あらすじ

彼岸花の咲き乱れる砂浜に倒れ、記憶を失っていた少女は、海の向こうから来たので宇実と名付けられた。ノロに憧れる島の少女・游娜と、“女語”を習得している少年・拓慈。そして宇実は、この島の深い歴史に導かれていく。(第165回 芥川賞受賞)


ひと言
台湾生まれの李 琴峰さんが書いた小説で、「ニライカナイ」が出てくるので沖縄本島南部の斎場御嶽(せーふぁうたき)や神の島の久高島が舞台なのかなと思いましたが、本の内容や最初に出てくる島の地図からも与那国島が舞台なんだなと思いました。琉球の創世神がアマミキヨであるのも、天照大御神が女神であるのもこの本に書かれている通りなのかもしれない。深い小説だなぁと思いました。納得の芥川賞受賞作品でした。


〈ニライカナイ〉は海の向こうにある伝説の楽園で、〈島〉の信仰では、そこは〈島〉の源で、全ての島民の真の故郷であり、また死後魂が帰着する場所でもある。年に数回、ノロたちはニライカナイへ渡り、そこから豊富な宝物を〈島〉へ持ち帰る。ノロたちが出発する日と帰ってくる日には、それぞれ〈ニライカナイ祭り〉を行うことになっている。前者はノロたちの海上安全を祈願するためであり、後者はニライカナイの恩恵に感謝を捧げる意味合いが強い。
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「何考えてるの?」「三年後のことを考えてるの」と、游娜は静かに細波(さざなみ)立つ海面を見つめながら言った。「三年後、私と宇実は一緒に大ノロの骨を洗って、祈りを捧げて、海へ流すの。その時、私たちは拓慈と仲が良くて、三人で一つの家で暮らしてる。子供を引き取って育てる。私はたまに〈ニライカナイ〉へ渡り、〈島〉のために貿易をする。〈島〉の人たちは今と変わらない平穏な生活を過ごしている。そんな中で、私たちはゆっくり年を取っていく」思ったより考えてる、と宇実は密かに感心したが、口にはしなかった。海を眺めている游娜の横顔は夕陽に赤く染まっていて、見ているとどことなく寂しかった。「ほんとにそうなるといいね」宇実はぽつりと呟き、そして游娜と同じように遠くへ視線を向け、静かに海を眺めた。「そうなるって信じるの」と、游娜が言った。半分沈んだ真っ赤な火球ぱ海面で赤い光の筋を引いていて、さながら炎の尻尾のようだった。それに照らされながら、砂浜を覆い尽くす彼岸花は二人の背後でどこまでも妖艶に咲き乱れ続ける。
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