
あらすじ
弟が失踪した。彼の妻・楓は、明るくしたたかで魅力的な女性だった。楓は夫の失踪の原因を探るため、資産家である夫の家族に近づく。兄である伯朗は楓に頼まれ協力するが、時が経てばたつほど彼女に惹かれていく。
ひと言
フラクタルは知っていたのですが、ウラムの螺旋は全く知らなくてとても興味深かったです。さすが東野 圭吾さん。ただ美人妻の楓(吉高 由里子)の設定は日曜劇場でドラマ化されることを見越してのこと?もうDVD化されているようなので今度借りて観てみます。
「これはフラクタル図形の一種だ。フラクタルというのは幾何学の概念の一つで、自然界などにも頻繁に出現する」伯朗は順子と顔を見合わせた後、お手上げのポーズをしてみせた。「何のことやら、さっぱりわかりません」「その図形を拡大してみると特徴がよくわかる。一見、レース編みの模様みたいだろう? しかしふつうのレース編みの場合、拡大すると編み目がどんどん大きくなる。ところがその図形は、拡大しても、その編み目の中にもっと細かい同様の編み目が現れる。もちろん、無限ではないがね。そのように全体の形と細部とが相似にあるものなどをフラクタルという。自然界では海岸線が好例だ。地図に描かれた海岸線は、その一部だけを虫眼鏡や顕微鏡などで拡大していくと次第に線は滑らかになっていく。しかし実際の海岸線は、どんなに近づいていっても、そうはならない。それなりのぎざぎざが、ミクロの世界になっても存在する」「そういうものがフラクタル……初めて知りました」
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「その本の表紙には図形が描かれていたんですか」「正確にいうと図形とは少し違うのだが、図形といったほうがイメージはしやすいだろうね。どんなものか、手短に説明しよう。まず数字を思い浮かべてほしい。最初は1だ。次に、その右横に2を、2の上に3を置く」憲三は指先で空中に数字を書きながらいった。「その次は3の左横に4だ。さらに左横に5、次の6は5の下に置く。6の下に7、7の右横に8、その右横に9、さらに右横に10、次は上に11 ……と、このように、数字を順番にぐるりと螺旋を描くように並べていく。際限なく並べられるので、どれだけ並べるかは自由だ」伯朗は怪訝な思いで首を傾げた。「それで図形になるんですか」「それだけではならない。次にその数字のうち、素数を黒丸に置き換え、それ以外の数字は消す。これで完成だ」伯朗は頭に思い浮かべようとしたが、うまく描けなかった。隣で楓が首を振った。「だめです、どんなものになるか想像つきません」「俺もだ」すると憲三は楓を指差した。「スマートフォンを持っているだろ? 検索するといい。すぐに見つかる。検索ワードは片仮名でウラム ――『ウラムの螺旋』で調べればよい」……。

ありました、といって楓がスマートフォンの画面を伯朗のほうに向けた。それはたしかに図形に見えた。だがよく見ると、無数の黒い点で構成されているのだった。その並びはランダムなようであり、微妙な規則性も感じさせる、不思議な絵だった。

「一九六三年、数学者のスタニスワフ・ウラムによって発見された。規則性の強い部分を応用し、新たな素数の発見に使用される場合もある」憲三が重々しくいった。「しかし、なぜこのような微妙な規則性が生まれるのか、それから五十年以上経った今でさえ、何ひとつわかってはお
らん」
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