絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -239ページ目

雑話39「印象派の初期の同志・・・フレドリック・バジール」

印象派について述べられた書籍に必ずといっていいほど、出てくる絵画があります。


それは、フレドリック・バジールの「ラ・コンダミー通りのバジールのアトリエ」です。


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フレデリック・バジール「ラ・コンダミーヌ通りのバジールのアトリエ」1870年


この絵は1868年からバジールがパリで借りていたアトリエの様子を描いたもので、その中にはマネやアストリュクなどバジールが交友関係を持っていた画家や批評家などと一緒に彼らの作品が描かれていて、後に印象派となる画家達の交流を記録した美術史の資料となっています。


南仏の古都モンペリエの裕福なブドウ栽培業者の家に生まれたバジールは、医学を学ぶ目的でパリに出てきたものの、画家になる夢が諦めきれずにシャルル・グレールの画塾に入門します。


そこで、同じように学んでいたモネやルノワールと知り合い、彼らと行動を共にします。


グレールのアカデミックな教育に馴染めなかった彼らは画塾でのレッスンには参加せず、コローなどのバルビゾン派が制作していたフォンテーヌブローの森で戸外制作に励みました。


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フレデリック・バジール「家族の集い」1867年


バジールの作品の多くは故郷の南仏を主題に、力強い日差しのもとで風景や人物を強い明暗の効果を活かした表現で描く事を主眼としています。


それらは光降り注ぐ戸外をモチーフとした印象派の初期の重要な作例として、モネの「草上の昼食」1865-66などともに知られています。


前述のアトリエにルノワールと共に転居した1868年頃から、バジールの作風は徐々に変わり始め、複数の人物を組み合わせて寓意的、物語的な画面構成を目指すようになります。


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フレデリック・バジール「夏の情景」1869年


上の「夏の情景」は男性のヌードが主題になることがなかった当時では、かなり衝撃的な作品でした。また、7人の男性はそれぞれ意味ありげなポーズをとっており、全体として不思議な非現実的な光景となっています。


このような実験的な意欲作を制作していたバジールですが、1870年、普仏戦争に従軍し29歳の若さで戦死してしまいます。


つまり、バジールは1874年に開催された第1回印象派展には出品しておらず、彼自身印象派という名前を聞くことはありませんでした。


それでも、彼は印象派成立の一翼を担った作家という事で、今日では印象派の画家として分類されています。