自省 | なななし名無しのひとりごと

なななし名無しのひとりごと

迷ったり、ぼんやりしたり、笑ったり。

 もし自分を「エースをねらえ」の岡ひろみにたとえるならば、

宗方コーチは池田晶子女史です。

 僕はあの人に目を覚まさせてもらいました。

あの人の話無しには、今の僕を語る事はできません。


 そして桂大悟氏にあたるのは、詩人の谷川俊太郎師です。

 

 ああ、この人は、僕や晶子女史と同じ仕方でものを見ている。(正確には「見えてしまっている」だけなのですが。)

その上で、立派に人に認められ、自分のやりたいように生きて、それで十分生計を立てている。すごく、憧れました。


 幼い頃は、水木しげる先生が僕の理想だったのですが、彼は、したいことして生きるために、貧乏のどん底を、這うようにして生きた人です。僕は、そうはなりたくありません。

 その点、彼(谷川師)は富裕層でありながら、自分は不当に優遇されているという感覚を持ち、その感覚を詩で表現していました。


 そういう意味で、谷川師は、僕の理想のそのままに生きている人だと思えました。


 彼がまだ生きている。そのことが、何度も「死にたい」と思ったぼくを、現世へ引き留めてくれました。(それだけが立ち直れた理由ではありませんが、重要な部分を占めているとおもいます。)

 

 僕は今、詩人になろうと考えています。谷川俊太郎師のように。

それは、水木サンや治虫師が漫画で表現したことを、言葉だけで、ー言い換えるなら、文章だけで表現し直す、という生き方です。

 

それは、加藤和彦氏が、音楽においてやろうとし続けたこととも、共通点があると思います。


 さいごに、きよしろーに一言。


 あんたが死に際においてったモンは、しっかり受け取ったかんな!