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あらすじ
なぜ、読んだのに覚えていないのか? 何十冊、何百冊読んでも、ほとんど何も覚えていない……。それは「読んでいないと同じ」です。そうならないためにも、多読・速読より、一冊ずつきちんと向き合い、本を頭に落とす読み方が必要です。本書では、読んだ内容を確実に「財産」にする「インストール・リーディング」の技術を紹介。

 

ひと言
この本も「NASAより宇宙に近い町工場」と同様、前に読んだのにブログに書かなかった本です。
著者が書いていることは全く同感で、そのために忙しいなか こういうブログを書いているのです。
これを書かなければ「読書は1冊のノートにまとめなさい」という本を読んだことが無駄になるところでした。
 
「読みっぱなし」は読んでないのと一緒
必要なのは「取り入れる」技術
ノートで読書情報を「財産化」する

 

 

なぜ読書ノートをつけると本の内容がより頭に入るのかを説明しておきましょう。まず、読むときに読書ノートに引用することを前提としておくことで、読み方が「ぐっとくる箇所」を探す作業になってくるからです。つまり、人はよく知っているからしゃべったり本を書いたりできるのではなく、講演したり文章を書いたりするから、より高度に「知る」ことができる。

 

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あらすじ
「日本一感動する講演会」と呼ばれている講演が本になりました。北海道赤平市という小さな町で小さな工場を営みつつ、宇宙ロケット開発に情熱を注ぐ著者が、本業もロケット開発も成功させている自らの体験を通して「みんなが夢を持ち、工夫をして『よりよく』を求める社会をつくること」を提唱します。感動と勇気を与えてくれる一冊です。

 

ひと言
この本は、前に読んだ本ですが、忙しくてブログに書かないまま書く時期を逸してしまったままになっていました。「下町ロケット」を読んで、この本のこともブログに書いておくことにします。

 

 

洗濯機というものは、洗濯の時間から人間を解放するためにあったはずです。掃除機もそうですね。しかし、僕たちは解放された時間を使って何をしているかというと、家電製品を買うためのローンを払っているんじゃないでしょうか。つまり、ローンを払うために働いているんじゃないでしょうか。

 

 

楽をするとどうなるか、知っていますか。楽をすると「無能」にしかなれません。なぜなら楽をするということは、他の人がする経験を避けて通るということだからです。能力というものは、経験しなければ身につかないからです。経験をしなければ能力はなくなります。

 

 

DREAM CAN DO,REALITY CAN DO「思い描くことができれば、それは現実にできる」
NASAの門に刻まれた言葉

 

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あらすじ
その特許がなければロケットは飛ばない。かつて研究者としてロケット開発に携わっていた佃航平は、打ち上げ失敗の責任を取って研究者の道を辞し、いまは親の跡を継いで従業員200人の小さな会社、佃製作所を経営していた。下請けいじめ、資金繰り難、日々奮闘している佃のもとに、ある日一通の訴状が届く。否応なく法廷闘争に巻き込まれる佃製作所は、社会的信用を失い、会社存亡に危機に立たされる。そんな中、佃製作所が取得した特許技術が、日本を代表する大企業、帝国重工に大きな衝撃を与えていた。会社は小さくても技術は負けない。モノ作りに情熱を燃やし続ける男たちの矜恃と卑劣な企業戦略の息詰まるガチンコ勝負。(2011年 第145回 直木賞受賞)

 

 

ひと言
この本を読んで、北海道赤平市にある植松電機の植松 努さんが書かれた「NASAより宇宙に近い町工場」をすぐに連想しました。3.11以後 落ち込んだ気持ちになりやすい我々を元気づけてくれるような本は大歓迎です。
がんばろう。日本

 

 

 

「知財ビジネスで儲けるのはたしかに簡単だけども、本来それはウチの仕事じゃない。ウチの特許は、あくまで自分たちの製品に活かすために開発してきたはずだろう。いったん楽なほうへ行っちまったら、ばかばかしくてモノ作りなんかやってられなくなっちまう」(第三章 下町ドリーム)

 

 

「お前ら、夢あるか」少し考え、三人に向かって佃はきいた。なにを言い出すのかと、ぽかんとした顔がこちらを見つめてくる。「オレにはある。自分が作ったエンジンで、ロケットを飛ばすことだ」反応があるまで、数秒の間が挟まった。「エンジン全体とまではいかないが、なんとかその夢に近づきたいと思う。今度のは、その第一歩だ」(第三章 下町ドリーム)

 

 

「あなたが、最初家業を継がないっていったとき、父さん、がっかりしてたけどねえ。でも、大学での研究があったからこそ、いまの佃製作所がある。そう考えると、やっぱりあなたのほうが正しかったかもしれない」「なにが正しいかは、後になってみないとわからないさ」佃はいった。「肝心なことは、後悔しないことだな。そのためには、全力をつくすしかない」「その通り。いまさらじたばたしてもはじまらないよ。腰を据えてぶつかってこい」母は持ち前のきっぷのよさで、佃を励ました。「もし部品が採用されたらさ、そのとき利菜を種子島に連れてってあげたらいい。私も一度見てみたいと思ってたんだよ、ロケットの打ち上げ」佃はあきれ顔で母を見た。「それはいいけどさ、利菜の奴、来るかな」「来るよ。少なくとも、私が誘えば来る」母は自信満々でいった。
「親が自分の夢をかなえる瞬間、娘に見せてやりな。帝国重工のテスト、絶対にパスするしかないよ、あんた」
(第五章 佃プライド)

 

10月28日 仕事で神戸に行くことがあり、兵庫県立兵庫高校の「合掌の碑」に立ち寄ってきました。

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この夏沖縄に旅行した時には行けなかった摩文仁の丘の「島守之塔」。
島田 叡知事をはじめ死亡した県職員453名の慰霊碑です。

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歩いて5分もかからない所まで行っていたのに、慰霊碑に手を合わせに行かなかったことがとても心残りでした。

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次に沖縄に行くのはいつになるかわからないし、もう沖縄には行けないかもしれないなぁと思っていましたが、島田叡さんの母校である兵庫県立兵庫高校(第二神戸中学校)の一角に、「合掌の碑」と呼ばれる碑が建てられているのを知り島田 叡知事を偲びに行ってきました。(合掌)

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島田 叡は赴任するとすぐ、沖縄駐留の第32軍との関係改善に努め、前任者のもとで遅々として進まなかった北部への県民疎開、台湾へ飛び交渉の末、米3000石分を確保し那覇に搬入するなど県民のために尽力した。およそ横柄なところのない人物で、女子職員が洗顔を勧めると「お前が命懸けで汲んできた水で顔が洗えるかい」といって、他の職員と同様、米の研ぎ汁に手拭いを浸して顔を拭ったという。5月末の軍団長会議では「軍が武器弾薬もあり装備も整った首里で玉砕せずに摩文仁に撤退し、住民を道連れにするのは愚策である。」と憤慨。そのとき牛島司令官は、「第32軍の使命は本土作戦を一日たりとも有利に導くことだ。」と説いて会議を締め括ったといわれる。沖縄戦時に海軍陸戦部隊を率いて沖縄の地で玉砕した大田実少将とは「肝胆相照らす」仲であった。大田 実は島田 叡を非常に尊敬しており、大田が1945年6月6日に海軍次官に宛てて発した最後の電文中にある「県知事より報告せらるべきも」「本職県知事の依頼を受けたるに非ざれども」の冒頭文は、既に沖縄県の組織自体に通信能力が無く、民間人の苦労を伝えるのに最も相応しいのは「県民に関して、殆ど顧みるに暇なかりき」と言った自分達では無く、最後まで彼ら県民と共にあった島田達であるが、大田が行政官である島田に代わって県民の姿を伝えたものである。
10月22日 今回の3人旅は,中央道の園原・駒ヶ根の方へ遊びに行きました。

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まず園原インターで降りて古代の日本の大動脈だった東山道へ。神坂神社の社殿横の樹齢二千年以上の日本(やまと)杉や境内の日本武尊が東征の時に腰掛けたといわれる「日本武尊腰かけ石」。755年に防人に立った信濃国埴科郡神人部子忍男(かむとべのこおしお)(万20-4402)の歌碑が印象に残りました。

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ちはやぶる神の御坂に幣(ぬさ)まつり斎(いは)ふ命は母父(おもちち)がため(万葉集 巻20-4402)



近くには源氏物語の雨夜の品定めが有名な第二帖、光源氏と空蝉が帚木を使って恋歌を交わしたという「帚木」(昭和33年の台風で倒れ、今は残幹のみ)や義経が奥州へ下る途中、馬をつないだといわれる「義経 駒つなぎの桜」など見所がいっぱいの園原でした。

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お昼は駒ヶ岳ロープウェイ方面へ行く途中にある「山の店」で葉わさびの入った山菜そば(945円)をいただきました。このお店は名クライマーで「長い壁・遠い頂」の著者である井上 進さんのお店です。そばを食べるときは山菜かニシンそばをよく食べるのですが、朝取れたての新鮮な山菜、とくに葉わさびの味が絶妙でこんなおいしい山菜そばは初めてでした。その後「山の店」の斜め向かいいある「こまくさの湯」に入りました。

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あらすじ
「大気再突入で燃え尽きてしまう運命であるにもかかわらず、どうして君は、これほどまでに指令に応えてくれるのか」「小惑星探査機はやぶさ」の生みの親である川口淳一郎教授が、JAXAのホームページに寄せたはやぶさへのメッセージです。2009年11月、すべてのイオンエンジンの寿命がつき、地球帰還を目前に運用停止に追い込まれたのち、奇跡的にエンジンが復活したとき、川口教授は深い愛情と熱い想いをメッセージに込めたのです。本書はプロジェクトをゼロから進めてきた川口教授による、「はやぶさ」のすべてがわかる初めての著書です。

 

ひと言
10月1日(土)図書館でこの本を借りた足で上映初日おまけに映画の日で1000円!の 映画『はやぶさ/HAYABUSA』を見に行きました。何かと忙しい毎日、どうにかやりくりをして時間を作らないと読書する時間なんて永遠にできないから、忙しくてもできるだけ時間を作って本を読むようにしようと思って頑張っていますが、忙しくても時間を作って、この本を読んでほんとうによかった。有意義な時間を過ごすことができてよかったと思える素敵な本でした。心から「はやぶさ」くん、川口淳一郎さん、そしてこのプロジェクトに関わった人たちに「ありがとう」と言いたい気持ちでいっぱいです。

 

 

あのとき、可能性を口にしながらも、「もう無理なんじゃないか」と弱気になる自分がいなかった、といえばうそになります。しかし、プロジェクトマネージャーの私がそれを口にしたら、スタッフはみんな諦めてしまう。だから決して弱音は吐けなかった。またプロジェクトメンバー全員が「はやぶさのゴールはイトカワではなく、地球だ」という認識を非常に明確に共有していたことも大きかった。この認識は最後まで、微塵のゆらぎもなかったと思います。(第1章 限界に挑戦し続けた7年間)

 

 

サンプルを持ち帰れない無念さと同時に、私が恐れたのは、若い科学者、エンジニアの間に、「やっぱり、日本には無理だったんだ」「NASAにはかなわないよ」という、敗北感のようなものが根づくことです。この感情は、一度根づくとなかなか解消できません。そして、日本の宇宙開発は停滞していくはずです。そんなことを思うと、握り締めたこぶしを、なかなか開けませんでした。意識すればするほど、強く握り締めてしまう。どうにか、どうにかできないのか、「はやぶさ」。(第5章 何があっても帰還させる執念)

 

 

地球帰還が迫ってきたとき、私はようやく、気持ちの整理ができました。「はやぶさ」が抱えるカプセルは、我々だけでなく、彼自身の思いも込められた「たまご」であり、次の時代の惑星探査のために、後継機に託す「バトン」でもある。「はやぶさ」はそんな覚悟をもって、自身の運命を受け入れるために、地球に向かっている。我々にできることは、万全の備えで大気圏に再突入させ、彼が切り離すカプセルを受け取り、孵してあげることです。我々と「はやぶさ」が紡いできた、7年間の長い物語を締めくくり、新しい物語を語り始めるために、それは絶対に失敗できない儀式なのです。(第5章 何があっても帰還させる執念)

 

 

「はやぶさ」が我々日本人に伝えたかったはずのメッセージ「日本人は、その技術力にもっと自信をもっていい」と付け加えました。「はやぶさ」がくれた自信、希望、勇気を、関わった研究者やエンジニアだけでなく、一人でも多くの人に知ってもらいたい。そんな気持ちを込めた言葉です。そして我々には、「はやぶさ」が成し遂げた成果を、次のプロジェクトに受け継いでいく義務があります。再突入の際、そんな思いで詠んだ歌があります。

 

 

まほろばに 身を挺してや 宙繚(そらまと)う 産(うぶ)の形見に 未来必ず

 

 

「はやぶさ」、君の思いは確かに受け取りました。(第6章 高い塔を建てなければ、新たな水平線は見えてこない)

 

 

「一番でなければダメですか?二番ではダメなんですか?」事業仕分けのとき、こんな言葉が話題になりましたが、……。宇宙開発への投資を無駄と思うのは、目先の利益につながらないからでしょう。でもそれは、あまりに短絡的です。なんのために投資を行うのか。日本で暮らしている人が、この国に対する自身(自信?)と誇りをもてるようにするためだと私は思います。豊かな国に生まれ、育ち、自分の子孫たちにもこの国を残したい。そんな誇りをもってもらうために投資しているはずです。「二番でいい」という国に誇りがもてますか?
(第6章 高い塔を建てなければ、新たな水平線は見えてこない)

 

 

なぜ、「はやぶさ」はイトカワにタッチダウンして、地球に帰ってくることができたのか。日本の技術力の高さ。運用チームの経験、知恵、勇気、決断力。それらが重要なファクターでしたが、忘れてはいけないのは、「はやぶさ」が神様に愛されているとしか思えないほど、幸運だったことです。
(第6章 高い塔を建てなければ、新たな水平線は見えてこない)

 

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あらすじ
「個より公、金より徳、競争より和」を重んじる日本国民の精神性は、文明史上、世界に冠たる尊きものだった。しかし戦後日本は、その自信をなぜ失ったのか?幕末の開国から昭和の敗戦に至る歴史を徹底検証し、国難の時代を生きる日本人に誇りと自信を与える、現代人必読の書。

 

ひと言
もう半世紀も生きてきて、いつも日本人に生まれてよかった。1960年代という夢のある時期をこども時代として過ごすことができてほんとうによかった。と思って毎日を過ごしているが、この本を読んでその思いをいっそう強く感じることができました。特に「最も重要な事は現代の価値観で過去を判断してはいけないということです。人間も国家もその時の価値観で生きるしかないからです。」という言葉が強く印象に残った。

 

 

「日本がすべて悪かった。日本軍人は国民を欺して戦争に導いた極悪人だ」という洗脳教育から大多数の国民がまだ解き放たれていないのです。そして「戦争は自衛のためであろうとすべて悪だ」と考え続け言い続けることこそが、平和を愛する人間の証と信じているのです。日本の軍人達は、戦場で涙ながらに老いた父母を思い、自分の死後に遺される新妻や赤子の幸せを祈り、恋人からの手紙を胸に秘め、学問への断ち難い情熱を断ち、祖国に平和の訪れることを願いつつ祖国防衛のために雄々しく戦いました。それが今、地獄さながらの戦闘で散華した者は犬死にと嘲られ、かろうじて生き残った者は人殺しのごとく難詰されるという、理解を絶する国となってしまったのです。祖国のために命を捧げた人に対し感謝の念をこめ手を合わせて拝むべきものであるのに、戦争の罪を一身に背負わせているのです。このような状態で日本人として誇りが生まれようもありません。(第三章 祖国への誇り)

 

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あらすじ
福祉・労働・ジェンダー・教育など、様々な領域・現場から反貧困の声をあげるメンバーから成る「反貧困ネットワーク」主催による2008年3月の「反貧困フェスタ2008」が本になった。当日の熱い議論をまとめ、貧困の諸相と今後の課題・方向性を1冊に凝縮。

 

ひと言
どうして日本はここ十数年でこんな国になってしまったのだろう。この本の第Ⅱ部のタイトルにもなっている「再生産される貧困」親が貧困かつ子供に無関心だったりすると子供も貧困のスパイラルにはまってしまう。という言葉が印象的であった。

 

 

「ニート」の定義は「年齢一五~三四歳、卒業者、未婚であって、家事・通学をしていない者」(二〇〇四年「労働経済白書」)。二〇〇五年以降は、上記の定義に「一 学籍はあるが、実際は学校に行っていない人、二 既婚者で家事をしていない人」が追加されました。ここには、未婚でも既婚でも家事をしている女性はニートではなく、問題ではないが、男性で働いていないというのはニートという問題なのだ、といった意識が透けてみえます。簡単に言えば、貧困とか働いていないという問題は、男性だけが問題で、女性は以前からそうであったように、貧困でも無視しようということです。女性個人が貧困でも、男がいれば問題ないという発想です。これでは女性の自立も権利も成り立ちません。(5章 ジェンダーと貧困)
労働者派遣法というのは一九八五年に成立した。それまでは、職業安定法によって、あらゆる意味でのピンハネは禁止されてきたわけです。ところが一九八五年に労働者派遣法はきわめて専門性の高い業務に限って、例外的に労働者派遣を認めました。労働者派遣というと言葉はいいですけれども、要はピンハネを一部の例外的な業務については認めた、ということです。専門業務であれば雇用市場に大きな影響は出ないでしょう、ということで認めたわけです。ところが、その後労働者派遣の対象業務はどんどん規制緩和によって広がっていきました。とうとう一九九九年には派遣の対象業務が原則自由化されてしまうわけです。私はこのときこそが、ピンハネが解禁になった年だと考えています。ピンハネという言葉の語源は、もともと一割はねているからピンハネというわけなんですが、今、派遣会社は三割~四割、場合によっては五割も当たり前ですから、ピンハネという言葉は、本当は適切ではなくて、三ハネとか四ハネとか五ハネとかって言われなきゃいけない。そういったことが合法的にできるようなシステムが構築されてしまった。そして、特にピンハネの影響が出やすい肉体労働にまで労働者派遣を認めてしまったということが、雇用の劣化を招いている大きな要因なんだろうというふうに思っています。(7章 貧困と労働)

 

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あらすじ
人は大人になるとき、何を失い、何を得るのだろう。本書は、『池袋ウエストゲートパーク』シリーズをはじめとする全小説の中から、心を揺さぶられる珠玉の名フレーズ集。
第1章 「大人になる」ということ。
第2章 恋をし、胸を躍らせ、時に傷つくということ。
第3章 この世界に思うこと。
第4章 働くということ。
第5章 物事を見極めること。
第6章 人と繋がるということ。
特別インタビュー 名フレーズは、その瞬間の気持ちが自然に生みだすもの

 

ひと言
石田衣良さんも私の好きな作家さんで、巻末の出典一覧36冊のうち20冊弱は読んで、ああ、このフレーズあったなぁと思い出しながら読ませてもらいました。作品を読み進めて出会った名フレーズとこの本のように名フレーズばかりを集めたものとでは同じ言葉なのにやっぱりどこか違う。私にはあまり心に響かなかった1冊でした。

 

 

この子はまだ知らないのだ。未来がわからないということが、どれほど幸福なのか ―エンジェル―
(第5章 物事を見極めること)

 

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あらすじ
近所の大型ショッピングセンターの開店に気を揉む父、祖母の入院の世話に忙殺される母、昔の恋人と付き合いはじめた既婚者の長女、大学留年中の二女、デビュー作で文学賞受賞したものの次回作が書けずにいる三女、そして物語は大学浪人中の四女の目を通じて語られる。不安定な立場にいるからこそ、心の待避場所が必要だと四女は気づく。それが最も適しているのは一つ屋根の中で暮らした家族なのだ。

 

ひと言
私の好きな作家の角田さん。里々子が家の物干し台のベンチから見上げる飛行機の記述がとても意味深く印象に残った。
悪いとされることがよいことを運んでくる場合もあるし、よいと思ったことが不幸の入場券だったりすることもあるんじゃないか。不幸だ、とか、幸せだ、というのは、線ではなくて一瞬の点でしかなくて、その点が、どんな線を描き出すかはだれにもわからない。(P15)

 

 

「どういう場所?」意味がわからず訊くと、素子はちいさな抑揚のない声で話した。「なんていうか、中間みたいな場所っていうか。おばあちゃんにはきっとミハルちゃんが見えたんだよ。それで本当にミハルちゃんはお見舞いにきてたんだよ。私はときどき、私にもそういう場所があればいいと思う。そこにいくとさ、喧嘩別れしたボーイフレンドとか、幼稚園のとき仲良かったモモちゃんとか、前うちにいたナナとか、そういうの、全部ちゃんといるの。それでわいわい話してさ、飽きたらこっちに帰ってくる」「好きな人がいなくならない場所ってこと?」……。「ううん。嫌いなやつらも全部いる。中西黎子とか、数学のキヤ婆とか、そんなのも全部いて、だからそこにずっといると、いやになって、でもこっちに戻ってくるとなつかしくて、そんなふうに行き来できる場所ってこと」ひょっとしたら、私は去年まで、そんな場所に、実際にいたのかもしれないと思った。そこに飽きてここにきて、素子の言うとおり、なんとなくなつかしくなって戻ろうとしても、けれどもう、戻れない。戻れないということを、何度も何度も知らされている。そんな気がした。……。……。素子の言う「中間みたいな場所」には、祖母の谷島酒店もちゃんとあるのに違いない。私はもう二度とそこに戻れないにしても、いつか、いつかひょっとしたら、寿子が、言葉でその場所をありありと存在させてくれるかもしれない、と思った。(P276)