雑話87「クリムト・・・美しすぎる世紀末絵画」
眩いばかりの豪華な装飾的画面の中に、浮かび上がる美しくも妖しげな女性たち。
世紀末のウィーンでひときわ異彩を放ったクリムトは、私が個人的に好きな作家でもあります。
下図の「接吻」は、クリムトの絵画でもっとも有名な作品の一つですが、この作品にはクリムトの魅力を構成する要素のほとんどが詰まっています。
グスタフ・クリムト「接吻」1907~08年
彼のもっとも顕著な特徴は、平面的な要素と写実的な要素の融合した画面です。
「接吻」でも抱き合う二人の男女の衣装は、その紋様が強調され、完全に平面化されています。
その眼をくらませるかのような、豪奢な衣装の平面構成の中で、実にあでやかな陶酔におちいって上気している女性の顔や、なまめかしく男性のほうに寄り添うようにすくめられた肩や腕の肌が、平面との対比をより深い次元にまで高めています。
「接吻」の一部
しかし、この絢爛とした衣装のなかに埋没させている、女性の恍惚を浮かべた表情の背後には、性や死の世界がひそんでいるのです。
クリムトのもっとも充実した時期の作品の最上のものは、”愛”、”性”、”生と死”のテーマによって生み出されています。
「愛」の一部
クリムトが”愛”について語るとき、彼は同時に”死”を見つめています。1895年の「愛」という作品で、すでに恋人たちのロマンティックな抱擁の上方に、子供、成熟した女、おいた男などの頭部を漂わせ、愛あるいは性の背後に、生から死、死から生への輪廻を見つめているのです。
グスタフ・クリムト「愛」1895年
「接吻」では、このテーマははっきりとは姿を現せていませんが、女性の足元のすぐ後ろは切り立った崖のように何も描かれておらず、抱き合う男女の不安な運命が暗示されています。
3番目の特徴は記号化された紋様や平面構成です。
「接吻」の男の衣装は長方形のパターンの間に波紋をおき、女性のほうは、波形の中に円形紋を漂わせていますが、それぞれの紋様は男性的なものと女性的なものを象徴しているといっていいでしょう。
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」の一部
※縦に割れた円形紋や眼のような紋は女性を表しています
こうした記号化された紋様はクリムトの多くの作品、特に”黄金色の時代”の作品に見られますが、そこではさらに明確な”性の記号化”が表れています。
グスタフ・クリムト「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」1907年
※この作品は史上3番目に高く売れた作品で、2006年に1億3500万ドルで売却されました!
また、クリムトの装飾的な構成やデザインも「性」を象徴しており、「接吻」の抱擁する二人のシルエット、さらにそれを包んでいる金地は男根と子宮という組合わせをなしています。
しかし、この男根と子宮という組合せは単にエロティシズムを表しているだけでなく、クリムト自身が”充足”できる楽園をも表しているのです。
この作品を描いたのは、自分の描いたウィーン大学の天井画が非難されたことにより、公的な生活から身を引いた時期でした。そうして、彼は自らの世界に閉じこもることで、私人としての自由な生活に安定と耽溺を見出しました。
「接吻」の抱擁する二人を取り囲む金地、すなわち”子宮=男根”は、外界からの隔絶を、そして彼らの足元に咲く野も、ここが別な世界であることを示しています。
この作品から間もなく、クリムトはもっとも豪華で有名な「黄金色の様式」を捨て、後期の様式に転化していきます。しかし、彼がもっとも自分自身であったこの時期に描いた「接吻」こそ、クリムトの最上の作品といえるでしょう。

