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あらすじ
「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか。終戦から60年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才だが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、一つの謎が浮かんでくる―。記憶の断片が揃う時、明らかになる真実とは。涙を流さずにはいられない、男の絆、家族の絆。

 

ひと言
ずっと読みたかったがなかなか借りられなかった本がやっと借りられた♪。
600頁弱、寝る間も惜しんで2日で読んだ。
珊瑚海海戦で、自らの命を捨てて味方攻撃機を誘導した索敵機の搭乗員、ミッドウエイで零戦を低空に集めさせ、急降下爆撃機の攻撃を成功に導いた米軍の雷撃機。両親に、澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いで書かれた特攻隊員の遺書。などなど、涙なしに読むことができなかった。
戦争という不幸な時代を生きた若者たちなのかもしれないが、何のために死ぬかというはっきりとした目標を持つことができた若者たちに対して少し羨ましく思う。自分は何のために死ぬことができるのだろう。

 

 

 

―なぜ「零戦」と呼ばれたか、ですか。零戦が正式採用になった皇紀二六〇〇年の末尾のゼロをつけたのですよ。皇紀二六〇〇年は昭和十五年です。(第三章 真珠湾)

 

 

 

 

翌朝、双方の空母部隊は再度、索敵のために偵察機を出しました。この時「翔鶴」の偵察機は敵空母を発見した後、燃料ギリギリまで敵艦隊と接触を続け、その位置を知らせました。「翔鶴」と「瑞鶴」からただちに攻撃隊が発進しましたが、その途中、攻撃隊は母艦に帰還中の偵察機とすれ違いました。その時、偵察機は反転し、味方攻撃隊を敵空母まで誘導したのです。偵察機が帰艦途中ということは燃料がもうないということです。その飛行機が味方攻撃隊を敵まで誘導するということは、自分たちがもう生きて戻れないことを意味します。その偵察機は九七式艦上攻撃機で、機長は偵察員の菅野兼蔵飛曹長という人です。同機の操縦員は後藤継男一飛曹で電信員は岸田清治郎一飛曹でした。三人は味方攻撃隊の必勝を願って自らの命を捨てたのです。(第三章 真珠湾)

 

 

 

歴史にタラレバはありません。あの戦いも運が悪かったわけではありません。やろうと思えば、もっと早くに発進出来たはずなのです。陸上用の爆弾でも何でも、先に敵空母を叩いてしまえば良かったのです。それをしなかったのは驕りです。またこの時、米軍の雷撃機は護衛戦闘機なしでやってきました。雷撃機が護衛の戦闘機なしで攻撃するなど、自殺行為です。現実に零戦にすべて堕とされました。しかし結果として、それが囮の役目になりました。母艦直衛の零戦は雷撃機に気を取られ、上空の見張りがおろそかになりました。その間隙を突かれ、遅れてやって来た急降下爆撃機にやられたのです。これはたしかに運が悪かったと言えますが、私にはそうは思えません。後に知ったことですが、米軍は日本の空母部隊を発見した時、とにかく一刻も早く攻撃しようと、戦闘機の配備が間に合わなかったにもかかわらず、準備の整った攻撃隊から順次送り込んだというのです。私はこの時の米軍の雷撃機の搭乗員たちの気持ちを考えると胸が熱くなります。彼らは戦闘機の護衛なしに攻撃するということがどんなことかわかっていたはずです。「ゼロ」の恐怖を十分に知っていたはずです。自分たちはまず生きては帰れないだろうと覚悟したに違いありません。にもかかわらず彼らは勇敢に出撃しました。そして必死に我が空母に襲いかかり、零戦の前に次々と墜とされていきました。しかしその捨て身の攻撃が、母艦直衛機の零戦を低空に集めさせ、急降下爆撃機の攻撃を成功に導いたのです。
私はミッドウェーの真の勝利者は米軍雷撃隊ではないだろうかと思います。珊瑚海海戦で、燃料切れを知りながら、味方を誘導した我が索敵機の搭乗員も、この時の米軍の雷撃機も、戦争に勝つために自らの命を犠牲にしたのです。(第三章 真珠湾)

 

 

私の言葉を、遮るように小隊長は言いました。「たしかにすごい航続距離だ。千八百浬も飛べる単座戦闘機なんて考えられない。八時間も飛んでいられるというのはすごいことだと思う」「それは大きな能力だと思いますが」「自分もそう思っていた。広い太平洋で、どこまでもいつまでも飛び続けることが出来る零戦は本当に素晴らしい。自分自身、空母に乗っている時には、まさに千里を走る名馬に乗っているような心強さを感じていた。しかし――」そこで宮部小隊長はちらと周囲を見ました。誰もいないのを確かめてから、言いました。「今、その類い稀なる能力が自分たちを苦しめている。五百六十浬を飛んで、そこで戦い、また五百六十浬を飛んで帰る。こんな恐ろしい作戦が立てられるのも、零戦にそれはどの能力があるからだ」小隊長の言いたいことがわかりました。「八時間も飛べる飛行機は素晴らしいものだと思う。しかしそこにはそれを操る搭乗員のことが考えられていない。八時間もの間、搭乗員は一時も油断は出来ない。我々は民間航空の操縦士ではない。いつ敵が襲いかかってくるかわからない戦場で八時間の飛行は体力の限界を超えている。自分たちは機械じゃない。生身の人間だ。
八時間も飛べる飛行機を作った人は、この飛行機に人間が乗ることを想定していたんだろうか
(第五章 ガダルカナル)
 

 

 

特別攻撃隊は「神風特別攻撃隊」と名付けられた。カミカゼではない、その時は「しんぷう」と読んだ。もっともそれ以降は「かみかぜ」と呼ばれるようになっていたが。そして隊ごとに「敷島隊」「大和隊」「朝日隊」「山桜隊」と命名された。これは本居宣長の「敷島の大和心を人とはば朝日ににほふ山桜花」という歌を由来にしたものだった。(第七章 狂気)
 

 

 

「遺族に書く手紙に『死にたくない! 辛い! 悲しい!』とでも書くのか。それを読んだ両親がどれほど悲しむかわかるか。大事に育てた息子が、そんな苦しい思いをして死んでいったと知った時の悲しみはいかばかりか。死に臨んで、せめて両親には、澄み切った心で死んでいった息子の姿を見せたいという思いがわからんのか!」……。……。
「戦後多くの新聞が、国民に愛国心を捨てさせるような論陣を張った。まるで国を愛することは罪であるかのように。一見、戦前と逆のことを行っているように見えるが、自らを正義と信じ、愚かな国民に教えてやろうという姿勢は、まったく同じだ。その結果はどうだ。今日、
この国ほど、自らの国を軽蔑し、近隣諸国におもねる売国奴的な政治家や文化人を生み出した国はない
 ……。「……。しかし、下らぬイデオロギーの視点から特攻隊を論じることはやめてもらおう。死を決意し、我が身なき後の家族と国を思い、残る者の心を思いやって書いた特攻隊員たちの遺書の行間も読みとれない男をジャーナリストとは呼べない」(第九章 カミカゼアタック)

 

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あらすじ
16万部突破ベストセラーシリーズ!人生、仕事、人間関係、将来で悩んだとき、13歳から88歳までの男女に、「感動」と「勇気」を与えた物語集。

 

ひと言
最近は毎日がつまらなく感じることが多くて、この本から元気をもらおうと思った。「青い鳥」ではないけれど、自分を含めて多くの人は、今すでに手の中にある幸せを感じる心を忘れて、もっと新しい幸せを手に入れようとしているのかもしれない。そのことを思い出させてくれた1冊でした。

 

 

 

「毎日、同じ様に電球を磨く退屈な仕事ですよ」と愚痴を言う従業員に松下(幸之助)さんは、
「本読んで勉強してる子どもらがおるやろ。そんな子どもらが、夜になって暗くなったら、字が読めなくなって勉強したいのにできなくなる。そこであんたの磨いた電球をつけるんや。そうしたら夜でも明るくなって、子どもらは夜でも読みたい本を読んで勉強できるんやで。あんたの磨いてるのは電球やない。子どもの夢を磨いてるんや
暗い夜道があるやろ、女の子が怖くて通れなかった道に、あんたが磨いた電球がついたら、安心して笑顔で通れるんや。もの作りはもの作ったらあかん。その先にある笑顔を作るんや
(story 9 電球)

 

 

 

私は三ヶ月前にガンを宣告されて、人生がすっかりと変わりました。突然死を宣告されて、今までの生活が当たり前でないことに初めて気づかされました。私に残されている時間はどれくらいかはわかりませんが、今の私には毎日がとても大切で、すべての時間がとてもありがたいと感じています。これまでも毎日を適当に過ごしていたわけではありませんが、会社で仕事をしたり、家族と話をしたり、友達と遊びに行くような、普通に過ごしていた毎日がどれほど大切なことだったか、当たり前だと思うことがどれほど特別なことだったのか、癌になったことで今さらながら気づかされました。自分の周りに大切な人がたくさんいて、一緒に過ごせる時間がどれほど大切なことなのかにも気がつきました。癌になって当たり前のことの幸せに気づくことができて良かったと感じています。今からの時間は短いかもしれませんが、感謝して大切に生きていきたいと思っています。

 

 

幸せを手に入れようと努力することは大切ですが、すでに手の中にある幸せに気づくことが本当の幸せかもしれません。
(おわりに)

 

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あらすじ
あなたは誰かに愛されていますか?そして、誰かを愛していますか?
本編は公募「愛する人へor something」優秀作から構成しました。

 

ひと言
ひとつひとつが短いので、ちょっとした時間に読むことができ、公募作品の優秀作ばかりなので「ふーん」と感心させられる作品も多かった。
それでも大好きだよ(結城沙理)、Week End 001(高村紫月)、友達の唄(玉寄亮子)、愛する人へ(宮笙子)
半月(紫月香音)がよかったかな。

 

 

 

寂しさや悲しみがわたしたちから完全に拭い去られることはこの先もないのかもしれない。会えなくなるというのはそういうことなのだろう。「目の前にいる」という事実と、「確かにここにいた」という事実の境界線は、どこにあるのだろう。そんなものは、本当はどこにもないのかもしれない。失ってはじめて、大切なものに気づくことはある。だが、わたしたちは本当はなに一つ、失ってはいないのかもしれない。会えないということは、寂しさや切なさを得ることではあっても、友達を失うことではないのだろう。(「友達の唄」 玉寄亮子)

 

 

 

”これ以上、周りの人を悲しませたくない。お互いに考える時が来たのではないか”と。
私は何も言いたくなかった。最初からそれは、分かっていたことではないか。今さら何をと思う気持ちがあった。彼はやっぱり若いのだ。私とは違う。これ以上一緒にいてはいけない。私の中で一つの季節が終わろうとしていた。決心をするまでに、長い時間が必要だった。すぐに気持ちが落ち着くだろうと思っていたが、そう簡単にはいかなかった。苦しい夜が続いた、幾日も幾晩も、昼も夜も千切れそうな心と戦う日々だった。いい加減な別れ方なんてないと誰かが言っていた。憎んだ方が楽になれるかもしれないと、そう思った日もあった。携帯に手を伸ばしては止める、この動作を何十回繰り返しただろう。特に週末は苦しさが募り、気が変になりそうだった。(「半月」 紫月香音)

 

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あらすじ
旅、日常が新鮮に愛おしくなる角田マジック。「旅」と「モノ」について、作者ならではの視点、本音が満載の1冊。読み進めていくと「どうして私の気持ちがここにあるんだろう」とびっくりするほど共感するとともに、新鮮な奥深い視点をそこかしこに感じます。そして読後は、心がほっこり癒されます。身近に感じられる思いをたくさん紡ぐことによって、一冊を読み終わる頃には日々暮らすことを愛おしむ気持ちがじわっとわいてきます。

 

ひと言
久しぶりに角田さんの本を借りた。角田さんの本は読みやすく、「はっと」させられるような言葉がちりばめられていて、やっぱり自分にとってはすごく好きな作家なんだなぁとつくづく思った。

 

 

子どもの心で、子どもの財布での旅しか、私はずっとできないのかもしれない。それが、私の作り上げてきた私に相応な「分」なのだろう。最近、そういうことがだんだん受け入れられるようになってきた。開きなおりではない。あんまりかっこよくない自分を、許すことができるようになってきた(あとがき)

 

 

そして二〇歳の私になかったいちばん大きなものは、余裕だったと思う。異国を旅することがほとんどはじめてだった。何かしなきやいげない、と私は思いこんでいた。何か体験しなくちやいげない、何か見なくちやいげない、何か味わわなくちゃいけない、何か買わなくちゃいけない、充実した旅にしなければいけない、だってこんなに遠くにきたんだもの。そういう思いがあった。がつがつと観光をしまくったのは、自分を知らなかったせいでもあるが、余裕かなかったせいでもある。ニューヨークなんだから、とミュージカルを見にいっては時差ボケで堂々と居眠りをし、当時危険と言われていた地域にわざわざいってびくびくと歩き、「ここにはいったい何があるわけ?」と首を傾げたりした。(大人になったからこそ)

 

 

幾度目かのヨーロッパで、ようやく私は気づいた。アジアは水で、ヨーロッパは石なのだと。水に自分を投じれば、ものごとは勝手に動いていく。何も決めずとも、水の流れるほうに身をゆだねていれば、景色は勝手に変わってくれる。目指したところと違う場所に流れ着いている。石はそうはいかない。石の上に座っていても、何も動かない。石に陽があたり、翳り、そして夜になるだけ。その場から自力で動かなければ、どこにも行き着かないし、景色は何も変わらない。もしかしたら、これは文化とも呼べるのかもしれない。じつにおおざっぱな括りではあるが、アジアは水の文化であり、ヨーロッパは石の文化である。(石か、水か)

 

 

人と知り合う、場所と知り合うということは、こういうことなのだと思う。だれかと知り合い親しくなる、ということは、かなしみの種類を確実に増やす。ミャンマーを旅しなかったら、こんなにも好きにならなければ、私はかなしみも衝撃も感じなかったに違いない。ならば、だれとも、どことも知り合わなければいい、とは私は決して思わない。かなしみの種類が増えることは不幸なことではない。かなしむことができる、それを不幸だとはどうしても思えないのだ。(雨は降り、いつか陽はさす)

 

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あらすじ
私たちは十日前に結婚した。しかし、私たちの結婚について説明するのは、おそろしくやっかいである――。笑子はアル中、睦月はホモで恋人あり。そんな二人はすべてを許しあって結婚した、はずだったのだが……。セックスレスの奇妙な夫婦関係から浮かび上る誠実、友情、そして恋愛とは? 傷つき傷つけられながらも、愛することを止められないすべての人に贈る、純度100%の恋愛小説。

 

ひと言
図書館でこの本のあとがきを読んで借りようと思った。
無機質で、透明感のある恋愛。こういう結婚があってもいいんだ、と思った。なにも求めず、なにも失うものなどなく、だからなにも恐れない。女の人が好きそうな小説だと思う。それにしても これを「ごく基本的な恋愛小説」と言ってしまうところが江國さんの凄さなのかもしれない。

 

 

あとがき

 

 

普段からじゅうぶん気をつけてはいるのですが、それでもふいに、人を好きになってしまうことがあります。ごく基本的な恋愛小説を書こうと思いました。誰かを好きになるということ、その人を感じるということ。人はみな天涯孤独だと、私は思っています。
……。……。
率直にいえば、恋をしたり信じあったりするのは無謀なことだと思います。どう考えたって蛮勇です。それでもそれをやってしまう、たくさんの向う見ずな人々に、この本を読んでいただけたらうれしいです。
 一九九一年、春                                江國香織

 

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あらすじ
屈託を抱えるOLの三智子。彼女のランチタイムは一週間、有能な上司「アッコ女史」の指令のもとに置かれた。大手町までジョギングで行き、移動販売車の弁当を買ったり、美味しいカレー屋を急遽手伝うことになったり。そのうち、なんだか元気が湧いている自分に気付いて……。表題作ほか、前向きで軽妙洒脱、料理の描写でヨダレが出そうになる、読んでおいしい短編集。

 

ひと言
心が凹んでいる人にもお薦め1冊。美智子や玲実がとても生き生きと描かれおり読了後感が何とも爽やかで元気になれる。本の帯にもあるように「読むほどに不思議と元気が湧く、新感覚ビタミン小説」
これも本の帯からだが、紀伊國屋書店 名古屋空港店・牧岡絵美子さんの
「今抱えている悩みや不満はもしかするとただの思いこみで、ちょっと視点を変えれば毎日はきっとずっと明るいものになる。彼女たちのように自分の意志でしっかり歩いていける。」
という言葉が心に残った。

 

 

それからこの本に出てくる自由軒の「名物カレー」が無性に食べたくなった。もう7年以上も前だと思うが、天保山(海遊館)へ行ったときに食べたきりで、今度難波に行ったら難波本店で食べようと思った。
知らない人のために写真を。おいしそうでしょ!

 

 

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「僕はね、大学は大阪だったんだ。あの街は、安くて旨い店がたくさんある。よく、ミナミの『自由軒』という洋食屋に食べに行ったよ。織田作之助の小説にも登場する有名な店さ。こう、カレールーがご飯に混ぜ込んであってね、上に生卵が載っている。それをスプーンで混ぜて食べるんだ。ああいう下卑た食い物が東京には少ないね。つまらん」(第1話 ランチのアッコちゃん)

 

 

妻と交わした最後の会話が蘇る。
―あなたって、結局、恐がりなのよ。自分にとって居心地の良い生き方を追求するのが怖いのよ。それは逃げじゃないのに……。
子供が出来ないことには、結婚してすぐ気付いた。名医と呼ばれる産婦人科医を見つけ出し、夫婦揃って検診を受けた。気の遠くなるような長い旅が始まった。焦ることはない、人それぞれペースがある、と励まし合いながら、二人で闘ってきたつもりだ。しかし、ある日不妊治療をやめたい、と妻が言い出した。
 ―もう、やめない? 私は悪くないと思うの。子供がいない人生も。夫婦二人だけでも、その分、豊かに生きていきましょうよ。旅行をいつするのも自由。ペットを飼うのも自由。あの時、雅之にはさっぱりとした顔で笑う妻が裏切り者のように感じられた。なんで逃げるんだ、二人で頑張ろう、人並みの幸せが得られなくていいのか、となじるうちに、次第に妻の表情から明るさが消えるようになった。そしてついに先の言葉を投げつけられたのだ。あれからしばらくして、妻は家を出た。現在は親戚の持ち物である白金のマンションで一人暮らしをしている。
(第4話 ゆとりのビアガーデン)

 

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あらすじ
あなたの心は、あなたの食べたものでできている!なぜなら、心の働きにかかわる脳内神経伝達物質は、栄養素によってつくられるからだ。栄養素の不足や血糖調節異常は「うつ」とよく似た症状を示すが、著者は栄養指導により多くの精神症状を改善してきた。本書では、うつに陥りやすい現代人の食事の問題点や、心に効く食べ方を解説する。

 

ひと言
最近頑張っているダイエットでの栄養不足からか、少し精神的に不安定になることがあり、食事が精神症状に大きくかかわっていることを実感した。この本に書かれていることを参考にして、これからのダイエットを継続していきたい。

 

 

コレステロールの値が低い人は、うつの症状を発現するケースが、じつに多いのだ。コレステロールが脳内に少なくなると、セロトニンの機能が異常になる。セロトニンは心のバランスを保つために重要な脳内神経伝達物質であることはお話ししたが、バランスが崩れると、心はうつの症状を訴え、問題行動へとつながっていくのだ。

 

 

女性は閉経後、コレステロールの数値が上がる。生理的にそうなるように組み込まれているわけだが、それを高コレステロール症と診断して、下げてしまうことがある。本来は上げなければならないコレステロールを下げることで、ビタミンDが不足し、骨粗しょう症になるケースが少なくないのである。

 

 

国民栄養健康調査によると、一日の鉄の摂取量は1ミリグラム強。しかし、女性の場合、生理で1カ月に30ミリグラムの鉄が失われる。摂取した鉄は生理で全部なくなってしまう計算である。女性は一日に2ミリグラムは摂取する必要があるのだが、通常の食事ではとうてい無理。それを実現するとすれば、健康な男性が食べている倍の量の肉を食べなければならないことになるのだ。ふつうの食事をしているかぎり、女性はほぼ全員が鉄欠乏になっているといえる。なお、鉄不足を補うためにホウレンソウやプルーンを食べる人がいるが、鉄は本来、身体に吸収されにくい栄養素なのだ。ホウレンソウやプルーンなど植物に含まれているのは非ヘム鉄で吸収率が悪い。一方、レバーなどの動物性のたんぱく質に含まれているヘム鉄は吸収率が高い。

 

 

悪い脂肪の代表にあげられているのが、トランス脂肪酸だ。脳梗塞、心筋梗塞など、身体への影響が取り沙汰されて、欧米ではすでに、規制が始まっている脂肪なのだが、日本にはまだその兆しはない。

 

 

積極的に選んでいただきたいのは、いわゆるオメガ3と呼ばれている油だ。EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)、アルファリノレン酸がその3つ。……。そこで代用として使えるものはなにかといえば、比較的いいのがオリーブオイルだ。

 

 

ちなみに、必要なたんぱく質の量は体重1キログラム当たり1~1.5グラム。体重が50キログラムなら、50~75グラムということになる。牛肉100グラムには約20グラムのたんぱく質が含まれているが、吸収されるのは8グラム程度である。

 

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あらすじ
10代で誰にも「思春期」が来るように、「更年期」は、ホルモンや神経伝達物質の減少などに伴い男女を問わず訪れる、人生の転換期。「うつ」や「内科系の病気」と誤解されがちだが、放っておくと40代以降の男性のQOLを大きく損なう上、仕事の効率が下がってリストラ対象になりかねず、社会的生命をも危うくする。しかも、この時期わうまく乗り切らないと、肉体も精神もどっと老け込んでしまう。著者「老化する」シリーズ第三弾は、精神医学とアンチエイジング医学の側面から「男性更年期を賢く乗り切る生活習慣術」をわかりやすく説く決定版。どうしたら“老化の勝ち組”になれるか―その答えが本書にある。

 

ひと言
図書館でこの本を見つけたとき、「へぇ 男にも更年期があるんだ」と思った。
最近頑張っているダイエットでの栄養不足からか、少し精神的に不安定になることがあったが、この本を読んで、自分も更年期かもしれないなと思うと少し気が楽になった。
この本に書かれていることを参考にして、男性更年期をうまく乗り切りたい。

 

 

40代~50代で肥満体が増えるのは、男性ホルモンの減少の可能性が高い。この世代で「めっきり太ったなぁ」と自覚している人の中には、乳房がふくらんできたような気がしている人も多いのではないだろうか。これも男性ホルモン(テストステロン)が減ってくるためである。

 

 

医学的にいえば、男性更年期障害とは「男性ホルモン(テストステロン)の分泌が低下したことで身体的、精神的、性機能的に発生するさまざまな症状」ということになる。テストステロンには筋肉を増大させて男らしい体を作る働きのほか、造血作用や動脈硬化を防ぐ作用があり、もちろん性欲や精子の形成など性機能にも関わっている。さらに精神にも多大な影響を及ぼしている。一般に、男性ホルモンの多い人は攻撃性が高いといわれるが、冒険心や競争心を高める働きもある。

 

 

40代、50代はセロトニンなどの神経伝達物質が減るために、うつにかかりやすい。そのセロトニンの材料となるのがアミノ酸のひとつ「トリプトファン」だ。これは体内では作られないので、食べ物から摂るしかない。そのトリプトファンが豊富に含まれているのが肉類だから、「肉を食べると元気が出る」のは根拠があったのだ。

 

 

男性ホルモンの分泌も食事に左右される。その生成に亜鉛やホウ酸といったミネラルが必要なのだか、体脂肪のことばかり、ダイエットのことばかり気にしていると摂取量が足りなくなって、バランスを欠いた食事になるのは明らかだ。「草食男子」「草食系」と呼ばれる、おとなしい若者の増加も、その背景にはおそらく貧しい食生活による栄養不足があると私は考えている。

 

 

男性ホルモン値が下がると、内臓脂肪が増える。ダイエットを「摂取カロリーを減らして、消費カロリーを増やすこと」だと理解している人は、よほどきちんと栄養を計算して摂取しないと、「やせる」のではなく「やつれる」ことになる。中高年の場合、そこで老化が進んでしまう。というのも、食べることをガマンして、より多く運動しようと頑張ってしまうと、カロリーだけに目が向いて、たんぱく質や脂肪、酵素やビタミン類など、必要な栄養素が足りなくなっていく。余分な脂肪を減らそうと食事を制限しつつ運動すると、筋肉を減らしてしまうことが非常に多いのだ。筋肉の量は基礎代謝と関係しているので、筋肉が減るとカロリーが消費できなくなってますますやせにくく、太りやすい体になるのである。さらにいえば、消費カロリーを増やす運動=有酸素運動と思われているが、有酸素運動は体を酸化させる(錆びさせる)活性酸素も大量に発生させるので、細胞レベルで老化を進めてしまう両刃の剣だ。活性酸素対策とセットでほどほどに行わないと、やせて若々しくなるつもりが逆効果になりかねない。

 

 

運動にはもうひとつ、ホルモンの分泌を活性化するという効果もある。以前から、高い強度の運動で、成長ホルモンがたくさん出ることが知られていたが、男性ホルモンも同じように分泌が盛んになることが明らかになってきたのだ。ただしどんな運動でも成長ホルモンや男性ホルモンが出るわけではなくて、翌日は筋肉痛になるくらいの強い運動というところがポイントだ。減ってしまった男性ホルモンを補う方法として、医療レベルで行われているのはホルモン補充療法(HRT=hormone replacement therappy)で、日本ではおもに注射によって投与されている。だがその手前の段階で、日常生活の中で男性ホルモンを増やせるのだから、試みる価値はある。

 

今日9月11日(水)、家に帰って食事前の風呂に入るときに体重を測ったら、なんと72.6kg でした。

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7月7日、町のスポーツセンターのトレーニング室で測ったときのデーターは身長181.5cm 体重82.0kg でしたが、2か月で10kg 食事と運動で標準体重まで減量することができました。

調べてみると今から15年前の1998年頃が72kgで、ここ2週間程は73kg~75kg前半を推移していたのが、今日十数年ぶりに72kg という数字を目にすることができました。

2年ほど前も74kg台まで減量に成功したのですが、リバウンドしてしまいました。
今回は前の反省を十分踏まえ、できるだけこの体重を維持していきたいと思います。
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あらすじ
退職し、花を愛でながら悠々自適な生活を送っていた老人・秋山周治が殺された。遺体の第一発見者は孫娘の梨乃。梨乃は祖父の死後、庭から消えた黄色い花のことが気にかかり、花の写真をブログにアップする。それを見て、身分を隠して近づいてきたのが、警察庁に勤務するエリート・蒲生要介。ひょんなことから、その弟・蒼太と知り合いになった梨乃は、蒼太とともに、事件の真相と黄色い花の謎解明に向けて動き出す。西荻窪署の刑事・早瀬らも事件の謎を追うが、そこには別の思いも秘められていた。

 

ひと言
やっと借りることができた「夢幻花」。最近は新刊本や話題の本がなかなか借りられなくなった。久しぶりの東野圭吾はやっぱりおもしろい。

 

 

「あたしたち、何だか似てるよね。一生懸命、自分が信じてきた道を進んできたはずなのに、いつの間にか迷子になってる」