雑話31「印象派と同時代の画家② ウィリアム・アドルフ・ブグロー」
印象派がデビューした当時、彼らの絵はまったく評価されませんでしたが、その評価と言うのは公式な展覧会である「サロン」に入選するか如何で決まったといっても良いでしょう。
エドワール・ジョセル・ダンタン「サロンの一角」1880年
さらに「サロン」に入選することは、画家の評価に直結するだけでなく、その画家の絵の売れ行きにも大きな影響があり、死活問題でもあったのです。
その「サロン」で高い評価を得ていたのが、伝統的な手法で描かれたアカデミック絵画と呼ばれるスタイルです。
ウィリアム・アドルフ・ブグロー「自画像」1886年
そうしたアカデミックな画家達の中でも当時最も偉大な画家の一人であると考えられていた、ウィリアム・アドルフ・ブグローをご紹介しましょう。
ブグローは完全に保守的な芸術家で、彼の絵画は寓話的なテーマを写実的な手法で描いた、言わば殉教者やキリスト教徒などのクラシックな題材を近代的に解釈したものでした。
ウィリアム・アドルフ・ブグロー「ヴィーナスの誕生」1879年
彼は女性の身体の描写を得意としており、写真のように写実的なスタイルを用いて理想化されたブグローの絵画の中では、女神や精霊、水浴びをする女性、羊飼いの女性、マドンナ達が甦ったのです。
彼の正確な人体描写は大変喜ばれ、特にその肌や手、足の描写は賞賛の対象でした。
彼はまた、芸術院の生涯会員になるなど様々な栄誉を授かりましたが、好みの変化と徐々に評価を高めてきた印象派に対して否定的な態度をとり続けてきたことで、評判が下がってしまい、一時は百科事典にもその名前が載らないこともありました。
ウィリアム・アドルフ・ブグロー「難しいレッスン」1884年
1974年にニューヨーク文化センターが興味本位でブグローの作品を展示した事がきっかけとなって、ブグローを再評価する動きが始まり、今では世界中で100以上の美術館が彼の作品を展示しています。
人気面では、印象派にすっかり差をつけられてしまいましたが、こうしてブグローの描いた少女像を見るとルノワールの描いた少女像に勝るとも劣らないくらい素晴らしい作品だと思います。ごらんの皆様はいかがお感じになったでしょうか?



