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あらすじ
横浜市消防局湊消防署の新米女性消防士、高柳蘭は多忙な日々を過ごす。ある日、蘭の使用している空気呼吸器の空気残量が不足していることに気づく。毎日点検しているにもかかわらず連続して起こり、辞職を迫る脅迫状まで届く。悪質な嫌がらせに同僚の犯行を疑いはじめ、疑心暗鬼に陥る蘭。そんな折世界一周クルーズ中の中国豪華客船が横浜港に寄港することで、世間は盛り上がっているが…。

 

ひと言
ラストのはしご車のシーンは『魔女の宅急便』とオーバーラップしてしまう。だから読了後も爽快感があり、とても楽しく読ませてもらいました。「このミス」とあるが、これはどう見てもミステリーではなくドキュメンタリー作品に近いと思う。「出動」ではなく「出場」であることなど、とても消防関係の勉強にもなった。
これも余談ですが、蘭に対しての「頭ーなかッ」のシーンでは、高倉健さんの『八甲田山』の「案内人殿に対し、頭ー右ッ」を思い出しました。

 

 

「おれたちの仕事は火を消すことだけじゃない。要救を救うことだけでもない。火を消し、要救を救った上で、現場から生きて戻ることだ。全員が生きて戻って初めて、消火活動は成功といえる」(第一出場)

 

 

「…。あの三人は、おまえが生まれる前から消防士やってんだ。もっと早く要救に気づいていれば、もっと早く内部進入できていれば。悔しくてたまんない気持ちは、みんな同じだ。おまえ一人じゃない。今回救えなかったら、つぎこそは救う。要救に感情移入するなっていうのは、人間の心を捨てろってことじゃない。亡くなった人の無念を心に刻み付けて、それをほかの人を救うための糧にしろってことだ」荒川の唇の端が、悔しげに歪んでいる。「どうだ、高柳… おまえ、辞められるのか。こんな悔しい思いしたままよ、この仕事、投げ出せるのか」(第三出場)

 

 

「おれは暁さんの死で、ようやく考え違いに気づいた。死ぬのが怖くないやつに、人なんて救えない。自分の命を大切にすることが、仲間や、要救の命を守ることに繋がるんだってな。あの人こそ、本物の消防士だったんだ」そこで五十嵐はポケットを探り、なにかを握り締めたこぶしを差し出した。受け取ってみると、それは紫色の布地に『厄除祈願』と刺繍されたお守り袋だった。
「これは…」「暁さんが息を引き取る直前に、救急車の中で渡されたものだ。消防士辞めるな、おまえが悪くないとはいわない、もしも責任を感じたのなら、それを引き受けて、次の要救を救え… それが、あの人の最期の言葉だった… 中を見てみろ」お守り袋を開けてみると、証明写真サイズに切り取られた小さな写真が入っていた。活動服と安全帽を身につけた、小学校四年生の蘭。蘭の自宅の部屋にあるのと同じものを、バストアップで切り抜いたものらしい。「お父さん…」時間を越えて父の想いが伝わり、感情が堰を切って溢れ出した。「暁さんはいつもいっていた。困ったことに、あいつはたぶん消防士になっちまうってな。焼け跡に咲くファイヤーウィードみたいにどんな逆境でも乗り越えちまうから、おれが反対しても聞かないだろうって…」父は信じてくれていた。娘が消防士になると、ずっと信じてくれていた。蘭はお守り袋を胸に抱き締めて泣いた。(第三出場)

 

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あらすじ
還暦ぐらいでジジイの箱に蹴りこまれてたまるか!
定年退職後、近所のゲーセンに再就職した、腕に覚えありの剣道の達人キヨ、こと清田清一。 同じく武闘派の柔道家で、居酒屋「酔いどれ鯨」の元亭主シゲ、こと立花重雄。 機械をいじらせたら無敵の頭脳派、愛娘にはめっぽう弱い機械工場経営ノリ、こと有村則夫。かつての悪ガキたちが結成した私設自警団「三匹のおっさん」。詐欺に痴漢に動物虐待…三匹がご町内の悪を斬る。その活躍はやがてキヨの孫・祐希やノリの愛娘・早苗にも影響を与え…。痛快活劇シリーズ始動。

 

ひと言
なかなか借りることができなかった「三匹のおっさん」。とても楽しく読ませていただきました。文庫本で借りることになりましたが、おかげで あとがきに児玉清さんの「ラジオビタミン 児玉清の読みだしたら止まらない」や 中江有里さんのひとことが収録されていて、児玉清さんがお亡くなりになって1年以上たつんだなぁと思いながら読ませていただきました。

 

 

「…たまには康生たちに店任せて温泉でも行くか」「ジャージじゃない服着てちょうだいよ」重雄の太い腕が後ろから登美子を抱き締めた。「一緒の墓ァ入ろうな、登美子」この声に ― 名前を呼ばれたのは何十年ぶりだろう。胸が高く鳴った。呼ばれてはっきり分かった。名前を呼ばれたかったのはこの声だった。隙間に入り込んだ幽霊ではなかったのだ。登美子は泣きながら何度も頷いた。(第三話)

 

 

「どうも昨今は防犯の概念が矛盾してるような気がするな」いざというときには大声を上げて周囲の大人に助けを求めなさい、と教えられている最近の子供たちは、防犯ブザーを持たされていることも多い。だが、いざというときはそうして周囲の善意を頼るように指示しながら、平時は善意も悪意もいっしょくたに「知らない人」としてシャットアウトさせる。(第四話)

 

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あらすじ
無法地帯同然のクラスで学級委員をしていた命がけの中学時代、学園紛争元祖の学校での熱血高校時代…。夢多きアホだった疾風怒濤の学生時代を赤裸々に綴る抱腹絶倒の青春記。
大阪市立小路小学校、大阪市立東生野中学校、大阪府立阪南高等学校、大阪府立大学

 

ひと言
東野圭吾さんの「たぶん最後のご挨拶」を図書館に返しに行って、日本文学 小説 913 ではなく 評論、エッセイ、随筆 914 の棚でこの本を見つけました。大人気の東野圭吾さん。913、914どちらもほとんどの本が貸出中で残っていないのに…、この一期一会を大切にしないといけないような気がして、迷わず借りてしまいました。
感想はよかった。読んでよかった。ほんとうによかった。
学年で私の3つ上の東野圭吾さん。私も大阪で生まれ育って、なつかしい。
この本のおかげでタイムスリップした気分に浸ることができました。

 

 

自分もおこずかいを叩いて ビートルズの武道館の海賊版買ったなぁ(p42)。
ウルトラQを見た日の夜はトイレに行くのがなんか怖かったなぁ(p81)。
そうかウルトラマンの後はすぐセブンではなくてキャプテンウルトラだったのか、なつかしいなぁ。
キャプテンウルトラってレンタルDVDあるのかなぁ。今度探してみよ(p89)。
ねるとん、フィーリングカップル、そうそうラブアタックもあったなぁ、今の今まで忘れてた(p222)。
他にもまだまだ書きたいことがいっぱい、いっぱいある。とにかく懐かしかった。
東野圭吾さん、たのしいひと時をありがとう。

 

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あらすじ
ベストセラーとなった「がんばらない」の著者の第2作。あるがままの生き方とは? 心豊かな死とは? 患者と医師の日々のあたたかいふれあいを通して、真の医療のあり方を考えるノンフィクション。

 

ひと言
3.11が起こるまで、失礼ながら鎌田 實さんのことは ほとんど知らなかった。諏訪中央病院のことも、チェルノブイリやイラクの救援活動のことも…。鎌田さんの言葉だからとても心に沁みる。

 

 

大学病院での医療の多くは、退院して病院の玄関を出て行くところで終わりです。……。玄関を出た瞬間、いろいろな戸惑いが浮かぶわけですよね。医師のほうは、もうこれで自分の仕事は終わり、『やった、やった、治したぞ』と思っていて、その患者が足を引きずりながら杖をついて帰って行く先が、どういう地域で、どういう家族とどういう生活をしていくかということを、今の医学は考えてくれないですね」…「というか、患者の不安はむしろそこから膨らんでいくんですよね」…。「そうなんですね。『面倒をみる』という言葉は、たぶん、もっとその後の連続性を含んでいるものだと思います。ぼくたち医療者も『面倒をみる』という言葉のなかで、もう一度自分のかかわっている仕事を考えてみると、そこから別なものが見えてくるのではないかと思うんです」面倒をかける人がいて、面倒をみる人がいる。どちらも大切な存在なのだ。命を支えるということは、命を支えられることなんだと気がついた。
(迷惑かけて生きる)

 

 

人間はみんな迷惑をかけあいながら生きている。大切なことは迷惑をかけていることを、わきまえていることではないかと思った。
(迷惑かけて生きる)

 

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あらすじ
この1冊で東野圭吾のすべてがわかる! 『放課後』で乱歩賞を受賞、順風満帆な作家生活が始まるはずだった。『秘密』でブレイクするまで10年、直木賞受賞まで20年の日々

 

ひと言
あとがきで東野圭吾さんが書いているが、これまでに
「あの頃ぼくらはアホでした」 「ちゃれんじ?」 「さいえんす?」 「夢はトリノをかけめぐる」
と4冊のエッセイ集を出して、これが5冊目のエッセイということです。
エッセイは東野圭吾さんのことがわかって確かにいいのですが、
『しかしある時、自分のエッセイ集を眺めていて、ふと思ったのです。果たして、こんなものを読んで楽しいのか、俺の読者はこんなものを待っているだろうか、と』
『何か訴えたいことがあるのなら小説で、というのが私の考えです。なぜなら、それが私にとって一番得意なことだからです。』
と東野さんが書いているように、私も東野圭吾を読むなら小説で だと思いました。
だからたぶん私も未読の4冊のエッセイはこれからも読みません。
たぶん最後の東野圭吾のエッセイです。

 

 

 

「読書のためにお金を出して本を買う」人がいなくなれば、新たな本はもう作られない。作家だって生活してはいけない。図書館利用者が何万人増えようが、レンタルで何千冊借りられようが、出版社にも作家にも全く利益はないのだ。だから私は「本を買ってくれる人」に対して、これからもその代価に見合った楽しみを提供するために作品を書く。もちろん、生活にゆとりがないから図書館で借りて読む、という人も多いだろう。その方々を非難する気は全くない。どうか公共の施設を利用して読書を楽しんでください。ただし、「お金を出して本を読む人たち」に対する感謝の気持ちを忘れないでください。なぜならその人たちがいなければ、本は作られないからです。
(Ⅰ.年譜 2002)

 

 

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あらすじ
日本史上初めての会議。「情」をとるか「利」をとるか。本能寺の変、一代の英雄織田信長が死んだ。跡目に名乗りを上げたのは、柴田勝家と羽柴秀吉。その決着は、清須会議で着けられることになる。二人が想いを寄せるお市の方は、秀吉憎さで勝家につく。浮かれる勝家は、会議での勝利も疑わない。傷心のうえ、会議の前哨戦とも言えるイノシシ狩りでも破れた秀吉は、誰もが驚く奇策を持って会議に臨む。丹羽長秀、池田恒興はじめ、会議を取り巻く武将たちの逡巡、お市の方、寧、松姫たちの愛憎。歴史の裏の思惑が、今、明かされる。

 

ひと言
とにかくおもしろかった。
同年同月同日 それより約1時間後 信長の妹、お市の方のモノローグ(現代語訳)
というような今まで見たこともないような手法はさすがエンターティナー三谷 幸喜、ひと味違うなあと思った。史実とは微妙に異なるがその脚色に不自然さがなく、もしこれを司馬遼太郎さんが書いていたら これが歴史になるんだろうと思った。他の人が感想で書かれているように、秀吉が暗殺を避けて柴田の元に転げ込むという石田三成のパクリは私も必要ないというかそこまではやりすぎのように思う。お市の方の描き方が三谷さんらしくとてもおもしろかった。映画も楽しみにしています。

 

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あらすじ
コンプレックス。挫折。美。23歳の男は、なぜ金閣を炎上させたか。  1950年7月1日、「国宝・金閣寺焼失。放火犯人は寺の青年僧」という衝撃のニュースが世人の耳目を驚かせた。この事件の陰に潜められた若い学僧の悩み ハンディを背負った宿命の子の、生への消しがたい呪いと、それゆえに金閣の美の魔力に魂を奪われ、ついには幻想と心中するにいたった悲劇……。31歳の鬼才三島が全青春の決算として告白体の名文に綴った不朽の金字塔。

 

ひと言
ずっと毎年 新潮文庫の100冊に入っている金閣寺。恥ずかしながらこの年になって初めて読んだ。いつも寝る前にふとんに入って読むのだが、夜は文庫本はルビが全く見えない。後ろの注解を引きながら読まないといけないのでこれには大変困りました。もうそういう歳になったんだなぁとしみじみと思いました。

 

8月16日 お盆休みを利用して下の娘と3人で滋賀県米原市にある泉神社湧水に行ってきました。

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ここは以前3人旅で来たこともあるのですが、知り合いの方から ここのお水をいただき、どうしてもこのお水を飲みたくて汲みにきました。
名神高速を関ヶ原ICで降り 国道365号を西に8kmほど走ると大野木という交差点があるので右折します。

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300mほど行くとまた右に案内看板が出ていますので それに従って右折して道なりに進んだ突き当りです。
ここのお水は有名で 遠くからもたくさんの方が訪れるので、道路標識や案内看板が充実して、地図や下調べなしに行くことができます。

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たくさんの人が水を汲みにきていましたが 運よく空きの水汲みのホース2つに ありつくことができ、17ℓ のプラ容器1つと2ℓ のペットボトル12本の水 計41ℓを汲んできました。

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伊吹山麓に源を発し、石灰岩の岩間を縫い神社境内に湧き出し、ミネラルを含んだ清く、美しく、うまい水。平均気温11℃の冷水で、1日の流水量は約4,500トンと豊富で良好な水質。昭和60年7月に環境省より、「名水百選」に選ばれたお水です。

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人がいっぱいでしたので、上の写真は他の方がネットに載せられているものを使わせていただきました。

水を汲み終った後、365号を走って 7月の3人旅では団体さんが入っていて食べられなかった長浜の鮎茶屋 かわせへ向かいます。
カーナビでは泉神社から かわせまで19km 31分という近さです。

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鮎の塩焼き3本

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鮎のお寿司、鮎のせごし、小鮎の天ぷら

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鮎雑炊をいただきました。

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澄ヶ瀬とはまた違った鮎づくしに大満足です。
これからは泉神社にお水を汲みに行ったついでに、長浜の鮎、冬は鴨、帰りの養老で焼肉。と楽しみが増えそうです。
8月10日 恵那市の澄ヶ瀬ヤナに鮎を食べにいきました。

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実は、この前の3人旅で、長浜で鮎を食べたとき、澄ヶ瀬の鮎もすごくおいしいよという話になり、お盆前に行こうという約束になっていたのです。

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席に案内されるとすぐに鮎の塩焼きが運ばれてきます。

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うまい!!!

お店の人の話では40分かけて焼くので、骨までカリカリで、大人から子どもまで誰でも丸ごと食べられます。
また焼くのに時間がかかるので電話予約【0573(48)3287】が必要です。

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メニューは、鮎の塩焼き(500円)五平餅(200円)しかありませんが、純粋に鮎(塩焼き)を食べたくなったら、間違いなくココです。鮎5本、五平餅1本 をいただき満腹。大満足。

例年8月1日から10月10日までの営業(月曜日定休)ということなので、今シーズンもう1度食べにこようと思っています。

岐阜県恵那市上矢作町下
7月30日 7月末で終わりの近鉄の切符が余っていたので、特急には乗らず急行列車を乗り継いで3時間とちょっとかけて、奈良の興福寺に行きました。

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急に阿修羅像を見たくなったのと、ネットで御朱印について調べていると、興福寺の南円堂の御朱印帳は他の寺院のものに比べて分厚いので、御朱印帳はいつも南円堂で買います。という人がいたので、興福寺に行くことにしました。

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多川貫首おすすめ拝観ルート通りに歩いて、南円堂で分厚めの御朱印帳のことをお尋ねすると、南円堂では今はもう取り扱っていないとのことでした。ご親切にも他のお堂にも問い合わせていただき、ほんとうにありがとうございました。

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国宝館の千手観音菩薩に手を合わせ、天燈鬼・龍燈鬼、阿修羅像を飽きるまで眺め、充実した1日を過ごしました。

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興福寺のHPより 

これからは寺院へ拝観するのに、御朱印帳を持っていく楽しみが増えました。