたいときは、窓の数に限る。そう、貧乏とは窓の数。窓がない、あるいは数が少なければ少ないほど、その人の貧乏がどれくらいの貧乏だったのか、わかることが多いのだ。 以前、誰にだったかこのことを話したとき、そんなことはないやろと反論されたことがある。彼女の言いぶんはこうだった。「だって仮に、窓がたったひとつしかなくっても、それがたとえば庭に面したような、めっさおっきい窓ってこともあるやんか、おっきくて立派な窓のある家は、それは貧乏とはゆえんのとちゃうんか」と。 しかしわたしに言わせれば、それがすでに貧乏とは関係のない人間の発想というものだ。庭に面する窓。大きな窓。っていうか庭ってなに? 立派な窓ってどういうやつ? 貧乏の世界の住人には、大きな窓とか立派な窓という考えじたいが存在しない。彼らにとって窓っていうのは、ぎちぎちにならべられたタンスとかカラーボックスの後ろにあるんだろうけど、ひらいてるのなんか見たこともない黒ずんだガラスの板のこと。油でぎとぎとに固まって、これまた回転してるのなんか見たこともない台所の換気扇の横についている、汚れた四角い枠のこと。 だから貧乏について話がしたいと思ったり、貧乏について実際に話をすることができるのは、やっぱり貧乏人だけだということになる。現在形の貧乏人か、過去に貧乏だった人。そしてわたしはその両方。生まれたときから貧乏で、今もまだまだ貧乏人。
(1 あなた、貧乏人?)
 
きれいさとは、良さ。良さとは、幸せにつながるもの。幸せにはさまざまな定義があるだろうけれど、生きている人間はみんな、意識的にせよ無意識にせよ、自分にとっての、何かしらの幸せを求めている。どうしようもなく死にたい人でさえ、死という幸せを求めている。自分というものを中断したいという幸せを求めている。幸せとはそれ以上を分けて考えることのできない、人間の最小にして最大の動機にして答えなのだから、「幸せになりたい」という気持ちそのものが理由なのだと思う。でもわからない。もしかしたら何かもっと、巻子には幸せなんていう漠然としたものじゃなくて、何か具体的な理由があるのかもしれない。
(3 おっぱいは誰のもの)
 
「もしかしたら、酔ってるあいだは、自分じゃなくなるような感じがするんかもしれん」しばらくしてから、わたしは緑子にそう言ってみた。どこか自分の声じゃないみたいな感じがして、わたしは何度か咳払いをした。「人ってさ、ずうっと自分やろ。生まれてからずっと自分やんか。そのことがしんどくなって、みんな酔うんかもしれんな」わたしは思いつくまま言葉をならべていった。「生きてたらいろんなことがあって、そやけど死ぬまでは生きていくしかないやろ、生きているあいだはずっと人生がつづくから、いったん避難しなもうもたへん、みたいなときがあるんかもな」胸のなかの息を吐きだして、わたしはあたりを眺めた。……。……。
「避難ていうのは、自分からかな」とわたしは訊かれもしないのに話をつづけた。「自分のなかにある ―― 時間とか、思い出もひっくるめたもんから、避難するんかもしれん、なかには避難じゃ足りひん、もう戻ってきたくないって人もおって、自分で死んでしまう人もおるな」 緑子は黙ったまま、わたしの顔をじっと見ていた。 「でも死なれへん人が大半やな。だからお酒飲んで、避難をくりかえすしかないんかもな。お酒だけじゃないよな、いろんなことに避難して、何でこんなことしてるんやろって思いながら、もういややって思いながら、でもどうしようもないときあるな。でもずっとそれやるわけにはいかへんよな。体も悪くなるし。いつまでそんなんするん、早よ気づきやゆうて、まわりの人も心配してやきもきして、いろんなこと言う。みんな正しいことをゆうてくれる。でももっと、しんどなる」 緑子は遠くのものを見つめるみたいに目を細めて、わたしを見ていた。
(6 世界でいちばん安全な場所)

 

 

「豚八堂」のおいしいとんかつをいただいた後は、伏見の桑名町通りにある「ミッツコーヒースタンド」へ。師匠とトマトとモッツァレラのサンドイッチ そして抹茶とくるみとレモンのマフィンを半分ずつ切ってもらいラテアートのカフェラテでいただきます。細い通路を抜けた奥に座席があり、ほんとうに隠れ家的なお店です。周りのお客は、作家さんが出版社の人と打ち合わせを行っているような雰囲気が漂っていました。マフィンもおいしく、とても雰囲気、居心地のいいお店でした。ごちそうさまでした♪
 
ミッツコーヒースタンド
名古屋市中区錦2

 

今日のお昼はグルメの師匠と伏見で待ち合わせて、「なごや 豚八堂」の塩糀とんかつ(1600円)をいただきました。ウエットエイジングした豚ロースを塩糀に漬け込んだ……。よくわかりませんが、とにかく柔らかくてとてもおいしいです♪。まずはお店の案内通りそのままで、からし&醤油、味噌だれ、特製とんかつソース、塩、七味 どれも美味しく、大満足。特筆すべきは、こんな分厚いとんかつ 食べたことないというぐらいの厚みですが、とても柔らかく、絶妙の揚げ方です。師匠にいいとんかつ屋さんを紹介してもらいました。ごちそうさまでした♪
 
なごや 豚八堂
名古屋市中区栄2

 

あらすじ

昔ばなし、な・の・に、新しい! 鬼退治。桃太郎って……え、そうなの?。大きくなあれ。一寸法師が……ヤバすぎる!  ここ掘れワンワン。埋まっているのは……ええ!?「浦島太郎」や「鶴の恩返し」といった皆さんご存じの《日本昔ばなし》を、密室やアリバイ、ダイイングメッセージといったミステリのテーマで読み解く全く新しいミステリ! 「一寸法師の不在証明」「花咲か死者伝言」「つるの倒叙がえし」「密室龍宮城」「絶海の鬼ヶ島」の全5編収録。

(2020年本屋大賞ノミネート作品)
 

ひと言

これも2020年本屋大賞ノミネート10作に選ばれた本なので借りて読みました。好き嫌いがわかれる本だと思います。発想としてはユニークで面白いのかもしれませんが、私は嫌いです。この本が本屋大賞のノミネート10作に選ばれるとは……。
 

 

あらすじ

織田信長の二女、冬。その器量の良さ故に、父親に格別に遇され、周囲の女たちの嫉妬に翻弄される。戦国の世では、男は戦を行い、熾烈に覇権を争い、女は武器を持たずに、心の刃を研ぎすまし、苛烈な“女いくさ”を仕掛けあう。その渦中にあって、冬は父への敬慕の念と、名将の夫・蒲生氏郷へのひたむきな愛情を胸に、乱世を生き抜いてゆく。自ら運命を切り開いた女性の数奇な生涯を辿る歴史長編。

 

ひと言

信長の長女 徳姫【五徳(おごとく) 不運の家康嫡男の松平信康の正室 】についてはドラマ等で取り上げられたこともあり少しは知っていたのですが、次女の冬姫【蒲生氏郷の正室 相応院】のことは恥ずかしながら全くと言っていいほど知らなかったので勉強になりました。
ウィキペディアでは『冬姫(ふゆひめ)の名がしばしば伝記や小説などで採用されているが、この典拠は不明である。和田裕弘は「通常、この姫の名前を『冬姫』とするが、『永禄十二年冬姫』を嫁がせたという記述を誤読したものともいわれる。永禄十二年に『冬姫』が嫁したのではなく、永禄十二年の冬に(信長の)姫が嫁したと解すべきというものである。従うべきであろう。」と述べている』とありました。
冬姫が信長の正室 帰蝶の娘だということや、「金ヶ崎の戦い」の逸話としてお市の方が両端を紐で結んだ小豆袋を信長に送り長政の裏切りを知らせたと思っていましたが、お市が薬で操られていたとは etc…(ウィキペディアでは後世の創作と書いてあるものもあり)。ほんまかいな。こちらが真実?と思わせてくれる箇所も随所にあり、楽しく読ませてもらいました。
 
 
帰蝶は表情をやわらげて冬姫を見つめた。 「冬殿も存じておられよう。わが父道三は、わらわにとって異腹の兄義龍殿と争い、非業の死を遂げられた。そのおり、信長殿に美濃一国の譲り状を送ってこられたが、父上の真意は、美濃をわらわに譲りたいということであった」 帰蝶は淡々と話した。「わらわは、信長殿に美濃を奪い取っていただきたいと思った。だが、それは亡き父の仇を討ちたいということだけではなかった。父の望みを果たしたいと願ったからでもあったのじゃ。冬殿、おわかりになられようか」 見つめられて、冬姫は首を横に振った。 「父道三は成りあがって美濃の国主となったが、それは血筋、家柄だけで守護大名が国を治めるのが許せなかったからじゃ。力ある者によって、世を正さなければならぬと父上は思っておられた。天正とは、わが父の望みであった」 それを知っていたからこそ、父信長は改元が許されたことを真っ先に帰蝶に伝えた。信長と帰蝶はそれほど強い絆で結ばれていたのだ。しかし、それならばなぜ、信長と帰蝶の間柄は冷めきっているように見えたのだろうか。 「冬殿は、わらわと信長殿の間柄に不審の念を持たれたのであろう。どうして仲睦まじくいたさぬのか、とな」 「さようなことは ――」 冬姫は言葉を呑み込んだ。信長にそれほどの思いがあるのなら、なぜ鍋の方を寵愛してきたのだろう。 「わらわは、信長殿に美濃を取ってもらう以上、子は持たぬと決めたのじゃ」 冬姫は胸を突かれた。 「わが母小見の方は、光秀と同じ美濃の明智一族の出であった。明智は美濃の国主であった土岐家の支流じゃ。美濃において土岐家の血は強い。わが兄義龍殿が父道三を討ったのも、土岐家の遺臣たちが押し立てたがゆえのことであった。わらわが子を産めば、土岐家の遺臣たちがわらわの子を押し立てて、信長殿を討とうとするであろう。父道三の非業の死が繰り返されることになるやも知れぬ」 「それで、御子を持たれなかったのですか」 鍋の方が顔をあげた。どのような事情があったにせよ、自分は信長の子を産んだのだ。それが何よりの絆ではないか、と言いたげだった。 帰蝶は哀しげに微笑んだ。 「子を持たぬとは、公にせぬということじゃ。信長殿は永禄二年に京に上られたことがある。美濃攻めが進んでいることを将軍足利義輝様に奏上するためであった。上洛して御所に参上したのは二月二日であった。その時、わらわもともに上洛した。身龍っておったが、尾張で産むわけにはいかなかった。京に至る前の一月に、近江の成菩提院にて産むことができた。凍てつく寒さの中で生まれたゆえ、信長殿は冬と名づけられた。そのおり、住持が仏壇に水晶の数珠を置き、赤子の無事な成長を祈願してくだされた。わらわも懸命に心をこめて祈った。どうか、この子をお守りくださいと」
冬姫は驚きのあまり声を出せなかった。 帰蝶様こそが、わたしの母上なのか ――― 冬姫がいつも肌身離さずにいる水晶の数珠は、成菩提院で帰蝶が祈りを込めてくれたものだったのだ。 帰蝶は冬姫を見つめたまま言葉を続けた。 「されど、わが子であることは明かすわけにはいかなかったのじゃ。それゆえ、美濃の土豪の妻であったいおに預け、生まれ年も偽って育てさせた。わらわはいつも遠くから見守るだけであった」 帰蝶の言葉は鍋の方を震揺させた。冬姫が帰蝶の産んだ娘だとすれば、唯一の正室の子である。さらには、支流とはいえ美濃の国主の血を引いているとも言えるのだ。そのことが公になれば、織田家に属した美濃衆は冬姫を真の主筋だと思うだろう。だからこそ、信長は冬姫を近江の豪族である蒲生家に嫁がせ、争乱が起きないようにしたのかもしれない。
(天女舞)
 
吉野が桜の名所とされるのは、役の行者が金峯山寺を開く時、蔵王権現を桜の木に刻んだことに始まるといわれる。その後、信者たちが神木である桜の苗木を奉納し続け、吉野川の〈六田の渡し〉から、天峰連峰にいたるまで、山容を這い登るように爛漫と咲き誇る雄大にして華麗な景色となった。山裾から頂上に向かって下千本、中千本、上千本、奥千本などと言い習わされている。
(花嵐)

 

今日は中川区へ行く用事があり、少し遅いお昼に、前から気になっていた「ぐらむ亭」へカレーを食べに行きました。1g1円のライスをセルフでよそって、辛口・甘口・デミグラスの3種のカレールーはかけ放題という今までにはないお店です。左右に辛口とデミグラスのルーをかけようと、ライスを真ん中によそって、秤に乗せると505gも!(食べすぎだろ…)とんかつをトッピング(280円)して税込み合計 864円。コスパ最高!カレーのルーもおいしく、十分リピありのお店でした。ごちそうさまでした♪
 
ぐらむ亭
名古屋市中川区富永3

 

あらすじ
一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに……。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた古ぼけた「タウトの椅子」を除けば……。このY邸でいったい何が起きたのか?
(2020年本屋大賞ノミネート作品)
 
ひと言
2020年本屋大賞ノミネート10作に選ばれた本で、すぐに予約を入れて借りることができました。あの「64」の横山 秀夫さんの6年ぶりの長編です。「ノースライト」とは「北向きの採光」のことで、安定した光量が得られ芸術家のアトリエなどによく使われているとのこと。ブルーノ・タウトの椅子とマッチして、いいタイトルをつけたなぁと思いました。
 
 
「北向きの家」を建てる。その発想がぽかりと脳に浮かんだ時、青瀬はゆっくりと両拳を握った。見つけた。そう確信したのだ。信濃追分の土地は、浅間山に向かって坂を登り詰めた先の、四方が開けた、この上なく住環境に恵まれた場所だった。ここでなら都会では禁じ手の北側の窓を好きなだけ開ける。ノースライトを採光の主役に抜擢し、他の光は補助光に回す。心が躍った。光量不足に頭を抱えたことのない建築士がいるなら会ってみたい。住宅を設計する者にとって南と東は神なのだ。その信仰を捨てる。天を回し、ノースライトを湛えて息づく「木の家」を建てる。北からしか採光できない立地条件でやむなくそうするのではなく、欲すればいくらでも南と東の光を得られる場所でそれを成す。究極の逆転プラン。まさしくそう呼ぶに相応しい家だった。
(5)
 
「タウトはなぜ桂離宮を褒めたと思う」いきなり話が飛んだ。青瀬はついていった。「桂を気に入った。他に理由があるか」「昭和初期に台頭していたモダニズムがタウトにそう言わさせた側面も否定できない ―― 俺が習った教授はそう言ってた」 「様式闘争ってやつか」 「それだ。当時の日本のモダニストたちは桂離宮を担いで、ギリシャ風やゴシック風の壁をぶち壊そうとしていた。だからタウトに目をつけた。世界的な巨匠建築家のお墨付きが欲しくて桂に連れて行った。話の筋は通るよな」 「そんな単純な話じゃないだろう。それにタウトが良くないと思ったものを良いと言うとは思えない」 「そりゃあそうさ。モダニズムを煎じて言えば、実用性と機能性だ。その先に機能美がある。だが、そもそもタウトは表現主義の建築家だ。モダニストじゃなかったんだ。まあ、来日した頃にはそれに近い考えを持っていたかもしれないし、モダニズムと日本建築の簡素美をリンクさせていた部分もあったろうが、でも、少なくとも純粋なモダニストとして桂を鑑賞したわけじゃない。そのタウトが桂を美しいと言った。泣きたくなるほど美しい、ってな」  「ああ、拝観した日の日記に書いてるな。泣きたくなるほど美しい、眼を悦ばす美しさ、って」 「要するに、日本のモダニストたちの思惑はともかく、タウトが桂離宮の再発見者だった事実は動かない。あの複雑怪奇な男が、美しい、という最もシンプルな言葉で桂を評価した。様式闘争を嘲笑っていたのかもしれない。眼に美しい物には絶対的価値がある。いや、美しさこそが唯一絶対の価値だ。タウトはそう言いたかったんじゃないのか」 「それはどうかな。タウトは実用性と機能性の重要さについても口を酸っぱくして言ってる」 「違う。タウトの傑出したところは、自分の審美眼を信じ、生涯を通じてその自信にいささかの揺るぎもなかった点だ ―― どうでもいいことだけどな」
(39)
 
「タウトは言ったろ。桂離宮を見て、泣きたくなるほど美しい、って】 青瀬は煙る岡嶋の横顔を見つめた。どうでもいいこと。そうケリをつけたのではなかったか。 「知ってたんだろうなあ、タウトは。この世で一番美しいものをさ。形あるものか、観念的なものか、ともかく絶対美と呼べるものの在り処を知っていて、だから自分も美しいものを創造しようとした。それって、自分の心を埋める作業だよな。埋めても埋めてもまだ足りないものを、ひたすら埋めていく終わりなき作業だ」
(44)