気楽にト-ク -50ページ目

5月13日の出来事

1247年:三浦泰村ら三浦一族が北条時頼に反して蜂起
1401年:足利義満が日明貿易のため遣明船を派遣
1765年:幕府が神田に医学館を建設
1915年:漢口で日本商店襲撃事件
1930年:田山花袋が死去
1939年:NHK技術研究所が国産テレビの試験電波発信を開始
1950年:イギリスのシルバーストン・サーキットにて、F1世界選手権としての記念すべき第1戦が開催
1958年:社会党が「非核武装宣言」を発表
1972年:大阪・千日デパート火災。死者118人
1981年:ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世狙撃される
1983年:ロッキード事件丸紅ルートの田中角栄の公判が6年4か月ぶりに結審
1994年:セ・リーグ理事会により打者の頭部への危険球を投げた投手は即退場と決定
1997年:鹿児島を中心とした西日本の広い範囲でマグニチュード6.2の地震発生

正社員時代の終焉

『正社員時代の終焉―多様な働き手のマネジメント手法を求めて』大久保幸夫編著

私の勤めている会社では、日本人は殆ど正社員だ。
しかし、正社員は日本人でも派遣社員は外国人という構図である。
以前は外国人雇用制度が無かったので、日本人の正社員比率は50%位だった。
アメリカやフランスで起っている外国人入国規制は日本にも波及するのであろうか?
日本人の嫌がる仕事を彼らに頼って良いものであろうか?
戦略性を持ち差別化できる人材だけの正社員だったらどうなる?
中核だけを残して会社を存続させようとしている。
日本国内で勝ち抜けられなければ、海外へ進出する。
現地社員も正社員の筈であるが、この定義に当てはまるのだろうか?
20:60:20の論理は成立しなくなるのか?
そして、流動的雇用体制への移行の中での定年延長とは何なのか?
広い視野で社会を見れる人材だけとは限らない。
平平凡凡のような生き方をしていても、得意分野はある筈だ。
私も今のところ正社員ではあるが、外れ社員かもしれない。
世間を知り己を知る中で、人生を見つめ直したいと思っている。

経済の法則

使い捨てと経済性

■5月12日<松下幸之助一日一話>
高度成長の時代に「使い捨て」「消費は美徳」という考え方が浸透しました。私は時どき注射を打ちますけれども、見ていると一度使った注射器をすぐ捨てています。もったいないじゃないかと言ったら、消毒するガス代、水道代、洗う手間を考えたら捨てる方が安いというのです。なるほど、生産の経済性というものがそこまで上がったのかと驚きました。使い捨てというとたいへんもったいなく思えますが、実は経済の法則にかなっているのです。しかし昔のことを知っている人間には、やはりもったいないという考えはある。その考えは尊く、それはそれで残し、経済性も重んじるということが必要だと思います。

5月12日生れの著名人

1534年:織田信長(武将)
1820年:フローレンス・ナイチンゲール(看護婦・看護教育学者)
1845年:ガブリエル・フォーレ(作曲家)
1885年:武者小路実篤(作家)
1903年:草野心平(詩人)
1907年:キャサリン・ヘプバーン(女優)
1935年:川津祐介(俳優)
1949年:萩尾望都(漫画家)
1951年:西川のりお(漫才師)
1952年:風吹ジュン(タレント・女優)
1952年:秋川リサ(女優)
1956年:余貴美子(女優)
1960年:EPO(歌手)
1961年:渡辺徹(俳優・タレント)
1965年:奥田民生(ミュージシャン)
1971年:裕木奈江(女優・歌手)
1976年:高見盛精彦(力士)
1978年:石黒彩(タレント)
1980年:泉政行(俳優)

戦争の遺産

クリミア戦争の遺産

■5月12日<今日の雑学>
1820年5月12日、英国人フロレンス・ナイチンゲールはイタリアのフィレンツェで誕生した。富裕な家庭で育ち、ドイツで看護婦教育を受けた彼女は、1853年にロンドン淑女病院看護婦長となり、翌年のクリミア戦争では野戦病院で活躍。兵士の死亡率を半減させて「クリミアの天使」「光明婦人」と呼ばれた。ナイチンゲールの活躍とともに、クリミア戦争では現代まで残るものが生まれている。一つはラグラン袖という名称。兵士がロシアの寒さから身を守るために重ね着をした衣服から生まれた名で、カーディガンという名も、この戦争に従軍した将校の名からきているそうだ。

5月12日の出来事

1261年:北条時頼が日蓮を伊豆の伊東に流す
1571年:織田信長が伊勢長島の一向一揆と戦う
1787年:天明の打ちこわしが起きる
1898年:キュリー夫妻がラジウムを発見
1925年:治安維持法が施行
1939年:関東軍とソ連モンゴル軍がノモンハンで衝突
1946年:世田谷の米よこせデモが皇居へ押しかける
1948年:厚生省が児童福祉法に基づき「母子手帖」の配布を開始、1966年に「母子健康手帳」に改称
1949年:ソ連が西ベルリンの地上封鎖を解除
1963年:坂本九の「上を向いて歩こう」が「スキヤキ」の曲名でアメリカで発売
1979年:大三島橋が完成。本四連絡橋計画の完成第一号
1991年:コカイン、大麻不法所持で逮捕された勝新太郎が1年4ヶ月ぶりに帰国

キャリ-オ-バ-だったので

宝くじを買いに行きました。
100円くじは売りきれていました。
そこで薦められたのがロト6です。
(キャリ-オ-バ-なんですよ)
しかし6つの数字が決まらない
お遊びでやってる懸賞サイトでは誕生日にしています。
しかし、家族5人でどう選ぼうか。
しかたなく、結婚記念日を追加しました。

気分の波をつかまえる

■5月11日<松下幸之助一日一話>
人間というものは、気分が大事です。気分がくさっていると、立派な知恵才覚を持っている人でも、それを十分に生かせません。また別に悲観するようなことでなくても悲観し、ますます気が縮んでいきます。しかし気分が非常にいいと、いままで気づかなかったことも考えつき、だんだんと活動力が増してきます。私は人間の心ほど妙なものはないと思います。非常に変化性があるのです。これがつけ目というか、考えなければならない点だと思います。そういう変化性があるから、努力すれば努力するだけの甲斐があるわけです。そういう人間の心の動きの意外性というものを、お互いにつかむことが大事だと思うのです。

5月11日生れの著名人

1904年:サルバドール・ダリ(画家)
1936年:中嶋嶺雄(国際政治学者)
1942年:山東昭子(女優・政治家)
1948年:泉谷しげる(歌手・俳優)
1949年:二木てるみ(女優)
1953年:高橋洋子(女優・作家)
1958年:久保田早紀(歌手)
1960年:松尾貴史(タレント・俳優・DJ・コラムニスト)
1963年:浜田雅功(タレント・俳優[ダウンタウン])
1965年:山川浩正(ミュージシャン)
1966年:田辺徳雄(野球選手)
1971年:岩本勉(野球選手・野球解説者)
1974年:山口和男(野球選手)
1981年:松井大輔(サッカー選手)
1985年:藤田志穂(企業家・アーティスト)

初の入墨刑

金物をはずした罰で初の入墨刑

■5月11日<今日の雑学>
8代将軍・吉宗の代の1720年5月11日、江戸長崎町の半兵衛という者が、江戸橋の橋脚に巻かれていた金物を外した罪により、北町奉行がかりで入墨のうえ追放されているが、これが正式な入墨刑の第1号といわれる。日本における入墨の歴史は古く、3世紀ごろの日本について書かれた『魏志倭人伝』に入墨のことが記されている。さらにそれ以前の縄文時代からも入墨の習慣はあったらしい。また原日本人とも考えられるアイヌ民族にも入墨の習慣があり、明治時代まで残っていた。入墨の元々の目的は装飾・宗教的儀礼などが考えられるが、江戸時代になってからは刑罰として犯罪者に入墨するようになった。当時の刑罰としての入墨は地方によって異なり、江戸では幅3分(約1センチ)の2本筋を腕にぐるりと入れ、大阪では幅5分の2本筋を入れたそうだ。