あらすじ
本書において著者は、研究者としての手堅い調査研究と、作家としての洞察力をもって、沖縄戦の核心に迫り、その全体像を描きだす。日米両軍の戦略において、沖縄作戦は何だったのか?地獄の戦場に投げだされた子どもらは何を見、何を体験したか?沖縄戦開始まもない戦艦「大和」の出撃は何を意味したのか?学徒隊の10倍余の死者を出した防衛隊が、なぜ書かれないのか?沖縄戦研究の現到達段階を示す注目の労作。
本書において著者は、研究者としての手堅い調査研究と、作家としての洞察力をもって、沖縄戦の核心に迫り、その全体像を描きだす。日米両軍の戦略において、沖縄作戦は何だったのか?地獄の戦場に投げだされた子どもらは何を見、何を体験したか?沖縄戦開始まもない戦艦「大和」の出撃は何を意味したのか?学徒隊の10倍余の死者を出した防衛隊が、なぜ書かれないのか?沖縄戦研究の現到達段階を示す注目の労作。
ひと言
昨年の夏、ウージ(サトウキビ)畑を通って喜屋武岬を訪れた。平和の塔の碑文の「一万柱を奉納し…」
を読んで、この地で1万人もの方々がお亡くなりになったのか、と衝撃を受けたのを覚えている。
昨年の夏、ウージ(サトウキビ)畑を通って喜屋武岬を訪れた。平和の塔の碑文の「一万柱を奉納し…」
を読んで、この地で1万人もの方々がお亡くなりになったのか、と衝撃を受けたのを覚えている。
喜屋武岬の崖の上に「平和の塔」が立っている。もとは喜屋武部落の人びとが部落周辺に散乱した遺骨を
あつめて部落ちかくに建立した納骨堂であったのだが、霊域整備事業によって現在の景勝地に移築したも
のである。黒潮を背景にした石塔の造形美は立派なものだが、問題はそこに刻まれた碑文である。
「第六二師団管下部隊は喜屋武複廓陣地において摩文仁の第三二軍司令部に向け進攻を続ける米軍に対し
最後の迎撃を続けしが善戦空しく昭和二十年六月二十日玉砕せり。昭和二十七年十月地元民は将兵並びに
戦闘に協力散華せる住民の遺骨併せて一万柱を奉納し平和の塔と名づけしがこのたび南方同胞援護会の助
成を得て新たに塔を建てその偉烈を伝う」
この文章こそ現代に生きる「軍隊の論理」の好見本である。一般避難民の無縁墓がいつの間にか石部隊の慰霊碑にすりかえられてしまっている。……。極端にいえば、この岬まで追い詰められて無残な最期をとげた約一万の避難民や敗残兵たちの霊を冒瀆することにならないか。署名は沖縄県遺族連合会となっているが、「玉砕」とか「散華」とか「偉烈」といった軍隊用語が用いられているのも気になるところである。(沖縄戦から何を学ぶか)
あつめて部落ちかくに建立した納骨堂であったのだが、霊域整備事業によって現在の景勝地に移築したも
のである。黒潮を背景にした石塔の造形美は立派なものだが、問題はそこに刻まれた碑文である。
「第六二師団管下部隊は喜屋武複廓陣地において摩文仁の第三二軍司令部に向け進攻を続ける米軍に対し
最後の迎撃を続けしが善戦空しく昭和二十年六月二十日玉砕せり。昭和二十七年十月地元民は将兵並びに
戦闘に協力散華せる住民の遺骨併せて一万柱を奉納し平和の塔と名づけしがこのたび南方同胞援護会の助
成を得て新たに塔を建てその偉烈を伝う」
この文章こそ現代に生きる「軍隊の論理」の好見本である。一般避難民の無縁墓がいつの間にか石部隊の慰霊碑にすりかえられてしまっている。……。極端にいえば、この岬まで追い詰められて無残な最期をとげた約一万の避難民や敗残兵たちの霊を冒瀆することにならないか。署名は沖縄県遺族連合会となっているが、「玉砕」とか「散華」とか「偉烈」といった軍隊用語が用いられているのも気になるところである。(沖縄戦から何を学ぶか)
『レイテ戦記』全三巻の労作をなしとげた大岡昇平氏は同書の中で、「すべて大東亜戦争について、旧軍人の書いた戦史および回想は、このように作為を加えられたものであることを忘れてはならない。それは軍人の恥を、個人的プライバシーを傷つけないように配慮された歴史である。さらに戦後二五年、現代日本の軍国主義への傾斜によって、味つけされている」と指摘しているが、防衛隊の場合もこうした傾向によって黙殺された一例ということができよう。(沖縄戦から何を学ぶか)