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あらすじ
「女のいない男たちになるのはとても簡単なことだ。ひとりの女性を深く愛し、それから彼女がどこかに去ってしまえばいいのだ」というのが今回の短編集のモチーフ。
「ドライブ・マイ・カー」「イエスタディ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」6編を収録。

 

ひと言
先日、図書館の棚でラッキーなことにこの本を見つけました。予約を入れてなかったので、読むのに1年半かかりました。
「ドライブ・マイ・カー」の続きを家福のパートとみさきのパートに分かれて、小説が交互に進む。と勝手に想像してみた。というブログを書かれたハルキファンの方もいて、それもおもしろいなぁと思いました。でも前の「多崎つくる」もこの「女のいない」も昔の作品に比べると明らかに劣っているように思います。もう一度素敵なワクワクするような長編をお願いします。

 

 

鋭利な刃物のように、時間をかけて容赦なく彼を切り刻んだ。何も知らないでいられたらどんなによかっただろうと思うこともあった。しかしどのような場合にあっても、知は無知に勝るというのが彼の基本的な考え方であり、生きる姿勢だった。たとえどんな激しい苦痛がもたらされるにせよ、おれはそれを知らなくてはならない。知ることによってのみ、人は強くなることができるのだから。
(ドライブ・マイ・カー)

 

 

「機転といえば、フランソワ・トリュフォーの古い映画にこんなシーンがありました。女が男に言うんです。『世の中には礼儀正しい人間がいて、機転の利く人間がいる。もちろんどちらも良き資質だけど、多くの場合、礼儀正しさより機転の方が勝っている』って。…」……。「彼女は具体例をあげて説明します。たとえばある男がドアを開けると、中では女性が着替えをしているところで、裸になっています。『失礼しました、マダム』と言ってすぐさまドアを閉めるのが礼儀正しい人間です。それに対して、『失礼しました、ムッシュー』と言ってドアをすぐさま閉めるのが機転の利く人間です」
(独立器官)

 

 

「『逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 者はものを 思はざりけり』という歌がありますね」と渡会が言った。「権中納言敦忠」と僕は言った。どうしてそんなことを覚えていたのか、自分でもよくわからないけれど。「『逢ひ見て』というのは、男女の肉体関係を伴う逢瀬のことなんだと、大学の講義で教わりました。そのときはただ『ああ、そういうことなのか』と思っただけですが、こんな歳になってようやく、その歌の作者がどういう気持ちを抱いていたのか実感できるようになりました。恋しく想う女性と会って身体を重ね、さよならを言って、その後に感じる深い喪失感。息苦しさ。考えてみれば、そういう気持ちって千年前からひとつも変わっていないんですね。そして そんな感情を自分のものとして知ることのなかったこれまでの私は、人間としてまだ一人前じゃなかったんだなと痛感しました。気づくのがいささか遅すぎたようですが」そういうのは遅すぎるも早すぎるもないと思う、と僕は言った。たとえいくらか遅かったとしても、最後まで気づかないでいるよりはずっといいのではないか。「でもこういう気持ちは、若いうちに経験しておけばよかったかもしれません」と渡会は言った。「そうすれば免疫抗体みたいなものも作られていたはずです」そんなに簡単に割り切れるものでもないだろうと僕は思った。免疫抗体なんてできないまま、たちの悪い潜在的病根を体内に抱え込むようになった人を僕は何人か知っている。
(独立器官)

 

10月18日 西国三十三所の葛井寺へお参りしてきました。

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毎月18日に開扉される千手観音。
どうしてもお目にかかりたいと思いながら なかなか日程が合わず 今まで延び延びになってしまっていました。

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本堂横には 國寶 本尊千手千眼観世音菩薩 開扉 の立札が…。感激!やっとお会いできるんだ♪

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近くから拝む観音様は、想像してたよりも大きく立派で、唐招提寺の千手観音と同様 誰もが納得の国宝です。
18日にお参りしてほんとうによかった♪。

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境内はお花屋さんなどのお店が出て賑わっていていました。

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家に帰って いただいた散華を台紙に貼ります。
残すは西国三十三番 満願霊場 谷汲山華厳寺「谷汲さん」だけになりました。

今まで巡ってきた霊場のことを思い返して、最近は「自分はなんて しあわせものなんだろう」とつくづく思うようになりました。
難所と言われるような長い山道、数時間に1本しかバスがないような札所、足腰が弱ったお年寄りや車の運転をしない人たちには途方もなく大変な霊場巡り。それに札所を巡るのにも多くの時間とけっこうなお金がかかります。
身体的、経済的、その他何らかの理由で巡りたくても巡ることのできない人たちがたくさんおられるということをいつも忘れることなく、西国三十三所を巡ることのできるしあわせに感謝の気持ちを忘れないようにしたいです。
10月17日 娘の成人式の写真の前撮りに行ってきました。

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名古屋市昭和区の桑山美術館で、スタジオ撮影とは違った庭園と茶室「青山」での野外の撮影です。

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行きの車の中で、ここって「マウンテン」の近くだねという話になり、わたしはもう30年ぶり、子どもたちも 行ってみたい ということでお昼は喫茶マウンテンということになりました。

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定番の甘口抹茶小倉スパ(900円)をいただきます。
決してうまいとは口が裂けても言えないけど…。なつかしい…唯々、なつかしい…。
その思いだけで完食。そうじゃなければただの罰ゲーム。

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三十数年前、名古屋に住むようになって、職場の人に連れてきてもらったマウンテン。
何を食べたのか思い出せないけど、こんな味だったなぁ…。

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喫茶 マウンテン
名古屋市昭和区滝川町
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あらすじ
盲導犬を引退したあとも、ずっと家族でいたい。せつない別れがあります。盲導犬が歳を取り、「引退」すると、大好きな大好きなユーザーさんとお別れをしなければなりません。もしユーザーさんが引退した盲導犬と、最後まで一緒に暮らすことを希望した場合、新しい盲導犬は貸与されません。それは、さまざまな不便さを受け入れることを意味します。たとえば、引退犬とともに、もう電車やバスには乗れなくなります。お店にも入ることはできなくなります。引退犬を引き取るということは、とても覚悟の伴うことなのです。

 

ひと言
先日、大阪・梅田の阪急百貨店で開かれた補助犬の啓発イベントに出演した聴導犬の普及と理解を促すNPO法人の代表の女性がイベント直後に、同じフロアに入店している喫茶店とクレープ店2店から入店を拒否された。というニュースがありました。
聴導犬?このニュースを聞いたとき、恥ずかしながら私もそういう補助犬(調べてみると日本には55頭の聴導犬)がいることを初めて知りました。補助犬法成立(2002年)以前から補助犬の受け入れを積極的に取り組んできた阪急百貨店で起こった不幸なできごとでしたが、阪急百貨店はトップページですぐにこのことについてお詫びを掲載し、2度とこのような失敗は繰り返さないという決意がすごく伝わってきました。被害に遭われた女性が FaceBook で書いているように、このことがきっかけになって 私を含め聴導犬のことを知らなかった多くの人たちの啓蒙につながっていってくれればと願い、この本を読みました。

 

 

【Mamie さんの FaceBook より一部抜粋】
私は今まで多くのお店に聴導犬同伴拒否されて来ました。私は家族と一緒に食事をしたかったのですが、拒否されてしまい、私以外の家族は入店、私は聴導犬レオンと一緒に廊下で待っていました。その時、私の家族はあまりにも我慢できず、お店から出てきました。「こんな思いをしながら食事をしたくないから、美紀ちゃんが先に中で食べて!」と家族が聴導犬レオンのリードを取ろうとしたのですが、私は頑なに、リードを離しませんでした。「いいえ。できない。」「私はレオンと一体なの。レオンと離れることはできない!」みんなと同じように食事をとりたいのに、気持ちよく食事をとることもできない辛さ。ただ、楽しくお茶を飲み、食事をとりたいだけなのに…。このような事が今までたくさんありました。辛い思いをするのは自分だけでよいと思いましたが、他の補助犬ユーザーのことを考えると引き下がってはならないと思いました。阪急阪神百貨店の大企業のお力で日本を変えてください。
私はこのきっかけをマイナスでなく、プラスに持っていきたいです
今後、阪急阪神百貨店の新しい取り組みに期待しております。

 

 

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カンちゃんが家族に加わってから10年くらい、地元の町では、盲導犬連れではなかなかタクシーに乗せてもらえませんでした。訓練所に相談して、陸運局から兵庫県全体のタクシー会社に通達文を出してもらったこともありました。それでも、タクシー会社に電話をすると、「空車がない。いつ空きが出るのかわからない」と言われました。「いつまででも待ちます」と答えても、「いや、何時間先になるのか検討もつかない」と露骨な乗車拒否とは違う表現で、断られました。はっきりとした拒絶でない限り、対処のしようがない現状でした。盲導犬が一緒だとは言わずに、タクシーを呼んだこともありました。高速バスのインターチェンジで待っていたとき、いつまで経っても来ないので、電話で確かめました。「大きな犬が一緒だったので、帰った」と言われました。目の前をスルーされても、見えない私たちには確かめようがなかったのです。
(第1章 引退犬と暮らすには)

 

 

「早く引退を決めて、ゆっくりさせてあげて」「目の見えない人と、ずっと一緒なんて、かわいそう」……。なぜ、同じ働く犬でも、警察犬や麻薬探知犬、牧羊犬などはかっこうよくて、盲導犬はかわいそうなんでしょうね。どうして、身体が不自由な人と暮らすことは、「健康」と呼ばれている人と暮らすより、かわいそうなことなんでしょうね。形のない「こころ」はどうなんでしょう。本当の意味で健やかだと言える人は、どれほどいるのでしょうか。私は何度も憤りを感じてきましたが、たもっちゃんは一貫して、「誰がどう言っても、全然かまわない。カンちゃんがしあわせだと感じてくれていれば、それでいい」と言い続けていました。
たもっちゃんにとっては、カンちゃんが、盲導犬としてがんばってきてくれたから、その恩返しに、最後まで一緒に暮らしたかったわけではありません。何もできなくなっても、カンちゃんがいてくれることが、ただ嬉しいから。自分が一緒にいたいから。それだけだったのです。
(第5章 盲導犬を卒業する日)

 

 

目指すものがあって、一所懸命になって、自分のキャパをなんとか押し広げて、それでもなかなか思うようにはいかなくて、悲しかったり怒ったり。いろんなことがあるけれど、本当のしあわせって、いつもそこに、形なく漂っているものなんだろうと思います。それは、健康な身体とか、ビジネスの成功とか、有名になるとか、学歴、職業 その他もろもろとは、まったく関係がないもの。ただそこに、ほわほわと形なく漂って、あったかい気持ちになるもの。そういうものだと思います。……。カンちゃんが、我が家の家族に加わった本当の意味は、たもっちゃんの「目」の代わりをするためだけではなく、私たちに、「もっと、今あるしあわせを感じてね」というメッセージを伝えるためだったのだと、思っています。
(第6章 もしも願いが叶うなら)

 

 

結婚後、夫とカンタスと暮らす中で、穏やかに、ときに激しく揺れながら、愛は、意志であること。しあわせは、自分で作ってゆくもの。「なぜ」という意味は何もなく、その意味は、私が与えるもの。本当の自立とは、できないことを「できない」と認めること。と気づき、私は歳を重ねてきました。
(おわりに)

 

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あらすじ
たかむら画廊の青年専務・篁一輝と結婚した有吉美術館の副館長・菜穂は、出産を控えて東京を離れ、京都に長期逗留していた。妊婦としての生活に鬱々とする菜穂だったが、気分転換に出かけた老舗の画廊で、一枚の絵に心を奪われる。画廊の奥で、強い磁力を放つその絵を描いたのは、まだ無名の若き女性画家。深く、冷たい瞳を持つ彼女は、声を失くしていた。京都の移ろう四季を背景に描かれる、若き画家の才能をめぐる人々の「業」。『楽園のカンヴァス』の著者、新境地の衝撃作。

 

ひと言
川端康成の「古都」を思い出すような作品でした。最後の「22 紅葉散る」には少しびっくりしました。ただ、我儘なお嬢様を強調したいために、原発事故の放射能から逃れて京都で避難生活を送る妊婦の菜穂という設定にしたのかもしれませんが、あのとき逃れたくてもどこにも逃れることもできず、今も不安を抱えながら生活している妊婦の方や、小さい子どものいる方がこれを読んだらどんな気持ちになるんだろうと思ってしまいました。何もフクシマを持ち出さなくても菜穂が京都に行く設定にはできなかったのかなぁ。読者をあたたかい気持ちにする原田マハさんだから、そこが少し残念でした。
でも京都の魅力はすごく伝わってきて、祇園祭りの宵山や「屏風祭」の光景が目に浮かぶようでした♪

 

 

「なんぞ、しんどいことがおありどしたか」そっと尋ねられた。そのやさしい声色が、胸に響いた。有吉美術館所蔵のとある傑作が売却された一件を、菜穂はせんに打ち明けた。少女の頃から親しんだ作品で、まるで友だちが売られてしまったような無念を味わったこと、またそれ以上に、自分になんの相談もなしに売却されてしまい、すべて事後報告だったのに衝撃を受けたということも、正直に打ち明けた。「そうどしたか」囁くように、せんが言った。「あんさんのお気持ちは、ようわかります。せやけどなあ、その『睡蓮』は、もともと、あんさんのもんやなかったん違いますか」せんの言葉に、菜穂は、はっと顔を上げた。冬日のように穏やかな、せんのまなざしだった。「いままでも、これからも、誰のもんにもならへんの違いますか」もとより、芸術家の創った作品は、永遠の時を生きる。それは、永遠に、ただ芸術家のものであり、縁あって、いっとき誰かのもとにある。その誰かのもとでの役目を終えれば、次の誰かのもとへいく。そうやって、作品は、永遠に伝えられ、はるかな時を生き延びるのだ。そんなことを、せんは、ぽつりぽつりと話した。せんの言葉には、真理の響きがあった。それはまるで、祈りの言葉のように、菜穂の耳朶(じだ)に触れた。菜穂の胸中で激しく逆巻いていた嵐が、ふと、やんだ。新しい涙がこみ上げてくるのを感じた。けれどそれは、もはや、悲しみの涙ではなかった。潤んだ瞳で、菜穂は、せんの背後にひっそりと掛かっている青葉の絵を見た。この絵もまた、永遠の時を生きる運命なのだろうか。だとすれば、最初に自分のところへきてくれた、その奇跡に感謝しなければなるまい。
(10 睡蓮)

 

 

遠くて近きもの。極樂。舟の道。人のなか。なんの脈絡もなく『枕草子』の一節が浮かんだ。
(23 氷雨)

 

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あらすじ
東京の文教地区の町で出会った5人の母親。育児を通して心をかよわせるが、いつしかその関係性は変容していた。あの人たちと離れればいい。なぜ私を置いてゆくの。そうだ、終わらせなきゃ。心の声は幾重にもせめぎ合い、それぞれが追いつめられてゆく。凄みある筆致で描きだした、現代に生きる母親たちの深い孤独と痛み。渾身の長編母子小説。

 

ひと言
1999年11月に起きた文京区幼女殺人事件(音羽お受験殺人事件)を題材に書かれた小説。
繁田繭子、久野容子、高原千花、小林瞳、江田かおり 5人の、事件が起こる3年前の1996年8月から書き始められていて、最後は(小説の中では事件は起こっていないが…)事件後、この5人はどうなったのかという2000年3月の5人を描いた形で終わっている。その1つ前の6章 1999年2月の最後の16ページが事件をイメージさせる記述になるのだが、これこそ角田光代、読者を引きつける筆力で、私に2回、3回と読み返させる。

 

 

何かが狂いはじめたその発端を、この暗い森の入り口を、……(第六章 一九九九年二月)

 

 

他人と比べることで人は不要な不幸を背負いこむ。学生のとき、容子はすでにそう悟っていた。それは容子のなかでまぎれもない真実だった。人は人。私は私。その線引きをしっかりさせて日々を送りたいと思っていたし、実際そうしてきた。けれど気がつけば、親しくなった人のマンションをこっそり見にいってしまうような自分かいる。そんなことはやめろ、やめろと思いはするのだ。みっともないと自覚してもいる。けれど、彼女たちがどんなところに住んでいるのか知りたいと一度でも思うと、じりじりしてたまらなくなる。見るだけだ、比べるわけではないと自分に言い聞かせつつ見にいって、そして彼女たちの住まいを確認すればすうっと気分が安らぐ。しかし激しい自己嫌悪も覚える。瞳のマンションを見て賃料を想像し、なおかつ安堵までしている自分を、容子は激しく責め苛んだ。(第四章 一九九八年六月)

 

 

栄吉は立派な人間だ。落ち度のない夫だ。ただ気づいていないだけだ。相手が自分を否定しないとわかっているときだけ、人はなんでも言えるのだと、夫は気づかないだけなのだ。あれほど言葉を交わしたって、心の底では光太郎の受験に反対しているではないか。私との会話でその反対が大賛成に翻るはずがないではないか。繭子のところに預けていると言えないのは、これからどうしようと相談できないのは、あなたが頑固な正論で私を否定するからではないか。(第六章 一九九九年二月)

 

 

お祭りはどこなの。みんなどこにいるの。私の子はどこにいったの。私はどこにいるの。この子はなんでここにいるの。アイロンのスイッチは切ってきたかしら。ここはどこなの。どうしてこんなに蒸し暑いの。支離滅裂な考えが、炭酸水のあぶくのように彼女のなかで浮き上がっては消える。考えがいっこうにまとまらないことに彼女は焦る。指の先から背中、背中から脳天へと、皮膚が焦りで粟立つ。終わらせなきゃ。彼女は叫ぶように思う。そうだ、終わらせなきゃ。終わらせなきゃいけなかったんだ。彼女は、目の前にいるちいさな黒い影に両手をのばす。やわらかい頭髪に触れ、弾力のある頬に触れ、折れてしまいそうな細い首に触れる。終わらせなきゃ。私がはじめたことなんだから、終わらせなきゃ。彼女は指に力をこめる。ぞわぞわと生きものが這うように皮膚は粟立ち続けている。硬い金属質のもので締め上げられているように頭が痛む。腹の底から湧き上がる叫びが、かろうじて喉元に引っかかっている。この子がいなくなる。そうすれば終わる。この子さえいなければあの子はだれとも比べられない。この子さえいなければ私たちはもう会うこともなくなる。この子さえいなければ。あの子さえいなければ。私さえいなければ。またもや彼女の思考は支離滅裂に拡散していく。終わる。終わる。終わる。終わる。もうすぐ終わる。ほかのいっさいの考えを頭から締め出すように、彼女はその一言だけをくり返す。
(第六章 一九九九年二月)
 

 

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あらすじ
つい想像してしまう。もしかしたら、私の人生、ぜんぜん違ったんじゃないかって 。もし、あの人と別れていなければ。結婚していなければ。子どもが出来ていなければ。仕事を辞めていなければ。仕事を辞めていれば……。もしかしたら私の「もう一つの人生」があったのかな。どこに行ったって絶対、選ばなかった方のことを想像してしまう。あなたもきっと思い当たるはず、6人の「もしかしたら」を描く作品集。

 

ひと言
人は誰でも自分の人生を振り返って「あの時、ああしておけば…」「あの時、あっちを選んでいたら…」と思うことが必ずある。でも半世紀以上生きてきて、ほんとうに心の底から「あの時、こっちを選んで本当によかったんだ」と今は、自信を持って言えるような気がする。あと残り少ない人生、こらからも「あれかこれか」の選択に迫られることがあると思うけれど、決して「あの時、ああしておけば…」と後悔して生きるのではなく、自分の選んだ道を信じ後悔することなく生きていきたいと思う。

 

 

ジャンパーのポケットに手を突っ込んで、マフラーに顔を埋めるようにして奏春は歩く。何気なく空を見遣ると、いつもより星が多いような気がした。空の隅に石鹸みたいなかたちの月が浮かんでいる。輪郭はくっきりしているのに、やっぱり笑っているように見えた。奏春を、ではなく、奏春に。帰ったら、いちばん染みの少ない用紙を選んで必要事項を記入して、明日、冬美に電話をするんだ、どこに送ればいいのか訊くんだ、もし冬美が電話を切らずにいてくれたら、いい子を産めよと言ってやるんだ、がんばれよと言ってやるんだ、それはもう一点の曇りもない気持ちでそう言ってやるんだと、ちいさな子どもに言い聞かせるように、泰春は胸の内でくり返す。立ち止まってもう一度空を見上げると、いつもより少しだけ多い星が、うんうんとうなずくようにちらちらと光っている。習字セットを持ったちいさな子どもを奏春は思い浮かべる。その子どもも星の光のようにちらちら笑いながら、うんうんとうなずいている。
(月が笑う)

 

 

見学者用のスペースでほかの母親たちとともに聡子は泳ぐ悠菜を見つめる。悠菜は最近ようやく水に顔をつけられるようになった。ビート板を持ち、水のなかをたゆたうようにゆっくり進んでいくちいさな姿を見ていると、聡子は泣きたいような気分になる。母性というのは、抱きしめたいとか、頬ずりしたいとか、噛みつきたいとか、そういう気分ではなくて、この、泣きたいような気分のことを言うのではないかと聡子は思うことがある。そのほかのことにはかわいいからという理由があるが、泣きたいという気分の理由だけはわからないからだ。母性は、聡子には未だわからない分野のものである。
(こともなし)

 

 

「ああ、まあ。ブログやってるって前、話してたじゃないスか。レシピブログ。見つけたから、ときどき見てるんスよ。そんで、さとぴょんってしあわせなんだなあって思ってたんス。こうしなけりゃとか、こうしてりゃとか、迷ったり後悔したりしたことないんだろうなって」「だってしあわせじゃなきゃ困るじゃない」思わず言って、聡子ははっとする。「困るって、だれが?」「……私がよ」そうだ。聡子はぱちぱちと瞬きをする。今の日々が充実しているとブログで知らせたいのは、別れた男でもその原因の女でもない、「もし」で別れた、選ばなかった私自身だ。あのとき旭にしがみついてぜったいに離れなかっ、あるいは自暴自棄で伸一と寝たりしなかった、あるいは会社を辞めなかった、無数にいる、今の私とは違うところに立っているだろう「私」のだれよりも、私は今、しあわせでなければならず、私に選ばれなかった幾人もの「私」に、負けたと思わせなければならないのだ。不幸になっていてほしいのは、旭じゃない、旭と居続けた、「もし」に佇むもうひとりの私だ。伸一も知らず、悠菜も知らない、仕事も辞めていない私。ブログを書いたあと、かすかに感じる自己嫌悪は、きっと今の自身に対して感じている申し訳なさだ。
(こともなし)

 

 

ぴょん吉のことはひたすらかなしく、自分の行動がひたすらうらめしく、もし、この先ぴょん吉に何かあれば、さらに倍増するそのかなしみと後悔を背負いこむのだろうと、ずっと庭子は考えていた。今、隣を歩く女性は十年近く、それを背負って歩いているんだと考える。人の不幸を知って自分の不幸を軽減する錯覚を得るのとはまったく異なる、安心感にも似た気持ちがあふれる。もちろんそれは安心感ではない。けれど庭子はその気持ちをあらわす言葉を知らない。猫と息子ではまったく重みも大きさも違う。でもたぶん、この女性は、ぴょん吉が見つかったと知ったら、我がことのようによろこんでくれるだろう。そしてもし、ぴょん吉が見つからなかったら、あるいはもっとかなしい事実が持っていたとしたら、この女性はやっぱり自分のことのように泣いてくれる。どちらも、自分のかなしみと比べることなく、そうしてくれる。私もたぶん、この女性のかなしみを思い出すたびずっとかなしむだろうと庭子は思う。かなしみも後悔も、一ミリグラムも減ることはぜったいにないけれど、大きさの違いではない、重さの違いでもない、ただ、それを背負ってしまったという一点で、こんなふうに見知らぬ人と共鳴し合える。そのことが、こんなにも気持ちをあたたかくさせることを、庭子は知る。
(どこかべつのところで)

 

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あらすじ
悲劇なんかじゃない これがわたしの人生。極限まで追いつめられた時、人は何を思うのか。夢見た舞台を実現させた女性演出家。彼女を訪ねた幼なじみが、数日後、遺体となって発見された。数々の人生が絡み合う謎に、捜査は混迷を極めるが…。

 

ひと言
松本清張の「砂の器」を思い起こさせるような本でした。でもいつの時代でも「曾根崎心中」は不滅の愛なんだなぁ。えっ!加賀恭一郎が本庁へ異動? 浅居博美の母親が、博美からすべてを打ち明けられたとしても自殺しようと思うかなぁ? もうちょっとすっきりした回収をしてほしかったなぁ。

 

 

「つまりお初は死にたかったんだ。いつも死に場所を探していた。そこで現れたのが徳兵衛だった。お初は思った。どうせ死ぬなら心の底から惚れた男に刺し殺してもらいたい、とね。それを察したから、徳兵衛は刺した。こっちもまた、命がけで惚れた女の夢をかなえてやりたかったんだね」……。博美は忠雄に近づいていった。「来るな。火をつけるぞ。火傷したいのか」博美は答えず、ゆっくりと両腕を前に伸ばした。その手が忠雄の首にかかると、彼は戸惑ったような顔をした。「博美、おまえ……」忠雄は瞬きした。「おまえが楽にさせてくれるのか」うん、と彼女は頷いた。「だってお父ちゃん、夜逃げした時にいうてたでしょ。延暦寺のお坊さんのことを。同じ死ぬにしても、ほかの方法を選ぶ。焼け死ぬやなんて、考えただけでもぞっとするって」ああ、と忠雄は口を開いた。「そうやったな」「そんな辛いこと、させられへん。だから私が……」「そうかあ」忠雄は目を細めて笑い、そのまま瞼を閉じた。「ありがとう。博美、ありがとう」博美も目をつむり、指先に力を込めた。両手の親指が忠雄の首に食い込む感触があった。不意に『異聞・曾根崎心中』のラストシーンが浮かんだ。(28)

 

 

もうお察しでしょうが、おそらく彼女はうつ病を発症していたのだろうと思われます。しかし当時はその病名さえ一般的でなく、彼女は自分のことをただの無能者だと決め込んでいたようです。そんな状態で何年間も耐えていた彼女でしたが、やがては死ぬことばかりを考えるようになったとのことでした。しかし一人息子の寝顔を見ては、自分がいなければ誰がこの子を育てるのかと思い直し、踏みとどまったそうです。ところがある夜、とんでもないことが起きました。仕事で旦那さんが何日も帰らず、彼女は息子さんと二人で寝ていたらしいのですが、気がつくと台所で包丁を于にしていたというのです。我に返ったのは、おかあさん何してるの、と起きてきた息子さんに声をかけられたからでした。あわてて包丁を片付け、その場を取り繕ったものの、この一件は彼女の心に濃い影を落としました。あの夜、自分は包丁で何をやろうとしていたのだろう。単なる自殺ならまだいい。だがもし息子を道連れにしていたら……。そんなふうに思うと、恐ろしくて眠れなくなったといいます。悩んだ末、彼女は家を出ることを決心しました。行き先など決めておらず、どこかで死ぬかもしれないな、とぼんやり考えながら列車に乗ったのだといっておりました。宮本さんからお聞きになったと思いますが、結果的に彼女は死を選ぶことはなく、仙台の町で第二の人生をスタートさせました。その日々を彼女は、懺悔と感謝の毎日だと表現しておりました。夫と子供を捨て、生きる資格などない自分が、見知らぬ土地で出会った人々によって支えられている、何とありがたいことだと痛感していたようです。私の想像ですが、家を出たことで、うつ病の症状がおさまっていたのかもしれません。(29)

 

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あらすじ
転校生じゃないからという理由でふられた女子高生、ジミ・ヘンドリックスのポスターを盗みに元カレのアパートに忍び込むフリーライター、親友の恋人とひそかにつきあう悪癖のある女の子、誕生日休暇を一人ハワイで過ごすハメになったOL……。どこか不安定で、仕事にも恋に対しても不器用な主人公たち。何度傷ついても、もう二度と恋なんかしないと思っても、まただれかを愛してしまう……ちょっぴり不幸な男女の恋愛を描いた短篇小説集。

 

ひと言
最近は、原田マハさんにハマっていましたが、久しぶりの角田光代さん。読み始めると「ん…、読みやすい!」原田さんが読みにくい訳ではないけれど、角田さんはやっぱりすごく読みやすいんだと実感させてくれました。
大好きな浜省の「君が人生の時」の歌詞のように「あふれでる愛を幾つも誰かにそそいで 傷つきそして立ち直り ひたすら愛するだけ 見果てぬ夢と満たされぬ愛 両手にかかえて Time of your life …」を感じさせてくれる作品でした。

 

 

だれかとだれかのでこぼこは、きっとうまい具合に重なりあうようにできているんだろうなあと、彼女たちの恋人批判を聞くたびに思う。もちろん、重なりあわなくても一緒にいることはできるけれど。
(バーベキュー日和)

 

 

チカはきっともうツネマサに会うことはないだろう。チカが彼をどんなに好きでも、自分からたずねていかないかぎりもう二度と会えない。けれどきっと、それを憂うより先にチカは忘れてしまう、ツネマサという名前も、おしゃれするために母親とくりひろげたバトルも、ツネマサの大きな掌の感触も、三人ですごした時間も。それであるとき、――だれかをどうしようもなく好きになったり、それでもどうにもならないということがあるんだと知ったあとで、土に埋もれた幼い宝物を見つけるように思い出すに違いない。ひどく短い時期ともにときをすごしただれかと、そのだれかのいとしい人と、何も知らずにそこにいた自分自身を。
(だれかのいとしいひと)

 

 

私は折りだたんだ靴下の片方のゴムの部分にはさむかたちで、まるくするが、彼はただ二つに折りたたむ。私のやりかたではゴムが仲びると彼は言うが彼のやりかたではすぐくずれてぐちやぐちやになる。……。いろいろある。数えきれないほどある。しかしこういう違いは、習慣の違いでしかない。習慣の違いならばいつかすりあわせることができる。笑ってしまうくらい私たちが合わないと気づかせるのは、こういった習慣の違いではなくて、皮肉なことに、それらのことを言いながら相手の性質、もしくは存在を責めることができる、私たちのその後天的能力である。結局のところ、そんな特技を身につけたから、たがいの差異を許すことができないのだ。
(海と凧)

 

 

恋愛、だとか、友情、だとか、幸だとか不幸だとか、くっきりとした輪郭を持ったものにあてはまらない、あてはめてみてもどうしてもはみでてしまう何ごとかがある。その何ごとかの周辺にいる男子と女子について書いた。それは、夢と現実のごっちやになった記憶を掘りかえす作業と、どことなく似ていて、物語のなかで彼女や彼が見た、ひまわりや地味な夜景や、黄色い電車や花の咲く野は、いつのまにか私自身のひどく個人的な記憶になってしまった。もし、この物語のなんでもない光景のひとつが、そんな具合に、読んでくれた人の記憶に、するり、と何くわぬ風情でまぎれこんだらいいな、と願っています。
(あとがき)

 

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あらすじ
風の酒を造りたい!
まじむの事業計画は南大東島のサトウキビを使って、島の中でアグリコール・ラムを造るというものだ。持ち前の体当たり精神で島に渡り、工場には飛行場の跡地を借り受け、伝説の醸造家を口説き落として…。琉球アイコム沖縄支店総務部勤務、28歳。純沖縄産のラム酒を造るという夢は叶うか。契約社員から女社長に―実話を基に描いたサクセス・ストーリー

 

ひと言
マハさんの本は、読み終えた後、いつも爽やかな風が体じゅうを吹き抜けて、元気にしてくれます。この本は、ほんとうの風の物語。森山良子さんの「さとうきび畑」
♪ざわわ ざわわ ざわわ 広い さとうきび畑は ざわわ ざわわ ざわわ 風が 通りぬけるだけ
の歌詞を思い出しながら読みました。那覇の国際通りの裏手にある桜坂という緩やかな坂道。その途中に
ある「桜坂劇場」には、映画館やカフェが入っているらしい。今度沖縄へ行くときは是非、沖縄産ラム酒「コルコル」風の酒を、飲もう。真心(まじむ)の酒を。

 

 

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まじむこみてぃ
島へと出かけるまえに、まじむは仏壇に手を合わせた。いつものとおりに。おばあも、おかあもそうしてくれた、と知っている。祈りの言葉にもしている、昔は、ちょっと恥ずかしかった名前。……。
私の名前は、まじむ。真心、という意味なんだ――と
(一章 祈りの言葉)

 

 

深夜、しまい湯から上がったまじむは、仏間の明かりがついているのに気づいた。足音を忍ばせて、襖をそっと開けてみる。灯明をあげた仏壇に向かって、手を合わせ、一心に祈るおばあの後ろ姿があった。仏壇には、企画書が大切そうに供えられている。おばあの後ろ姿はぴくりとも動かない。頭を深く垂れたままで、いつまでもいつまでも、おばあは祈っていた。どうか、あの子の企画が通りますように。声にならない祈りの声が、まじむの耳に響いてくるようだった。真心こめて(まじむこみてぃ)。
(四章 真心こめて)

 

 

たちまち、「この大馬鹿者が!」とおばあの雷が落ちた。この先一生面倒を見るつもりで、新会社に付き合わないでどうするんだ。瀬那覇仁裕が酒を子供にたとえているように、お前にとってはその会社が子供のようなものだ。大きく立派に育てないでどうする。うまくいくかわからないなどと、お前は自分の子供をそんなふうに考えているのか、この大馬鹿者が!こっちの店のことは、今後お前に頼るつもりはない。いっさい忘れてくれ。手伝うなどと言ったら、この家の敷居はニ度とまたがせない。そのつもりでいろ。苦労して、たくさん汗を流して、うちなーが誇れる酒を造り出せ。そしてそれを、世界一うまい酒に育て上げろ。わかったな。というような意味のことを、強烈な沖縄弁でおばあはまくしたてた。
(七章 涙)

 

 

コップに注いだラムを目の高さに持ち上げて、透明感を確かめる。目を閉じて、鼻先に持っていき、香りを嗅ぐ。とたんに、吾朗の表情は、満開の花畑に迷いこんだ人のようになる。ラムをメジャーカップに入れるかと思いきや、吾朗は、コップのラムを、そのままシェイカーに移し替えた。ふたを閉めると、すっとまじむに差し出した。まじむは首をかしげた。最初に飲むのは、私……ってこと?このシェイカーで?
まじむの心の声を聞いたように、ふっと笑って、「違うよ」と吾朗が言った。「君がいちばん飲ませたい人に、持っていってあげて」まじむは、吾朗の瞳をみつめた。静かに微笑む瞳が、さあ早く、と促している。「『この風がまじむの言ってた島の風か』。そう言いたそうにして、おかあといっしょに、すぐ近くのさとうきび畑で風に吹かれてるよ。――あの人が」震える手で、まじむはシェイカーと、コップをひとつ、受け取った。そして、翼が生えたかのように、たちまち店の外へ飛び出した。風が吹いている。どこまでも果てしなく広がる縁の海の上を。ざわざわ、ざわざわ、ざわざわと。しらじらと乾いた道の脇に車椅子を停めて、おばあが空を仰いでいる。やがて夕暮れが近づいてくる、光に満ち溢れた午後の空。車椅子の背後に立っているおかあも、果てしないさとうきび畑を、いつまでも飽きることなく眺めている。おばあーっ!こだまのように、風に乗って声が聞こえてくる。何度も何度も、繰り返し聞こえてくる。東へ西へ、声は風に乗って流れていく。懸命に走りくる息遣いまでが聞こえてきそうだ。それを耳にして、おばあの顔にほんのりと微笑みが灯る。「まったくもう……あのおてんば娘には、困ったもんさ」くすくすと、おかあが笑う。それにつられるようにして、おばあも笑う。笑いながら、声にならない声でつぶやいている。
風の酒を、飲もう。真心(まじむ)の酒を。
(最終章 真心の酒)