このところ、割とブレーキかけず、シン・ウルトラマンの感想を書いていますが……。
正直に言うと、ちょっと、怖い。
年々、この傾向が強くなっていると思うのだけれど、
ネットの世界、わずかでも批判的ニュアンスのある感想は、排除する傾向があると感じます。
私はもう、ジジイなので、ネットのそのノリにこそ付いて行くのが困難で……。
どんな作品を観てもさぁ、良かったと思える部分と良くなかったと思える部分があるのは当然じゃない?
面白かった、と感じたら、作品って、全肯定しなければいけないものなの?
ましてや、世間でもう、「面白かった!」と、映画の肯定すべき点を褒めちぎっている意見が溢れかえっている状況で、それをまんまなぞることが、そんなに重要なの?
それよりは、「どこが良かったかは、世間で他の人が語りつくしている感があるので、私は枝葉末節について語ろうかね……」って方に気持ちが傾く人は、存在すら許されんの?
そりゃ、ただの悪意に満ちた悪口なんかは、どうかと思うよ?
でも、一見批判的な事を言っているような意見でも、大概の真面目に書かれている感想って、ちゃんと愛のある意見だよ?
それが、ちょっとでも作品に対して否定的ニュアンスがあると、もう、「敵」認定して、ファンはみんなでこいつを攻撃して良し、むしろ攻撃すべし、みたいなムードがあって、怖いよ。
シン・ウルトラマン で言うなら、女性の描写が「セクハラと言われても仕方のないものだった」という批判意見が見られたけれど、それは作品に対する、悪意からの中傷ですか?
違うでしょ?
映画は楽しめたけれど、あの描写に関しては受け入れ難かった、という素直な感想じゃないですか。
ところが、そのことを書いたら最後、もうその人は「作品否定派」に振り分けられてしまう状態。
ひどい意見だと、「フェミの人が、わざわざそういう感想を書く為に観たくもない映画を観に行って、その上で批判意見をネットで広めている」みたいなものも見受けられる。
いや、フェミの人らも、そこまで暇じゃないでしょ……。
普通にウルトラマンを楽しもうと思って観に行ったら、自分の感性と合わないシーンがあったので、感想を書く際に言及した、ってだけでしょ。
私も、別に私はフェミじゃないですが、あれらの描写は少々不快には感じましたもん。
作品を全肯定しない者=作品否定派 なの?
私には、そちらの感覚こそが、理解し難い。
どれ程好きな作品だって、全肯定なんか、出来るわけがない。
結果、ブログとかで本気の感想を書くことを怖がっている人はもの凄く多いと思うし、下手すりゃ匿名掲示板でのコメントとかの方が余程「正直な感想を書いているな」と感じられるものが見つかり易かったりする。
(掲示板のコメントなんて、それこそ「ウケ狙いで、ただの悪意による中傷」を書き込んでいる人も多いと感じるが)
否定的なことを書いている人の意見もさぁ……
真面目に本気の感想を書いている人にはさぁ……
ちゃんとそこには、愛はあるんよ……
世間の流れにのる事の出来ない、オッサンの愚痴でした。