2020年12月29日 今年一年のお礼参りでお伊勢さんに行った際に立ち寄らせていただきました。伊勢市駅に戻り(JRで二見浦へ行ったので)、外宮までの参道のお店で二軒茶屋餅とへんば餅を購入。

と書いてありました。
ただ二軒茶屋餅と同じく、伊勢三大餅(赤福餅・二軒茶屋餅・へんば餅)のへんば餅をこれだけの紹介では大変失礼ですし、ブログに載せた写真も二軒茶屋餅と一緒に撮った下の写真なので、お店のHPから美味しそうなものに代えさせていただき、こちらも このブログを始める前に3人旅で小俣町明野の本店を訪れたときのことを思い出しながら書きます。

 

 

こちらも1775年(安永4年)創業、250年の老舗です。

 

 

こちらはお店の前で写真を撮ったものが残っていました。

 

 

こちらでもお店でお茶をいただきながらお餅をいただいたのを覚えています。店名の由来が、昔 伊勢神宮へ向かうには必ず「宮川の渡し」で船に乗り換え川を渡らなければならず、またその渡し場より先は伊勢の「神域」となるため、一切の動物は立ち入りが禁止されており、旅路で乗ってきた馬も皆ここで降りて返さねばならなかったということに由来します。こちらの本店もなかなか行きにくい場所にあって訪れたことのある人も少ないかもしれませんが、もし時間に余裕があるようなときには是非訪れていただきたい場所です。

 

本店に行けない場合には おはらい町の端の市営駐車場に近いところにおはらい町店があります。

 

 

へんば餅も食べたくなってきたなぁ。ごちそうさまでした♪。

 

へんばや商店 おはらい町店

伊勢市宇治浦田1

 

あらすじ
人生の岐路に立つ若者の、せつなくてひたむきな恋と決断の物語。愛猫ペロを亡くした喪失感にうちひしがれていた立花明海は古本屋で普段は読まない自己啓発本を買った。中には前の所有者か、「大滝あかね」と書かれた名刺が挟まっていた。そして自分が唯一心を打たれたフレーズには傍線が。明海は思い切ってあかねにメールしてみるが……。新たな出会いとともに違う人生が現れ、明海は悩み、勇気を奮い、道を決めていく。


ひと言
とても切ないラブストーリーで、ある程度結末はわかっているんだけれど、どうなるんだろうと引き込まれて読みました。本の帯に映画化決定!と書かれていて、調べてみると、もうDVDにもなっているみたいなので、今度観てみたいです。



しかし、すぐ次のページをめくった刹那、ぼくは胸裏で「あ」と、小さな声をもらした。左ページのなかほどに、赤いボールペンで傍線が引かれていたのだ。書き込みをした本を古書店に売るなんて……。ちらりとテーブルの隅に置いた名刺を見遣って、短く嘆息した。そして、なんとなく赤線の引かれた一文を目で追ってみて ―― 。ごくり。ぼくは、唾を飲み込んだ。そこにぱ、こう書かれていた。
《自分の人生を愛せないと嘆くなら、愛せるように自分が生きるしかない。他に何かできる?》他に、何かできる?
(第一章 花びらの名刺)

「なんて言うんだろうな……。人間のなかには、自動的に立ち直れるようなプログラムがある気がするっていうか。時間が経つと、いろんなことか薄れていくでしよ? よかった記憶も、つらかった記憶も。だから、結局は、自動的に立ち直りながら、少しずっでも前に進むしかないんだなって」「…………」「あ、なんか、ごめん。意味分かんないよね」ぼくは微笑みながら首を横に振った。「分からなそうで、分かる気がします」
(第一章 花びらの名刺)

しばらくぼくが黙っていたら、あかねさんは続けた。
「あたりまえなんだけどさ、わたしの、おばあちゃんの、おばあちゃんの、おばあちゃんの、おばあちゃんの、おばあちゃんがね、もしも、子どもを産む前に死んでいたら、わたしはこの世に存在していないんだよね……。もっと極端に言うとさ、ずっとずっと太古の昔に遡っていってね、たとえば縄文時代だったり、石器時代だったり、猿人の頃だったり、さらにもっともっと遥か昔、海のなかの微生物だったりした頃、その小さなひとつの命がわたしのご先祖様だったとしたら―― 、その微生物がしっかり生き抜いてくれたおかけで、いまのわたしがいるんだよね」そこまで言って、あかねさんはふたたびぼくを見上げた。「なんか、そういうのって、すごいよね。太古の海にいた微生物から、現代のわたしにまでつながる、永い、永い、命の連鎖のなかで、たったひとつでも命のリレーか途切れたら、いま、わたしは存在していないんだもん。そう考えると、いまこの瞬間、わたしがここに生きていることって、ものすごい奇跡なんだなって、そう思うんだよね」
「奇跡、ですか… …」「うん。だってさ、他の生き物に食べられたりもしないで、災害に遭って死んだり、戦いで死んだり、病死したり、事故死をしたりもしないで、たまたま子孫を残すことに成功した―― そういうラッキーな生き物が、何万世代、何億世代って、命のリレーを続けてこられた結果、いまのわたしがいるんだもん。その間、たったの一度もバトンを落とさずに、リレーを続けてこられたんだよ。それって、天文学的な確率の奇跡だと思わない?」「なるほど… …」そう思うと、たしかにすごい確率かも知れない。
「明海くんが、いまここに生きているだけでもすごい奇跡で、わたしが生きていることも同じくらい奇跡で、そのふたりが同じ地球の同じ国で、しかも同時代に生まれて、そこでたまたま出会う確率を計算していったら、さらに天文学的な確率の奇跡になっちゃうよね」「しかも ―― 」なんだか漠然と感動していたぼくが、あかねさんの説を引き取った。「ぼくが無数の古本のなかからたまたま選び出した一冊のぺージに、たまたまある人の名刺がはさまっているという奇跡」あかねさんは、くすっと笑った。「ほんと、あれもすごい奇跡だよね。明海くんが別の本を買っていたら、わたしと出会っていないんだもんね」
そんなふうに考えはじめると、ぼくらをとりまくすべての存在と、すべてのご縁が、究極的に特別なものとしか思えなくなってくる。この世は、奇跡のみで成り立っている――。 
(第四章 ざわざわ公園)

少し薄暗くなった病室で、ぼくは続けた。えっと……、裕二さんは、きらきら眼鏡って、知ってますよね?」「きらきら、眼鏡?」「はい」「いや、はじめて聞いたけど……」きらきら眼鏡のことを、あかねさんは裕二さんに話していなかった。そのことに、ぼくは少なからず驚いていた。「じつは、それって、あかねさんがいつもかけている、目に見えない眼鏡なんです」「目に見えない……」「そうです」それからぼくは、ちょっとぽかんとしている裕二さんに、ぼくの考えを丁寧に説明した。裕二さんはいま、何を見るときでもまぶしそうな目をしていること。その目はきっと、目の前にあるあたりまえの現実のなかに、小さなきらきらした幸せをしっかりと見いだしている「幸せの天才の目」だということ。そして、あかねさんは、そんな裕二さんの真似をして―― つまり、裕二さんの気持ちになって世界を見る術を身に付けたということ。で、あたりまえの幸せに気づくための、そのモノの見方を「きらきら眼鏡」をかけるという喩えにしているということ――。「多分、あかねさんはいま、その『きらきら眼鏡』をかけていないと、悲しくて、淋しくて、壊れてしまいそうなんじゃないかって、ぼくはそう思っています」そこまで一気に言って、ぼくは口を閉じた。
(第五章 六行のラブレター)


弥生さんは、ひとつ肩で大きく呼吸をすると、ピンク色の唇を動かした。「あのさ……」「はい」「人ってさ、誰かを愛したいんじゃなくて、やっぱり愛し合いたいんだよ」「…………」いきなりの台詞に、ぼくは呆気に取られてしまった。「だから、わたし、あきらめるね。明海くんのこと」ぼくは呼吸すら忘れたようになって、ただ呆然と弥生さんの瞳を見下ろすばかりだった。「ロイヤル印刷に、行くことにする」「え……」「転職することに決めたから」弥生さんは、どこか自分に言い聞かせるような口調で、そう言った。瞳の奥で揺れる意志の光。真一文字に結ばれた唇。細い肩に食い込む旅行鞄のベルトを見ていたら、なぜだろう、いまになってようやく、ぼくのなかに、さっきの弥生さんの台詞が沁みてきたのだった。
人ってさ、誰かを愛したいんじゃなくて、やっぱり愛し合いたいんだよ――。
そして、その刹那、ぼくの胸の奥の方で、コト、と小さな音がした気がした。
(第六章 あかね色のペロ)

「いま、きらきら眼鏡、かけてます?」「もちろん」くすっと泣き笑いしながら、あかねさんは続けた。「ずっとかげてるよ。かけてないと、死んじゃいそうだったし。だから……、涙が止まらないんじゃん」そうか。そうだよな。ぼくは、あらためて気づかされた思いがした。いまも「きらきら眼鏡」をかけているからこそ、失ったものの大切さや、美しさや、素敵さを、よりいっそう大きく感じるわけだし、だからこそ、あかねさんはこんなにも涙を止められずにいるのだ。
考えてみれば、この世のすべての「出会い」は、いつだって「別れ」とセット売りで、決してバラでは手に入らない。誰かと出会えば、必ずいつかは別れがくる。ならば……どうせなら、その別れの瞬間、涙が止まらなくなるくらいに、出会った人とは深く心を通わせておきたい。そうしなければ、もったいない――。 
(第六章 あかね色のペロ)

ついさっきビールを飲んだばかりの胃袋に、甘くて冷たい液体を流し込んでいく。ある程度まで飲んだところで、ボトルを見た。コーラの赤いラペルよりも少し上の部分に、やっぱりそれはあった。黒い文字で書かれた、二行のメッセージが。
クローバーの花言葉、きらきら眼鏡で読んでみて。
そう書かれていた。
クローバーの花言葉って……。なんだか、なぞかげのようなメッセージだった。と、次の瞬間、ぼくはハッとした。テーブルの上に、あかねさんがあえて置いて帰った説明書きがあることに気づいたのだ。ぼくはその説明書きを手に取り、視線を落とした。そこには、クローバーの育て方や品種の説明などの他に、「素敵なクローバーの花言葉」と書かれた小さなコラムがあった。そのコラムによると、クローバーの花言葉は、ふたつあるらしかった。コラムをすべて読み終えたぼくは、少し落ち着こうと思って、深呼吸をした。それからテーブルのはじっこに置いてあった、あの黒ぶち眼鏡をかけてみた。似合わなくても卜いから、念のため。そして、あらためてもう一度、説明書きのコラムを目にした。花言葉は、ふたつ。
わたしを想って。 約束。
一九八〇円の眼鏡のレンズ越しに見たぽくの未来。自分の人生を愛せそうな未来は、ため息が出るほど、きらきらしていた。 
(第六章 あかね色のペロ)

 

 

2020年11月29日 コロナで自粛気味の3人旅でしたが、人との接触が少ない、尾鷲の熊野古道、馬越峠道を歩く旅の際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは

3時半ごろ尾鷲を出発。途中 津で降りて「うなぎ料理 はし家」さんで特上うなぎ丼(3300円 税込)をいただきました。ごはんの間にもうなぎが挟まっていて、大満足のうな丼でした。今回は宇治山田から内宮までハイキングの予定でしたが、急激なコロナの感染拡大のため、人出の少ない熊野古道に急遽変更した3人旅でした。それにしても もうすぐ1年 一日も早いコロナの終息を心より祈っています。

と書いてありました。

 

 

以前にも3人旅で津へうなぎを食べに行ったことがありますが、津は知る人ぞ知るうなぎ屋さんの多い所です。中でもはし家さんは食べログ うなぎ百名店に選ばれているお店で、なんとこのビル全体がはし家さんです。美味しいうなぎごちそうさまでした♪。



うなぎ料理 はし家

津市大門4

 

 

2021年11月23日 伊勢の古市参宮街道を歩くという3人旅の際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは
おみやげに太閤出世餅(760円 8個入)と若松屋のひりょうず(864円 2個入)を買いました。

と書いてありました。

2020年03月 甥の結婚式で伊勢に宿泊した際にお茶菓子として部屋に置いてあり、おいしかったので今回初めて購入しました。

伊勢には赤福をはじめ おいしいお餅が多く、伊勢を訪れる際には、今回はどのお餅を買って帰ろうかなと考えるのも伊勢参りの楽しみです。ごちそうさまでした♪。

 

太閤出世餅

伊勢市宇治今在家町

 

2015年10月24日 初めての西国三十三所巡りの満願を迎え、谷汲山 華厳寺にお参りした際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは
昨年の7月、琵琶湖の竹生島の宝厳寺を訪れたのが、ご縁となり西国三十三所を巡り始めましたが、ついに谷汲さんへ行く日がやって来ました。今日で満願達成です。本堂の柱の阿吽の口をした「精進落としの鯉」に触れて、山門を出てすぐ右にある「富岡屋」さんに向かいます。ずっと前から、満願達成したら必ず食べようと思っていた「満願そば(700円)」。不定休となっていたので「お休み」だったらどうしよう。と思っていましたが開いていてよかった♪
食べ終わった器の底には「満願成就」の文字、側面には笈摺堂のご詠歌「今までは 親と頼みし 笈摺を 脱ぎて納むる 美濃の谷汲」の文字
いろいろなことに感謝!感謝!感謝の気持ちでいっぱいです。
ほんとうにありがとうございました(合掌)

と書いてありました。 

 

2017年05月21日 2回目の満願成就で訪れた際には

 


5月21日 今日は二十四節気の小満(命ある物が燦々と輝きを放つ時期)、そして大安であり、娘の誕生日。
日柄もお天気もいいので そうだ!西国第33番満願霊場 谷汲山華厳寺へ行こう♪。以前いただいた満願念珠守のゴムが切れてしまっていたので、満願の記念に再び満願念珠守をいただきました。「精進落としの鯉」に触れて、「富岡屋」さんで再び 満願そばをいただきます。

と書いてありました。

 

2023年12月22日 3回目の満願成就で訪れた際には

 

 

今日は二十四節気の中でも特別な日である冬至。岐阜は雪が降るとの天気予報でしたが、お天気にも恵まれ この日にお参りしようと決めていた西国第33番満願霊場 谷汲山華厳寺へ。無事にお参りを済ませ、先達として2巡目を終えたので納経所で中先達の申請用紙をいただきます。

 

 

精進落としの鯉に触れ、今回の巡礼は終わりです。前回からじつに7年弱もうすぐ63歳になりますが、観音様に守られ こうして健康で満願霊場にお参りできることに唯々感謝です。そして精進落としの鯉に また何年か後 再びお参りさせていただきますと固く誓いました。

 

 

この谷汲で満願を迎えた巡礼者の楽しみである富岡屋さんの満願そばをいただきます。このそばはいろいろな想いが詰まっているせいか、とてもおいしくて毎回涙が出そうになります。またいつか必ずこのそばを食べに来させてもらいます。ごちそうさまでした♪。

と書いてありました。

西国巡礼を始めたころは、家族が健康で幸せに過ごせますように とお祈りしていましたが、今は 健康で無事にまたお参りさせていただくことができました。また必ずお参りさせてもらいに来ます。ありがとうございました。と唯々こうしてお参りさせていただけることへの感謝の気持ちしかありません。来し方を想いながら「富岡屋」さんでいただく格別の満願そば。4回目の満願そばをいただきに来れるように、健康に留意して過ごしていきたいと思います。ありがとうございました。

 

富岡屋

岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積

 

2017年05月07日 西国三十三所の5寺巡った際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは

竹生島行きの船が出る長浜港に向かいます。このゴールデンウイークの時期に西国を巡ろうと思ったのは、いつもは14時発が最終便なのに、今日は15時15分発の臨時便があるからです。15時05分 どうにか間に合って船乗り場の駐車場に到着。往復の乗船料3070円を払います。

 


17時30分 船が長浜港に到着。行く前から調べてあった長浜駅前のフレンドマートというスーパーでつるやのサラダパンをおみやげに買いました。夕食は調べてあった親子丼やラーメンなどのお店を訪れたのですが軒並み「本日は閉店しました」という札が…。車は渋滞もなくスムーズだったのに、食事は昼食も夕食にもありつけず、帰りの車の中でサラダパンをいただきながら帰路につきました。

 

また 2020年12月12日 に西国巡りで長浜を訪れた際にも立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは

長浜駅前のフレンド マートで先週に引き続き「つるやパン」のサラダパンをお土産に買って帰りました。

 

 

と書いてありました。 京都市のソウルフードと云えば「志津屋」のかるね。滋賀の湖北のソールフードは間違いなく「つるやパン」のサラダパンです。どちらもシンプルなパンなのですが、それ故になつかしくいつまでも人々の心に残るんだと思います。

ちなみにサラダパンの取り扱い店舗をつるやパンのHPから抜粋しましたので参考にしてください。

 

 

これからも湖北を訪れた際にはお世話になりますがよろしくお願いします。ごちそうさまでした♪。

 

 

つるやパン 木之本本店

滋賀県長浜市木之本町木之本

 

 

 

2020年03月11日 休暇を取って、3年ぶりの青岸渡寺へ慰霊の旅に出かけた際に立ち寄らせていただきました。

そのときのブログでは

2時46分に青岸渡寺で黙祷するので、朝ゆっくりめの8時に名古屋を出発です。

途中、 「おわせ魚食堂」で朝昼を兼ねた食事で地魚どんDX(1230円)をいただきます。あまりのおいしさに、追加で鯛茶漬け(690円)もいただきました。

 


2時30分過ぎに山全体に「2時46分に黙祷をお願いします」という防災無線が流れました。あれからもう9年。7回忌のときの2時46分も、ここで祈りを捧げました。ここは西国三十三所の第1番の札所なので、私が元気なうちはこれからも何度か訪れたいと思います。

 

 

帰り5時前にお昼を食べた「お魚いちば おとと」に立ち寄りました。1つ選んで手に取り、他はどれにしようか悩んでいるとお店の方が、「お客さん 半額にさせていただきます」と半額シールを貼ってくれました。

 

 

家に着いたのがちょうど7時。片道 240km 約4時間 3年ぶりの慰霊の旅でした。

と書いてありました。

 

今、このブログを書き直しているのが 2024年03月11日。日本人としていつまでも忘れてはいけない一日です。また4度目の西国巡礼の旅に出たいと思いますが、1番札所の青岸渡寺だけは 03月11日に訪れて祈りを捧げたいと思います。(合掌)

 

おわせ魚食堂

尾鷲市古戸野町2

 

2020年12月05日 西国三十三所の若狭2寺を巡った際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは

(若狭2寺の)お参りを済ませて時計を見るともう1時30分です。予定では 次は長浜から船に乗り、第30番 竹生島の宝厳寺です。確か賤ケ岳SAにサラダパンが売っていたよな ということで立ち寄り、おみやげにサラダパンを購入。

 

 

 

現在の時刻は2時45分 長浜港発の最終は2時05分 もう全然間に合いません。今日は2寺で終わりです。お昼も食べずに走りまわっていたので、途中 養老の「肉の藤太」に立ち寄ります。藤太コロッケ(100円)と飛騨牛コロッケ(150円)を食べながら家に帰りました。

 

 

と書いてありました。

こちらの「肉の藤太」は、家で娘たちを招いて焼肉をするときなどにちょくちょく買いに行かせてもらっているお店で、すぐ隣の「やきにく藤太」にも食べに入ったことがあります。「やきにく藤太」は養老の焼肉ロードでNo.1のお店で、まずこのお店の行列ができ始め、これでは待ちが長時間になったり、営業時間内に入店できないと思った人が他店に流れていくというお店で、覚悟して行かないとなかなか食べられないお店ですが、「肉の藤太」のコロッケは待っても3分以内なので焼肉ロードを通った際にはまた立ち寄らせていただきます。ごちそうさまでした♪。

 

 

肉の藤太

岐阜県養老郡養老町上方

 

2020年12月12日 先週巡れなかった西国三十三所の宝厳寺と観音正寺を巡った際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは

 長浜港 10時10分発の琵琶湖汽船に合わせて家を出ました。急いで長浜港に戻ります。思いのほか道が混んでいて、12時50分発の第2便に間に合いません。なんちゅうこっちゃ。先週も最終便に間に合わず、今日出直したのに……。長浜駅の裏の駐車場(1時間無料 土日は以降1時間200円)に車を停めて、第1便で長浜に戻った後に立ち寄ろうと思っていた「鳥喜多」さんへ向かいます。さすが食べログ 3.75 TOP5000 のお店だけあって、お店の向かいの銀行の前に10人以上の列が…。

 

 

現在閉店15分前の1時15分。ダメもとでお店の前でお客の整列、誘導をされている方に聞いてみると、お一人なら、大丈夫ですよ。と笑顔で応対していただけました。 私で最後、船に間に合わなかったので、名物の親子丼がいただけることに唯々感謝です。もちろん親子丼(650円)とかしわ鍋(450円)をいただきます。もう一杯食べたいと思うような、とてもおいしい親子丼でした♪。ごちそうさまでした。

と書いてありました。

琵琶湖の竹生島にあり船でしか行けない宝厳寺の3巡目のお参りは 2020年12月05日、2020年12月12日、2023年08月31日 と途中コロナ禍もあって何度も長浜へ行ったなぁと懐かしく思い出しました。それにしてもおいしい親子丼だったなぁ。またいただきに伺わせていただきます。ごちそうさまでした♪。

 

鳥喜多 本店

滋賀県長浜市元浜町8

 

 

2013年12月24日 年末のお伊勢さんのお礼参りの際に立ち寄らせていただきました。そのときのブログでは 

「へんば餅」が臨時休業だったので、いいのか悪いのか食べることができずに、
鈴木水産(場外市場のほう)で浦村産の焼きガキを2個(380円)いただきました。

と書いてありました。

牡蠣食べたい!!


鈴木水産 おはらい街場外市場

三重県伊勢市宇治浦田 伊勢神宮おはらい街場外市場内