あらすじ
2020年2月、新型コロナウイルスの感染者を乗せた船が、横浜に入港した。乗員・乗客およそ3700人。未知のウイルスとともに、逃げ場のない海の上の豪華客船に閉じ込められ、感染は瞬く間に広がっていく。「今、船内にいる医師はわずか3人。ウイルス対応がDMATの専門外であることは承知しています。でも、日本国内にウイルスを持ち込まないためには、誰かに船に乗っていただくしかないんです」災害派遣医療チームDMAT(Disaster Medical Assistance Team)は、厚労省の要請を受け、ダイヤモンド・プリンセス号へと乗り込んだ。乗客の命と、日本の安全を守るために――。


もうあれから5年8カ月にもなるんだなぁ。ダイヤモンド・プリンセス号のニュースは衝撃的で、当時は正しい事実も知らないまま、ただただ不安な日々を送っていた。約4年にも及ぶコロナ禍のことは必ず後世に伝えていかないといけない史実だしこういう本や映画が作られたことは非常にいいことだと思う。

結城は視線を下げた。国は、国外から感染が持ち込まれないように水際で感染者を封じ込めて国民を守ろうとしている。いっぽうで医者は目の前の命を救おうとしている。どちらの言っていることもわかる。両者ともに正解だろう。だが、両立させることは極めて困難だ。自分は指揮官としてどう判断すべきなのか。(P64)

「すみません」真田は近づきながら尋ねた。「この離岸ってなんですか?」深刻な真田の様子に少し面食らいながら羽鳥は答えた。「明日は港を離れるんです。3日に1回、排水と給水が必要で、外洋まで出ないとその作業ができません」真田はまだ要点を得ない。それを察した羽鳥はさらに丁寧に説明した。豪華客船は料理や清掃、入浴、プールなど、大量の清水を必要とし、そのいっぽうで大量の汚水を排出する。そういった大量の水はどうするかと言えば、基本的には海水を採取し、蒸発、再濃縮を行い清水を生成して使用する。使用後の汚水はろ過など、国際法で規定された水準まで処理して海に廃棄する。これはダイヤモンド・プリンセス号に限らず、ほとんどすべての豪華客船で採用されている方法で、環境団体から問題視されている部分でもある。この汚水を海に捨てる作業は港から最低12マイル(およそ20キロメートル)離れて行うことが国際法で定められている。東京湾は、そもそも幅が20キロしかない。神奈川側の岸からも千葉側の岸からも2 0キロ離れるとなると、東京湾から外洋に出る必要がある。「港にはいつ戻るんですか」真田が尋ねた。「24時間後です」あまりに長い。真田は言葉を失った。(P84)

結城は深く息を吐くと、少し考え、口を開いた。「3・11の時……」「え?」3・11 すなわち東日本大震災のことを突然切り出した結城に、立松は怪訂な顔をした。「いや……東日本大震災の福島の原発事故の時の話です。放射線が危ないっていうんで、半径20キロ圏内に住む人たちに避難指示が出ましたよね」「ええ」立松はそれがなにか、とでも言いたげだ。いっぽうで結城はすんなり言葉が出てこない。結城は心を落ち着けようともう一度大きく深呼吸した。「ひばり病院はご存じですか?」「名前くらいは」立松はピンときていない。「入院患者の多くが高齢者の病院で、半径20キロの円の中にありました」「じゃあ、避難を?」「はい。指示に従って避難を開始しました」結城は視線を床に落とすと、当時のことを思い浮かべながら話を続けた。「災害支援で現地入りしていた仙道は、老人たちを乗せたバスを避難所の前で待っていました。直線距離なら30キロ程度の場所でしたが、地震で道路はズタズタです。バスは通行止めを迂回しながら200キロの道のりを夜通し走りました」立松はごくりとつばを飲んだ。

「次の日の朝、やっと避難所に到着したバスに乗り込んだ仙道が見だのは、座席に座ったまま死んでいる年寄りの姿でした」立松は言葉を発しない。平沢も黙ったままだ。結城は仙道から聞かされた、地獄絵図とも言えるバスの車内を思い浮かべた。東北地方の3月と言えば極寒である。老大たちが毛布にくるまったまま、生きているのか、死んでいるのかわからない状態で座席に座っていたという。「他のバスも含めると、45人が亡くなりました」ひと晩の移動で45人が死んだ。あまりの人数に、立松と平沢は言葉を失ったままだった。「当時、誰もが放射線におびえ、そのことだけが大きく取り上げられていました。あわてて避難したのもそのためです」そこまで言って結城は視線を上げた。「ですが、45人の死因は、放射線じゃありません。寒さと持病、それに疲労です」結城は立松を正面から見ると静かに言った。

「感染症医や検疫官は新型ウイルスが国内に広がらないことを最優先に考えてる。乗客の命は2番目だ。厚労省も同じでしょ」決して当てつけではない。結城の心からの言葉だった。「俺たちは、命を最優先に考えてる」立松は目をそらさずに結城の言葉を聞いた。なぜ結城が、世間の批判を覚悟の上で、仙道のプランを呑んだのか、賢い役人は理解したようだった。「陽性者の隔離ができているなら、まず最初に船から下ろすのは命の危機にある乗客です。感染の有無に関係なく」立松の瞳から、結城への疑いや批判の色が消えていた。結城はじっと考えると付け足した。「この状況で24時間、港を離れれば、死人が出るでしょう」(P86)

宮田は缶コーヒーを開けようとした手を止めると、もう一度真田を睨み、口を開いた。「うちはまだ開業前なんだよ。一晩に7人の重症者って、準備万端の病院だって慌てる数だろ」口調は静かだったが激しい怒りが込められていた。「これでなんかあったらうちが殺したって言われるじゃねえか。マスコミに」「すみません……」真田は頭を下げるしかなかった。反論はない。真田はただ謝ることしかできない自分で申し訳ないと思った。真田を一瞥した宮田は大きく息を吐くと 、缶コーヒーを開け、一口飲んだ。そして言った。「まあでもよかった。全員どうにかなって。まだ安心はできねえけど」宮田もまた医者だった。真田は顔を上げると、感謝の眼差しで宮田を見た。医療というものは根本的に不確かだ。医者にできることなどたかが知れていて、救える患者は救えるし、救えない患者は救えない 。何年か 医療に 携わっていれば、誰もが学ぶ真理だ。だが世間はそうは思ってくれない。医者は当然救ってくれると思っているし、もしも結果が思うとおりでなければ、犯人探しが始まる。誠意を尽くして患者を診たのに、助けることができずに人殺しのように言われた同僚は一人や二人ではない。新型コロナウイルスはその「医療の不確かさ」の最たるものだ。引き受けるには相当のリスクが伴う。はっきり言って割に合うものではない。ではなぜ、そんなリスクを引き受けるのか。そこに困っている人がいるからだ。そんな人たちを放っておけないからだ。だから自分はあの日、大黒ふ頭に駆けつけた。そして、重症の人々を搬送するたび「どうにかなってよかった」とほっと胸をなでおろした。自分か関わったことで助かる人がいるなら、次もまた自分はリスクを承知で災害現場へ駆けつけるだろう。いま、目の前のベテラン医師は、いろいろな葛藤を横において「どうにかなってよかった」と、そう言ってくれた。ひどい一晩を経験したのに、リスクを引き受けたことを「よかった」と、そう言ってくれた。自分と同じように。真田はさらに深く頭を下げた。(P295)

医者という職業は卑怯だ。人を救いに出かける夫を妻は責められない。責めれば、自分がひどい人間のように思えてしまうから。俺は見ず知らずの人を救うために、いや、自らの責任感を満たすために、家族にいろんな我慢をさせているのだ。大丈夫と言ってくれた妻に、いったいどんな言葉で感謝を伝えればよいのか。真田は黙って妻を見つめ返した。絵美は正面から見つめ返すと真田に近づく。真田は少し後ずさる。自分が感染を持ち込んでいないだろうか。そんなことが頭をよぎる。だが、絵美はそれも見透かしたうえでさらに近づく。そして真田の体を強く抱きしめた。「ごめん」真田は小さな声でそう言うと絵美の細い体を抱きとめた。絵美は声を出さずに泣いた。(P314)

 

 

あらすじ
寛政期、西国の小藩である月ヶ瀬藩の郡方・日下部源五と、名家老と謳われ、幕閣にまで名声が届いている松浦将監。幼なじみで、同じ剣術道場に通っていた二人は、ある出来事を境に、進む道が分かれ、絶縁状態となっていた。二人の路が再び交差する時、運命が激しく動き出す。(第十四回松本清張賞受賞作)


ひと言
久しぶりの葉室 麟さん。この本は評価が高く、読んでみたいとずっと思っていたのですが、なかなか図書館になく、今回は2冊所蔵する名古屋市図書館に予約を入れて読むことができました。やっぱり葉室 麟さんはいいなぁと思いました。

十蔵がふと夜空を見上げて、「星がきれいだ」とつぶやいた。見ると、満天の星空である。白々と夜空を二つに分け、瀑布のように地平へと消えていく星群が見えた。あれは天の川だ、と十蔵が指さすと、「牽牛と織女か――」源五はばかにしたように言った。十蔵が思いがけず星のことなど言い出したのがおかしかったのである。むっとした十蔵へ小弥太が微笑を向けた。「知っておるか、天の川のことを銀漢というのを」と夜空を見上げながら何気なく言った。「ぎんかん?」十蔵は少し恥ずかしそうにつぶやいた。「それは、どういう意味だ」源五は顔をしかめた、難しい漢籍は苦手なのだ。「銀は金銀の銀、漢は羅漢の漢だ。天の川は漢詩では天漢、銀漢などの言葉で表される。この場合の漢とは、男という意味ではなく、漢江、すなわち大河のことだ」小弥太は説明しながら夜空を見続けていた。源五はそんな小弥太の横顔に、大人びた覚悟が漂っているのを感じた。(二)

「いま聞いた話をわしは他人には言わぬ。だから、小弥太も胸の中へしまえ。わしらは鷲巣角兵衛をお前の父の仇として斬る。それだけでよいのだ。武士は恨みで刀を抜くものではない、義によって斬るのだ」と言った。小弥太の表情にも、やっとふっきれたものが浮かんだ。「そうか、武士は恨みで刀を抜かぬ、義によって斬るか、源五はよいことを言う」小弥太がうなずくと、源五はてれたように頭をかいた。しかし、二人とも角兵衛の腕前にはるかに及ばぬことはわかっていた。斬るというが、実は斬られに行くことになると覚悟を決めていた。(三)

「構わん、入るぞ」と怒鳴って入ろうとした時、家の入り口から、縄を打たれた十蔵が小雨の中、役人に引き立てられて出てきた。「十蔵――」源五が思わず声をかけると、十蔵は源五を見て、にこりと笑った。そして、引き立てられていきながら声を出さず、口を動かすだけで何かを言った。「なんじや、なんと言ったのだ、十蔵」源五は追いすがろうとしたが、下役たちにさえぎられた。十蔵は、そのまま引き立てられて行き、源五は悄然として見送るしかなかった。その時、十蔵の家の中から女の泣き声が聞こえてきた。源五が家の中に入ってみると、農具が置かれた土間でたみが七歳の蕗を抱きしめて、「なんで、あの人だけがつかまるんだ。だからやめてくれって言ったのに」と泣いていた。源五は言葉もなく立ち尽くすしかなかった。家の中は土間から上がると板敷きの囲炉裏端になっていた。続きの部屋とは障子で仕切られ、きちんとしている。隣の部屋には百姓家には珍しく文机が置かれ、何冊かの書物さえあった。十蔵はここでひそかに勉学をしていたのだろう。(十蔵は、もはや、この家には戻れぬのか)源五は唇を噛んだ。その時、泣いていたたみが源五に気づくと、あわてて部屋の奥に行き、文机の上から一枚の書き付けを持ってきた。たみはその紙を源五に突きつけるように差し出した。「なんだ、これは」「うちの人が、あなた様がお見えになったらお渡しするようにと」たみは目を泣きはらしたまま言った。それは古びた紙だった。源五が手にとって開いてみると立派な筆跡で、


暮雲収盡溢清寒
銀漢無聾轉玉盤
此生此夜不長好
明月明年何處看


と書かれていた。宋第一の詩人と言われた蘇軾(そしょく)の「中秋月」という漢詩だった。


暮雲(ぼうん)収め尽くして清寒溢れ
銀漢声無く玉盤(ぎょくばん)を転ず
此の生、此の夜、長くは好(よ)からず
明月、明年、何れの処にて看(み)ん

日暮れ方、雲が無くなり、さわやかな涼気が満ち、銀河には玉の盆のような明月が音も無くのぼる。この楽しい人生、この楽しい夜も永久につづくわけではない。。この明月を、明年はどこで眺めることだろう、という詩である。(十蔵は、このように素養を積んでおったのか)―― 銀漢声無く玉盤を転ず とつぶやいた源五は昔、小弥太、十蔵とともに祇園神社に行き、夜空の星を見たことがあったと思い出した。(あの時、小弥太がわしらに銀漢という言葉の意味を教えてくれたのであった)十蔵はその後もひそかに勉学を続けたのだ、と思うと源五の目から涙があふれた。(五)
 

 

今日のお昼は「矢場とん市場」のみそかつ丼(750円)です。実は以前2回ほど訪れたのですが、一番人気のみそかつ丼が売り切れで、今日3度目の挑戦でやっと買うことができました♪。レンジで温めて、付属のみそダレをかけていただきます。うーん、矢場とんのみそダレだ 美味しい!。750円にしてはカツがたっぷり入っていてお値打ちです。欲を言えばごはんがもう少しあるとうれしいなぁ。お弁当以外にも豚肉や総菜もいっぱい。また伺わせてもらいます。ごちそうさまでした♪。

 

矢場とん市場

名古屋市昭和区鶴舞2

 

今日のお昼は、今池でコスパ抜群で美味しいと評判の「中国料理 品品香」です。ラーメンセットの担々麵と中華飯(850円)をいただきます。あまり辛すぎるのは苦手ですが、担々麵も適度な辛さで美味しいです。中華飯も具材がいっぱいでこの2つでほんとうに850円なの!と思うくらいの量と美味しさです♪。もっと早くから行けばよかったと後悔。また伺わせてもらいます。ごちそうさまでした♪。

 

中国料理 品品香

名古屋市千種区今池5

 

あらすじ
「横田、センターに入れ! 」1096日ぶりの出場となった引退試合で見せたプロ野球人生最後のプレーは、いまだ語り継がれている――。ドラフト2位で阪神タイガースに入団。将来を嘱望されたが、プロ4年目に脳腫瘍に侵され、18時間に及ぶ手術の後には過酷な闘病が待っていた。絶望と苦しみの日々の先に見えたものとは?感動の自伝ノンフィクション。
新章「2度目の闘病」と、鳥谷敬氏による「解説」を新たに収録。絶望に立ち向かう姿に誰もが涙した、感動の実話「横田、野球の神様って、本当にいるんだな」――鳥谷 敬 (元阪神タイガース)


ひと言
タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を決めた2023年9月14日、9回に岩崎がマウンドに上がる際に流れた横田慎太郎の登場曲「栄光の架橋」。それを甲子園球場の阪神ファンが大合唱したあのシーンは、涙でTV画面が見えなくなるほどだった。
11月28日 全ての横田慎太郎に捧ぐ「栄光のバックホーム」が上映される。最近は映画館で映画を観ることはほんとうに少なくなったが、この映画だけは映画館で観て思いっきり泣きたい。あらためてご冥福をお祈りいたします(合掌)



「横田、センターに入れ!」ペンチ横でキャッチボールをしていた僕に、平田勝男・二軍監督が突然呼びかけました。2019年9月26日―― 阪神鳴尾浜球場で行われたウェスタン・リーグ、阪神タイガース対福岡ソフトバンクホークス戦。タイガースが2対1とリードして迎えた8回表ソフトバンクの攻撃、ツーアウト二塁の場面でした。「センター、横田」アナウンスを受け、背番号124のユニフォームに袖を通した僕は、2016年9月25日のウェスタン・リーグのソフトバンク戦以来、1096日ぶりにセンターの守備につくことになりました。……。
代わった直後の初球でした。いきなりの大飛球。正直、打球はよく見えていませんでしたが、ボールは背走した僕の頭を越え、タイムリー二塁打となりました。これで同点となり、なおランナー二塁。バッターボックスにはソフトバックの6番バッター、塚田正義さんが入りました。ファウルの後の2球目。塚田さんが弾き返した打球は、ライナーとなって僕に向かってきました。気がつくと前に出ていた僕は、ワンバウンドでボールを拾い上げると、そのままバックホーム。ボールはまっすぐ伸び、ノーバウンドでキャッチャーの片山雄哉さんのミットにおさまりました。「アウト!」審判のコールと同時に、スタンドが一斉にわきました。走ってベンチに戻る僕を、チームのみんなが拍手で迎え、肩や頭を叩いて喜んでくれました。そのなかには、まだシーズン中にもかかわらず、僕のために駆けつけてくれた一軍選手のみなさんや、鹿児島からやってきた父、母、姉の姿もありました。
ベンチ裏にいた鳥谷敬さんが言いました。「横田、野球の神様って、本当にいるんだな」その瞬間、涙があふれてきました。野球の神様は本当にいる―― 僕も心からそう思います。あのバックホームは、自分ひとりの力では絶対にできなかった。塚田さんの打球も僕には見えていませんでした。正面からバウンドして飛んでくるボールは、距離感がつかみにくく、どのように弾んでくるのかわからない。もっとも見えにくいのです。復帰してからの僕は、そういう打球が飛んできたときは無意識に下がっていました。だから、このときも身体を引いてもおかしくはなかった。そうしていたら、ボールをはじいて後逸したか、顔にぶつかっていたでしょう。でも、あの打球に対しては、なぜか自然に身体が前に出た。まるで何者かに背中を押されたかのようでした。ボールもすんなりグローブにおさまっだ。キャッチャーへの送球にしても、それまで試合はおろか、練習でもノーバウンドで返球したことはなかったのです。あのバックホームは、まさしく神様が導いてくれた奇跡―― そうとしか思えない。いま思い出しても鳥肌が立ちます。記録的には、どうってことのない「補殺1」。それが残っただけです。でも、僕にとってそれは、特別な記録になりました。
(序章 神様の演出)

引退試合が終わり、ペンチに戻ってきた僕は、その後に行われることになっていた引退セレモニーのため、背番号124のユニフォームから、背番号24が縫いつけられたユニフォームに着替えました。ユニフォームに袖を通した瞬間、突然、涙があふれてきました。24番 のユニフォームを取り戻すために、もう一度着ることを目標に、この3年間、がんばってきた。「やっと着られた」といううれしさと安堵。その一方、「公式戦ではついに着られなかった」という悔しさと、「3年間僕を支えてくれた人たちに報いることができないまま引退せざるをえない」という申し訳ない気持ち……ユニフォームを着た瞬間、そうしたさまざまな感慨がまざりあい、思わずこみあげてきてしまったのでしょう。それが突然の涙の理由だと思います。
しばらく涙を止めることはできませんでした。本当は『栄光の架橋』のサビのところで出て行く予定だったのですが、少し遅れてしまいました。再びセンターの位置に走って向かった僕は、チームメイトの高山俊さん、北條史也さん、中谷将大さん、梅野隆太郎さんが組んだ騎馬にまたがってダイヤモンドまで運ばれました。スコアボードには、「―番・高山、2番・横田……」と、僕がスタメンに名を連ねた2016年の開幕戦のオーダーが映し出されていました。騎馬から降ろされた僕は、両チームの選手たちがベンチ前に並び、ファンや家族が見守るなか、あいさつに立ちました。

まず最初に、このようなすばらしいセレモニーに足を運んでくださったファンのみなさん、本当にありがとうございます。そして、ソフトバンクホークスのみなさん、阪神タイガースのみなさん、このようなすばらしい時間をつくってもらい、本当にありがとうございます。監督さん、コーチのみなさん、スタッフのみなさん、選手のみなさん、本当にいままでありがとうございました。僕が試合にも出ていないのに、いつも身体の心配や、野球のことをいろいろ教わって、本当に感謝の言葉しかありません。本当にありがとうございました。そしてファンのみなさん。僕が試合にも出ていないのに、いつもスタンドにはたくさんのファンに来てもらい、自分がグラウンドでもがいているときに、いつも必死に応援してもらい、本当にいつも感謝の気持ちでいっぱいでした。ファンのみなさん、ありがとうございます。そして今日来てくれた両親。こんなに試合に出るのが遅くなってしまってすいません。入院中から僕以上に大変な思いをしたと思います。しかし、こうやって今日試合に出してもらったのも、間違いなく強い両親のおかげです。本当にありがとうございます。
そして最後に、僕の目標だった、試合に出る、そして24番をつける―― それに携わってくれたチーム関係者のみなさん、本当にありがとうございます。いままであきらめず野球をやってきてよかったと、今日あらためて思いました。これまで本当にたくさんの方に励まされ、応援され、ここまで来れました。最後、まさかこんなにすばらしいことが起きるとは夢にも思っていませんでした。これまでつらいこともありましたが、自分に負けず、自分を信じて、いままで自分なりに必死で練習してきて、本当に神様は見ていると、今日思いました。いままで僕に携わってくれたたくさんの方々、本当に本当にいままでありがとうございました。
(第6章 奇跡のバックホーム)

引退試合が終わって、母と一緒にいったん鹿児島に帰ったとき、新幹線のなかで「入院中、苦しかったときにこの曲を聴いてたんだよ」と、イヤフォンを片耳ずつ分けあって『栄光の架橋』をふたりで聴きました。母は涙を見せて言いました。「もう苦しまなくていいから、ちょっと身体を休めてから自分のリズムで次の道を探そうね」そしてこう続けました。「中途半端でやめてしまったなら次は見えないけど、やり尽くしたのであれば、必ず次の扉が開く。次にやるべきこと、やりたいことが見えてくる。きっと周りの人も応援してくれるよ」
(終章 新たなプレイボール)
 

 

今日は大垣へ水汲みに行った帰り、先日TVで紹介された「魚福」へ魚屋のまかないカレー(1080円)を食べに寄りました。魚屋さんだけあってイカなどのシーフードがいっぱい。自分でお椀に盛り放題の特製あら汁も付いてきます。JAの産直市場内にあり、市場で働く人向けなのか結構量も多くお腹いっぱいになりました。魚屋さんだけあって次は海鮮丼もいただきたいです。ごちそうさまでした♪。

 

朝獲れ鮮魚・海鮮丼 魚福

稲沢市一色下方町

 

今日は、前から行きたかった新栄の「日々是好日」へお昼を食べに行きました。日々是の定食セット 好きなおにぎり2個に単品のおにぎり1個を追加(ねぎ味噌、明太子大葉、おかかクリームチーズ)(1620円)をいただきます。先ずおにぎりが美味しいし、具だくさんの豚汁もグッド!本日のお惣菜はカツオのたたきでこれもグッド!卵焼きも美味しく大満足なおにぎりセットでした。ごちそうさまでした♪。

 

日々是好日 新栄店

名古屋市中区新栄1

 

 

 

あらすじ
「ほんとうの幸い」って、何だろう? 県立野亜高校の図書室で活動する「イーハトー部」は、宮沢賢治を研究する弱小同好会だ。部長だった風見先輩は、なぜ突然学校から消えてしまったのか。高校生たちは、賢治が残した言葉や詩、そして未完の傑作『銀河鉄道の夜』をひもときながら、先輩の謎を追い、やがてそれぞれの「ほんとう」と直面する。今を生きる高校生たちの青春と、宮沢賢治の言葉が深く共鳴する感動長編。


ひと言
本の帯の高等学校の部 課題図書という文章が目に留まり、どう見ても、私の大好きな宮沢賢治の銀河鉄道の夜に関する本だろうと思い一度読んでみようと借りました。これを高校生が読むの?宮沢賢治フリークの人向けじゃない?と思うほど濃い内容の本で、とても勉強になりました。

「チカ先輩、『銀河鉄道の夜』が実は未完だってのは、ネタとしていかがです?」「え、そうなの?物語はきちんと終わってた気がするけど」僕は新潮文庫の『銀河鉄道の夜』をパラパラとめくる。すでに二度ほど通しで読んでいたが、読後の印象は二度とも変わらず「ちゃんとエンドマークがついた」って感じだ。「はい。私も物語が破綻しているとは思いません。ただ、賢治さんの存命中に本人の意思によって発表された作品じゃないって事は事実として覚えておいてください。九年かけて推敲した後が其処此処(そこかしこ)に残る遺稿を専門家達が調査研究した結果、ざっくり四つの段階に分けた原稿が存在するそうです。現在広く出回っていて、チカ先輩やキョンヘ先輩の本にも採用されているのは、もっとも新しい第四次原稿になります」「そうなんだ ―― 賢治さんが生きていたら、さらに加筆修正された可能性が十分にありえる作品ってこと?」「ですね」とマスヤスは気真面目な顔でうなずき、つづける。
(第一章 図書ノ/教室ニ/居リマス)


夏休み前に一度この本に目を通しているはずの僕だが、「そのまっくらな巨きなものを」は印象に残っていなかった。読み飛ばしたに違いない。だから、はじめて目にするような新鮮な気持ちでその詩と向き合う。「”その真っ暗な大きなものを”」キョンヘが仮タイトルになっている最初の一行を声に出して読み、不穏だねと鼻を鳴らした。つづきは各自で目読する。

そのまっくらな巨きなものを
おれはどうにも動かせない
結局おれではダメなのかなあ


風見さんの心を捉えた詩だとわかって呼んでいるからだろうか。今回は、はじめの三行であっさり打ちのめされた。目が捉えた文章は、意味や状況のわからないまま頭の中で風見さんの声に変換される。伝わってくるのは、はげしい落胆と泣きたいほどの孤独だ。詩ではそのあと、みんなの賑やかな食事風景を”おれ”が見ている描写があり、自分自身に発破を掛けるような結びの文章で終わる。

からだを投げておれは泣きたい
けれどもおれはそれをしてはならない
無畏 無畏
断じて進め


「無畏 無畏 ―― ムイムイ!」僕は思わず声をあげた。さっき会ったばかりの風見さんが、いきなり呪文みたいなその言葉を唱えていたことを思い出したからだ。「きっとこの詩だ。去年の秋から今まで、風見さんはこの詩を呼んできた。絶版になっているこの本を野亜高の図書室から繰り返し借りて読んでたんだ。何度も、何度も」僕の言葉に、全集を何冊か抱えて書棚から戻ってきたばかりのマスヤスが、また書棚に走る。広辞苑の第六版で、”無畏”の言葉の意味を調べてくれた。”安穏で畏れのないこと”らしい。今すぐにでも泣き伏したいくらいの精神状態なのに、”おれ”はムイムイと呪文のように唱えて自分を奮い立たせ、前に進もうとしている。他の詩同様、賢治さんの心象スケッチに他ならないのだろうけど、僕には風見さんの声にならない声にも感じた。キョンヘとマルヤスも同じことを感じたのだろう。
(第三章 無畏 無畏)
 

 

あらすじ
「幸せになる資格がない」と語り出した若き女性の悔恨とは。祇園の甘味処に集う人々の人生の交錯を描いた人情物語、シリーズ最終巻。


ひと言
読み始めるととても面白くて、1~8まではすらりと借りられたのですが、9、そしてこの10はやっと借りて読み終えることができました。もうこれで、もも吉庵も読めなくなるのかと思うと少し寂しいですが、志賀内さんの新しい京都シリーズを楽しみにしています。

「ええどすか。人生いうんは、毎日のように右か左かの分かれ道の連続や。どっちの道を選ぶかで、人生が変わってしまうこともある。そやけどなぁ。いっぺん選んだ道は、引き返すことはできひん。選んだ道が正しいんや。正しいんやから、後悔するなんてことは何の意味もないんや」
(第一話 悩み事 聞いてほしくて枝垂れ藤)

スピーチはさらに続いた。「それでも、うちの奴のえらいところは、あとに残さへんところです。ケンカした翌朝、私が仕事に出掛けようとすると、必ず笑顔で『行ってらっしゃい。気ぃつけてや』と言うて玄関まで送ってくれるんです。これは実は、私たち消防士の仕事と深い関係があるんです。いつ危険な現場に飛び込んで行かなあかんかもしれへん。それも命がけで。つまり、や。そんなことがあってはならんのですが、今日という日が、夫婦の最後の日ぃになるかもしれへんのです。いや、そうではないとしても、ケンカして憂鬱な気持ちを引きずったまま火災現場に出掛けたら、ほんの一瞬の判断ミスが命取りになる恐れがある。うちの奴とは職場結婚やったから、それをようわかってくれてるんや思います。そこで、木綿子さんに一つ、お願いします。うちの奴と同じように、どないにケンカしてても、仕事に送り出すときには「コイツ絞めたろか」なんて心ん中では思うてても、顔だけは笑って送り出してほしいんです。どうか頼みます」そう言い、その先輩は木綿子の方を向いて深々と頭を下げた。誰もがしんみりと沈黙したあと、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
(第二話 もも吉も 祇園祭に右往左往)

もも吉お母さんが、にこりとした。「手紙や、手紙を書くんどす」「手紙?」「そうや、手紙や。ここ京都府の海側の街、舞鶴に大聖寺というお寺があります。ずいぶん昔のことやそうや。その地域で特定郵便局をしてはった檀家さんが、いらんようになった丸いポストを寺に寄進されたそうや。寺ではそれを、緑色に塗り直して賽銭箱にしはった。間違えて手紙入れに来はる人がいてはあかんさかいになぁ。ある日、その緑のポストをご住職が開けると一通の手紙が入ってたそうや」小鈴は、もも吉の話に引き込まれた。「亡くなった子供さんに向けて綴った手紙やったそうや。心打たれたご住職は、その手紙をお焚き上げして供養しはった。以来、天国にいる人に書いた手紙が、次々と緑のポストに投函されるようになったそうどす。年に二度、それらの手紙をお彼岸のときにお焚き上げをしてはるて聞きました。そうして、天国にいてはるお人らに手紙が届けられてる言われています」小鈴はもも吉の思いをもしない話に驚いた。
(第三話 願い込め 手紙を綴る秋麗)

 

 

 

今日は熱田神宮へお参りに行った帰り、 ミュープラット神宮前2Fの「キャッツベーグルカフェ」でベーグルをテイクアウト。こちらのお店は京都の超有名店「フリップアップ」さんの監修のベーグルということで是非とも食べてみたかったベーグルです。チーズ(281円)あんバター(324円)白イチジク(270円)をいただきます。京都のフリップアップのベーグルは食べたことがありませんが、ネットで見る限りほとんど同じもののように見えます。もう一度温め直すともっとおいしいと思いますが、チーズも白イチジクもとても美味しいです♪。ただお店No.1人気のチョコベーグルを買わなかったのが後悔。京都の「フリップアップ」でも大人気商品だけに、次熱田さんにお参りした際には是非いただきたいです。ごちそうさまでした♪。

 

キャッツベーグルカフェ

名古屋市熱田区三本松町 ミュープラット神宮前2F