絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話 -193ページ目

雑話85「アンリ・ルソー・・・どこか可笑しな夢の世界」

絵本の挿絵を思わせる、漫画チックで現実らしさに少々欠けたルソーの絵画は、一度見たら忘れないほど印象深いものです。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

アンリ・ルソー「眠れるジプシー女」1897年


のちに「素朴派」と呼ばれるようになった独特の描き方は、彼が独学で身につけたもので、同時代に活躍した新印象派などの影響はまったく受けていません。


その一風変わったルソーの絵画は、熱帯の密林を描いた作品が好評を得るまで、長い間嘲笑や非難の的でした。


彼の絵の特徴の一つで、また嘲笑の原因となったものが、絵画の法則を無視した表現法です。


例えば、たまった勘定を精算するために食料品屋の家族の肖像を描いた「ジュニエ爺さんの馬車」では、馬車は後方に傾き、ひっくり返りそうです。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

アンリ・ルソー「ジュニエ爺さんの馬車」1908年

※クリックして拡大画像でご覧ください


手前の赤い車輪は路肩の段差に隠れていますが、この絵の目線の高さからだとこのような隠れ方はしません。


馬車の後ろの座席に乗っている娘は遠近法のために小さく描かれていますが、小さく描かれすぎて、まるで小人のようです。また、右下の子犬も小さく描かれすぎて、生まれたばかりでまだ歩けない子犬のようなサイズです。


そんな物理的な不条理さが、日常生活のありふれた場面を異質で幻想的な空間にしているのです。


彼のもう一つの魅力は登場人物の独特の表情でしょう。


1903年作の「子供のお祝い」に描かれた子供の顔はまったく子供らしいところがなく、グロテスクですらあります。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

アンリ・ルソー「子供のお祝い」1903年


不釣合いに太い腕や脚をもった険しい表情の子供はそれだけで十分印象的ですが、たくましい腕にぶら下げられた道化の人形が一層この作品を忘れられないものにしています。


前述のジュニエ爺さんの表情でも、隣に座るルソーに向かって「この絵でたまった勘定のケリがついたと思われては困る」とでも言いたげな不審な目が印象的です。


そして、ルソーのもっとも有名な特徴は、晩年に描いた一連の熱帯風景に代表される異国趣味です。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

アンリ・ルソー「飢えたライオン」1905年ごろ

※ルソーは南国にいった経験をもとに描いたといっていたようですが、本当はパリの動物園や植物園でのスケッチに基づいて描かれています


ルソーは実際にジャングルを訪れたことはありませんでしたが、彼の密林風景はすべて濃密に描かれ、重苦しいほどの圧力を感じさせます。


この異様な現実感と迫力は、ルソーが想像したものを現実化できる能力もっていたからだとされていますが、彼は普段から現実と夢の境界を簡単に乗り越えられたようです。


これについては、「彼は自らの幻覚の力にしばしば打ち負かされてしまうので、密林の風景を描くときは、恐怖と胸苦しさを感じて、そのために新鮮な空気を欲してアトリエの窓を開け放つことがあった」といわれているくらいです。


そんな彼の熱帯風景の集大成となったのが「夢」という作品です。


絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

アンリ・ルソー「夢」1910年


この作品が1910年のサロン・デ・ザンデパンダンに展示された時の小冊子には、以下の詩が付けられていました。


  心地よく眠りこんで

  美しい夢のなかにあるヤドヴィガは

  想いにふける蛇使いの吹く

  笛の調べに聴き入った。


  花たちの上に、緑の樹々に

  月の光が映えているあいだ、

  鹿子色の蛇たちも

  愉しげな音色に耳を傾けた。


寝椅子に横たわる女性、ヤドヴィガは架空の人物ですが、彼女が見ている熱帯の夢とは、ルソー自身が見ている夢のことです。


彼女を通して密林をみつめ、魔術師の吹く笛の調べに耳を傾け、同時に、その夢みる女ヤドヴィガそのものをも夢みているのです。


この絵を描いた年の9月、ルソーは突然足の壊疽が原因で亡くなってしまいます。それは当時相手にしてもらえなかった未亡人に、熱烈なラブレターを送ったわずか10日ほど後のことでした。


自分が死んでしまうとは夢にも思ってなかったのでしょうが、夢と現実を自在に行き来できたルオーのことですから、思うようにならない現実世界に見切りをつけて、旅立っていったのかもしれません。


ヤドヴィガの待つ熱帯の密林、不思議な夢の世界に。