壁を乗り越えることが難しそうだと思った時は、思いっ切り回り道をしてもいい | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

私のブログを毎日読んで挫折しそうな自分の生活を何とか建て直し、自分で自分自身を励まし、励まししながらコツコツと自分の道を歩いてきた人が、今年一枚の年賀状を送ってくれていた。

大きな壁にぶつかっているようで、ちょっとこの壁は自分には乗り越えれそうにない、という添え書きがあった。

うーん、何と言ってあげたらいいのだろうか、と考えたが、乗り越えれそうにもない壁を何としても乗り越えろ、などというスパルタ的なことは私は絶対に言わない。
壁を乗り越えるためには、自分が壁を乗り越えることが出来るだけの大きな男になるか、壁を低くするか、あるいはどんな壁でも乗り越えられるような気球や飛行船を用意することになるが、あらゆる方法を試して駄目だったら、とりあえずは目の前にある壁から遠ざかってみることも必要だろうと思っている。

どこまで努力したか、ということが大事だが、確かにそのやり方ではいつまで経っても上手くいかないだろうな、ということはある。

受験のことなら受験指導の専門家に聞いてみる方がいいだろうし、企業経営のことならやはりその関係の専門家の指導を仰ぐことも必要かも知れない。

ちなみに選挙の場合は、選挙の環境が悪い時はどんな専門家に聞いても思わしい答えを得ることは出来ないだろうから、こういうことは人に聞く必要はない。
やりたければやればいいし、思いがけない僥倖で当選してしまうこともないではないから、何にしても悔いが残らないような道を選ぶのがいい。

さて、私に年賀状を寄越してくれた人の場合はどうか。

多分ご自分では既にどうすればいいのかある程度分かっておられるからこそ、今、大きな壁にぶつかっている、と書いてこられたのだと思うが、大体はこういう時は、思い切って遠回りをすることに決めてしまうのがいいのではないかしら、と思っている。

単に遠回りをすることにした、というだけのことだから、目標を見失ったということにはならない。
本当の目標に到達出来るのかどうかは保証の限りではないが、とにかく目標に向かって歩いているということには変わりがない。
少々向きが変わっただけのことだ、ぐらいに思ってしまうことである。

思いっ切り遠回りすることも厭わないのだから、どんなに時間がかかってもいいくらいの気分にはなるはずだ。
途中休憩あり、思いっ切り休んでもいい、ということになると、ずいぶん楽になるはずだ。

答にはならないだろうが、参考にはなるはずだと信じている。

思いっ切り遠回りをせよ。
ガンバレ、ガンバレ。