雑話32「鋼の心を持つ男・・・モネ」
1974年に自主開催された「第1回印象派展」の評価は散々で、彼らの主な収入源だった肖像画の注文もなくなってしまいました。(※雑話1参照)
お陰で、印象派の画家達は食べるものにも困るほどの金欠になり、すっかり意気消沈していました。
そんな中で、モネだけがこの逆境をものともせず、一人気を吐いていました。
クロード・モネ「印象・日の出」1872年
彼は先の「印象派展」に出品した作品「印象・日の出」について”この絵では何一つはっきり見分けられない”という批評を受けたのですが、それに対して、”靄ごしに何もかもはっきり見たいのか”と憤りを見せていました。
そこで、彼はもっと靄がかかったものを描くことを思い立ち、機関車から立ち上がる煙が充満する駅を描くことにしたのです。
クロード・モネ「サン・ラザール駅」1977年
ここからが彼の心臓の凄いところなのですが、彼は持っている中で一番いい服に袖を通すと、金の握りのついた杖を持って、サン=ラザール駅の駅長に会いに行きました。
モネは自分の名前を告げると、もったいぶった口調でこの駅を描くための協力を要請しました。
その堂々とした態度に圧倒された駅長は、モネの要望を全て聞き入れました。
クロード・モネ「サン・ラザール駅」1977年
彼は何日もかけて6点あまりの絵を描きましたが、その間中汽車は止められ、ホームにいる人々は立ち退かされました。
また、ホームを煙で満たすために、機関車で石炭が大量に焚かれました。
絵を満足するまで描き終えたモネは、駅長を始めとする、駅員一同の最敬礼を受けながら駅から立ち去っていったそうです。
現在のサン・ラザール駅
今でこそ、大人気で印象派の大家であるモネも、当時は無名の若手作家。にもかかわらず、やることは大胆であり、デビュー当時から大物振りを発揮していたのですね。



