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あらすじ
宴会帰りの父の赤い顔、母に威張り散らす父の高声、朝の食卓で父が広げた新聞…だれの胸の中にもある父のいる懐かしい家庭の息遣いをユーモアを交じえて見事に描き出し、“真打ち”と絶賛されたエッセイの最高傑作。また、生活人の昭和史としても評価が高い。1981年8月22日航空機事故で51歳の若さで急逝した著者の第一エッセイ集。

 

ひと言
カスタマーレビューで 【起承転結が見事でした。特に、。「あ、こんな展開で話が広がるのか・・」と いつも、驚かされました。 広がるだけ広がるのに、ちゃんと「結」で 収着する。 その見事さ そして、読むものを惹きつけ 惹きこむ筆致 魅力あふれるストーリー……】と書かれた方がありましたが、全くその通りで、すごく懐かしく昭和を思い出させてくれて、ほのぼのとしてユーモアたっぷりで とても楽しく読ませてもらったエッセイでした。
空港での見送りで母の乗った飛行機の無事を祈る(お辞儀)には、身につまされる思いでした。70年代の昭和を代表するテレビドラマ「時間ですよ」「パパと呼ばないで」「寺内貫太郎一家」など数多くの脚本家として、私たちを楽しませてくれた向田邦子さん。
奇しくも明日 8月12日は 御巣鷹山の日航機墜落事故(1985年)の 33回忌にあたります。向田邦子さん、坂本九さん その他大勢の飛行機事故でお亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈りいたします。  

 

 

若い時は、お母さんも気が利かないなと思っていた。だが、この頃になって気がついた。父は、母のこういう所を愛していたのだ。 「お前は全く馬鹿だ」 口汚くののしり、手を上げながら、父は母がいなくては何も出来ないことを誰よりも知っていた。暗い不幸な生い立ち、ひがみっぽい性格。人の長所を見る前に欠点が目につく父にとって、時々、間の抜けた失敗をしでかして、自分を十二分に怒らせてくれる母は、何よりの緩和剤になっていたのではないだろうか。
「お母さんに当れば、その分会社の人が叱られなくてすむからね」 
と母はいっていた。 思い出はあまりに完璧なものより、多少間が抜けた人間臭い方がなつかしい。
(隣りの神様)

 

 

私は入場券を買ってフィンガーに出た。冬にしてはあたたかいみごとに晴れた日であった。まっ青な空の一点が雲母のように光って、飛行機が飛び立ち下りてくる。母の乗っている飛行機がゆっくりと滑走路で向きを変え始めた。急に胸がしめつけられるような気持になった。 「どうか落ちないで下さい。どうしても落ちるのだったら帰りにして下さい」 と祈りたい気持になった。
飛行機は上昇を終り、高みで旋回をはじめた。もう大丈夫だ。どういうわけか不意に涙が溢れた。たかが香港旅行ぐらいでと自分を笑いながら、さっきの裁ちばさみや蘭の花束のことを思い合せて口許は声を立てて笑っているのに、お天気雨のように涙がとまらなかった。
(お辞儀)

 

 

「これから帰ってなにすンの」 純朴な声が親身に心配してくれる。 「そうねえ。こういう時、男なら、行きつけのバーでいっぱいやって帰れるけど、女は不便ねえ。シャワー浴びて、ビールでも飲んで寝るわ」 旅の恥は掻き捨てに似た気持で、チラリと本心を洩らしながら、降り支度を始めた。  夜、タクシーで帰る時は、いつもそうするように、左手にアパートの鍵、右手に五百円札を握って、 「ご苦労さま」 と声をかけ、料金を渡すと、運転手はグウッと、咽喉(のど)の奥がつまったようにうなり、カスレた低い声でこういった。 「いいのかね」  「いいわよ、どうぞ」  たかだか四十円だか五十円のチップである。咽喉をつまらせて念を押す程の金額ではない。 しかし、運転手はもう一度、念を押すのである。 「お客さん、本当に真に受けても、いいのかね」 「大袈裟にいわないで下さいよ。こっちが恥ずかしいわ」 と笑いかけてハッとした。右手に五百円札が残っている。間違えてアパートの鍵を運転手に手渡してしまったのである。 平謝りに謝り、タクシーがタイヤをきしませてターンする音を聞いてから部屋の鍵を開けながら、こういうセリフを聞くのは二度目であることに気がついた。……。
(車中の皆様)

 

 

思い出というのはねずみ花火のようなもので、いったん火をつけると、不意に足許で小さく火を吹き上げ、思いもかけないところへ飛んでいって爆ぜ、人をびっくりさせる。 何十年も忘れていたことをどうして今この瞬間に思い出したのか、そのことに驚きながら、顔も名前も忘れてしまった昔の死者たちに束の間の対面をする。これが私のお盆であり、送り火迎え火なのである。
(ねずみ花火)

 

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あらすじ
「大穴(ダイアナ)」という名前、金色に染められたバサバサの髪。自分の全てを否定していた孤独なダイアナに、本の世界と彩子だけが光を与えてくれた。正反対の二人だけど、私たちは一瞬で親友になった。そう、“腹心の友”に――。自分を受け入れた時、初めて自分を好きになれる! 試練を越えて大人になる二人の少女。最強のダブルヒロイン小説。

 

ひと言
2、30ページ読み進めて これは「赤毛のアン」を読んでない私(えっ!こんな世界的な名作を読んでないの…)では この本の面白さはわからないと思い、ネットで何件か「赤毛のアン」のあらすじを先に読みました。
アンを孤児院から引き取るマシュー、マリラ・カスバート兄妹、アンの最初の友達のダイアナ・バリー、アンを自分の方に振り向かせようと「ニンジン!ニンジン!」と言いながらアンの長い赤いおさげ髪をひっぱったギルバート・ブライス。
女の子が金髪にする心理は、へぇ、そういうことで金髪にするんだ と勉強になりました。でも、彩子の大学のサークルの設定は作者の伝えたいことはわかりますが、もうちょっと他の設定にできなかったのかなぁ…。
本を読んでいると、そこから読みたい本がどんどん派生してきます。向田邦子さんの「父の詫び状」や もちろんL.M. モンゴメリの「赤毛のアン」「アンの青春」「アンの愛情」も機会があれば読んでみたいと思いました。

 

 

「うちもそうだったから、わかるんだ。小学六年生の時に、学校の帰り道に変な男にいやらしいいたずらされたの。一度じゃなくて何度も何度も。誰にも言えなくて、あんときはすごく悩んで、しんどかった。学校にも行けなくなったくらいだよ」 「大人に相談すればよかったのに……」 幼いティアラさんの味わった恐怖や悲しみを思うと、胸が詰まって、なんだか泣いてしまいそうだ。 「そん時は思いつかなかったよ。……。でも、あたし、バカじゃないからね。自分の頭で考えたんだ。それで、サーファーやってた中坊のダチに手伝ってもらってキンパにしたんだ。そしたら、ぴたっと痴漢に遭わなくなった」 キンパ……、ああ、金髪か、と彩子はややあって理解する。 「職場にもそういう娘けっこういるよ。いじめられたり変な男に目ェつけられやすくて、ギャル始めたって子。あ、痴漢やセクハラ野郎って、派手な女が苦手なんだよ」 今すごく大事なことを聞いたのかもしれない。メモをとりたい衝動に駆られた。
(2)

 

 

「みんながみんな、アンみたいに飛び立てるわけじゃない。ほとんどの女の子は村で生きていく。脇役のダイアナこそが多くの女の子にとって等身大で、水遠の "腹心の友" たるべき存在だから……。アンみたいに変わった女の子があの小さな村で受け容れられたのは、ダイアナが親友になったからだと僕は思っている。アンの良いところをダイアナは自然に引き出してあげたんだ」
先生はくすりと笑った。ダイアナは恥ずかしくなって言葉が出てこなくなる。すると先生が口を開いた。 「僕は小さい頃から友達がいなかった。だから処女作のヒロインにダイアナという名前を付けたんだ。本好きな女の子達の永遠の親友になればいいと思って。リアリストだけど夢の世界を信じてる、優しいけれど人の支えになる強さも持っている、そんなダイアナみたいな存在の本になればいいと思って」 「私、ダイアナっていうんです。大きい穴でダイアナ……。ずっと自分の名前が嫌だったけど、今初めて好きになれました」 ありったけの希望と感謝を込めて、父を見つめた。はっとり先生は首をかしげながらも、確かに嬉しそうだった。彼の大きな瞳は自分と同じはしばみの色をしていた。
(6)

 

 

『あのね、ダイアナ……。本を探してもらえないかな? 卒業まであと二ヵ月なんだけど、やっぱり……、出版社を受けたいと思って今になって本気出してるんだ。ええと、何か、息技きっていうか、気分が前向きになるような本、探してもらえないかな」まかせて、とつぶやき、ダイアナは児童書のコーナーーに彩子を誘う。迷うことなく『アンの愛情』を見つけ出し、差し出した。彩子は怪訝そうに首をひねる。『赤毛のアン』が面白いのは『アンの青春』までなんじゃなかったっけ。ダイアナ、あの頃そう言ってたよね。恋愛や結婚がメインになって面白くないって」 本の話をするだけで、十年のブランクが埋まっていくのが、なんだか魔法みたいだった。ダイアナはわざと仕事用の口調を選んだ。「本当にいい少女小説は何度でも読み返せるんですよ、お客様。小さい頃でも大人になっても。何度だって違う楽しみ方ができるんですから」 
優れた少女小説は大人になって読み返しても、やっぱり面白いのだ。はっとり先生が言ったことは正しい。あの頃は共感できなかった心情が手にとるようにわかったり、気にも留めなかった脇役が俄然魅力を持って輝き出すこともある。新しい発見を得ることができるのと同時に、自らの成長に気づかされるのだ。幼い頃はぐくまれた友情もまた、栞を挟んだところを開けば本を閉じた時の記憶と空気が蘇るように、いくつになっても取り戻せるのではないだろうか。何度でも読み返せる。何度でもやり直せる。何度でも出会える。再会と出発に世界中で一番ふさわしい場所だから、ダイアナは本屋さんが大好きなのだ。いつか必ず、たくさんの祝福と希望をお客さんに与えられるようなお店を作りたい。 彩子は『アンの愛情』に夢中になっている風を装いながら、こちらを見ずに、しかし、しなやかな意志を感じさせる声でこう告げた。「ねえ、ダイアナ。あのさ、今日、仕事何時に終わるの?」 お互いの心臓の高鳴りが聞こえる気がした。彩子の桜色に染まった指の中でヽ真新しい白い紙がぱらぱらとめくれ、辺り一面に彩子とダイアナの愛してやまなかった匂いを花びらのようにまき散らしていた。
(6)

 

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先日グルメの師匠から、「超おすすめです♪ 是非」と連絡があった名古屋タカシマヤの九州グルメフェアの「天文館 むじゃき」に行ってきました。
有名な 名物「白熊」と迷ったのですがジェイアール名古屋タカシマヤ限定で 食べログ等の書き込みでも見たことのない師匠推薦の マンゴーしろくまちゃん(648円)【各日50食限り】をいただきます。
何、これ♪。お店のコピー通り秘伝のミルクと蜜が絶妙で、甘すぎることなくすっきりとした味わい。それにマンゴーソースがめちゃくちゃ合います。

 

フルーツやゼリーも中からゴロゴロ出てきて、まるで宝探しの気分。マンゴー白熊をかわいく飾り付けた限定メニュだと思いますが、これにしてよかったです♪。14日までやってるので、白熊も食べてみたいなぁ。なかなか行きにくい鹿児島の超人気店のおいしい氷が名古屋でいただけることに唯々感謝、感謝。ごちそうさまでした。

 

 

天文館 むじゃき
鹿児島市千日町5

 

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あらすじ
2005年に文化勲章を授与された、聖路加国際病院理事長、日野原重明、はじめての「子どもたちへのメッセージ」。
いのちとは、家族とは、人間とは。若いきみたちに託したいこと。
かつて十歳だったあなたにもぜひ読んでほしい。

 

ひと言
2017年 7月18日 日野原 重明さんが105歳でお亡くなりになりました。
図書館の追悼コーナーにあったこの本、実はこのブログを始める数年前に読んだことがあります。でもどういう内容だったのか恥ずかしながら思い出せなくて…。
「知る」ということには、責任もついてまわります。
こんな印象的な言葉も忘れてしまっていたなんて……。日野原さんごめんなさい。
今回は日野原さんがずーっと言い続けられていることを忘れないようにこのブログに残しました。何年かしてまた私がどんな本だったのかを忘れることがあればこのブログを見て思い出すようにします。そしてふとこのブログに立ち寄ってこの記事を見た人が、日野原さんを「知る」ようになり、十歳のきみが、かつて十歳だったあなたが この本を読んでみようと手に取ってもらえるようになれば幸いです。
けっこうたくさん引用させていただきましたが、著作権が…とかは、言わないでくださいね。

 

 

日野原重明さん、日本のために 長年ご尽力いただきほんとうにありがとうございました。
これからは この本を読んだ「若いきみたち」が日野原さんのご遺志を引き継いで頑張ってくれると信じています。

 

 

永い間ほんとうにお疲れ様でした。ご冥福を心よりお祈りいたします。(合掌)

 

 

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でも、わたしが自分の長寿をありがたいと思い、うれしいと感じている理由は、だんだんゆたかになって、便利になっていく時代を味わうことができたからではありません。その最大の理由は、「あのときのあれは失敗だったなあ」と思うことをもう一度やり直して、わたしの人生のあちこちにできたやぶれめをつくろって強くしたり、あるいは新しいことに次々にチャレンジして、わたしの人生にさらにみがきをかける時間をたっぷりもらえたからです。

 

 

からっぽのうつわのなかに、いのちを注ぐこと。それが、生きるということです。

 

 

寿命というのは、つまり、生きることに費やすことのできる時間です。
(1 寿命ってなに?)

 

 

時間にいのちをふきこめば、その時間が生きてきます。 わたしは、この世に生まれたからには、あたえられた時間のなかにわたしのいのちをできるだけ注ぎこみたいと思っています。
リハビリテーション医学を確立したアメリカのハワード・A・ラスク医師が、ご自分の先生であるジョージ・M・ピアソル先生から教えてもらったものだそうです。
「いのちに、齢(よわい)を加えるのではなく、齢に、いのちを注ぐようにしなさい」
(1 寿命ってなに?)

 

 

世の中には、何年も何十年も続いているしくみというものがたくさんあります。けれども、そのなかには時代の変化にそぐわなくなっているのに、そのままかたちを変えずに放っておかれているものもすくなくありません。 そうしたものについては、人はなんとなく、「なんだか時代おくれの感じがするな」 とか、「こうしたほうがもっとよくなるだろうに……」 と、うすうす感じているものです。……。でも、たいていの人は、たとえ「なにかへんだな」と気づくことはあっても、それを望ましいかたちに直していこうと自分から動き出すことにはためらいを感じるようです。長いあいだかけてつかいなれてしまったものは、それがなにかへんだと気づいていても、だまってそのままつかい続けてしまうのです。 いったい、どうしておかしいとわかっているものをそのままつかい続けてしまうのかわかりますか?
じつは、そうしているほうが楽だからです。なにかを根本から大きく変える、つまり変革や改革をするのには、いつでもものすごく大きなエネルギーが必要です。だれかと衝突することも、ときにはさけられません。自分だけが孤立してしまうこともあるでしょう。ひょっとしたらどんなにエネルギーをかたむけても、けっきょく変革を達成できないで終わることもあるかもしれません。だから、多くの人は、わざわざそんなたいへんなことはしないで「へんだな」と思うことにも目をつぶって、このまま知らぬふりをしておこうと思ってしまうのです。
(3 十歳だったころのわたし)

 

 

「知る」ということには、責任もついてまわります。

 

 

きみたちは名前を聞いたこともない遠い国のことでも、たまたまテレビのニュースやインターネットをとおして見聞きすることがありますね。わたしたちのくらしぶりとはまるでちがう様子がそこに映し出されます。うらやましいと思えるくらしもある一方で、爆撃や続弾にたおれる人たちの悲惨なすがたも目にします。 そんな遠い国の貧しいくらしや、戦火で家を焼かれた人たちのなみだにくれるすがたを目にしたあとで、わたしたちはたいていもう次の瞬間には自分たちの日常に返っています。 目の前にならべられたジュースやおかしに手をのばしていたり、インターネットでゲームの続きを楽しんだり、……。
わたしたちが戦争をいまだにこの世界からなくせない理由のひとつは、ここにあるような気がしてなりません。 ほかの人の痛みや悲しみや、寒さやひもじさを想像して、それを感じとる力がわたしたちにはすっかりとぼしくなってしまったのではないか、そう思うのです。
自分たちとはちがうくらしをしている人たちの存在を知ったその瞬間から、遠い国のその人たちは、もうわたしたちの見知らぬ人ではありません。それ以前にはなにひとつ知らなかった相手であったとしても、その人たちが同じ地球上で同じ時を生きていることを知った瞬間から、自分とつながりのある存在として、その人たちをもう無視して過ごすことはできない。ほんとうはそうであるべきなのです。
 「知る」ということは、じつはこんなに重い意味をもっているのです。知ったからには、知ったことに対して責任が生まれます。なんらかの働きかけも求められるのです。
「そんなめんどうなことになるのなら、知らなきゃよかった」 なんていわないでくださいね。……。
(5 きみに託したいこと)

 

 

戦争が終わって、もう空襲におびえて過ごす日はなくなったけれども、その日からすぐに戦争以前のおだやかな生活が返ってくるわけではありませんでした。わたしたちの手には、もうなにも残っていなかったのです。 だれかが、たとえば国が、みんなに手をさしのべてくれるわけでもありませんでした。そんなよゆうは、だれにもなかったのです。
家も、食べものも、着るものも、なにもかもをうしなった状態で、とにかくわたしたちは生きていかなければなりませんでした。それは、すさましいことでした。 ただ、そのすさまじく苦しかった日々のなかにも、わたしたちにとってさいわいだったことがあります。
それは、戦争でうしなうまでは「そこにあることがあたりまえ」だと思っていたもの、家族や、だんらんや、しあわせや、のんびりとした時間や、あたたかい食事や、けんかのできる兄弟姉妹や、人の情けや思いやりや、そのほか数えあげればいくらでもあるごくありふれたものが、じつはどれもかけがえのないものであったことに気づくことができた、ということです。……。
そうして日ごとに、うしなうものよりも新しく得るもののほうがふえていき、だんだんくらし向きがよくなって、わたしたちのくらしにはすこしずつゆとりが生まれてきました。 それは、わたしたちが自分の子や孫たちのために望んだ生活でもありました。食べものや着るものに不自由しないゆたかさを手に入れさえすれば、戦争以前のおだやかな生活にもどれると、わたしたちは思っていたのです。 けれど、どうやらそこに思いちがいがあったようです。 わたしたちは、つつましい生活のなかにある小さなしあわせをも実感できていたのに、ゆたかさを追い求めるようになってから、そのセンサーをにぶらせてしまいました。あれほどありかたいと感じていたものたちからありがたみが消えて、どれもみなそこにあることが当然だと思うようになってしまったのです。それとともに、ほかの人のことをおもんぱかる想像力もおとろえてしまいました。 おもんぱかって感じとる力がおとろえて、その代わりに、まるでコンピュータが情報を処理するようになんの感情も入れずにものを見るようになったみたいだと、わたしは感じています。
さっきもお話ししたように「知る」という行為は想像力や思いやる力を同時にはたらかせながら行うものです。けれど、いまわたしたちがしている「知る」のなかにはぬくもりがありません。ただ情報として処理しているだけです。そうなると、どんなにたくさんのニュースをテレビや新聞で見聞きしても、見知らぬ人の話はどこまでも他人事でしかありません。
「ほかの人の痛みは、その人の痛みであって、わたしにはまるで関係がない」
と思うことになれてしまえば、たとえば戦争も「ここ」にないかぎり、自分が解決に乗り出すべき問題として自覚されることさえなくなってしまいます。

 

 

想像する力が弱くなることが、いちばんこわいことです。

 

 

きみはまず、そのふりあげたこぶしを元にもどしてください。なぐられても、きみはなぐり返さないでほしい。それでもまだ相手はきみになぐりかかってくるかもしれませんね。そうであっても、けっして応戦しないきみであってほしいのです。傷つけられたときに、仕返しをするのではなく、相手からただ逃げるのでもなく、きみにはなんとしてもその相手をゆるしてほしいのです。
(5 きみに託したいこと)

 

 

「知る」ということを もっと大事にしてください。

 

 

 戦争の経験のないきみたちには、いまも世界の各地で続いている戦争で人々がどれだけ多くのものをうしない、どれほどの深い悲しみのなかにあるのかを想像するのは たしかにむずかしいことかもしれません。けれども、きみ自身が感じる、痛いとか、つらいとか、悲しいとか、苦しいといった感覚や感情をたよりにして、ほかの人のことを深く察する「知る」に努めてみてください。
「知る」ということのなかにもっと想像力をこめることができれば、世界中がひとつになって平和を求めていく力もそこから生み出すことができるだろうと、わたしは信じています。

 

 

きみたちにも深く知ることを実践してほしいと思います。そして、さらにその先に、「ゆるす」ことのできる人になってください。きっときみたちならば、わたしたちにできなかった平和を実現してくれると信じています。 どうか、きみたち、よろくしたのみますよ。
(5 きみに託したいこと)

 

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あらすじ
「ないもの、あります」と謳うクラフトエヴィング商會【吉田浩美・吉田篤弘のユニット名】が五人の依頼主からそれぞれ"人体欠視症治療薬"(たんぽぽ/川端康成)、"バナナフィッシュの耳石"(バナナフィッシュにうってつけの日/J・D・サリンジャー)、"貧乏な叔母さん"(貧乏な叔母さんの話/村上春樹)、"肺に咲く睡蓮"(うたかたの日々/ボリス・ヴィアン)を注文され、"冥途の落丁本"(冥途/内田百閒)を引き取ってほしいと依頼される。見つけるのが困難なものばかりですが、さて、クラフトエヴィング商會はどんな……

 

ひと言
へー、こんなおもしろい視点からの小説もあるんだと感心させられた本でした。ところどころに挿した写真もとてもリアルで、もしかしてこれって本当のこと?と思わせてくれます。
浜田省吾の愛読書がサリンジャーの「ナイン・ストーリーズ」だと知って昔 読みましたが、最初に出てくる短編が「バナナフィッシュ日和」。 なんか訳のわからない短編だったという印象しかありませんが、あれから大分 年が経ったのでまた感じ方が違ってくるかも…。また読み直してみようかな。

 

 

お母さんは病気の原因は、稲子さんか子供の頃、目の前で父親が不慮の死をとげるのを見てしまったことにあるんじゃないか、と推察する。その死に方か普通じゃないの。軍人で右足が義足だったお父さんは、娘と伊豆に騎馬旅行に出掛けて、崖から馬もろとも落ちて死ぬのよ。目医者さんのお祖父さんのところに受診に来た患者さんも軍人の娘さんだって言ってたから、やっぱりどこかでつながっているのかしらね。
恋人は稲子さんと結婚したいと訴える。お母さんは反対する。反対するだげじゃなく、娘が恋人に抱かれている時、症状か出たらどうなるのか、なんて心配までしているの。それでそのまま二人は、同じ旅館に泊まるの。ああ、話しているうちにまた小説の妙な雰囲気か蘇ってきたわ。でも人に自分の読んだ小説の筋を説明するのって、案外楽しいものね。 読んでいるうちに訳も分からず胸がどきどきして、ページをめくる指先に力が入っちゃって、肩が凝った。稲子さんか、見えない彼氏とどうやって抱き合っているか、その姿態かまぶたでチラチラ点滅している感じよ。自分が何のために『たんぽぽ』を読んでいるのか、それは病気を治す手かかりを見つけるためだ、という最初の目的も、いつの間にか半分忘れていたくらい。 ところがところが、最後のページをめくった時、思わず「えーっ」て叫んだわ。
(未完)
って書いてあるじゃない。未完よ。途中やめよ。こんなことってある? 稲子さんと彼氏がどうなるか、彼氏とお母さんが旅館でどんな一夜を過ごすか、分からないままに終わっちやったの。ここまで苦労して読んできた私の頑張りを、一体どうしてくれるんですかと、川端さんに抗議したい気分だった。 彼が教えてくれたところによると、川端さんは『たんぽぽ』を書いている途中で、死んでしまったんですって。ガス自殺よ。 
(人体欠視症治療薬)

 

 

『ナイン・ストーリーズ』は、サリンジャー自身が二十九編の自作の中から九編を選んで一冊にした短編集ですか、私共はこの本に隠されたある重要なメッセージを解読することに成功しました。まず九つの原題を横一列に並べ、アルファベットを数字化します。するとある一定の規則とキーになる数字が現れ、更にそこに特殊な細工を施すことにより(申し訳ありませんがこれ以上詳しくはお話しできないのです)、一つの公式か浮かび上がってきます。この公式は各短編に対し、固有の数字を指示しています。あとはもうお分かりでしょう。小説の先頭の単語からアルファべットを、指示された数字まで一つ一つ数えてゆき、特別に選ばれた一文字に丸をつけるのです。 丸印のついた文字を順に並べると、下記のようになります。
e , a , r , s , t , o , n , e , s
イヤー・ストーンズ。耳の石。 耳の石とは何を意味するのか。この疑問は長い間、梯子派部会における最大の研究課題でした。
(バナナフィッシュの耳石)
 
【クラフト・エヴィング商會―吉田篤弘】九年のあいだにインターネットがすっかり世の中に定着して、いろいろなものかスピード・アップしました。特に「探す」ということに関して言うと、検索ですぐ答えか出るようになって。その結果、冒険することが難しくなりました。なにしろ、あっという間に「宝の箱」が見つかってしまいますから。
【クラフト・エヴィング商會―吉田浩美】それに、九年も経つと、当時はまだなかったものか発明されたり発見されたり、もともと架空だったものが現実化したり。
【小川洋子】「ない」か「ある」に転じたんですね。
【クラフト・エヴィング商會―吉田篤弘】「ある」を証明するのは簡単なんです。なにしろ、そこに「ある」わけですから。でも、「ない」を証明するのはすごく難しい。「ない」と言い切るのはほとんど不可能に近く、たいていの場合、「ない」んじゃなくて、まだ知らないだけなんです。
【小川洋子】「ない」と済ませてしまうことの方か簡単そうに見えて、じつはすごく難しいですよね。だから、どんな難しい注文でも、「時間をかける」というエネルギーを使えば、必ず「ある」に辿り着けるんですね。
(物と時間と物語)

 

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ステッラの後、師匠とデザートに寄ったのが「カルチェ・ラタン」。ここも有名なお店で前から行きたかったところです。ツボ、シトロン ヴェール、シトロン ヴェール タルトの3つのケーキをイートインスペースで師匠(男)とシェアしていただきます。濃厚でとても美味しく後2、3個は食べられるおいしさです。お土産に評判の黒いチーズケーキ(238円)を買いました。シュークリームも評判とのことなのでそれは次の機会に…。ごちそうさまでした。

 

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カルチェ・ラタン(食べログ)
名古屋市中川区十番町2

 

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今日は、私のグルメの師匠とこの前TVで観た「ステッラ」の2種類のカレーがかけられた よくばりプレートの大盛(1180円)を食べに行きました。
今日の2種類のカレーは豚ハラミの煮込み&ほうれんそうでした。入口に限定15食とあり、大量に作れない手間のかかるカレーであることがわかります。材料も丁寧に書き添えてありました。

 

玉ねぎ、トマト、セロリ、しょうが、にんにく、スパイス… それに自家製のポークスープと豚ハラミ、自家製とりガラスープにほうれんそうで仕上げたカレー。小麦粉を使わず油を徹底的に抑えたというだけありとても健康的なカレーです。油を使ってないのに物足りなさを感じさせないスパイスが効いたとてもおいしいカレーでした。次は他のカレーも是非食べてみたいです。ごちそうさまでした。

 

 

ステッラ(食べログ)
名古屋市中川区葉池町2

 

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あらすじ
出会った瞬間から強く惹かれ合った蒔野と洋子。しかし、洋子には婚約者がいた。スランプに陥りもがく蒔野。人知れず体の不調に苦しむ洋子。やがて、蒔野と洋子の間にすれ違いが生じ、ついに二人の関係は途絶えてしまうが……。芥川賞作家が贈る、至高の恋愛小説。

 

ひと言
Amazonのカスタマーレビューでの評価が高く、書き込み件数も多かったので、どんな本なのか読んでみたくて図書館に予約を入れやっと借りられた本です。マチネとは午後の演奏会のこと(p73)。スローテンポで話が進んでいき、少しダレる感じがあるけれど、蒔野がケータイをタクシーに忘れたあたりからおもしろくなり、最後 第九章 マチネの終わりに。この章のために今までの8章があったんだなぁと納得。素敵な歳を重ねた大人の恋愛小説でした。

 

 

東京で蒔野と交わした会話が脳裏を過(よぎ)った。「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじやないですか?」
(第三章 《ヴェニスに死す》症候群)

 

 

恋の効能は、人を謙虚にさせることだった。年齢とともに人が恋愛から遠ざかってしまうのは、愛したいという情熱の枯渇より、愛されるために自分に何が欠けているのかという、十代の頃ならば誰もが知っているあの澄んだ自意識の煩悶を鈍化させてしまうからである。 美しくないから、快活でないから、自分は愛されないのだという孤独を、仕事や趣味といった取柄は、そんなことはないと簡単に慰めてしまう。そうして人は、ただ、あの人に愛されるために美しくありたい、快活でありたいと切々と夢見ることを忘れてしまう。しかし、あの人に値する存在でありたいと願わないとするなら、恋とは一体、何だろうか?
(第四章 再会)

 

 

洋子は、《この素晴らしき世界~Beautiful American Songs》のCDと、あの初対面の夜にサントリーホールで聴いた《アランフェス協奏曲》のライヴ録音のCDとを、ジャリーラにもプレゼントするつもりで二枚ずつ買った。《この素晴らしき世界~Beautiful American Songs》というのは、今のイラクを思うと、憂鬱なアイロニーにもなりかねず、手元に届いたあとで、送るべきかどうか、少し躊躇した。 CDには、蒔野自身も曲の解説を書いていたが、アルファベット表記のクレジット欄を見ていて、洋子は息を呑んだ。目立たない小さな文字で、最後にこう記されていた。
――このアルバムを、親愛なるイラク人の友人ジャリーラと、その心優しい、美しい友人に捧げます。
(第八章 真相)

 

 

早苗は、そのおかしさの中に生きていた。 運命とは、幸福であろうと、不幸であろうと、「なぜか?」と問われるべき何かである。そして、答えのわからぬ当人は、いずれにせよ、自分がそれに値するからなのだろうかと考えぬわけにはいかなかった。 
(第八章 真相)

 

 

彼に会ってはいけないと洋子は思った。もう手遅れなのだと知るべきだった。幼時の自身の不在の父への思慕を顧み、今、ケンが耐えている寂しさを思った。早苗と蒔野の子供のことを考えた。そして、彼の今の人生を宛ら肯定しているようなその音楽の素晴らしさに浸った。それはもう、壊してはならないものだった。自分はここに、人生の一つの区切りをつけに来たはずなのだから。――それでも、せめてこのコンサートが終わるまでは、彼への愛に留まっていたかった。これまで たった三度しか会ったことがなく、しかも、人生で最も深く愛した人。……音楽が駆けてゆく。このひとときが永遠に続くことを彼女は願った。いつまでも、終わってほしくなかった。
(第九章 マチネの終わりに)

 

 

二度目のアンコールに応えて、再び舞台に登場した蒔野は、この日初めてマイクを手にして英語で話を始めた。感謝の気持ちを伝えたあと、「ここの会場は初めてなんですが、音もとても素晴らしくて、演奏していて、本当に良い気分でした。近くにセントラル・パークもあるし、……今日は良いお天気ですから、あとであの池の辺りでも散歩しようと思ってます。」 と続けた。聴衆は、そのやや唐突な "このあとの予定"に、微笑みながら拍手を送った。洋子は、彼の表情を見つめていた。蒔野はそして、一呼吸置いてから、最後に視線を一階席の奥へと向けて、こう言った。
「それでは、今日のこのマチネの終わりに、みなさんのためにもう一曲、特別な曲を演奏します。
( And now,at the end of the matinee,I will play one more melody ――a very special melody ―― for you.)」
洋子は、その時になって、微かに笑みを湛えていた頬を震わせ、息を呑んだ。蒔野がこちらを見ていた。そして、「みなさんのために for you 」という言葉を、本当は、ただ「あなたのために for you」と言っているのだと伝えようとするかのように、微かに顎を引き、椅子に座った。 ギターに手を掛けて、数秒間、じっとしていた。それから彼は、イェルコ・ソリッチの有名な映画のテーマ曲である《幸福の硬貨》を弾き始めた。その冒頭のアルペジオを聴いた瞬間、洋子の感情は、抑える術もなく涙と共に溢れ出した。……
(第九章 マチネの終わりに)

 

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今日は職場の人と一か月前にオープンしたばかりの「柳橋市場 シルバ the マルシェ」へマグロのカツカレーを食べにいきました。
玉ねぎを炒めて数種類のスパイスと特製魚粉をブレンドし竹炭粉を加えて真っ黒になったカレーのルウに厚めのマグロのカツがトッピングされた 柳橋ブラック 大盛(900円)をいただきます。食べたことのない味のカレールウで柔らかいマグロカツが絶品でとてもおいしいです。ただスプーンが寿がきやの先割れスプーンで普通のスプーンのほうが食べやすいかも…。ごちそうさまでした。

 

柳橋市場 シルバ the マルシェ(食べログ)
名古屋市中村区名駅4 マルナカ食品センター 1F

 

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名古屋タカシマヤの四国瀬戸内味めぐりも今日で終わり。もうひとつ、食べておかないと心残りのお店があるのでお昼を食べにいきました。
養殖鯛 日本一の愛媛県。炊き込みご飯の鯛めしもいいけれど、鯛の刺身を生卵やタレと混ぜてご飯の上にかけて食べる「宇和島鯛めし」。その有名店の「ほづみ亭」も名古屋に来てくれました。丼ではなく正統 宇和島鯛めし(1290円)をいただきます。

 

えっこれ鯛!というくらい柔らかく、でも鯛としての味とプリプリ感がしっかりあります。おまけに出汁がうまい!。お櫃にかるくお茶碗3杯ほどのご飯があるのですが、こんな美味しい鯛めし もうひとつ頼んで食べたいくらい感動の逸品です。
「ほづみ亭」さん、美味しい宇和島鯛めしをありがとうございました。
来年も 来てくれないかなぁ。お待ちしています♪。

 

 

ほづみ亭(食べログ)
愛媛県宇和島市新町2