あらすじ
宴会帰りの父の赤い顔、母に威張り散らす父の高声、朝の食卓で父が広げた新聞…だれの胸の中にもある父のいる懐かしい家庭の息遣いをユーモアを交じえて見事に描き出し、“真打ち”と絶賛されたエッセイの最高傑作。また、生活人の昭和史としても評価が高い。1981年8月22日航空機事故で51歳の若さで急逝した著者の第一エッセイ集。
宴会帰りの父の赤い顔、母に威張り散らす父の高声、朝の食卓で父が広げた新聞…だれの胸の中にもある父のいる懐かしい家庭の息遣いをユーモアを交じえて見事に描き出し、“真打ち”と絶賛されたエッセイの最高傑作。また、生活人の昭和史としても評価が高い。1981年8月22日航空機事故で51歳の若さで急逝した著者の第一エッセイ集。
ひと言
カスタマーレビューで 【起承転結が見事でした。特に、転。「あ、こんな展開で話が広がるのか・・」と いつも、驚かされました。 広がるだけ広がるのに、ちゃんと「結」で 収着する。 その見事さ そして、読むものを惹きつけ 惹きこむ筆致 魅力あふれるストーリー……】と書かれた方がありましたが、全くその通りで、すごく懐かしく昭和を思い出させてくれて、ほのぼのとしてユーモアたっぷりで とても楽しく読ませてもらったエッセイでした。
空港での見送りで母の乗った飛行機の無事を祈る(お辞儀)には、身につまされる思いでした。70年代の昭和を代表するテレビドラマ「時間ですよ」「パパと呼ばないで」「寺内貫太郎一家」など数多くの脚本家として、私たちを楽しませてくれた向田邦子さん。
奇しくも明日 8月12日は 御巣鷹山の日航機墜落事故(1985年)の 33回忌にあたります。向田邦子さん、坂本九さん その他大勢の飛行機事故でお亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
カスタマーレビューで 【起承転結が見事でした。特に、転。「あ、こんな展開で話が広がるのか・・」と いつも、驚かされました。 広がるだけ広がるのに、ちゃんと「結」で 収着する。 その見事さ そして、読むものを惹きつけ 惹きこむ筆致 魅力あふれるストーリー……】と書かれた方がありましたが、全くその通りで、すごく懐かしく昭和を思い出させてくれて、ほのぼのとしてユーモアたっぷりで とても楽しく読ませてもらったエッセイでした。
空港での見送りで母の乗った飛行機の無事を祈る(お辞儀)には、身につまされる思いでした。70年代の昭和を代表するテレビドラマ「時間ですよ」「パパと呼ばないで」「寺内貫太郎一家」など数多くの脚本家として、私たちを楽しませてくれた向田邦子さん。
奇しくも明日 8月12日は 御巣鷹山の日航機墜落事故(1985年)の 33回忌にあたります。向田邦子さん、坂本九さん その他大勢の飛行機事故でお亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
若い時は、お母さんも気が利かないなと思っていた。だが、この頃になって気がついた。父は、母のこういう所を愛していたのだ。 「お前は全く馬鹿だ」 口汚くののしり、手を上げながら、父は母がいなくては何も出来ないことを誰よりも知っていた。暗い不幸な生い立ち、ひがみっぽい性格。人の長所を見る前に欠点が目につく父にとって、時々、間の抜けた失敗をしでかして、自分を十二分に怒らせてくれる母は、何よりの緩和剤になっていたのではないだろうか。
「お母さんに当れば、その分会社の人が叱られなくてすむからね」
と母はいっていた。 思い出はあまりに完璧なものより、多少間が抜けた人間臭い方がなつかしい。
(隣りの神様)
「お母さんに当れば、その分会社の人が叱られなくてすむからね」
と母はいっていた。 思い出はあまりに完璧なものより、多少間が抜けた人間臭い方がなつかしい。
(隣りの神様)
私は入場券を買ってフィンガーに出た。冬にしてはあたたかいみごとに晴れた日であった。まっ青な空の一点が雲母のように光って、飛行機が飛び立ち下りてくる。母の乗っている飛行機がゆっくりと滑走路で向きを変え始めた。急に胸がしめつけられるような気持になった。 「どうか落ちないで下さい。どうしても落ちるのだったら帰りにして下さい」 と祈りたい気持になった。
飛行機は上昇を終り、高みで旋回をはじめた。もう大丈夫だ。どういうわけか不意に涙が溢れた。たかが香港旅行ぐらいでと自分を笑いながら、さっきの裁ちばさみや蘭の花束のことを思い合せて口許は声を立てて笑っているのに、お天気雨のように涙がとまらなかった。
(お辞儀)
飛行機は上昇を終り、高みで旋回をはじめた。もう大丈夫だ。どういうわけか不意に涙が溢れた。たかが香港旅行ぐらいでと自分を笑いながら、さっきの裁ちばさみや蘭の花束のことを思い合せて口許は声を立てて笑っているのに、お天気雨のように涙がとまらなかった。
(お辞儀)
「これから帰ってなにすンの」 純朴な声が親身に心配してくれる。 「そうねえ。こういう時、男なら、行きつけのバーでいっぱいやって帰れるけど、女は不便ねえ。シャワー浴びて、ビールでも飲んで寝るわ」 旅の恥は掻き捨てに似た気持で、チラリと本心を洩らしながら、降り支度を始めた。 夜、タクシーで帰る時は、いつもそうするように、左手にアパートの鍵、右手に五百円札を握って、 「ご苦労さま」 と声をかけ、料金を渡すと、運転手はグウッと、咽喉(のど)の奥がつまったようにうなり、カスレた低い声でこういった。 「いいのかね」 「いいわよ、どうぞ」 たかだか四十円だか五十円のチップである。咽喉をつまらせて念を押す程の金額ではない。 しかし、運転手はもう一度、念を押すのである。 「お客さん、本当に真に受けても、いいのかね」 「大袈裟にいわないで下さいよ。こっちが恥ずかしいわ」 と笑いかけてハッとした。右手に五百円札が残っている。間違えてアパートの鍵を運転手に手渡してしまったのである。 平謝りに謝り、タクシーがタイヤをきしませてターンする音を聞いてから部屋の鍵を開けながら、こういうセリフを聞くのは二度目であることに気がついた。……。
(車中の皆様)
(車中の皆様)
思い出というのはねずみ花火のようなもので、いったん火をつけると、不意に足許で小さく火を吹き上げ、思いもかけないところへ飛んでいって爆ぜ、人をびっくりさせる。 何十年も忘れていたことをどうして今この瞬間に思い出したのか、そのことに驚きながら、顔も名前も忘れてしまった昔の死者たちに束の間の対面をする。これが私のお盆であり、送り火迎え火なのである。
(ねずみ花火)
(ねずみ花火)






