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今日のお昼はグルメの師匠とお店の前で待ち合わせて食べログとんかつ100名店にも選ばれている「矢田かつ」へ。数量限定のヒレかつランチ(1150円)上とんかつランチ(1150円)を師匠とシェアしていただきます。一人で食べに出ることが多いのですがどちらも食べてみたい2つを食べることができ、おまけにどちらも美味しいので大満足。口コミでは少し高いですが六白黒豚ロース定食が絶品というのが多かったので次はそれを食べてみたいです。ごちそうさまでした♪

 

矢田かつ(食べログ)
名古屋市東区矢田2

 

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瀬戸からの帰り名東区の「バゲット ラビット」へ立ち寄ります。大名古屋ビルヂングの地下の「チャーリーズ」でも「バゲット ラビット」のブールは買えるのですが、お店の名前と同じバゲット ラビットは買えないので、前から来たかったお店でした。もちろんお一人様2本までのバゲット ラビット(324円)をいただきます。普通のバゲットに比べてちょっと平べったく、もっちり感があります。生でもおいしいのですが、トースターであぶった方がより好きかな。お店の名前を冠するだけのことはある後味がとてもいいおいしいバケットでした。ごちそうさまでした♪。

 

バゲット ラビット(食べログ)
名古屋市名東区社口1

 

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今日は仕事で瀬戸に行く用事があり、その帰りに以前TVで観て気になっていた「名代ちんすこう 四季乃舎」へ立ち寄りました。ひと口ちんすこうのプレーン(60円)ときな粉(60円)をいただきます。ちんすこうと云えば「新垣」(新垣ちんすこう本舗・本家新垣菓子店・新垣カミ菓子店 3つあるけど…)。こちらのも「新垣」に負けないくらい後味がいい美味しいちんすこうでした。ごちそうさまでした。 

 

 

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今日のお昼は久しぶりに職場の人と「立川マシマシ」へマシライス(750円)を食べに行きました。食券を渡すとライスの量を 350g~700g までの何gにするか聞かれます。400gが茶碗2杯相当ということなので350gにしました。鷹の爪がけっこう入っているので辛いかなと思いましたが、あまり辛くはありませんでした。ライスが強く固められていて見た目よりかなり量が多いです。

 

次はラーメンに挑戦してみたいですが、隣で食べている人の野菜の分量をみていると、野菜やアブラの量を少なめにしないととんでもないことになりそう。ごちそうさまでした。

 

 

 

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あらすじ
俊英と謳われた豊後羽根藩の伊吹櫂蔵は、役目をしくじりお役御免、いまや〈襤褸(ぼろ)蔵〉と呼ばれる無頼暮らし。ある日、家督を譲った弟が切腹。遺書から借銀を巡る藩の裏切りが原因と知る。弟を救えなかった櫂蔵は、死の際まで己を苛む。直後、なぜか藩から出仕を促された櫂蔵は、弟の無念を晴らすべく城に上がるが……。

 

ひと言
葉室 麟さんをもう一冊。読み進めていくとどんどん引き込まれていき、気がついたら読み終えていたというような本でした。継母の染子がいい。最初はいい印象ではありませんでしたが、「わたくしはそなたをこの家に迎えて誇りとすることができると思っています」。この言葉を聞いたお芳はどれほど嬉しかっただろう。「櫂蔵殿、行ってはなりませぬぞ」と櫂蔵の頬をぴしゃりと力いっぱい叩いた染子。こういう風に感想を書き出すと止まらないのでこの辺で終わりにしますが、とてもいい作品でお勧めの一冊でした。

 

 

振り向きかけた櫂蔵の背に、お芳は顔を押しつけた。 「どんなに辛くても自分で死んじゃいけないんです。そんなことをしたら、未来永劫、暗い所を亡者になって彷徨わなきゃならなくなる。辛くてもお迎えが来るまでがんばって生きたら、極楽の蓮の上で生まれ変われるって、祖母が言っていました。だから、この世で辛い目にあっているひとほど、自分で死んじゃいけないんです」 お芳は、力いっぱい櫂蔵の背中にしがみついて声を震わせた。 「すまぬ。もう馬鹿なことはせぬ」 波にまかせて体を揺らしながら、櫂蔵は夜空を見上げた。月が滲んで見える。ゆっくりと体を回した櫂蔵は、お芳の肩を抱き寄せた。 潮騒がふたりを包んで高く低く響いている。
(四)

 

 

「これはいなくなる前に、さとが仙右衛門殿に届けたものだそうです、伊吹様がお見えになられたら渡してほしいと」 「なんであろう、手紙なのか」 櫂蔵は受け取った紙を開いた。紙にはたどたどしい筆跡で一行だけ書かれていた。
―― しんごろうさまにいちどさととなをよんでいただきました
新五郎様に一度、さとと名を呼んでいただきました、と書かれた文字を見つめているうちに、櫂蔵の目から涙がこぼれた。櫂蔵は紙を開いたまま信弥に渡した。信弥は文字を読んで、「これはいかなることでございましょうか」 と首をかしげて櫂蔵に問いかける目を向けた。 「わからぬか。さとに会ったおり、わたしぱ新五郎と契ったことはないかと訊いた。さとは、ないと答えた。しかし、一度だけ新五郎から、さとと名を呼んでもらったことがあり、それが娘心には嬉しく誇らしかったのだろう。そんなことがあったとわたしに知ってほしかったのではないか」 文字を見つめる信弥の目にも涙が溶んだ。 「さとの心根が、あまりに哀れでございます」 信弥の口から洩れたつぶやきには、持っていき場のない怒りと言い知れぬ哀しみがこもっているようだった。 「さとは、一度だけ名を呼んでもらったことを幸せな思い出にして、苦界に身を沈めるつもりなのであろう」 なんということだ、と吐き捨てるように言って、櫂蔵は畳を拳でなぐりつけた。
(十二)

 

 

「ときに郡代様は、梟の鳴き声をご存じでございますか」 「鳴き声だと?」 眉をひそめて宗彰は訊ぎ返した。 「俗に時鳥(ほととぎす)は、てっぺんかけたかと鳴き、鶯は、ほー、法華経と鳴くと申します。そして梟は、襤褸(ぼろ)着て奉公と鳴くのだそうでございます」 「襤褸着て奉公 ――」 宗彰が首をかしげると、櫂蔵は膝を乗り出した。 「それがし、かつてしくじりにより、お役御免になってございます。それからは自棄を起こし、漁師小屋にて無頼の暮らしをなし、その身なりの惨めさ、汚さから、襤褸蔵などと仇名されて生きておりました。それがこの度また出仕いたすことになり、かつてのおのれの惨めさを忘れず、襤褸着て奉公いたしておるのでございます」……。……。  
「落ちた花は二度と咲かぬと誰もが申します。されど、それがしは、ひとたび落ちた花をもう一度咲かせたいのでございます。それがしのみのことを申し上げているのではございません。それがしのほかにもいる落ちた花を、また咲かせようと念じております」 宗彰は薄く笑った。 「所詮は高望みだな」 「さようかもしれません。ただ、二度目に咲く花は、きっと美しかろうと存じます。最初の花はその美しさも知らず漫然と咲きますが、二度目の花は苦しみや悲しみを乗り越え、かくありたいと願って咲くからでございます」櫂蔵の言葉を、義右衛門と咲庵は静かにうなずきながら聞いていた。
(二十四)

 

 

櫂蔵のさびしげな横顔を見た染子が、ぽつりと言った。 「櫂蔵殿は、落ちた花が再び咲いたとお思いか」 櫂蔵は海に目を向けたまま答えた。 「かつて漁師小屋で暮らし、襤褸蔵などと呼ばれていたわたしが勘定奉行になったのです。家中の者たちは、そのことをもって、落ちた花が再び咲いたと思うやもしれませぬな」 「そうではないのですか」 「わたしは、わたしの花が咲いたとは思っておりません。咲いたとすれば、それはお芳の花でございましょうか」 「ほう、それはどこに咲いているのでしょうか」 染子は微笑して訊いた。 櫂蔵は染子に顔を向けると、片手で自分の胸をどんと叩いた。 「お芳の花は、わが胸の奥深くに咲いております。わたしが生きてある限りは、お芳の花は枯れずに咲き続けることでありましょう」 「そのために、生きるのですか」染子は哀しげに櫂蔵を見つめた。 「さよう、ようやくわたしにもわかったのです。ひとはおのれの思いにのみ生きるのではなく、ひとの思いをも生きるのだと」 「わが命は、自分をいとおしんでくれたひとのものでもあるのですね」 染子は、今度は櫂蔵の顔をまぶしげに見つめた。そこには通い合う情愛の温かさがあった。 「それゆえ、落ちた花はおのれをいとおしんでくれたひとの胸の中に咲くのだと存じます」 櫂蔵が言い切ると、染子はにこりと笑った。 「お芳は幸せですね。櫂蔵殿の胸の内で、これからもずっと美しいまま咲いていられるのですから」 染子に言われて、櫂蔵は胸が熱くなった。 お芳が生きた証が櫂蔵だけでなく、染子の胸中にもあるのだ。いや、染子だけでなく、咲庵や宗平、千代の胸の中にも息づいているに違いない。 そう思っていると、咲庵が笠を持った手で沖合を指した。 「伊吹様、きょうも潮鳴りが聞こえます。しかし、何やら初めて聞く心地がいたします」「そうですか」 うなずいた櫂蔵は、不意にお芳の声を聞いた気がした。
(三十一)

 

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あらすじ
天領の豊後日田、私塾・咸宜園の塾主である広瀬旭荘は二度目の妻・松子を迎えた。剛直で激情にかられ、暴力をふるうこともある旭荘。だが、心優しき詩人である彼の本質を松子は理解し、支え続けた。しかし、江戸で松子は病魔に倒れる。時は大塩平八郎の決起など、各地が騒然としている激動期。儒者として漢詩人として、そして夫としてどう生きるべきか。旭荘は逡巡し、ある決断を下す。江戸末期、時代の奔流に生きた至高の夫婦愛。

 

ひと言
読み終えてすぐウィキペディア等で調べてみました。「咸宜」(かんぎ)とは『詩経』から取られた言葉で、「ことごとくよろし」の意味であることや、高村光太郎の『智恵子抄』のように、亡き妻をしのぶ文学は数多いが、広瀬旭荘(きょくそう)の松子の看病記録『追思録』もそんな一冊であるとのことでした。
残り3頁でわかるこの本のタイトルである「雨と詩人と落花と」。もうこれ以外のタイトルはありえないだろうと思うほどの、涙、涙の素敵な一冊でした。葉室 麟さんいつも素敵な本をありがとう。
それにしても 葉室 麟さん 逝くのが早すぎましたね。もっともっと多くの素敵な作品を読みたかったのに残念でなりません。ちょうど1年前の 2018年8月17日、都内で葉室 麟さんのお別れの会が催され、そのとき同郷の東山 彰良さんの「葉室さんは作品に自身の美学や哲学を込めていた。それはどんなにぶざまでも、どんなに理解されなくても、正しいことは美しいのだという美学。その美しさがきっと、誰かを救うという信念の下に小説を書いていた」という言葉が印象的でした。心よりご冥福をお祈りいたします。
『追思録』は大谷篤蔵著『芭蕉晩年の孤愁』(角川学芸出版)中の論文「広瀬旭荘の『追思録』」が読みやすいとのことなのでまた借りて読んでみたいと思います。

 

 

「ひとは親から子へ同じことを伝え、打ち寄せる波のように同じことを繰り返して生きていくことが幸せというものかもしれぬ」 旭荘は起き上がってしみじみと言った。「今日という日が明日も来ることほどの幸せはないかもしれません」 松子はヨミの顔をいとおしげにのぞきこみながら言った。
(四)

 

 

「退路を断って江戸に出たというわけだ。旭荘らしいやり方だな」 淡窓は感心したように言って、茶をすすった。「さようには存じますが、世間はそのような旦那様の気質をわかってくれるでしょうか」 松子に問われて淡窓は頭を振った。 「わかるまいな」 「それでは旦那様がおかわいそうでございます」 淡窓は微笑した。 「憐潤の情を抱いてくれるひとは少ないがゆえにありがたいのだ。この世に生まれてきた者は大なり小なり、おのれをわかってくれぬ場所で苦労せねばならぬものだ。そのことで世の中を変えようと思えば、まず自分が変わらねばならぬことを知るのだ。それもまた学問というものだろう」
(十七)

 

 

「さように思うことはいりません。わたくしは諸国をめぐって様々なひとに会ってきましたが、その中で感じたのはたったひとつのことでした」 「たったひとつのこと?」 松子は問いかける目をした。 「さよう、ひとはひとによって生かされているということ、そしてひとを生かすのは女だということです」 「女はひとを生かすのでしょうか?」 松子は采蘋に真剣な眼差しを向けた。 采蘋はうなずく。 「女が子を産むからだけではありません。わたしは誰にも嫁さず、子をなしませんでした。それでも女としての役目は果たしたと思っています。それは出会ったひとをいとしく思い、慈しんだからです」 「ひとを慈しむ――」 「ひとは誰かに慈しんでもらえなければ生きていくことができません。たとえ、血がつながらずとも、誰かに慈しんでもらえば生きていけるのです」 「そういうものなのでしょうか。わたくしは学問もなく、旦那様の何の手助けもできなかったと悔やんでおりました」 松子は呆然としてつぶやいた。 「そんなことはありません。奥方様は旭荘殿が生きる手助けをしてこられたのです。それに勝ることはありますまい」 「まことに、そうなのでしょうか」松子の頬に涙が伝った。采蘋は静かに目を開いて詠じた。

 

 

独り幽谷の裏に生じ 豈世人(あにせじん)の知るを願はんや 時に清風の至る有らば 芬芳自(ふんぽうおのずか)ら待(じ)し難し

 

 

「広瀬淡窓先生の蘭という詩です。山奥に咲く蘭はひとに知られることを願うわけではありません。ただ風が吹くとき、はなやかな香を発するばかりです。蘭の香をかぎたければ、山奥に行くしかありません。蘭はただ咲くのみでいいのです」 采蘋はそう言うと、旭荘に顔を向けた。 「奥方様はこれまで懸命に旭荘殿に尽くしてこられた方だとお見受けしました。今度は旭荘殿が奥方様に尽くす番であろうかと思います」
 采蘋の言葉を旭荘は鞭打たれるような思いで聞いて、思わずうなだれた。すると、采蘋は笑った。
「旭荘殿は昔と少しも変わられない。おやさしいが、おのれのやさしさをどのように見せたらいいのかわからず、立ち尽くすばかりです」 旭荘は顔を上げた。「いかにもそうだと思います。どうしたらいいのでしょうか」 采蘋は微笑して答えた。 「自分のことを考えるのを止め、奥方様のことだけをお考えなさい。これまで奥方様はそうしてこられたのですから」 采蘋は松子の手を握り、励ました後、去っていった。
(二十一)

 

 

松子はふと、旭荘に言った。 「旦那様、詩を聞かせてくださいまし」 「詩といっても、どのような詩だ」 「あの桃の花がいっぱいに咲いているあたりに君の家がある。夕暮れ時に門を敲(たた)いて訪ねてくるのは誰だろうという詩でございます」「わかった。松子のために吟じよう」 旭荘は低いがよく通る声で詩を口にした。

 

 

菘圃葱畦(しゅうほそうけい) 路を取ること斜に 桃花多き処是れ君が家 晩来何者ぞ門を敲き至るは
雨と詩人と落花となり

 

 

旭荘の詩、七言絶句「春雨到筆庵」だった。(この詩を作ったのはいつであったか) 旭荘は思い出そうとした。挑が咲く家とは、と考えたとき、旭荘は脳裏に桃の花と家の光景がよみがえった。あの日、旭荘は淡窓にともなわれて、筑後の松子の実家を訪ねたのだ。 途中、小雨が降り出したが、春の暖かさの中ではさほど気にならなかった。 すでに夕刻になっていた。 桃の花が夕闇に浮かび上がっていた。 「訪(おとな)いを告げよ」 淡窓に言われて、旭荘は門を叩いた。旭荘の訪いを告げる声に応じて、門を開けたのは、まだ娘の松子だった。 旭荘は夕闇の中で出会った松子を挑の精のようだと思った。旭荘を見てびっくりしたような顔をした松子は、 「風の音かと思いました」 と明るく言った。 「いや、戸を叩いたのはわたしです。それとも――」 旭荘は足もとに落ちた挑の花に目を遣った。松子は桃の花をそっとひろい上げて微笑んだ。 「あの時、わたしたちは出会ったのだ」 旭荘は松子に言葉をかけた。しかし、返事がなかった。旭荘はそっと手をのばして松子の手を握った。しかし、松子は握り返してはこない。――松子 旭荘は慟哭した。
弘化元年(一八四四)十二月十日、松子は逝った。享年二十九。
(二十七)

 

8月13日 京阪電車 京都 1日観光チケットを利用して京アニの慰霊と宇治・伏見 八幡を巡ってきました。

 

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9時過ぎに近鉄の丹波橋駅に到着。京阪の駅で京都 1日観光チケット(800円)を購入し、先に2016年に国宝に指定された石清水八幡宮へ男山ケーブルで登ります。

 

 

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途中、エジソンが八幡宮境内の竹をフィラメントの材料として利用し炭素白熱電球を発明したことを記念する碑が建っていました。

 

 

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中書島駅で宇治線に乗り換え、六地蔵駅で降りてすぐ西にある献花台へ。

 

 

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テントの中から黒く焼け焦げたスタジオに向かい、あまりにも理不尽で無念の想いで亡くなられた多くの方々の魂が少しでも救われますようにと祈りを込めて大きな声で般若心経を唱えます。置かれたノートに記帳して、警備員の方に写真撮影の許可をいただき写真も撮らせていただきました。

 

 

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警備員の方に「すぐ近くまで行くことはできますか?」とお尋ねすると、「すぐ近くまで行けますので どうぞお参りしてあげてください」とのことなので、スタジオのすぐそばまで行き、もう一度お経をあげさせていただきました。「安らかに…」「ご冥福を…」という言葉をかけられないほど、唯々無念です。

 

 

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2014年に改修工事が終わった宇治の平等院へ。鳳凰堂内部拝観は堂内修理のため終日中止。改修工事が終わったから来たのに、また……。

 

 

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JR宇治駅前の「中村藤吉本店【まると】」へ(最初の2年は丸屋藤吉と名乗ったことに由来)。本店は相変わらずの人、人、人。お土産用の生茶ゼリイ[ほうじ茶](390円)を1つ買ってお店の外でいただきます。

 

 

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中書島駅から歩いて、坂本龍馬ゆかりの寺田屋へ。

 

 

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多くの龍馬ファンと一緒にガイドの方の説明を聞きます。

 

 

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襲撃の際、お龍さんが入浴していたお風呂です。

 

 

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黄桜カッパカントリーを見学しお土産を買いました。

 

 

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伏見桃山駅すぐの御香宮神社で日本名水百選の御香水をいただきます。

 

 

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今日も暑く、かなり歩いて足もパンパンですが、何十年ぶりかの伏見稲荷大社へ。かなりの人ですが、ほとんど90%以上外人です。千本鳥居で立ち止まれないので外へ出で記念撮影。

 

 

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JRの稲荷駅から京都駅まで出て、いつもお決まりの 551蓬莱の豚まん焼売とSIZUYAのカルネを買って名古屋に帰りました。

 

8月11日 世界遺産に登録された仁徳天皇陵古墳に行ってきました。

 

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堺に帰省中 大仙公園第1駐車場に車を停め、ブラっと公園内を歩き 先ずは仁徳天皇陵古墳の拝所へ。

 

 

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朝9時ぐらいでしたが、結構多くの方がお参りにみえていました。

 

 

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9時30分から開館の公園内の堺市博物館へ。

 

 

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お目当てのゴーグルを着けて百舌鳥古墳群を上空から360度観ることのできるVRツアー(800円)も体験することができました。

 

 

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おみやげにピンバッチ(500円)とクリアファイル(200円)を買いました。

 

 

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博物館を出てすぐの茶室(伸庵)でお抹茶をいただきます。古墳と鳥(百舌鳥)の落雁がとてもかわいいです。

 

 

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帰りに履中天皇陵古墳ビュースポットから履中さんも拝ませてもらいました。

 

 

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あまりにも身近すぎて、今まで行ったことのない博物館を見ることができてよかったです。
ゴーグルを着けて観るVRツアーもおすすめですので体験してみてください。

 

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桜天おろしうどんを食べた帰り、あまりにも暑いので休憩に 大名古屋ビルヂングに立ち寄り「灯 by台湾甜品研究所」の黒糖タイガーミルクティー(450円)をいただきます。
一時はかなりの行列でしたが、最近は5分ぐらいで買うことができます。ゴンチャのタピオカミルクティーよりも甘めでこちらの方が好みかも……。ごちそうさまでした。

 

灯 by台湾甜品研究所 名古屋店(食べログ)
名古屋市中村区名駅3 大名古屋ビルヂング B1F

 

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今日も暑い一日でしたが、運動不足の解消を兼ねて自転車で上前津の「手打麺舗 丸一」へお昼を食べに行きました。評判の桜天おろしうどん(冷)1000円をいただきます。別のお皿に さくさくふわふわの桜天がのっていてコシのあるころうどんをいただきながら桜天にかぶりつきます。「どんきゅう」の桜えびのかきあげよりも上品で繊細な味です。この味を忘れないうちに「どんきゅう」の桜えびのかきあげを食べに行こっと。ごちそうさまでした。

 

手打麺舗 丸一(食べログ)
名古屋市中区上前津1