雑話68「車と絵画」
ロイ・リキテンシュタイン「車の中で」1963年
このブログのメインテーマである印象派の絵の中に「車」が描かれたことがないとしたら、それは意外なことでしょうか?
彼らの初期の主なモチーフの一つはパリやその近郊における近代都市生活であり、都市の風景のみならず、工業化の象徴であり大自然と相容れないような工場や蒸気機関車まで描いています。
クロード・モネ「アルジャントゥイユ、花咲く河岸」1877年
しかし、すべての印象派の絵を確認することはできませんが、おそらく印象派の中で自動車を描いた画家は一人もいないと思われます。
ただ、印象派の中にはマネやバジールのように自動車が普及する前に亡くなってしまった作家もいて、物理的に不可能だった者もいます。
フランス国内で自動車が普及し始めるのは、20世紀初頭です。
1911年のコンコルド広場の様子
一般に最初のガソリンエンジンを積んだ車とされている、ドイツのカール・ベンツの車は1885年製造ですが、実はフランスでも19世紀の終わりごろには、プジョーやルノーなどのフランスの自動車メーカーのいくつかが産声を上げていました。
創業当時のルノー工場
1903年の自動車の年間生産台数は、フランスが30,204台で世界ナンバー1であり、世界の総生産台数の何と48.77%を占めていました。
ちなみに、その他の主要な生産国はアメリカが11,235台、イギリスが9,437台、ドイツが6,904台、ベルギーが2,839台、イタリアが1,308台と続きます。
さて、印象派の中でも長寿だったルノワールは1919年、モネに至っては1926年まで存命だったわけですから、晩年の彼らにとって車が身近になかったわけではないと思われます。
それどころか、自動車が身近な存在であった世代の画家たちの作品の中にも、車はほとんど出てくることはありません。
愛車の横に立つドラン
例えば、フォービズムのヴラマンクの流れるような筆遣いは彼の熱中していたスポーツカーの影響という説もありますし、同じフォービズムのドランは自慢の愛車であるブガッティのエンジンを画家仲間に見せては「モナリザ」より美しいだろうと自慢していたそうです。
しかし、ヴラマンクもドランも自動車をモチーフとしては見なかったようです。
ヴラマンクによる本の表紙絵
※イラスト的なものなら車が登場するような絵も描いていたようです
当時の作家の画集の中から発見できたのは、マルケの「夜のポン・ヌフ」とデュフィの「ル・アーヴルの水の祭り」という作品だけでした。
アルベール・マルケ「夜のポン・ヌフ」1935-39年
しかも、これらは2点ともはっきりと自動車とわかるようには描かれておらず、ぼんやりと車であることが認められる程度に抑えられた表現になっています。
こうして見る限り、フランスの近代芸術の作家たちとって、汽車や汽船などは良くても、同じ交通機関である車は絵のモチーフにふさわしくないと感じられたようです。


