今日は大曾根の方へ行く用事があり、お昼はイオンモールのナゴヤドーム前店のフードコートに入っている「三田製麺所」で つけ麺(中)冷(790円)をいただきます。東京で人気のつけ麺屋さんで、一度食べてみたかったつけ麺です。ここが2018年愛知初進出のお店になります。いい味の濃厚魚介豚骨スープが 極太麺によく絡まり美味しいです♪。麺も並(320g)・中(450g)・大(580g)とも同じ値段なのもうれしいです。次回はトッピングや割り飯(60円)なども追加していただきたいです。ごちそうさまでした。

 

三田製麺所 イオンモールナゴヤドーム前

 

 

名古屋市東区矢田南 イオンモールナゴヤドーム前 2F

 

あらすじ
スキラーチェ校長先生の手紙は3/2の朝日新聞にはじまり、3/4NHKニュース、3/5テレビ朝日「報道ステーション」、3/15TBS「サンデーモーニング」など様々なメディアに取り上げられ、話題になりました。新型コロナウイルスの影響でイタリアは外出禁止、東京も外出を控える状況のなか、スキラーチェ校長先生と編集部はメールでやり取りをし、Skypeなどのビデオ通話を使って、校長先生の思いを直接聞くことができました。日本に先行して、大変な代償を負っているイタリア。目に見えないウィルスという敵を前に、いま私たちはどんな心構えで過ごせばよいのか、日本でも今後活用していくことになるオンライン授業(eラーニング)を経験して気づいた「本当の意味」は何か、未来に向かって前を進んでいく私たちに希望を与えてくれたように思います。イタリアの教育者から日本人への、珠玉の贈り物です。

ひと言
本来であれば、明日から TOKYO 2020 のオリンピックが開催されるはずであった。1年後の今日7月23日にオリンピックの開催が延期されたが、本日の東京の感染者は過去最高の366人、全国では感染者1000人に達しそうな勢いで増加している。″見えない敵″がいたるところにいて、いつ襲われるかわからないという恐怖にとらわれたとき、私たちは本能的に、同じ人間をむやみに脅威に感じたり、攻撃の対象と感じてしまう。 社会組織や人間性を守るために、私たちはもっと理性的な思考を持たないといけない。という思いをこの本を読んで新たにしました。

冷静さを保ち、群集心理に惑わされないでください。必要な予防策をとって、いつも通りの生活を続けてください。休校中の時間を生かして、散歩をしたり、良書を読んでください。元気なら、ずっと家に閉じこもっている理由はありません。スーパーや薬局に駆け込む理由もありません。マスクは、体調が悪く、必要としている人たちに残しておいてください。
この病気が世界の端から端、そして果てまでも急速に広がったのは時代の″産物″によるものです。感染を止める壁はありません。何世紀も前、同じように伝染病が蔓延しました。しかし、そのスピードはもう少しゆっくりでした。このような危険な事態がもたらす別の大きな危機は、マンゾーニ、もっと時代をさかのぼってボッカッチョが教えてくれています。それは、私たちの社会生活や人間関係が毒され、人間らしい行いができなくなることです。
″見えない敵″がいたるところにいて、いつ襲われるかわからないという恐怖にとらわれたとき、私たちは本能的に、同じ人間をむやみに脅威に感じたり、攻撃の対象と感じるものです。しかし14世紀や17世紀に伝染病が蔓延した時代よりも、現代医学はかなり進歩しています。私たちの貴重な財産 ―― 社会組織や人間性を守るには、理性的な思考を持ってください。もしそれができなければ、本当に″ペスト″が勝利することになるでしょう。学校で皆さんに会えることを、心待ちにしています。
―― ドメニコ・スキラーチェ

 

岐阜に出かけた娘夫婦がハイウェイオアシス川島PAで「ねこねこ食パン」が売っていたと買って持ってきてくれました。一度食べてみたいと思っていた食パンで、かわいそうな気もしますが一枚を半分に切って生とトーストでいただきます。水分は100%ミルクのみだけあってコクがあり後から甘みが口の中に広がります。個人的にはトーストした方が好きかな。ごちそうさまでした♪

 

ねこねこ食パン オアシスパーク店

 

 

 

各務原市川島笠田町 オアシスパーク内

 

あらすじ

川止めで、木賃宿に逗留し、足止めを食っている若き侍、伊藤七十郎。藩で一番の臆病者と言われる男が、斬れと命じられた相手は、派閥争いの渦中にある家老。家老が江戸から国に入る前を討つ。すでに対岸まで来ているはずだ。川明けを待つ間、思いもかけぬ市井の人々との触れ合い、さらには降って湧いたような災難が続き、気弱な七十郎の心は千々に乱れるが―ひとびとのためにやると決意したのだ、と自分を叱咤した。たとえ、歯が立たない相手であっても、どんなにみっともない結果になろうとも、全力を尽くすのみだ。七十郎は叫びながら刀を抜いた。「それがしは刺客でござる」。

 

ひと言

九州に甚大な被害を与え、今なおずっと降り続く雨を思いながら読みました。七十郎と同宿の豪右衛門ら5人との心あたたまる絆が芽生えるのがとても心地よい。そして最後、妻を娶るまで女人の肌は見ないと、お若に言ってしまった自分の言動、自分の想いに気づいた七十郎が川を渡り、お若を迎えに行こうと決意して終わるのもとてもよかったです。葉室 麟さん、素敵な作品をありがとう。

 

「馬鹿を言うな。お主には大事な役目があるのだ。どこかに身を隠せ。お若は、わしらが取り戻す」「ひと殺しを捕まえた後、お若さんから自分が人質になっても助けてくれるかと訊かれて、わたしは助けると答えました。ですから、わたしはお若さんを助けなければなりません」七十郎は泣き出しそうな顔で言った。「そんな約束など、冗談半分に言ったことだろうが。守らんでもよいではないか。やつは必ずお主を斬るぞ。恐ろしくはないのか」「恐ろしくて、いますぐ逃げ出したいです。でも、男が一度、口にしたことです。約束を守らなければ、お若さんは裏切られたと思うでしょう。わたしはお若さんにそんな思いはさせたくありません」 七十郎の言葉は、雨音にかき消されそうになりながらも豪右衛門の耳に届いた。
(八) 

七十郎が黙りこむと、おさとは笑顔で口を開いた。「七十郎さん、川明かりって知っていますか」「川明かり? 知りません」「もうじき川明かりが見えます。日が暮れて、あたりが暗くなっても川は白く輝いているんです。ほら――」おさとの言葉通りだった。空は菫色で雲はまだ薄紫に染まっているが、山裾から川岸にかけては薄闇に覆われていた。だが、墨を塗ったかのような景色の中に、蛇行する川だけがほのかに白く浮き出ている。小波が銀色に輝き、生きているようにゆったりと流れていた。川その物が光を放っているかのようである。 (まるで、黄泉の国を流れるいのちの川だ)七十郎はそんなことを思いながら、茫然として見つめた。なぜか、心が温まるような眺めだった。「お祖父ちゃんがよく言うのです。日が落ちてあたりが暗くなっても、川面だけが白く輝いているのを見ると、元気になれる。なんにもいいことがなくっても、ひとの心には光が残っていると思えるからって」「佐次右衛門さんがそんなことを」佐次右衛門が経てきた苦しみはどのようなものだったのだろう、と思った。ひとの心を信じられなくなった時もあったことだろう。「大水のおかげで、お祖父ちゃんは家屋敷もお金も何もかも無くしてしまって、わたしの親は城下に出て八百屋をしなければならなくなりました。村にはお祖父ちゃんのような年寄りや行き場の無い女の人、子供たちが残っていたんですが、あのひとたちは、村のためにお金や食べ物を届けてくれたんだそうです」「あのひとたちとは豪右衛門さんたちのことですか」七十郎はおさとに顔を向けた。おさとの髪のほつれ毛が川風に揺れている。「ええそうです。それで、助かったひとたちがいっぱいいるんです。あのひとたちは日暮れの後の川明かりみたいだってお祖父ちゃんは言ってます」「川明かりか。そうかもしれませんね」七十郎は、暗闇に淡く光る川の流れを見つめた。わずかな、そしてささやかな光かもしれないが、それに勇気づけられるひともいるのだ。「なのに、あのひとたちは、自分たちは盗賊だっていつも恥じているんです。決してひとに威張れることをしているわけじゃないって。だから、きょう七十郎さんが代わりに出雲屋をやりこめてくださったのが、みんなとっても嬉しかったと思います」「そうですか」七十郎は空を見上げた。一番星が出ている。冴え冴えとした星の輝きが頼もしさを感じさせた。豪右衛門たちも、あの星のように自分たちの居場所で輝いていられたらよかったのに、と思った。空から落ちて流れ星になった豪右衛門たちは、これからどんな人生を歩むのだろうか。
(十二)

 

 

今日の名古屋の最高気温は34.2℃。今年はマスクをして口の周りに熱がこもるから余計に暑く感じる。そうだ、かき氷を食べに行こうと思い立ち、自転車で東区の泉にある「甘味処 相生」さんへ。

 

 

ご主人が通院治療中のため、不定期でお店がお休みになることが多いですが、営業時間を短縮、メニューも氷あずき(つぶあん)と氷しるこ(こしあん)に絞ってでも、このおいしいかき氷を相生ファンの人たちに食べさせてあげようと、大変な中 営業してくれているのがとてもうれしいです♪。氷あずき(650円)にミルク(100円)をトッピングしていただきます。シンプルなかき氷ですがふわふわでとても美味しいです♪早くご主人がよくなられて、宇治ミルク金時を食べたいなぁ。ありがとうございました。ごちそうさまでした♪

 

甘味処 相生

 

 

 

名古屋市東区泉3

 

 

あらすじ
女優の樹木希林さんが2018年9月15日に他界されました。本書は樹木さんが生前に遺した120の言葉を掲載しています。老い、孤独、病い、仕事、家族、夫婦関係……誰もが人生で直面する「壁」をどう乗り越えればいいのか。きっと樹木さんの言葉がヒントになるはずです。

 

ひと言

樹木希林さんが亡くなられて、もうすぐ2年 3回忌になります。享年75。 「万引家族」や「日日是好日」の演技もよかったなぁ。もっと希林さんの演技を観たかったです。心よりご冥福をお祈りいたします。(合掌)

 

ジョン・エヴァレット・ミレー 「オフィーリア」

 

どうやったら他人の価値観に振り回されないか? 「自立すること」じゃないでしょうか。自分はどうしたいか、何をするべきか、とにかく自分の頭で考えて自分で動く。時に人に頼るのもいいかもしれないけれど、誰にも助けを求められないときにどうするかくらいは考えておかないと。もっと言えば、その状況をおもしろがれるようになるといいですね。
幸せというのは「常にあるもの」ではなくて「自分で見つけるもの」。

何でもない日常や、とるに足らないように思える人生も、おもしろがってみると、そこに幸せが見つけられるような気がするんです。2016年6月
(第一章 生 ― 人生と幸福について)

皆さん私かガンを患っているのをご存知ですので(最初は10年前に乳ガンが発覚)、お医者さんから私のガンは全身ガンですと教えてもらったので、それをたまたまああいうカタチでお伝えしただけなんですよ。お騒がせしました(笑)。全身ガンという名称から身体中がガンだらけだと想像されるんでしょうが違うんです。ピンポイントの治療方法がよく効いて、体に影響する大きなガンは消えている状態です。小さいのはまだあると思うし、いつまた大きくなるのかは分かりませんが、今は普通の生活をしています。一応調子はいいんですが、でも不養生しているとどこかに出るんです。でも昨晩ワインを一本空けちゃいましたけどね(笑)。
ガンになって死ぬのが一番幸せだと思います。畳の上で死ねるし、用意ができます。片付けしてその準備ができるのは最高だと思っています。
内田に言われました。「全身ガンで明日にでも死ぬのかと思っていたら、やたら元気でいろいろなところに顔を出すので、あれはガンガン詐欺(笑)だと思われているよ」って。2014年5月
(第二章 病 ― がんと病いについて)

覚悟っていうのをすると気楽ですよ。

覚悟っていうのは、手術をする覚悟とかっていうんじゃなくて、ここまでね、62まで生きられた、で、周りを見回したら、もう私がいなくてもちゃんと生活やっていける人たちがみんな揃ってきたなと。そしたらば、泣く親もいないし、死んでもいいんだなという。死ぬことができるんだなという覚悟よね。2005年1月
(第八章 死 ― 生と死について)

今、私たちは人の死っていうのに向き合うことがほとんどない。みんな病院で、言ってみればこの凄まじいものを見ないで済んでる。そのマイナス。損してるものがあるんですけど、……。……。そして自分も死ぬ時には、絶対に……できれば病院じゃなく、自宅で、みんなを呼んで、駆けつけて、すぐにバタッといかないかもしれない、また息を吹き返すかもしれないけど、そういうことをしながら弱っていく様というのを、死というものを日常にしてあげたいなと。子供たちに、孫たちに。そうすれば怖くなくなる、そうすれば人を大事にする。2017年8月
(第八章 死 ― 生と死について)

7月18日 コロナの影響でなかなか面会が許可されない施設に入っている義母。今日はその義母の80歳の誕生日(傘寿)ということで、特別に許可していただき、施設の前で少しの時間面会することができました♪。

 

 

ケーキでお祝いなどの時間を取ることはできませんでしたが、久しぶりに義母と全員がそろった子、孫たちに会えたことがなによりでした。

お義母さん、いつまでもお元気で!

その後、みんなで西尾市の「魚寅」で食事。私は茶めしうな釜をいただきました。

 

 

小さな子どもたちのいる2家族と義父は 愛知こどもの国へ。我々はこの前TVで紹介されていた西幡豆の「ウイリアムズジェラート」でタヒチアンバニラやチョコレートソルベをシェアしていただきます。

 

 
ほんとうに短い時間の面会でしたが、みんなが都合をつけて集まって傘寿のお祝いをできたことが何よりでした。

次は9月の上旬に、みんなで1泊のキャンプに行きます。それまでコロナには十分気をつけてお互い頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

あらすじ
感染症とは僕らのさまざまな関係を侵す病だ。この災いに立ち向かうために、僕らは何をするべきだったのだろう。何をしてはいけなかったのだろう。そしてこれから、何をしたらよいのだろう。コロナの時代を生きる人々へイタリアを代表する小説家が贈る、痛切で、誠実なエッセイ集。

ひと言
7月17日現在 東京都は過去最多の293人の感染者。全国では594人と、以前の緊急事態宣言で全国民が Stay home で頑張ったあの期間は何だったのか?という勢いで感染者が増加している。こんな中「Go To キャンペーン」は東京発着は対象外と条件をつけたものの予定通りの7月22日に前倒しの日程で実施。感染の予防と経済の回復という難しい舵取りを迫られるこの国は、世界はどうしていけばいいのだろう。著者が指摘しているように、市民と行政と専門家の三者が互いを愛する術を失い、関係が機能不全におちいっている。マスクや手洗い ソーシャルディスタンスに気をつけることはもちろんのことであるが、それ以外にこのコロナを終息させるために我々にできることは何なんだろう。一日も早くコロナが収束し、人々の生活に今までのような笑顔が戻ることを心より祈っています。


ひとつ大切な区別をしておきたい。SARS-CoV-2 は今回の新型ウイルスの名前で、COVID-19 は病名、つまり感染症の名前だ。
(感染症の数学)

CoV-2は――まさにSARSウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV)と同じように ―― 手始めに別の種類の動物を感染させてから、その動物経由で人間を感染させたのだ。誰もがコウモリこそ犯人だとしている。SARSを人間にもたらしたのもコウモリだった。しかしCoV-2はコウモリから直接人間に感染したわけではなく、もうひとつ別の種類の動物を経由した。それはおそらくヘビではないかと言われている(感染経路については諸説あり)。この宿主の中でCoV-2のRNA(リボ核酸)は変異し、人間にとって危険なウイルスとなったのだ。そこでCoV-2は二度目の種の壁を越えた伝染をし、ひとりまたは複数の人間を感染させた。彼らこそ、今回の地球規模の物語のゼロ号患者だ。
(市場にて)

今回の流行の初期から、数字はパニックを生む原因として非難されてきた。そこで、数字は隠すか、少なめに見えるような別の数え方を見つけよう、ということになったのだろう。しかしすぐにまた、このやり方では本当にパ二ックになってしまうと気づいたに違いない。市民に対し真相を隠すとすれば、それは実状が見かけよりもずっと深刻だということだからだ。二日もすると各紙のホームページにはまた数字が表示されるようになり、それからはそのままとなっている。こうした迷走は、ある未解決の問題の存在を示唆している。それは、市民と行政と専門家のあいだの愛情のもつれだ。どうも現代においては、三者が互いを愛する術を失い、関係が機能不全におちいっているようなのだ。行政は専門家を信頼するが、僕ら市民を信じようとはしない。市民はすぐに興奮するとして、不信感を持っているからだ。専門家にしても市民をろくに信用していないため、いつもあまりに単純な説明しかせず、それが今度は僕らの不信を呼ぶ。僕たちのほうも行政には以前から不信感を抱いており、これはこの先もけっして変わらないだろう。そこで市民ぱ専門家のところに戻ろうとするが、肝心の彼らの意見がはっきりせず頼りない。結局、僕らは何を信じてよいのかわからぬまま、余計にいい加減な行動を取って、またしても信頼を失うことになる。
新型ウィルスはそんな悪循環を明るみに出した。科学が人々の日常に接近するたび、毎度のように生じる不信の悪循環だ。パニックはこの手の悪循環から発生する。発表された数字が原因ではない。
(パン神)

コロナウイルスの「過ぎたあと」、そのうち復興が始まるだろう。だから僕らは、今からもう、よく考えておくべきだ。いったい何に元どおりになってほしくないのかを。……。……。
僕は忘れたくない。頼りなくて、支離滅裂で、センセーショナルで、感情的で、いい加減な情報が、今回の流行の初期にやたらと伝播されていたことを。もしかすると、これこそ何よりも明らかな失敗と言えるかもしれない。それはけっして取るに足らぬ話ではない。感染症流行時は、明確な情報ほど重要な予防手段などないのだから。……。……。
僕は忘れたくない。今回のパンデミックのそもそもの原因が秘密の軍事実験などではなく、自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを。
僕は忘れたくない。パンデミックがやってきた時、僕らの大半は技術的に準備不足で、科学に疎かったことを。
僕は忘れたくない。家族をひとつにまとめる役目において自分が英雄的でもなければ、常にどっしりと構えていることもできず、先見の明もなかったことを。必要に迫られても、誰かを元気にするどころか、自分すらろくに励ませなかったことを。
(コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと)
 

 

あらすじ
男手ひとつで育ててくれた父のもとを離れ、ひとりで暮らしていた雫は病と闘っていたが、ある日医師から余命を告げられる。最後の日々を過ごす場所として、瀬戸内の島にあるホスピスを選んだ雫は、穏やかな島の景色の中で本当にしたかったことを考える。ホスピスでは、毎週日曜日、入居者が生きている間にもう一度食べたい思い出のおやつをリクエストできる「おやつの時間」があるのだが、雫は選べずにいた。
(2020年 本屋大賞 第2位)

ひと言
食堂かたつむり、ツバキ文具店、キラキラ共和国、ミ・ト・ン。小川 糸さんが書く小説はどれもやさしくて、ほのぼのとしたものばかり。今回の「ライオンのおやつ」は後半ずっと泣かされっぱなしでした。自分の中ではこれが今年の本屋大賞 第1位です。もう自分も60歳 こんなホスピスでステキな人たちに囲まれて、モルヒネワインを飲みながら人生の最後を迎えられたらいいなぁと思いました。1つだけ敢えて言わせてもらえば、最後の― 1日目 ― から ― 3日目 ― はいらなかったかも……。小川 糸さん 素敵な作品を読ませてもらうことができて、ほんとうにありがとうございました。

小川 糸さんからのメッセージ
母に癌が見つかったことで、わたしは数年ぶりに母と電話で話しました。電話口で、「死ぬのが怖い」と怯える母に、わたしはこう言い放ちました。「誰でも死ぬんだよ」けれど、世の中には、母のように、死を得体の知れない恐怖と感じている人の方が、圧倒的に多いのかもしれません。母の死には間に合いませんでしたが、読んだ人が、少しでも死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたい、と思い『ライオンのおやつ』を執筆しました。 おなかにも心にもとびきり優しい、お粥みたいな物語になっていたら嬉しいです。

「はい、こちら側からは出口でも、向こうから見れば入り□になります。きっと、生も死も大きな意味では同じなのでしょう。私たちは、ぐるぐると姿を変えて、ただ回っているだけですから。そこには、始まりも終わりも、基本的にはないものだと思っています」
(P15)

「思いっきり不幸を吸い込んで、吐く息を感謝に変えれば、あなたの人生はやがて光り輝くことでしょう」
ヘルパーさんが、にこっと笑う。「ずっと前に息子を亡くして苦しんでいた時、シスターが私に贈ってくれた言葉なんです。実はそれまで、私、シスターのことが大嫌いだったんですよ。だって、ものすごく意地悪で、性格がきつかったから。でも、その時は私の話を黙って聞いてくれて、それから、そうおっしゃったんです。そして、私もこれまで、そうやって生きてきました、ですから共に、死を迎えるまでがんばりましょう、って。
その言葉に、私、救われたんです。だから今、こうしてシスターのおそばにいるのは、その時のお礼です」
(P67)
 
べアさんとメアリーを胸に抱き、私は街灯のない所まで歩いて行って、そこからもう一度空を見上げた。よーく目を凝らすと、ひとつ、ふたつ、みっつ、と星の輝きが見えてくる。決して満天の星ではないけれど、それは、ベアさんとメアリーが、私に見せてくれた特別な星空だった。私がきちんと見ようとしなかっただけで、星はちゃんとそこにあるのだ。必死になって夜空を探せば、私を見てくれている星がきっとある。無駄なことなんて、ないんだよ。 ひとつも、意味のないことなんて、ないよ。べアさんとメアリーが、口をそろえる。……。……。
明け方、さすがに疲れて眠くなり、目が覚めたのは昼近くだった。ソファに、ぬいぐるみたちが並んでいた。あんなことをされたのに、それでもぬいぐるみたちは私に笑いかけてくれた。その優しさに気づいた時、私の中で何かが吹っ切れた。こんな荒廃した心のまま、人生を終えてはいけないと思った。いや、悟ったのだ。
(P97)

「こんな言葉を、聞いたことはありませんか?
牛より乳を出し、乳より酷を出し、酷より生蘇を出し、生蘇より熟蘇を出し、熟蘇より醍醐を出す、醍醐は最上なり。
酷とは今でいうヨーグルト、生蘇は生クリーム、熟蘇はバターで、醍醐は五番目の最後の味、乳から得られる最上級のおいしいものです。仏教における、最高真理の意味もあり、醍醐味という言葉も、ここから生まれました」
(P116)

「がんばってくださいね」
パレットなどを素早く片づけ、帰り際、イラストレーターさんはさらりと言った。一時期、がんばって、と励ますことをためらう風潮があった。それが、世の中全体のことなのか、私個人に限ったことなのかはわからない。でも、もう十分がんばっている人に、さらにがんばれというのは相手を追い詰めるだけだから、がんばってという言葉は使わない方がいい、と言われていた。確かに、そうかもしれない。もうがんばりようがない人に、更にがんばれと叱咤激励するのは、酷だ。でも、自分ががんばっている時、がんばって、と応援されるのは、私自身は嬉しかったし、励みになった。
(P122)
 
人はな、楽しいから笑うんやないんやて。笑うから、楽しくなるねん。割り箸でも鉛筆でも、なんでもええから、試しに一本口に挟んで、にーって笑ったまま漫画でも読んでみぃ。おもろくなるで。そうするとな、脳にドーパミンっていうのが、出るんやて。すごいやろ?ふいに、ヨガ教室で一緒だった関西出身の友人が教えてくれた言葉を思い出した。まるで、彼女がすぐ隣にいるみたいに、私の横顔に囁きかける。
(P137) 

私も、タヒチ君と、もっと他の場所にも行きたかった。島のあちこちから、いろんな表情の海を眺めたかった。夏になったら、あのきれいな砂浜で、花火もしてみたかった。タヒチ君と六花と、海で泳ぎたかった。「でもさぁ、雫ちゃんが病気にならへんかっから、会えへんかったんやもんなぁ。皮肉やなぁ」 ぽんと、タヒチ君の言葉が真実そのものだ。私が癌にならなかったら、レモン島自体、訪れることもなかった。あ、そうか。そういうことか。元日に教えてもらった、シスターの言葉。思いっきり不幸を吸い込んで、吐く息を感謝に変える、っていうのは、こういうことだったのか。
(P218)

 

 

今日の仕事帰り 「メゾン・ド・ジャンノエル」の名古屋プリン(243円)を買って帰りました。名古屋コーチン卵を40%使用した濃厚なプリンです。今流行りのなめらか系ではなく、レトロ系のプリンで甘すぎることもなくとてもおいしいです♪。それに値段もお手頃でコスパがとてもいいです。ちょっとした手土産等におすすめのおいしいプリンでした。ごちそうさまでした♪

 

メゾン・ド・ジャンノエル(食べログ)

名古屋市西区香呑町4