今日は先日の5月3日、前からずっと行きたかったのですが臨時休業で行けなかった「太陽食堂」へまた3人で出かけました。ちょうど12時ごろにお店に到着、18人の列で80分並びました。7席のカウンターのみのお店で、ご主人1人のワンオペなので見るからに忙しそうです。味玉中華そば並(800円)と焼きめし(380円)をいただきます。鶏ガラに煮干し少し甘みのある醤油ダレがなつかしいというのが第一印象の絶妙なスープです。名物の焼き飯も手早く調理されているのにとてもおいしく、娘は持ち帰りを頼むほどです。おいしく、ご主人の接客態度もとてもよく3人とも長く並んだのに大満足♪。ごちそうさまでした♪。

 

太陽食堂

名古屋市中村区中村町7

 

下の娘がこの連休中帰ってきて、お昼はラーメンを食べに行こうということになり、中川区の「麺屋 誠」へ。塩そば(840円)をいただきます。海老の香りのする透き通ったスープ。カロリーも抑え目な感じがして女性客No.1のメニューだけのことはあるとてもおいしい塩ラーメンでした。ごちそうさまでした♪。

 

麺屋 誠

名古屋市中川区横前町

 

あらすじ

戦国末期、シルバーラッシュに沸く石見銀山。天才山師・喜兵衛に拾われた少女ウメは、銀山の知識と未知の鉱脈のありかを授けられ、女だてらに坑道で働き出す。しかし徳川の支配強化により喜兵衛は生気を失い、ウメは欲望と死の影渦巻く世界にひとり投げ出されて……。生きることの官能を描き切った新境地にして渾身の大河長篇!


ひと言
読み終えて、途中何も付箋がつかなくて焦った。命を削ってまでも銀に魅せられた男たちとそれに縋るようにして生きる女たち。銀山の過酷な世界にしか生きられない男と女をウメを通してうまく描いているとは思いますが、なんか自分には合わない作品で、自分と直木賞作品はやっぱり相性が悪いかも。もう一人の小川 哲さんの「地図と拳」も650ページもあり、満州、ロシアが舞台の作品なのでパス。


龍が柔らかく笑った。潮風が鼻に届いて、かすかに螺灯の殼の匂いがした。「銀がなくなっても、光るなにかを人は探すと思います。それで毒を蓄えても、輝きがなくては人は生きていけない。無為なことなどないんです。ウメさんの歩んできた道に光るものはありませんでしたか」あった。無数に。自らの足で仙ノ山に辿り着き、光る葉を見つけた。美しいと思った。喜兵衛に出会った。間歩を知り、隼人と躑躅の蜜を吸った。大輪の花のような踊り子にも、鶴のような女郎にも出会った。銀だけではない。艶やかな彩りは山の四季のように生きてきた道のあちこちで輝いていた。「足掻きましょう、無為に思えても。どこにも逃げられはしないんです」耳元で響く龍の声は優しかった。この声を一日でも長く守りたいとウメは思った。

 

近鉄パッセのポップアップマルシェに26日から出店している「カフェ オスピターレ」に仕事帰りに立ち寄りました。以前にも松坂屋などに出店していて、すごい行列であきらめていましたが、今日は十数名(全員女性)の列なので頑張って並びました。イタリアのアマルフィの修道院が発祥と言われるスフォリアテッラ(イタリア語でひだを何枚も重ねたという意味)のカスタード・チョコレート・ガトーキャラメル(各381円)をいただきます。

 

 

貝殻の形のスフォリアテッラはパイ生地にバターを全く使用していないのでサクサクというよりバリバリ!といった堅い食感で、中のたっぷり入ったカスタードやチョコととてもマッチしておいしいです。ごちそうさまでした♪

 

カフェ オスピターレ

福岡市博多区博多駅中央街1

 

今日の仕事帰り19日から近鉄パッセの地下に出店している「麩柳(ふりゅう)商店」の生麩のみたらしのきなこ(400円)と笹巻麩(こし餡)3個入り(481円)をいただきます。マツコの知らない世界で紹介されたりボディビルの安井友梨さんがおすすめしているだけあって上新粉と白玉粉で作るみたらし団子とは違い、麩で作った団子はもう一つ上品な食感とお味です。最近カップやビンに入ったインスタ映えするみたらしが話題ですが、このきな粉の量からすれば3本入っていてもいいのかなと思いました。だだその分値段も高くなるから一概にどちらがいいとは言えないかもしれませんが……。とてもおいしいお麩でした。ごちそうさまでした♪。

 

 

麩柳商店    
名古屋市西区那古野1

桜の開花情報で御室桜も散りはじめから3,4日経った4月13日、以前から観に行きたかった枝垂桜の桃源郷とも云われる「原谷(はらだに)苑」へ2人で桜を観に行ってきました。

 

(写真はネットより拝借しました)

 

京都駅から205系統のバスに乗り金閣寺へ。バスには外人、修学旅行生、大学生、地元住民ともう全くコロナ以前のような賑わいの満員で金閣寺道まで1時間ほどかかりました。

 

 

金閣寺のタクシー乗り場から原谷苑までタクシーに乗り東門に到着。タクシー料金は約1100円、入園料は1200円でした。

少し満開を過ぎた枝垂桜が出迎えてくれます。

 

 

満開なら下のような、まさしく桃源郷のような枝垂桜です。

 

(この写真もネットより拝借しました)

 

2人でひと通り園内を散策して、売店でちらし寿司を購入。

 

 

園内の所々に置かれた床几でお寿司をいただき、記念撮影。

 

 

満開ならばこんな感じです。

 

(この写真もネットより拝借しました)

 

御室桜も園内に植えられていました。予定では歩いて仁和寺へ抜ける予定でしたが、もう御室桜も盛りを過ぎているとのことなので今回は断念します。

 

 

帰りは西門を出てすぐの無料送迎バスを利用させてもらいます。

 

 

 

 

約10分ほどでわら天神の鳥居前の送迎バス乗り場に到着しました。

 

 

帰りは204系統のバスで北大路バスターミナルまで行き、地下鉄を利用して京都駅へ。京都駅の空中経路から京都タワーを眺め、名古屋に帰りました。

 

 

原谷苑は少し盛りを過ぎていましたが、その分人出も少なく、ゆったりと枝垂桜を鑑賞することができました。前から行きたかった「原谷苑」。次は家族みんなで満開の桜の桃源郷を訪れてみたいです。それにしても外人さんの多さにびっくりの京都でした。

 

原谷苑のホームページ

 

 

 

 

あらすじ
少年時代、チェロ教室の帰りにある事件に遭遇し、以来、深海の悪夢に苛まれながら生きてきた橘。ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への潜入調査を命じられる。目的は著作権法の演奏権を侵害している証拠をつかむこと。橘は身分を偽り、チェロ講師・浅葉のもとに通い始める。師と仲間との出会いが、奏でる歓びが、橘の凍っていた心を溶かしだすが、法廷に立つ時間が迫り……


ひと言
4月12日、2023年の本屋大賞が発表になった。「ラブカは静かに弓を持つ」は1位「汝、星のごとく」と55.5点差の388点で第2位となった。良くないとは思わないのだが、本屋大賞は女性の書店員が投票に関わることが多いのか、昔から音楽関連の本が上位に来る傾向があるように思うのは私だけだろうか?

「音楽教室内での演奏は『公衆』に対する演奏ではない、というのが奴らの主張の大筋だ。演奏権については重々、君も理解しているね?」すぐ頷いたのにもかかわらず、塩坪はファイルの資料を捲って、朗々と条文を読み上げた。
第22条(上演権及び演奏権)著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。
「この演奏権が及ぶ限りにおいて、著作者はみずからの著作物が演奏された際に、その使用料を使用者から徴収する権利を持つ。ある音楽を作った人間は、その音楽を何らかの目的で演奏した人間に対して、相応の対価を要求できるということだ。すなわち、我々全著連は、管理している楽曲の使用者に対して相応の金額を請求する権利を有している」音楽の権利構造は複雑だ。作詞や作曲をした音楽家は、当該楽曲のプロモーションが正当に行われることなどと引き換えに、その楽曲の著作権を音楽出版社に譲渡する。そして著作権者となった音楽出版社の多くは、それらの管理を音楽著作権等管理事業者へ信託する。その音楽著作権等管理事業者の最大手が、橘の属する全著連だ。つまり、何らかの形で管理楽曲の著作権が侵害された場合に、その不正利用者に対して直接対応措置を講ずる権利を有し、同時にその義務を併せ持つのが、全著連という組織だった。
「大人を対象にした音楽教室というのは、五人以下のグループレッスンが主流らしい。もしくは講師と生徒が一対一の、マンツーマンレッスンになる。どちらにせよ、基本的に習い事というのは曜日が決まっているから、場に居合わせるメンバーも固定されているはずだ。音楽教室内のスタジオという極めて小さな密室で行われる、特定の五人以下の前での演奏が『公衆』に対する演奏に当たるはずがない……というのがミカサ側の言い分になる」そのほかにも、音楽教室内での演奏は『聞かせるための演奏』ではないという主張、音楽教育のための著作物の利用は文化的所産の公正な利用だという主張もあるが、教室内での演奏が『公衆』へのそれに当たるか否かが最大の争点になるだろう、と塩坪がファイルを橘に手渡した。
(第一楽章)

「たかが一曲、二曲を弾くために、その団体にわざわざお金を支払えってこと? 万単位になっちゃうようなら、たぶん夫が渋るわよ」「今回みたいに一回限りのことであれば、数百円単位の請求になるはずです。店舗面積や客単価にもよりますが。著作権が切れたクラシックだけを演奏する分には申請は不要です。逆に、ポップスを演奏する際には必ず申請しなければいけない……というルールだったような。正確には、著作者の死後七十年が経っていない楽曲」
(第二楽章)

この曲が弾けるようになりたい、というのは、音楽教室に通う生徒のモチベーションの中のひとつだ。それがポップスだろうが、クラシックだろうが、変わりはない。音楽文化の発展を広い視野で見たときに、いま全著連が取ろうとしているやり方はベターであるといえるのだろうか? 音楽教室でのレッスンで弾いた楽曲からも著作権使用料を徴収してしまうことで、結果的に業界全体の萎縮を招いてしまうのではないか? 今後、ミカサをはじめとする音楽教室は著作権切れの楽曲のみを取り扱う、という流れになることも十分に考えられるだろう。それはある意味ではクリーンな経営になるともいえる。しかし、思い出のヒットソングを弾きたいからと音楽教室の門を叩いた生徒に、それはもう誰からも教わることができない曲なのだ、と伝えるのは酷なのではないか。業界内外からも不満が出ている。自身の曲は使ってくれて構わないと声明を出した作曲家もいる。音楽は人から離してはいけない。全著連がこの国の音楽業界へ多大なる貢献をしてきたことは周知の事実だ。しかしながら、この方針は見直していただきたい。
(第二楽章)
 

 

最近は2,3週間に一度戻ってくる下の娘と3人の恒例の土曜の朝のモーニング。今朝は「カフェタナカ 稲沢文化の杜店」へ少しリッチなモーニングです。私はベーコンエッグバーガー(980円)をいただきます。ふわとろのスクランブルエッグとベーコン、それをサンドするブリオッシュ食パンがとても美味しかったです。ごちそうさまでした♪。

 

カフェタナカ 稲沢文化の杜店

稲沢市稲沢町前田

 

あらすじ

カフェの若き店長・原田清瀬は、ある日、恋人の松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受ける。松木の部屋を訪れた清瀬は、彼が隠していたノートを見つけたことで、恋人が自分に隠していた秘密を少しずつ知ることに。「当たり前」に埋もれた声を丁寧に紡ぎ、誰かと共に生きる痛みとその先の希望を描いた物語。


ひと言
最近はADHD、自閉症スペクトラム障害、アスペルガーなどを取り上げた小説が多いように思います。多くの人が思う、こうあるべきという「正しさ」について何か考えさせられる小説でした。

「わたしADHDってやつなんですよね。じつは」「オーナーからはなにも聞いてないです。でもあの、品川さんにはその、なにか、その障害があるということ、ですか?」「えっと。片付けられなかったり、時間守れなかったり、ほんとに申し訳ないと思ってます。大人になってから病院行ってわかって。あ、発達障害だからしかたない、理解してくれ受け入れてくれって話じゃないんです。迷惑かけてるって知ってるし、諸々反省してます、ほんとです」ただの性格上の欠点だと思っていたことはすべて、品川さんの特性に端を発するということなのだろうか。なんと言っていいかわからず、おろおろと品川さんの顔色を窺う。オーナーは清瀬にはなにも教えてくれなかった。「あの、すみません。身近にそういう人がいなくて、あんまりくわしくないんですけど、え、ごめんなさい。え、ていうか、なんで今まで教えてくれなかったんですか? 知ってたらわたし」「……知ってたら、どうしたんですか?」思いがけず、品川さんの強い視線にぶつかった。品川さんが一瞬ぎゅっと顔をしかめた。泣き出す直前の子どものように見えた。「知ってたら、しかたないよね、普通の人じゃないんだもんねってなんでも大目に見てあげたみたいな話ですか? いるんですよね。発達障害って聞くなりアタフタし出して、配慮するとか理解するとか言ってくる人。ネットの記事とか読んで、その内容をうのみにしちゃうんです。毎日同じ習慣を守っててそれを邪魔されるとパニックになるってほんとう? 風景を写真を撮るみたいに一瞬で覚えられるってほんとう? 違いますよ。ぜんぜん違う。わたしはそういうのとは違うし、仮に同じ障害名の診断を受けてるとしても困ってることも、できることも、できないことも、ひとりずつ違うんです」「品川さん、落ち着いて、あの」「でも店長みたいな人たちって、そのこと知ると相手をただの『障害のある人』っていうカテゴリでしか見なくなりますよね。もうわたし自身のことを見ようとしなくなる。それが嫌だから黙ってたんです。隠してたんです。オーナーにも頼んで内緒って約束で雇ってもらったんです。だって言ったらもう終わりだから。就職だって無理だった、勝手に『どうせできないだろう』って決めつけられて、なんにも仕事を任せてもらえない、今までもずっとそうだった、手当たり次第に面接受けて、なんとかひっかかったのがここだった、なのに」品川さんの声はどんどん大きくなっていって、最後にはほとんど悲鳴のようになった。悲鳴は刃物のように鋭くて、清瀬の皮膚に無数の傷をつけていく。そのとおりだ。品川さんの言うとおりだ。現に今までと同じ目で、品川さんを見られなくなっている。この人を相手になにをどこまで、どんなふうに言えばよいのか、急にわからなくなった。
(7月25日の原田清瀬 Chapter4 )

樹さんはまだ字の練習を続けているのだろうか、と考える清瀬の心を読んだかのように、葉書が来てん、と松木が呟く。「葉書?」「うん」松木。ただひとこと、そう書いてあった。葉書の端に、大きな字で。なにか続けようとして、言葉にならなかったのかもしれない。「字のかたち、けっこう整ってた」「そっか。よかったね」「うん。よかった」よかったけど、と松木は息を吐く。よかったんかな、と語尾が弱まる。「どういう意味?」「できることが増えるのは、ええことかもしれんけど。あれでよかったんかな、と今でも思う。なんやろ、努力ってたしかに尊いけど、努力だけが正解なんかな。近眼の人はメガネをかける。努力して視力あげなさいなんて誰も言わん。足怪我したら、杖使う。でもいっちゃんは『努力』を求められる」下を向くと、松木の靴が目に入った。いびつにすり減った靴。清瀬は答えなかった。松木がほしいのはきっと安易な結論ではないと思ったから黙っていた。そのかわりに、どこまでもつきあおうと思った。松木の葛藤に、どこまでも、いつまででも。
(10月25日の原田清瀬と松木圭太 Chapter9 )

わかったのは今の天音さんには隣を歩く人がいるらしいということだけだ。それから、たぶんこれ以上追いかけてはいけない、ということ。ふたりに背を向けて、清瀬は来た道を駆け戻る。川のほとりに立つ者は、水底に沈む石の数を知り得ない。でも清瀬は水底の石がそれぞれ違うことを知っている。川自身も知らない石が沈んでいることも。あるものは尖り、あるものはなめらかに丸く、またあるものは結晶を宿して淡く光る。人は石を様々な名で呼びわける。怒り。痛み。慈しみ。あるいは、希望。
(10月25日の原田清瀬と松木圭太 Chapter9 )

 

 

 

今日は結婚30周年の記念に、和風イタリアンで評判の「黒ひげ」へ行ってきました。記念日コース(5800円)紅ほっぺ・クリームチーズ・生ハムのカプレーゼ  帆立のカルパッチョ  ローストビーフ・金粉七味とバルサミコソース  帆立、やりいか、明太子クリームのパスタ  燻製牛ステーキ  季節のジェラート  幸せ運ぶ蝶々のケーキ・珈琲 をいただきました。完全予約のお店で雰囲気もとてもよく、料理もどれもとても美味しかったです♪。また家族の誕生日等に利用したいと思います。ごちそうさまでした♪。

 

黒ひげ

稲沢市平和町法立北瀬古