あらすじ
「夫の墓には死んでも入りたくない」義母の遺言から始まった墓問題。それは親類や子供たちを巻き込み、墓の必要性などを考えるきっかけになっていく。「遺骨は燃えるゴミで」と言いたくなるほど面倒な、明日は我が身の墓騒動小説。
ひと言
今課題になっている「選択的夫婦別姓問題」や、以前からずっと話題に上っている「墓じまいの問題」などとても勉強になり、考えさせられる一冊でした。国民民主党の「103万円の壁」の問題が解決したら、「選択的夫婦別姓問題」をいち早く可決して欲しいです。子どもの名前が親と違うのはかわいそう だとお前ら自民党の長老に心配してもらわなくても「選択的」なのだから大きなお世話だ。本の帯に書いてある「大事なのは、今、生きている人じゃない?」という言葉がすごく心に残り考えさせられました。
そんなあれこれを五月さんに言われたことで、墓は何のためにあるのかとあらためて考え込んでしまった。五月さんの言うことは、いちいちその通りで、霊界など信じてもいないのに、樹木葬という母の希望を叶えてやりたいと思ったのはなせなのか。最後の最後まで、お母さん、ありがとう、お母さん、大好きだったよ、などと気恥すかしくて口にできなかった。そういったことは、きっと私だけじゃないと思う。ほとんどの日本人は言えないのではないか。そして亡くなってから後悔する。そのことが供養への熱意になり、亡き人との絆をなんと形に残そうとして、葬儀や位牌やお墓に力を入れるのではないか。この先、何かに悩んだり人生に躓いたりしたとき、私は墓の前に立ち、心の中で母に話しかけるだろう。―― こんなことがあったんだわ。どうしたらええかな?お母さんはどう思う?そう尋ねるとき、母が絶対に入りたくないと言っていた「松尾家累代之慕」では無理なのだ。母との約束を破っておいて、母に甘えるなんてできない。母に話しかけたところで、「松尾家累代之墓」の中から恨みがましい目で私をじっと睨むんじゃないかと思う。
(5 竹村光代 63歳)
「ところで、康子の家のお墓はどこにあるの?」「大阪の四天王寺だよ」「ええっ、すごい。そんな有名なお寺にお墓があるなんて」「お墓はないよ」「えっ、どういうこと?」「京都や大阪では本山納骨というしきたりがあってね、遺骨を本山の霊廟に納める人が多いの」康子の説明によると、京阪神には各宗派の本山がたくさんあり、本山には開祖が葬られているので、死後も開祖とともにありたいと願う門徒は、遺骨を本山の霊廟に納めるらしい遺骨全部なら五万円、一部なら三万円が相場だという。「ずいぶんと安上がりだね」「夫の実家は大阪の四天王寺に納骨したの。あの辺りでは最も安いらしくてね、聖徳太子が創建したって言われている割には一万五千円で済むの」
(6 松尾五月 61歳)
合同墓だと、誰が誰の遺骨だかわからなくなり、二度と取り出すことができない。それを考えると、どこにも埋葬せずに、骨壺を手許に置いたままでもよかったのではないか。そう思い、発作的に激しい後悔の念に襲われる、ということが二十代後半まで続いた。そんなときは、いつも自分に言い聞かせた。 ――単なるカルシウムたぞ。魚の骨とどこが違う?お父さんもお母さんも私の心の中ではまだ生きている。それたけで十分じゃないか。
(28 松尾五月 62歳)
クロワッサンが食べたくなり、自転車で「croissant 麦香奏 KANADE 栄店」へ。一番人気の Plan(プレーン)(324円)と二番人気のオ ザマンド(アーモンド&クリーム)をいただきます。プレーンはクロワッサン専門店の一番人気だけあってバターの香りがよく特に後味がとてもよくて美味しいです♪。オザマンはうーんこれもとても美味しい!もう一つ食べたくなるようなクロワッサンです。他にも食べてみたくなるようなクロワッサンがいっぱい。またクロワッサンが食べたくなったら伺いたいと思います。ごちそうさまでした♪。
名古屋市東区東桜1
久しぶりに mozoへ行く機会があり、3か月ほど前にオープンして気になっていた「カレーパンの店 ガラムとマサラ」へ立ち寄りました。王道ビーフカレーパン(302円)と2つのチーズカレーパン(302円)をいただきます。インドの代表的なミックススパイスであるガラムマサラを店名に冠しているだけあってスパイシーでとても美味しいです。もっと辛いのかなぁと思っていましたが程よい辛さで食べやすかったです。ごちそうさまでした♪。
名古屋市西区二方町 mozoワンダーシティ 1F
昨日から始まったJR名古屋高島屋の「京の老舗名品展」。先日、高島屋のHPで京都三条寺町の「三嶋亭」が出店するのを発見したときはとても幸せな気分になりました。その昔の人気TV番組「料理の鉄人」の鹿賀丈史さんの名ゼリフを使わせてもらうと『私の記憶が確かならば、三嶋亭さんがすき焼重(1998円)を携えてJR高島屋に出店するのは初めてだと思います』。もう何をおいても、行くっきゃないでしょう、食せずにはいられないでしょう。ということでJR高島屋へ行きました。
そら、三条寺町の本店でいただくのとは全然違いますが(こう書くと何度か訪れたように聞こえますが、その昔、かなり昔にランチで一度訪れただけです)肉と肉以外の野菜などの味付けが絶妙で、とても美味しかったです♪♪♪。
「料理の鉄人」のことを書かせてもらったのは、番組のアイアンシェフの道場六三郎さんが、「日本で一つ、このお店として挙げるなら何処ですか?」というインタビューに答えて挙げたお店が「三嶋亭」だからです。
2か月ほど前に孫娘が生まれ、その子が中高生ぐらいになって、少しは大人の味がわかるようになるまで自分が生きていることができたら、みんなで本店のすき焼きを食べに行きたいなぁと思いました。またJR高島屋に来てくれるのを楽しみにしています。三嶋亭さんありがとう。ほんとうにごちそうさまでした♪♪♪。
京都市中京区寺町通三条下ル
約1週間前にオープンした「BANKAKU KITCHEN (坂角キッチン)」へお昼を買いに行きました。お一人様3点までの制限があり、一番人気の焼き海老カレーパン(378円)と海老カツサンド(540円)を購入。「コンパル」の鉄板、エビフライサンドの味を頭の中で描きながらいただきます。コンパルはサクサクの海老ですが、こちらはぷりぷりの海老で、つなぎに帆立が使用されているということで濃厚な味でとても美味しいです♪。カレーパンの方も海老を感じますが海老カツサンドの方が好きかな。
ネットのニュースで海老せん茶漬け(5袋入り 691円)も紹介されていたので、これも購入。まだ食べていませんがこちらも楽しみです。ごちそうさまでした♪。
名古屋市東区葵3
あらすじ
名もなき町。ほとんどの人が訪れたこともなく、訪れようともしない町。けれど、この町は寂れてはいても観光地で、再び客を呼ぶための華々しい計画が進行中だった。多くの住民の期待を集めていた計画はしかし、世界中を襲ったコロナウイルスの蔓延により頓挫。町は望みを絶たれてしまう。そんなタイミングで殺人事件が発生。犯人はもちろん、犯行の流れも謎だらけ。当然だが、警察は、被害者遺族にも関係者にも捜査過程を教えてくれない。いったい、何が起こったのか。「俺は自分の手で、警察より先に真相を突き止めたいと思っている」──。颯爽とあらわれた〝黒い魔術師〟が人を喰ったような知恵と仕掛けを駆使して、犯人と警察に挑む!
ひと言
2作目の「ブラック・ショーマンと覚醒する女たち」の方を先に読んでからの本作でした。2作目が短編なので読みやすく面白かったのですが、本作は展開が遅く要領を得ないところが少しイライラでした。武史なら津久見君の母親からパソコンを借り、データを復元した段階で犯人と動機はわかったはずで、同窓会で大掛かりな犯人捜しをする必要はなかったのでは…。
「ところで叔父さん、親戚はどうする?」「親戚? どうするって?」「お父さんが死んだこと、いつ知らせる?」「神尾家の親戚になら、もう知らせたぞ」「えっ、いつの間に?」「さっき真世が葬儀屋と電話をしている間だ。埼玉の叔父さんに連絡しておいた」そういえば真世の隣でどこかに電話をかけていたようだが、さほど長い時間ではなかったはずだ。「それで、どうなった?」「どう、とは?」「殺されたっていったの?」「いうわけないだろ。心不全だといっておいた」「心不全?」真世は思わず声のトーンを上げた。「心臓が止まったんだから心不全だ。嘘じゃないだろ」「それでいいの?」「何か問題があるか? 心不全と聞いて、細かいことを尋ねてくる人間はいない。尋ねようがないからな。真世にひとつ、いいことを教えといてやろう」武史は周囲を見回してから顔を近づけてきた。「有名人が死んで、心不全と報道されたら、自殺か事件に巻き込まれたかのどっちかだ。もしどちらでもないとしたら腹上死だ。間違いない。心不全というのは魔法の言葉だ」どれほどの裏付けがあるのかは不明だが、自信たっぷりだ。
(11)
「シグナル?」何のことかわからず、真世は眉をひそめ、首を傾げた。「どういうこと?」「その前の二つの質問を覚えているか? 一つ目は、亡くなった人には財産どころか莫大な借金があったのか、で、二つ目は、相続で揉めているのか、だった」「そうだったね。それに対して叔父さんは、どちらにもノーと答えた」「柿谷の目が一瞬右上を向いたからな」「目?右上って?」「一般的に人間は、何かを想像しながら話そうとすると目が右上を向きやすい。逆に事実を思い出しながらだと左上を向く。極めて大雑把にいうと、嘘をつく時は右、本当のことをいう時は左だ」「えっ、そうなの?」真世は目を左右に動かした。「今度、誰かに試してみようかな」「本人も自覚しない一瞬のことだから、慣れないと感知するのは難しい。それに一般的に、といっただろ。何事にも例外は存在する。しかし柿谷と何度か会って話してみて、あの男にはこの法則が通用すると確信していた」「へえ、そうだったんだ」「それともう一つ、前田にも注目していた。あの若い刑事は、関心の有る無しが身体の反応に現れやすい。興味のない話題の時はキーポードに置いた指の筋肉が弛緩しているが、興味のある話になれば途端に緊張する。瞬きの回数も一気に減る。柿谷が、相続すべき財産が消えているといった時、二人が発するシグナルは明確にイエスを示していた」真世は無精髭を生やした叔父の顔をしげしげと見つめた。
(20)
今日から始まったJR高島屋の「バナナマンのせっかくグルメ!博覧会」。愛媛の「白楽天 今治本店」の焼豚玉子飯(1201円)を見て、これ食べてみたい!と会場に設置されたレストスペースで できたてをいただきます。うん 美味しい。ただタレさえあれば家でも作れそうで、実際にタレだけを買われている方もみえました。
娘に上の写真を送ると「なにこれ 笑 夏休みの小学生が作ったご飯みたい 笑笑」との返信が…。上の写真ではそう言われても仕方がないので、高島屋の紹介の写真を載せておきます。
それにしても最近の高島屋はおもしろい企画の連発です。この前は全国47店舗の人気店を集めた「パンフェスティバル」を初開催したし。残念ながらお目当てのパンは売り切れや別の日の出店で買うことはできませんでしたが…。他にも食べてみたいお店がいっぱい。これからの高島屋の企画も楽しみにしています。ごちそうさまでした♪。
今治市常盤町4
あらすじ
この人は人生をリノベーションするつもりだ――亡き夫から莫大な遺産を相続した女性の前に絶縁したはずの兄が現れ、「あんたは偽者だ」といいだす。女性は一笑に付すが、一部始終を聞いていた元マジシャンのマスターは驚くべき謎解きを披露する。果たして嘘をついているのはどちらなのか――。謎に包まれたバー『トラップハンド』のマスターと、彼の華麗なる魔術によって変貌を遂げていく女性たちの物語。その”マジック”は謎解きのための華麗な武器。全貌を知る時、彼女たちは何を思うか。そして、どう生きていくのか。
ひと言
昨年末に「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」という本が上程されて、「ブラック・ショーマン」という新シリーズが開幕したとのこと(知らなかった…)。東野 圭吾さんらしく、「ふーん、そう来ましたか!?」という どんでん返しが多く、また住所を探し出す方法に唖然としたり嫡出推定について勉強になったりして、とても楽しく読ませてもらいました。次は一作目の「名もなき町の殺人」も借りて読んでみたいです。
「それなら、今のあなたの住処を突き止めるのは難しくないでしよう」「えっ、どうするの?」真世が尋ねた。「まず、お母さんの戸籍の写しを取る。亡くなっていても戸籍は存在するからな。息子ならば役所は拒否しない。するとそこには上松和美さんが結婚して除籍した記録が載っている。籍が移った先や、そこの筆頭者が上松孝吉さんであることも記されているだろうから、横浜山手町の住所が判明する」武史は上松和美に視線を移した。「お兄さんは、まずあの家を訪ねたんじゃないでしょうか。そうしてあなたが引っ越したことを知った」「でも私、近所の人にも引っ越し先を教えてないんですけど」武史は頭をゆらゆらと揺らし、「いろいろと手口はあるんです」といった。「たとえば、超小型発信器をゆうパックかレターパックで山手町の住所に送る。転居届が出されているので、勝手に転送されていきます。自動的に新しい住所がわかるというわけです」「そんなもの、送られてきた覚えはありませんけど」「よく思い出してください。心当たりのない郵便物が送られてこなかったですか。それほど大きくはないかもしれません。厚みはせいぜい二センチほどです」上松和美はしばらく考え込んだ後、はっとしたように頭を上げた。「そういえば二週間程前に、知らない会社からサプリの試供品が送られてきました。メーカーのチラシも入ってましたけど、そんなところで何かを買った覚えなんかないので変だなあと思っていたんです」「サプリは発泡スチロールのケースに入っていたのではないですか」「そうだったように思います」「おそらくそれですね。発泡スチロールの中に発信器が仕込まれていたんでしよう。郵便受けに名前は書いていますか」「はい、名字だけですけど……」「それならマンションに行けば部屋は特定できる」ああ、と上松和美は絶望したような声を漏らした。
(リノベの女 3)
「真実を知っているのは別れた奥さん――諸月沙智さんだけってわけだよね。諸月さんが、子供の父親は富永遥人さんじゃないといわないかぎり、今の流れは止められないということか」「正確にいえば、出産した女性自身が子供の父親は前の夫ではないと主張したとしても、出生届を出したら子供は前夫の子と登録される。女性が真実を語っているかどうかは他人にはわからないからだ。子供の権利を守るため、とにかく誰かを父にする必要があるから、それは前夫とすると決まっている。これを嫡出推定という。裁判を起こし、DNA鑑定などをして親子関係がないということが証明できた場合、ようやく子供の父親は前夫ではないと認められる」「そんなに手間がかかるんだ……」「以前は、嫡出否認の訴えは父親にしか認められていなかった。おかげでDVなどが原因で離婚した女性が別の男性の子を出産した場合、前夫の子とされるのが嫌で出生届を出さないことがよくあった。そうすると子供は無戸籍となる。それを防ぐため、今では母規や子供も訴えを出せるようになった」法律家でもないのに、なぜか武史はこういうことに詳しい。
(相続人を宿す女 2)
あらすじ
「旅をすれば小説が書ける」と信じて10年。ところがある日、小説が書けなくなった。さあ、どうする?! 数々の新聞や雑誌に寄せたエッセイより、旅にまつわる作品を精選。『何も持たず存在するということ』に続く人気作家のエッセイ集第2弾!
ひと言
私が角田 光代さんの本を読むきっかけになったのが、今からちょうど20年前の2004年の直木賞受賞作「対岸の彼女」の中の「……。ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」という言葉に出会ったからでした。なんか雷に打たれたような言葉で、2010年1月にこのブログを始めてからは、どうしてもこの言葉を書き残しておきたくて2010年3月に「対岸の彼女」を読み直してブログを書いたくらいです。今でも角田さんの本を読むときには、いつも心に刺さるようなフレーズを探すのを楽しみにして読んでいます。今回も素敵なフレーズに出会いました。引用しませんでしたが、なぜこの本の題名が「水曜日の神さま」なのかの話にもほっこりさせられました。角田さんありがとうございました。
ミャンマーの田舎町で、ホームレスが暮らす場所を歩いたことがある。親しくなった宿の人が、連れていってくれたのだ。ホームレスたちは材木と葉っぱで家を造り、めいめい暮らしている。宿の人の知人の家にあがらせてもらった。本当にちいさな家である。四畳半くらいの一間しかない。そこに家族で住んでいる。家具も、台所も風呂もトイレもない。仏教徒なのだろう、祭壇だけがある。この狭い場所に、宿の人と私と、家の持ち主とその娘と、近所のおばさんで座り、あれこれと話をした。宿の人が通訳になってくれた。この人たちが、またよく笑う。私がしゃべると笑い、自分たちで言葉を交わしては笑い、宿の人に話しかけては笑っている。心の底から楽しそうに笑っている。
じつは笑わないことのほうが笑うことよりかんたんだ。笑うためには、笑うべきことを見つけなくてはならないのだから。とくに、疲れていたり、人と比べて何も持っていないと気がついたときは、笑うべきことを見つけている余裕もない。だからこそ、笑っている人というのは、ゆたかでたくましいと思ってしまう。貧しさも、疲れも、この人の心を曇らせることはできないんだな、と思ってしまうのだ。笑いというのは光だ。コーヒー屋のおばさんも、狭い家で暮らす家族も、強い光を放っているように私には思えた。その光で私も幸福になれた。人の品性とは、氏素性でも、持ちものの多さでもない、強い光を放っているか、ということだと私は思っている。
(笑いの放つ光)
人は死ぬがものは残る。残った物品のなかの故人の形跡は、生きている人を慰めることもあるが、ときに意味もなく苦しめ、かなしませもする。ものを作る人は、だれかをかなしませようとして何かを作り上げるわけでは決してないのに。私に何かあったらすべて迷うことなく捨ててね、とやはり言い残して、母は亡くなった。
その言葉は、使ってほしいのではない、作りたいから作ったのだという言葉と、私のなかで等しく響く。料理にしろ、針仕事にしろ、何かを作り上げる作業というのは、ときとして人を幸福にさせる。シュークリームを食べきれないほど作っていたとき、アランセーターを編んでいたとき、ちいさな端切れをつなぎ合わせてキルトを作っていたとき、母は幸福だったのだと思う。母ではなくて、ひとりの女性として、幸福だったのだ。幸福のお裾分けだから、無理に使うことはないのだと母は言っていたのだろう。私は今、レース編みもセーターもキルトも、ひとつずつを残して何も持っていない。母の言葉通りみな処分した。胸は痛まなかった。なぜなら私はすでに知っているからだ。それら仕上がった「物品」が母を幸福にしたわけではないのだと。
かって母が家族のためにせっせと作った料理やお菓子は、当然ながら今はない。けれどそれらは私の内にある。舌が、心がきちんと覚えている。セーターやキルトも同じ。ものがなくても、母が味わった幸福は、私の内にある。私の目は、心は、背を丸め編み針や縫い針を動かしていた母の姿と、そこに流れていた幸福な時間をきちんと知っている。失いようがない。
捨ててしまってね、とさらりと言った母の、その思いやりをこそ、私は大切にとっておくべきなのだ。
(母の残したかたちなきもの)












