今日は定例の大垣への水汲みの日、2人でカツ丼で有名な「鶴岡屋 本店」でお昼をいただきます。上ヒレカツ丼(1150円)と上カツ丼(1050円)をシェアしていただきます。福井発祥のソースカツ丼のようですが、ソースに味噌を混ぜてあるように感じます。メニューに上とつくのは半熟卵が乗っているとのことですが、やっぱり卵があるほうがおいしいと思います。カツも多く値段もお値打ちで大満足。さすが人気店だけのことはあるカツ丼でした。ごちそうさまでした♪。

 

鶴岡屋 本店

大垣市久瀬川町

 

TVなどでよく紹介される 「スーパー やまひこ」のおにぎりを彷彿とさせる、「マツコの知らない世界」でも紹介された「ごちそう焼きむすび おにまる 大須店」へおむすびを買いに行きました。一番人気の香味だれ海老天むす(約400円)、二番人気の炙りたらことカマンベール(約400円)、炙りポークたまご(約400円)(3つで1188円でした)。上の具材が落ちないように気をつけて食べないといけませんが、どれもおいしいです♪。季節によっていろいろな具材のものが出てくるようなので、また他の具材も楽しみにしています。ただ3つで1000円以下だともっとうれしいです。ごちそうさまでした♪。

 

ごちそう焼きむすび おにまる 大須店

名古屋市中区大須3

 

あらすじ
『二十億光年の孤独』は、谷川が21歳の時に東京創元社より刊行された第一詩集で、作品は、谷川が17歳のときから執筆していた詩の一部を収録している。三好達治による序文がある。編集者の山田馨によれば、谷川俊太郎は高校を卒業後、大学に進学せずに模型飛行機づくりとラジオの組み立てと詩作の趣味に没頭していた。父親の谷川徹三に将来について問われ、詩を書いた2冊のノートを見せたところ、徹三は衝撃を受けて友人で詩人の三好達治の元にノートを送る。三好はノートから6編の詩を選び文芸雑誌『文學界』に推薦、1950年12月号に「ネロ 他五篇」として掲載された。その詩を読んだ雲井書店の社主が単行本として出版することを申し出て、50篇の詩を選んで紙型を用意するところまでいったものの会社が倒産、その紙型を徹三が買い取るかたちをとり、1952年6月に創元社から刊行された。


ひと言
谷川俊太郎さんが11月13日、老衰のためお亡くなりになりました。92歳でした。という訃報にふれ、図書館に設けられた谷川さんのコーナーでこの本を見つけました。遠い昔の学生時代、国語の授業で「二十億光年の孤独」を学習したのかもしれませんが、まったく記憶にありません。私が谷川俊太郎さんに触れたのは、2004年ネスカフェのTVのCMで流れた「朝のリレー」でした。なんて素敵な詩を書く人なんだろうと思い、その後、この「二十億光年の孤独」も読んだ記憶があります。この詩集には載っていませんが、自分が一番好きな「朝のリレー」も書き残させてもらいます。
本当に永い間お疲れ様でした。ゆっくりとお休みください。ご冥福をお祈りいたします。(合掌)


二十億光年の孤独   谷川俊太郎

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがつたりする

火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまつたくたしかなことだ

万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしやみをした





朝のリレー   谷川俊太郎

カムチャツカの若者がきりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は朝もやの中でバスを待っている

ニューヨークの少女がほほえみながら寝返りをうつとき
ローマの少年は柱頭を染める朝陽にウインクする

この地球ではいつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ

経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る

眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴っている

それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ


 

 

あらすじ
母を亡くした小学校六年生の鳴海翔は、遠い町の祖母の家に預けられた。寂しさをこらえて新しい暮らしに慣れようとするが、そこには一筋縄ではいかない大人の世界があった――。万引きを奨励する母と暮らす大也、狭い家のなかで暴れる父に苦しむ美波、そして親から離れて暮らす翔。大人たちの身勝手さにもみくちゃにされながらも、三人はしだいに心を近づけていく。過酷な現実から明日に向かって踏み出していく勇気の物語。


ひと言
うーん…、何かひと言を書かないといけないのに 適当な言葉が見つからない。こんなことを書くと良くないのかもしれないけれど、「またか…」というようなシチュエーションで、最近は特に多いような気がするのは自分だけ…?

ガーデンに戻りたい気持ちを振り払うように横道に逸れた。波節神社へ向かう道だ。色褪せた鳥居をくぐり、息切れがする急勾配の階段を上る。吹きつける風がひどく冷たい。海から上がったばかりで、まだ温まりきっていなかった体がぶるっと震えた。ぽつんと雫が頬に当たった。涙かと思ったが、曇天から落ちた雨粒だった。とことんついていない。こんな天気の日に参詣する人の姿はなく、境内は静まり返っている。美波は社に軽く頭を下げた。昔からこの神社にはよく来ていたけれど、実は賽銭を入れたことがない。そんな小遣いの余裕などなかったからだ。だから、ここの神様に何かを祈ったり、願い事をしたりするのはルール違反だと思っていた。美波はそのまま一番奥にある展望台へ向かう。そこからは、八重浜の海が一望できる。
子どもの頃から美波が祈りを捧げるのはこの海にだった。お父さんとお母さんが離婚しませんように。お父さんが戻ってきますように。お父さんが迎えに来てくれますように。お母さんが美波を好きになってくれますように。けれど、願いが叶ったことはない。そりゃそうだ。海は神様じゃない。神様ですらなかなか叶えてくれないのに、そんな役割のない海に願い事を叶えてくれだなんて無茶ぶりにもほどがある。わかっているけれど、願わずにはいられなかった。「おねがいします。ずっとこのままでいさせてください」両手を組み、目を閉じる。今日の海は、美波の心を映したかのように重苦しい灰色に沈んでいる。
(第三章 美波 6)

悔しかった。どうして二人は一番大事なことを相談してくれなかったんだろう。八重浜町に来てから、大也と美波は誰よりも近しい仲間だった。なのに、どうして今まで黙っていたのだろう。わかってる、と走りながら吐き捨てた。翔だって、東京に戻るかどうかについて英一と何度も話し合っていることを、二人にはなにも伝えていない。
英一に指摘されるまでもなく、二人に八重浜町にいて欲しいと思うのは翔のわがままだ。大也と美波がこの町を離れる現実を淡々と受け入れているのは、二人がずっと前からこんな日が来ると予想していたからだ。翔はただ、毎日を楽しく過ごしていただけだ。終わりが来るなんて想像していなかった。いや、違う。終わらせるのは自分だと高を括っていただけだ。いつか自分は東京へ帰るだろう。三人の関係を終わらせる日を決めるのは自分だ、と。なんて傲慢だったのか。
(第四章 翔 3)
 

 

今日は「海鮮丼専門店 えんや」で本日の五種海鮮丼(1760円)をいただきます。カウンターのメニューには 天然 インドマグロ、岩手 天然ヒラマサ、岩手 天然 真鯛、長崎 対馬 煮穴子、新潟 甘エビと紹介されています。メニュー表通りインドマグロから順にいただきます。うん、天然と書いてあるだけあってプリプリでとても美味しいです♪。途中、煮付けと茶碗蒸し、お味噌汁が運ばれてきました。

 

 

今年の8月1日にお店がオープンして、約4か月で食べログ3.57 お店のキャッチコピー「仕入れにこだわった新鮮な海の幸を満喫」と謳っている通り新鮮でとても美味しい魚たちでした。ごちそうさまでした♪。

 

海鮮丼専門店 えんや

名古屋市中区新栄1

 

今日のお昼は「山 ワンランク上の世界の山ちゃん 名古屋駅店」で究極の親子丼(1480円)をいただきます。最初 間違って5月末にオープンした「GEMS 名駅三丁目」の方のお店に行ったのですが、ここでは究極の親子丼はやっていないとのことで、名駅 太閤通口を出てすぐのお店に伺いました。濃厚な卵と鶏のハツ(心臓)や砂肝、つくね、もも肉を炭火で炙った言葉通りの今まで食べたことのない親子丼でした。とても美味しかったです。ごちそうさまでした♪。

 

山 ワンランク上の世界の山ちゃん 名古屋駅店 

名古屋市中村区椿町

 

 

 

天使のチョコリングで一世を風靡した「アンティーク」。今までこのブログにてっきり書いたことがあると思っていましたが……無い。調べてみると知多の東浦で産声をあげた「アンティーク」がこのブログを始める前の2009年10月に銀座に進出したというニュース記事が……。もうそんなに昔だったんだと感慨深いです。

ということで先日のことですが「ブーランジェリーパティスリー アンド アンティーク 栄店」でカレーパングランプリ2024で金賞を受賞した2品 キーマカレーチーズフランス(430円)とシャウエッセン&とろりんチーズカレーパン(410円)をいただきました。先ずはキーマですが、ほんとうの辛いキーマカレーで今まで食べたカレーパンの中で一番辛いですが、後味 食べた後の余韻がとてもよく美味しいです。シャウエッセンの方は、はみ出たソーセージをかじってカレーパンの部分もかじると口の中でうまい具合に混ざり、これは万人受けするおいしさです。写真には載せませんでしたが、もちろん久しぶりのマジカルチョコリングのハーフ(390円)も購入し、美味しくいただきました。ごちそうさまでした♪。

 

 ハートブレッド アンティーク 栄店

名古屋市中区栄2

 

 

今日のお昼は中日ビル B1Fの「天婦羅きしめん たもん」です。人気店だけあり10分ほど並びましたが、すだちと悩みましたが、名古屋味噌たぬき(950円)をいただきます。まず出汁から、「うん、これこれ!」くせになりそうな濃い赤みその味に大満足。ただうどんと違ってコシを必要としないきしめんですが、箸で持ち上げようとすると切れてしまい食べにくかったです。ただ味は「たもん」を受け継いでいるだけあって後味がよくとても美味しいです。今回はきしめん単品でしたが次は目の前で揚げてくれる天ぷらもいただきたいと思いました。ごちそうさまでした♪。

 

天婦羅きしめん たもん 中日ビル店
名古屋市中区栄4 中日ビル B1F

 

あらすじ
2016年3月11日、「東日本大震災」から5年。津波で甚大な被害を受けた宮城県東松島市に、ある3人の高校生がいる。彼らは、あの日を「ただのつらかった過去」にせず、「学び」に変えるために立ち上がった若き震災の語り部だ。彼らはこの5年間、何を思い、何に迷い、歩んできたのか。なぜ、わざわざあのつらかった日のことを語り出さなければならなかったのか。そこには、あの震災で生き残った、彼らなりの使命感と葛藤が存在する。本書は、あの日、まだ小学5年生だった子どもたちが歩んできた3.11の記録であり、彼らが見据える未来を書き留めた「希望の書」である。


ひと言
図書館でこの本を見つけ、あのとき小学5年生だった子どもたちが5年のときを経て何を語るのだろうと、久しぶりに3.11関係の本を読みました。子どもたちが学校で荒れていたなんて今まで聞いたことがなかったし、飾らない生の証言が新鮮でした。「ただいま」「おかえり」何気ないこんな言葉が交わせる幸せをもっと噛みしめ、大切にしていかないといけないと改めて思いました。

西高のある先輩はこんなことを話していました。
「自分がこうして体験を話しているのは、自分が今持っている情報や知っていることが、被災をしていない人にとって価値のある情報になると思うからです。自分が体験したことをほかの人に伝えていけば、その人がもし何かあったときに、自分と同じような目にあわなくて済むからです」なぜ語るのか、なぜ伝えるのか。その理由がずしんと心に響きました。この言葉が、僕の考えを180度変えたのです。
(雁部 那由多 震災のこと、話してもいいのかな)

学校がはじまってから、クラスは落ち着きを取り戻すどころか、日に日に荒れていきました。特にうちのクラスはひどくて、最後のほうには担任が2人つくという異例の事態にまでなりました。授業中はまだよかったです。歩きまわって騒ぐくらいでしたから。でも、休み時間はもう本当にひどい状態でした。すぐ誰かにケンカをふっかけたり、友だちを泣かしたまま家に帰っちゃったり、しまいには人の机にケチャップをぶちまける子まで出てきたり……。いじめとかではなく、ストレスをそのまま爆発させるみたいに、くだらないことばかりする子が増えました。仮設や避難所での暮らしは大変です。震災の話もしないように気をつかわないといけない。ストレスの原因はいくらでもありました。そのストレスを吐き出せる唯一の場所が、たぶん、私たちにとっては学校でした。
(津田 穂乃果 私のイライラ)

3月11日の朝、次女のみずほは「いってきます」と言い、ランドセルを背負い、いつも通り学校に向かった。いつもと変わらぬ朝だった。1週間後に行われるはずだった卒業式で、みずほはピアノの伴奏者に選ばれていた。毎日、一生懸命に練習していたのをよく覚えている。「中学に入ったら英語の授業が楽しみだなあ」「部活動はバレーボール部に入るんだ」あと少しで訪れたであろう未来を、みずほは疑いもしなかった。もちろん、私だって疑いもしなかった。その後、妻と一緒に、私は娘の通っていた大川小学校(石巻市)に向かった。大川小の児童たちの遺体は、学校近くの土手に並べられていた。娘もそこに横たわっていた。地獄のような光景を前に、言葉が出なかった。なんで、こんなことになってしまったのだろう。もっと話をしたかった、もっと声を聞きたかった。それだけだった。
「娘さんの話をしてつらくないんですか」と、よくメディアの方から聞かれる。もちろん、いまだにつらいし、悲しい。でも話さないからといって、悲しみは消えるものではない。それに、この悲しみは、心の中に娘がいる証拠でもある。大切な人を失った悲しみを、無理に乗り越える必要はない。ただ、一緒に生きていけばいいのだ。
(佐藤 敏郎 疑いもしなかった明日)


那由多は、いつも迷わず答える。「日本にいる限り、大災害が起こらない保証のある場所なんてどこにもない。
『被災地』という言葉があるけれど、だとすれば、まだ災害の来ていない地域は 『未災地』です。次の大災害がやってきたときに、少しでも悲しみを減らしたい。僕たちが伝えることで助かる命があるのなら、そっちに賭けたいんです」那由多は3人の中で唯一、津波をその身にかぶっている。目の前で人が津波にのまれていった光景を見ている。しかも、その人は那由多に助けを求め、手を伸ばしていた。そんな体験をした那由多にとって、「あの日のことを語ることで誰かの命を救えるかもしれない」ということこそが、一つの希望なのかもしれない。彼にとって語ることは、あの日、自分に向かって伸ばされた手に対する、せめてもの答えなのだろう。
震災で失ったものの多くは戻ってこない。でも、あの日失われてしまったものを、無駄にしないための努力はできるはずだ。教訓を、未来につないでいくことはできるはずだ。命の重さや価値は、この世で生きた長さでは決まらない。あの日失われた命に意味づけをするのは、生かされた私たちの役割なのだと思う。今日も私たちは生きている。もっともっとたくさんの人が生きているはずだった今日。生きていたかった今日だ。
(佐藤 敏郎 伸ばされた手に対する答え)

防災学習の際、私が常に生徒たちに伝えている言葉がある。「防災とは、ただいまを言うことです」「いってきます」と出かけたら、必ず「ただいま」を言う。それが、毎日続いてほしい。あの日言えなかった、聞けなかった、たくさんの「ただいま」があるのだ。女川の中学生が詠んだ句にこんなものがある。


ただいまと 聞きたい声が 聞こえない
 

こんなことを、繰り返していいはずがない。そのために、私たちはあの日から、何かを学ばなければいけないのだ。3人の言葉がそのきっかけになればいい。そして、もしも今、重荷を背負ったままそれを吐き出せずにいる誰かがいるなら、3人の言葉が、その誰かの背中をぽんと優しく押してくれたらいい。「語る」という手段もあることを知ってほしい。あの日を、ただのつらかった過去にしてはいけない。あの日を語ることは、未来を語ることなのだ。
(佐藤 敏郎 たくさんの「ただいま」)



 

 

今日のお昼は前から行きたかった「産直さばと青魚 伏見あおい」へ。開店3分前に到着。すでに20人弱が列を作っており、さすがの人気店。お目当ての毎日限定10食の大トロ鯖塩焼き定食(1200円)はもう食べられないかなと思いましたが、私で9食目ということで辛うじていただくことができました♪。脂がのった大きめのトロ鯖をしっかりと焼き上げ、とても美味しいです♪鯖が食べたくなったらまたお伺いします。おすすめのお店です。ごちそうさまでした♪。

 

産直さばと青魚 伏見あおい

名古屋市中区錦2