あらすじ
政次郎の長男・賢治は、適当な理由をつけては金の無心をするような困った息子。政次郎は厳格な父親であろうと努めるも、賢治のためなら、とつい甘やかしてしまう。やがて妹の病気を機に、賢治は筆を執るも――。天才・宮沢賢治の生涯を父の視線を通して活写する、究極の親子愛を描いた傑作。(第158回直木賞受賞作)
ひと言
父 政次郎からの視点で賢治を見た作品で知らなかった賢治の一面を見られてよかったです。このゴールデンウイークに映画でも上映されることになったので、映画も観てみたいです。
この生き馬の目をぬく世の中にあって商家がつぶれず生きのこるには、家族みんなが意識たかく、いわば人工的な日々をすごさなければならぬ。家そのものを組織としなければならぬ。生活というのは、するものではない。――つくるものだ。というのが政次郎の信条たった。封建思想ではなく合理的結論。
(1 父でありすぎる)
十一月の花巻は、もう秋ではない。よそから来る人々が、一日ごとに、三度さがる。とその気温を呪うほどの完全な冬である。朝方、脈拍が停止した。イチはもう半狂乱で、「先生を。藤井先生を」主治医が来た。むだ足だった。トシの脈はふたたび細鳴りをはじめたのである。「どのみち夕方か、晩か」主治医は、別室でそう政次郎に宣告した。夕方になった。みぞれがふっている。古新聞を燃べたような青みがかった灰色の空から、白い雪と、銀色の雨がもみあいつつ降りそそいでいる。この気候ないし落下物を、花巻のことばで、―― あめゆじゅ。という。「あめゆき」のなまった言いかたなのだろう。この夜のそれは雨よりも雪の量が多いのか、落ちても地にしみこまず、氷菓状に堆積して庭を純白の底とした。庭石も、松の枝も、巴旦杏(はたんきょう)の葉も、土蔵の屋根も、またたくまに東北のきびしい天候の一部となる。この日は、月曜日だった。賢治は学校から帰り、重態を知った。外套もぬがずトシの顔の横にすわり、身をかがめて、「おらだ。賢治だ。わかるか、お兄ちゃんだぞ」耳もとで大声を発した。トシのふとんの周囲には、家族全員があつまっている。母のイチ、弟の清六、妹のシゲとクニ。政次郎もそこに、(まじりたい)それが正直な気持ちだったが、少し離れたところで正座した。家族の俯瞰は、家長の義務のひとつである。トシは、うっすらと目をひらいている。あくまでも天井をにらんだまま、唇がわずかに動いて、「……お兄ちゃん」「な、な、何だトシ」「あめゆじゅ……」「は?」「あめゆじゅとてちてけんじゃ」ここ数日で、いちばん明瞭な要求だった。これを言うために、トシはここまで余喘(よぜん)をたもったのだろうか。「わがった」賢治は、機敏である。部屋を出た。庭でごそごそ物音がした。ふたたび来たときには、右手と左手にひとつずつ、青いじゅん菜(さい)の模様のついた茶碗をつかんでいる。どちらの茶碗にも白いものが山をなしているが、室内の火鉢の温気(うんき)のため、はやくも線状のけむりをたてはじめていた。「のどが渇いたんだべ、トシ。さあ飲めじゃ」枕もとにすわり、左手の茶碗を置き、右手のそれへ銀の匙をさしこんで、その匙をそっと唇に押しつけた。唇はほとんど干からび、しわが刻まれている。みぞれは透明な水となってその谷をつたい、前歯に落ち、その表面できらきらと散った。賢治は、二匙目を献じた。トシはこれを拒絶した。わずかに下へ首を動かして匙をずらし、目をそらしたのだ。視線の先には、さっき置いたほうの茶碗がある。茶碗の横の畳の上に、緑色のものがある。「ああ、これが?」賢治は右手の茶碗を置き、指でつまんだ。緑のものは、松の葉たった。稲の苗のごとく四、五本がまとまった、あざやかな植物性の縫い針たち。「庭からさ。取って来たんだじゃ」賢治はふとんからトシの腕を出してやり、その手に松の葉をにぎらせた。トシはそのさわやかな
匂いのする針束(はりたば)をおのが白い頬に近づけ、「ああ、いい」何度もつついた。肌をやぶるのではと危ぶまれるほど、それは強い刺しようだった。もう痛覚はないのか、唇のはしをふるふるさせて笑いながら、「さっぱりした。まるで林のながさ来たよだ」表情が、一変した。松の葉がはらりと落ち、あえぎが激しくなった。賢治は両肩をつかんでゆさぶり、「トシ。トシ」トシはどういう反応もしない。ただ天井をにらんで薄い呼吸をくりかえすだけ。呼吸音にまじってひゅうひゅうと木枯らしの音の鳴るのが人間ばなれしていた。「トシ。トシ。しっかりしろ」なおもわめく賢治の背中を、「賢治」やさしく二度たたいたのは、政次郎だった。賢治はふりかえり、おどろきの顔をした。政次郎は右手に小筆を、左手に巻紙を持っている。何をする気かわからないのだろう。「どきなさい」と言うと、賢治は、半びらきの口のまま、ひざを横にすべらせた。あいた空間へ身を入れる。政次郎はトシを見おろして、「トシ」「えらいやつだ、お前は」「…………」巻紙をかまえ、小筆をにぎり、「これから、お前の遺言を書き取る。言い置くことがあるなら言いなさい」「お父さん!」賢治が、悲鳴をあげた。激怒している。政次郎は無視した。このことはもう何日も前から考えていたのだ。いまさら気をしっかり持てだの、まだ生きられるだの言うのは病人には酷であるばかりか、かえって(愚弄になる)そんな気がした上、(私は、家長だ)自覚がある。……。……。
「お父さん、トシはまだ……」と賢治がなおも横から抗議するのを、「うるさい」一蹴して黙らせ、あらためてトシヘ、「さあ、トシ」小筆と巻紙を、突き出すようにしてトシに見せた。トシは、それらを見た。信じがたいことだが、頭を浮かせた。身を起こしたつもりなのだろう。そのままの姿勢で、唇をひらき、のどの奥をふりしぼるようにして、「うまれてくるたて、こんどは……」その瞬間。「あっ」政次郎は、横から突き飛ばされた。賢治だった。政次郎のひざがくずれると、賢治はむりやりトシとのあいたに割って入り、耳もとに口を寄せて、「南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経」トシの頭は、力なく枕に落ちた。その唇はすでにぴったりと閉じられている。「南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経」賢治のお題目はつづく。声がいつもより高かった。政次郎はひざをくずしたまま、呆然と見るしかできない。。トシはまた唇をひらいた。こまったように見える顔で、「…………」賢治はお題目をやめ、「えっ? トシ、いま何と?」「耳、ごうど鳴って。……」唇をひらいたまま、ぽんと右の肩を跳ねさせた。それが合図ででもあるかのように、顔の筋肉が停止した。目もひらいたままだっだ。鼻のあたまから頬へ、ひたいへ、顎へ、みるみる白蝋(はくろう)がひろがっていく。虚無が空気を支配する。どのような生理的現象が起きたのかは、誰の目にもあきらかだった。「ああっ」イチが、たまらず部屋を出る。清六はうなだれ、クニとシゲは抱きあって泣いている。賢治はがらりと押入れをあけると、首をつっこんで、けたもののように、七畳半の部屋いっぱいに、感情の洪水がうずを巻いた。政次郎も、(さけびたい)正座しなおし、しずかにトシの手を取った。手首に指をあて、脈を見た。あれほど高熱つづきだったそれはもう氷のようだった。脈はなかった。政次郎はトシの腕をふとんに入れ、ふところから銀時計を出して「午後、八時三十分」つぶやいたとき、玄関のほうで戸ががたがたと音を立てる。ようやく医者が来たのだろう。
(7 あめゆじゅ)
そもそも『春と修羅』という本の題そのものがトシがらみだ。政次郎には、そんな気がしてならなかった。なぜなら「無声慟哭」あたりの詩句から見るに、ことに「修羅」の語が、もうトシのいない世にひとり生きなければならない胸のいたみを示している。これらの詩、というより哀吟のなかで、政次郎の心をもっとも深くつらぬいたのは「永訣の朝」だった。直感的に、(あのとき、書いた)そう思いあたった。あの夜、午後八時三十分。トシが息をひきとるや、賢治は押入れに首をつっこんで号泣した。というより咆哮した。藤井先生が死亡をたしかめ、家を去ると、賢治はきゅうに部屋を出て、家へもどり、二階の部屋にこもってしまった。翌日の明け方まで出てこなかった。そのときに書いたにちがいないのだ。政次郎は、「賢治め」舌打ちした。詩集のその詩のページを平手で打とうとした。だとしたら賢治はつまり現実のトシのなきがらよりも、それよりもむしろ自分のなかの幻像に寄り添うほうをえらんだことになる。究極的には、妹の死すら、賢治にはおのが詩作の、(材料(たね)に、すぎんか)この違和感は「永訣の朝」の最後ちかく、以下のくだりを何度目かに読んで、いっそう顕著になるのだった。
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あぁあのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる)
雪とは例の「あめゆじゅ」だろう。トシのもとめに応じて賢治が庭から二碗さらってきた至誠のみぞれ、末期の水。そのこと自体は事実そのままとして、問題は、括弧でくくられたトシのことばだった。文章語になおせば、「また人に生まれるなら、こんなに自分のことで苦しまないよう生まれて来ます」とでもなるだろうこの長ぜりふは、どう見ても、トシ自身のものではないのである。政次郎は、思い出す。賢治はむしろトシを妨害したのである。政次郎が巻紙をかまえ、小筆をにぎり、「言い置くことがあるなら言いなさい」と問うたら、トシは頭を浮かせ、渾身の力を以て口をひらこうとした。生きたあかしを世にのこす最大かつ最後の機会だった。ところが賢治は政次郎をつきとばし、トシの耳もとで、「南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経」ほろりと頭が枕に落ちた瞬間の卜シのうつろな表情は、いまも政次郎のまぶたの裏にのこっている。それでいながら賢治は遺言を捏造した。トシの直身(ひたみ)の意志を、おのが作品のために、(ぬりつぶした)政次郎は、本をばさりと放り投げた。
(8 春と修羅)