黙って座ればピタリと当たる。
ほんの5分も話を聞いていると問題の所在が分かり、問題の解決方法も見当がつく、というのがベテラン弁護士である。
未経験の若い弁護士は、膨大な資料を要求し、自ら膨大な資料を作成しようとする。
それでも自分では結論が出せない。
何でも人に聞こうとする。
内閣に政治家を100人入れようという話がある。
どんな100人を選ぶのかが問題だ。
その仕事に従事している人であれば当然知っておくべきことを知らない政治家が入ったのでは、現場が困るだろう。
一から十まで聞いて分かろうとする姿勢は謙虚だが、実務は停滞する。
研修、体験学習なら許されても、責任を伴う仕事に就けるのは止めたほうがいい。
国会議員は霞ヶ関の役人よりもえらい、と錯覚している人は、俺の言うとおりにしろ、などと怒鳴る。
自分が分からないと、説明が悪いと怒る。
こうなったら最悪だ。
実は、簡単に見えることほど説明が難しいことが多い。
1+1=2
1×1=1
などということは、なんでそうなのか、と質問されても、そういう約束です、ぐらいにしか答えようがない。
1×(-1)=-1
は理解できても、
(-1)×(-1)=1
は、なんでこうなるの、と聞かれても答えられない。
法律の世界にもこんなことが沢山あるはずだ。
行政の様々な分野で、こんなことが沢山ありそうだ。
なんでそうなのか。
疑問を持つことはいいが、一つの疑問に固執して仕事が進まなくなるのか困る。
経験というのは大事だ。
そのうち分かるだろう、と思っているくらいでいいこともある。
その辺の加減が分かっている人が内閣に入る必要がある。
政治家が何の準備もなく100人内閣に入っても、混乱するだけだ。