
あらすじ
激しい雨の降る夜、眠る夫を乗せた車で老婆を撥ねたかおりは轢き逃げの罪に問われ、服役中に息子・拓を出産する。出所後息子に会いたいがあまり園児連れ去り事件を起こした彼女は、息子との接見を禁じられ、追われるように西へ西へと各地を流れてゆく。自らの罪を隠して生きる彼女にやがて、過去にまつわるある秘密が明かされる。
ひと言
自分の中では角田光代さんの「八日目の蟬」とオーバーラップして、「八日目の蟬」ではどんな感想を書いたのだろうと見返してみました。どちらも強烈に「母性」を感じる作品で、全体的に非常に読みやすく、追われるように西へ西へと各地を流れてゆくかおりがどうなるのかが気になって、一つの章を読み終えて床についても、寝付かれないとまた次の章を読んでいました。まだ2冊しか読んでいないので本屋大賞かどうかは判断できませんが、大賞を取ってもおかしくない作品でした。
気力がわかないのは、もはや息子に会う意義を見出せないからだった。対面した息子に、たく、わたしがお母さんだよ、と念願の一言を口にできたとしても、それはもうわたしの自己満足に過ぎないと思えるからだった。なぜなら夫は再婚し、息子には新しい母親がいるからだ。入学式前と状況はすっかり変わってしまった。いまさらわたしがのこのこ出ていって息子にしてやれることは何もないのだ。ふりかけ好きの父親を持つ息子は、新しいお母さんからご飯にのりたまをかけてもらって食べるだろう。
わたしが息子の拓と会えるように田中家側と交渉する余地はまだある、というような話を久住呂百合さんはしてくれたけれど、たとえそれが可能だとしても、交渉して仮に会えたとしても、息子はおそらく喜ばないだろう。突然ふたりめのお母さんが現れたら、幼心にただ戸惑うだけだろう。会っても喜ばない息子を見て、わたし自身、喜べるはずもないだろう。
息子を惑わせないために、幼い心をかき乱さないために、わたしは彼から離れているべきではないだろうか。むしろいまいる場所から遠ざかるべきではないのだろうか。栃木の刑務所から仮出所したとき、元夫に言われた言葉をわたしはまだ憶えていた。彼はこう言った。
「母親が犯罪者の子供と、母親に死なれた子供と、どっちがより不幸か、考えてみろ。これから子供が成長して、社会に出て生きていくうえで、どっちが彼の障害になると思うか、よく考えてみろ」よく考えて、わたしは死んだ母親になるべきかもしれない。
よく考えて、わたしは死んだ母親になるべきかもしれない。その選択が正しいような気がした。元夫に面と向かって問われたとき以上に、いま、息子に新しい母親がいると知ったいま、わたしにはその選択が正しいことに思われてならなかった。
(第四章 5)
「あれかな?柿の実が熟したってことかな?」「柿?」「熟柿(じゅくし)。熟し柿という意味の熟柿。でもスマホに入れてある辞書にはもう一つ意味が載ってて、……この話、前にもしたと思うよ。『熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、気長に時機が来るのを待つこと』の語意もあるらしいんだよね、熟柿には。だから、何事によらず僕は長期戦を覚悟で人生を生きているから、当然かおりさんとのこともね、最初からそのつもりでいるし、いつか電話がかかるといいなと毎日考えてたら、今日ほんとにかかってきて、ついにその日が来たかって、ようやく……あ、待ってこれ、もしかしてプロポーズっぽく聞こえてる? そういうんじゃないからね、初めての電話で舞い上がってその気になってるわけじゃないから。負担に感じないでください。ただね、……つまりね、柿の実が季節になれば熟すように、物事の成就には適した時期があるというか、そのときが自然に訪れるのを気長に待つというか、百崎さんなんかに言わせると単に消極的なのかもしれないけど、でもそういう、無理強いしない、待ちの時間が必要なときもあるんじゃないかと……ああ、ひとりで喋 って ごめん、せ っかく電話してくれたのに。もしかしていま成田空港?」「いまから成田行きの電車に乗るとこ」……。……。
「土居さん……」と思わず言いかけて、何も言えないでいると、厨房にいる人が「上居さーん」と呼ぶ声が電話から聞こえた。土居さんはその声を無視した。「……うん? どうした?」「あのね、土居さん……」「どうかしたんですか? 市木さん」「ごめんなさい。わたし、土居さんにいつか話そうと思っていて」「うん」「でも話せなくて」「うん」「福岡で、福岡に限らなくてもいま、いちばん近くに感じてる人は土居さんなのに、どうしてもその話ができなくて、隠してることがあります」「そう」と土居さんは相槌を打つだけで、何を隠してるの? とは言わない。……。
「土居さん」もう一度名前を呼んだだけで息が詰まった。土居さんは急かさずに待っている。「憶えてますか」歩きながら息継ぎをしただけなのに、喉の奥が火傷したようにひりついた。「二〇一一年の地震のとき、あの大きな地震のとき、土居さんは、東京の浅草の洋食屋さんで慟いていたんですよね。コンロの鍋が倒れたりお皿が何枚も割れたり、あの日はみんなそうだったと思うけど、怖い経験をしたんですよね」「うん」「そのとき市本さんはどこにいたのって訊かれて、わたしは答えをはぐらかしたでしょう。でも本当ははっきり憶えてるんです。あの地震の揺れが来たとき、自分がどこにいたか」「それが隠してること?」「はい。自分のいた場所が言えないんです。憶えてるのに言えないんです。なぜそこにいなければならなかったのか、言ってしまうと土居さんが、わたしから離れて行きそうで」気がつくと人が大勢いるホームに出ていた。……。「ねえ、もし来なかったら?いま言えないことを、言えるときがいつまでも来なかったら?」「来るよ」こう答えてほしいと望んだ通り土居さんは即答した。「市木さんはいつか話してくれる。きっとそうなる。でも僕は離れて行かない」
(第十二章 3)