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あらすじ
悲劇なんかじゃない これがわたしの人生。極限まで追いつめられた時、人は何を思うのか。夢見た舞台を実現させた女性演出家。彼女を訪ねた幼なじみが、数日後、遺体となって発見された。数々の人生が絡み合う謎に、捜査は混迷を極めるが…。

 

ひと言
松本清張の「砂の器」を思い起こさせるような本でした。でもいつの時代でも「曾根崎心中」は不滅の愛なんだなぁ。えっ!加賀恭一郎が本庁へ異動? 浅居博美の母親が、博美からすべてを打ち明けられたとしても自殺しようと思うかなぁ? もうちょっとすっきりした回収をしてほしかったなぁ。

 

 

「つまりお初は死にたかったんだ。いつも死に場所を探していた。そこで現れたのが徳兵衛だった。お初は思った。どうせ死ぬなら心の底から惚れた男に刺し殺してもらいたい、とね。それを察したから、徳兵衛は刺した。こっちもまた、命がけで惚れた女の夢をかなえてやりたかったんだね」……。博美は忠雄に近づいていった。「来るな。火をつけるぞ。火傷したいのか」博美は答えず、ゆっくりと両腕を前に伸ばした。その手が忠雄の首にかかると、彼は戸惑ったような顔をした。「博美、おまえ……」忠雄は瞬きした。「おまえが楽にさせてくれるのか」うん、と彼女は頷いた。「だってお父ちゃん、夜逃げした時にいうてたでしょ。延暦寺のお坊さんのことを。同じ死ぬにしても、ほかの方法を選ぶ。焼け死ぬやなんて、考えただけでもぞっとするって」ああ、と忠雄は口を開いた。「そうやったな」「そんな辛いこと、させられへん。だから私が……」「そうかあ」忠雄は目を細めて笑い、そのまま瞼を閉じた。「ありがとう。博美、ありがとう」博美も目をつむり、指先に力を込めた。両手の親指が忠雄の首に食い込む感触があった。不意に『異聞・曾根崎心中』のラストシーンが浮かんだ。(28)

 

 

もうお察しでしょうが、おそらく彼女はうつ病を発症していたのだろうと思われます。しかし当時はその病名さえ一般的でなく、彼女は自分のことをただの無能者だと決め込んでいたようです。そんな状態で何年間も耐えていた彼女でしたが、やがては死ぬことばかりを考えるようになったとのことでした。しかし一人息子の寝顔を見ては、自分がいなければ誰がこの子を育てるのかと思い直し、踏みとどまったそうです。ところがある夜、とんでもないことが起きました。仕事で旦那さんが何日も帰らず、彼女は息子さんと二人で寝ていたらしいのですが、気がつくと台所で包丁を于にしていたというのです。我に返ったのは、おかあさん何してるの、と起きてきた息子さんに声をかけられたからでした。あわてて包丁を片付け、その場を取り繕ったものの、この一件は彼女の心に濃い影を落としました。あの夜、自分は包丁で何をやろうとしていたのだろう。単なる自殺ならまだいい。だがもし息子を道連れにしていたら……。そんなふうに思うと、恐ろしくて眠れなくなったといいます。悩んだ末、彼女は家を出ることを決心しました。行き先など決めておらず、どこかで死ぬかもしれないな、とぼんやり考えながら列車に乗ったのだといっておりました。宮本さんからお聞きになったと思いますが、結果的に彼女は死を選ぶことはなく、仙台の町で第二の人生をスタートさせました。その日々を彼女は、懺悔と感謝の毎日だと表現しておりました。夫と子供を捨て、生きる資格などない自分が、見知らぬ土地で出会った人々によって支えられている、何とありがたいことだと痛感していたようです。私の想像ですが、家を出たことで、うつ病の症状がおさまっていたのかもしれません。(29)