高原山 -332ページ目

小説 新昆類 (20) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 処女作・精神現象学においてヘーゲルは、変化するものへのダイナミックな人間の精神
運動を弁証法的神学として思弁化していった。それはやがて北方ゲルマン民族によるプロ
イセン国家形成のイデオローグとしておのれの立場を固める。

 マルチン・ルターによる宗教戦争は神学への幻滅と荒廃を民衆にあたえた。ヘーゲルは
イエナにおいてフランス革命とナポレオンの進軍に衝撃をうけ、哲学によって世界をつく
った。哲学史は自分によって総括され、みごとな円環を閉じた、とされドイツ神学を復興
させたのである。ヘーゲルの内部はドイツの動物的本能である自己遺伝子と模倣子に回収
され、世界精神を語りながら、ドイツ民族と国家神学に閉じ込められた。

 アングロサクソンのイギリスやフランスにおけるブルジョア革命、近代「国民国家」の
登場として、ヨーロッパに革命的に表出したナポレオンの戦争。その反動としてもたらさ
れたドイツ民族意識。ドイツは宗教としてのイデオロギー戦争を「農民戦争」として国土
が荒廃するまで長時間・徹底的に戦いぬいてきた。経済・産業・国家統一などはくそくら
えで、イデオロギー(カトリックかそれとも宗教革命としてのプロテスタントか)の勝敗
が重要だった。こうして幾つもの村が消滅した。それが他者としてのナポレオンに領道さ
れた史上はじめての国民軍との激突によって、おのれ自身を知る。

 ドイツには宗教戦争を通してダイナミックな人間の精神運動としてあるイデオロギー哲
学が観念上に形成された。観念とは民族言語によって形成される内面・深層であり、詩人
と思想者の王国が、やがて「土と血」のファシズムに全面組織された理由がここにある。
ドイツ観念哲学はドイツ民族言語の歴史的ゲバルト内戦によって形成されてきた。
 人間の内面は民族言語によるところの神学・思いこみとしての観念、そしておそるべき
人間関係がもたらす精神的受動と攻撃、家族という制度からはじまり地域・国家それら制
度上の表層に出現する交通関係の衝突作用によって生成する。人間関係の悲しみと喜びを
民族言語によって現出されるのが文学。

 共同体構成員の感受性がダイレクトに構成として表現され、それが共同体の多数者の心
に共鳴すれば、その詩と小説は民族文学に上昇する。近代国民国家が形成されていれば国
民文学となる。

 近代世界市場が形成されていれば、他民族言語に翻訳され他者の思考と精神にとどく。
だがそのとき化学変化がおきる。内面を放出したかにみえた民族の文学は翻訳されると同
時に異化され相対化され表層へと転化する。

 ヘーゲルが生きていた時代はすでに世界市場が形成されていた。文学は人間の感情・情
・情念として線・関係を物語る人物を現出するが、哲学はひたすら思考技術として洞察を
先行させる「人間とはどこからきて、どこへいくのか?」命題を表層へと上昇させる、そ
のために下向への道をあるく。

 ヘーゲルはヨーロッパ哲学を総括し哲学的歴史はヘーゲルによって円環が閉じられ、自
己完結したといわれている。哲学史の宗教改革マルチン・ルターであらんとしたヘーゲル
は他者としとのユダヤ思想・ギリシア哲学・イギリス・フランス哲学をひとつの宗教改革、
イデオロギー戦争として、ドイツ「土と血」民族言語内部にとりこんでいった。それが神
学の自己完結である。「土と血」はナチスのスローガン。

 老化するにしたがってヘーゲルは人間の出来事が現出する変化するものへの恐怖により、
彼の情念は世界精神の自己絶対化のうえに、おのれの体系たる哲学史の円環を閉じ、哲学
史をおのれの言語によって終わらせようとした。それはフランス革命とナポレオンによる
近代国民の登場による世界市場への恐怖といってもよい。

 表層に恐怖するものは、おのれの幻想・観念としての内部と深層に閉じこもる。そして
ヘーゲルの世界精神とは、やがて自分たち北方ゲルマン民族が世界の真理を体現するとい
う第三ローマ帝国への渇望である。こうしてドイツ観念哲学は、旧約聖書以来の神の時間
を体現するユダヤ人を抹殺し、第三帝国というドイツを中心としたローマ帝国の再現をヨ
ーロッパに建設するという、ヨーロッパ最終解決に向けて暴走したナチズムのイデオロギ
ーと連結する。日本の「土と血」は天皇制であった。ファシズムとはやはり地主たちの運
動であり、土(郷土)から工場に追われ血(家族から引き離された)労働者の復讐の情念
がゲバルトとなった。擬似郷土と擬似家族の頂点として最大地主天皇はいた。明治政権と
は勝利者による土地の占有である。ほとんどの森林は天皇と明治官僚たちの私有財産であ
った。「土と血」をめぐる民族浄化はユーゴスラビア内戦においてもあらわれたのだが、
日本ファシズムを現出させた日本イデオロギーはいまだ解明されていない。

 民族言語の内部・深層・観念・思いこみが交通関係の表層としてある世界市場の再分割
と支配に挑戦したとき強暴になるのはただ神学による。イタリア・ポルトガルスペイン・
オランダ・イギリス・フランスの国々が、海洋貿易、あるいは大航海時代によるアフリカ、
南北アメリカ大陸を植民地分割し、植民地から収奪した富で、本国の産業と商業を成長発
展させていた時期、ドイツは宗教改革の火花を起こして以来、農民戦争という宗教戦争、
イデオロギー闘争によって、荒廃と貧困のなかで観念哲学の体系の基礎工事をしていた。
ドイツ思考の徹底さは合理主義を生み、戦略的部品としての機械を現出する。ドイツの鉄
と機械はすぐれている。機械とは人間が空間に形成するもうひとつの設計思想による構築
力にちがいない。

 ドイツ思考の徹底さを継承したマルクスは、ドイツを追放されることによりパリに移住
し、そこでフランス革命運動、社会主義運動という他者との出会いによって、ドイツ言語
の内部に閉じこもっていたヘーゲル哲学と対決し、ドイツ観念哲学に対し戦闘を開始する。
そこでマルクスは革命運動と哲学の担い手である労働者階級を発見する。知識人とは民族
言語の内部である国家神学に閉じ込められている。その観念と思いこみのおかしさを彼ら
はしらない。

 これに対し賃金奴隷としてある労働者階級は、徹底して表層に生きている。その労働は
資本主義の歴史的空間と世界市場の数字である前衛に結合している。彼らの内部にはなに
か観念・思いこみといった深淵な神学がによって生活しているのではない。彼らは徹底し
て表層としての数字に全面的に規定され制約され、工場制度に従属し、その沈黙の労働は
金属機械と格闘し、集団的協働として生産する。独我的な思いこみの労働は機械にまきこ
まれ死を意味する。工場制度での生産は、観念哲学・神学・新約聖書が自然に動かしてい
るのではない。具体的・現実的な労働とは、社会的関係としての人間たちが数字といった
貨幣に縛られ生産しているのである。観念ではなく数字に毎秒追われ行く人間こそ労働者
である。

 私有され特権的な内部を持たぬ最後の人間として、歴史に登場してきた労働者階級にマ
ルクスは驚嘆する。

 「世界事象に驚嘆する能力こそは、
 その事象の意味を問うことを可能とする前提条件である」   マックス・ウェーバー

 内部をもたぬ最後の人間が、もしおのれの労働を縛る工場システムと商品・貨幣が流通
する交通関係としての市民社会システム・法制度と国家システム、それらの秘密を知った
のならどうなるだろうか? 内部をもたぬ最後の人間が民族言語の神学から、思考を逆転
させおのれ自身の哲学を探求しようとしたのならどうなるだろうか?

 マルクスは内部をもたぬ最後の人間の革命性におのれの実践的思考を結合させ、商品・
貨幣それら数学が表出する資本主義システムの貌をはぎとり、かくされた秘密をあばき探
求すべく、同時代の世界市場と資本主義の前衛たるロンドンに出発する。

 世界市場を逆手にとり、マルクスは哲学・経済学の民衆的浸透を実現した。おのれが内
部をもたぬ人間として戦略的部品の労働力商品と化し、おのれの肉体的知覚をマシン化す
ることによって機械と格闘し商品を生産する世界市場の前衛の動向に直結する万国の労働
者・被抑圧民族がマルクスを受け入れ理解せんとしたのはなぜか。

 それはマルクスの言説に衝撃を受け、おのれの世界が逆転したからである。もはや昨日
の世界と今日の世界は違う。なにも思考せずなにも探求しなくてもよし、とされていた奴
隷の幸福と別れを告げ、みわたせばただ表層のむきだしの現実世界が言語としておのれの
存在をとりかこんでいる。階級はおのれの出身階級を問うとき、蒼ざめた現実原則に出会
う。眠りから覚めた朝、職場への道で、ふと考える、おれは賃金労働者という労働力を売
り物にする商品である、と。商品とは交換に向けた命がけの飛躍である。資本主義が労働
者に教えるのは幻滅の現実原則であるが、マルクスが労働者に教えたのは生涯にわたる思
想としての登山であった。こうしてイデオロギーは存在となった。

 マルクスは徹底した思考と徹底した分析によって、同時代の表出する具体的現実原則を
再転換するジャーナリストの方法をもって、ドイツ観念哲学批判として、ヘーゲル法哲学
批判、経済哲学手稿、ドイツ・イデオロギー、フェルバッハ・テーゼ。政治革命論であれ
ばパリ・コミューンの動向を分析したフランス革命三部作。経済であればイギリス世界資
本主義の真っ只中で研究した資本論。マルクスの方法はつねに先行し、人間が交通関係の
表層に現実原則化させる出来事を研究し、具体的に哲学の方法でもって体系化する。具体
的な現実から抽象の旅に出て時間を下向して、再度、具体的な現実にまいもどりる。その
現実とは思考され言説となった実践的な現実である。言語によって対象化された現実とは
作業領域としてしか立ち上がらない。ありのままの人間の現実とは液体の時間帯だからで
ある。対象化の方法として弁証法はあった。思考と記述の方法である。




【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】

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ピーター ウィルコックス, Peter Wilcox, Gerry A. Embleton, 斉藤 潤子, G.A. エンブルトン
ゲルマンとダキアの戦士―ローマと戦った人々
S. フィッシャー=ファビアン, 片岡 哲史
原始ゲルマン民族の謎―「最初のドイツ人」の生と闘い
S.フィッシャー ファビアン, S.Fischer Fabian, 片岡 哲史
ゲルマン民族・二つの魂―「最初のドイツ人」生と闘いのミステリー
植田 重雄
ヨーロッパの心―ゲルマンの民俗とキリスト教
岡 淳
ゴート族―ゲルマン民族大移動の原点 (1979年)
長友 栄三郎
ゲルマンとローマ (1976年)
増田 四郎
ゲルマン民族の国家と経済 (1951年)
生松 敬三
社会思想の歴史―ヘーゲル・マルクス・ウェーバー
良知 力
ヘーゲル左派と初期マルクス
長谷川 宏
ヘーゲル『精神現象学』入門
ジョン,3世 ヘーゲル, マーク シンガー, John,3 Hagel, Marc Singer, 小西 龍治
ネットの真価―インフォミディアリが市場を制する
G.W.F. ヘーゲル, G.W.F. Hegel, 長谷川 宏
法哲学講義
良知 力
ヘーゲル左派と初期マルクス
ヘーゲル, Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 大北 恭宏
ヘーゲル エンツュクロペディー〈第1篇〉論理科学
マルチン ルター, I.B. プラナイティス, Martin Luther, I.B. Pranitis, 歴史修正研究所
ユダヤ人と彼らの嘘・仮面を剥がされたタルムード
満江 巌
少年少女へのマルチン・ルター物語―生誕500年記念 (1983年)
永田 諒一
宗教改革の真実
菊池 良生
戦うハプスブルク家―近代の序章としての三十年戦争
渡辺 伸
宗教改革と社会
永野 藤夫
宗教改革時代のドイツ演劇〈〔第1〕〉―その史的発展の考察 (1962年)
薩摩 秀登
プラハの異端者たち―中世チェコのフス派にみる宗教改革
永田 諒一
ドイツ近世の社会と教会―宗教改革と信仰派対立の時代
野々瀬 浩司
ドイツ農民戦争と宗教改革―近世スイス史の一断面
中見 利男
アメリカ・ネオコン政権最期の強敵バチカン
ジョン コーンウェル, John Cornwell, 林 陽
バチカン・ミステリー
林 陽
ユダヤ・キリスト教 封印のバチカン文書―西欧文明が抱える巨大矛盾
大澤 武男
ローマ教皇とナチス
N.P. タナー, Norman P. Tanner, 野谷 啓二
教会会議の歴史―ニカイア会議から第2バチカン公会議まで
アウレリオ・アメンドラ, 若桑 みどり, ブルーノ・コンタルディ, 新保 淳乃
サン・ピエトロ―アウレリオ・アメンドラ写真集
太田 龍
ユダヤ バチカンの世界支配戦略―宿敵カトリックを内部から崩壊させ人類家畜化を企む陰の帝国を撃つ!
赤間 剛
バチカンの黙示録犯罪―世界支配への究極戦略を暴く
安藤 英治
マックス・ウェーバー
マックス・ウェーバー, 内田 芳明
古代ユダヤ教
マックス ウェーバー, Max Weber, 尾高 邦雄
職業としての学問
マックス・ウェーバー, 池田 昭
アジア宗教の救済理論―ヒンドゥー教・ジャイナ教・原始仏教
田中 真晴
ウェーバー研究の諸論点―経済学史との関連で
マイケル ポランニー, Michael Polanyi, 高橋 勇夫
暗黙知の次元
ジョン ノイバウアー, John Neubauer, 原 研二
アルス・コンビナトリア―象徴主義と記号論理学
広松 渉
物象化論の構図
宮原 勇
図説・現代哲学で考える「表現・テキスト・解釈」
G.H. フォン・ヴリグト, Georg Henrik von Wriht, 牛尾 光一, 服部 裕幸
論理分析哲学
織田 正吉
ジョークとトリック―頭を柔かくする発想
野本 和幸
フレーゲ入門―生涯と哲学の形成
池田 昌昭
反映と創造
ウィリアム・パウンドストーン, 松浦 俊輔
パラドックス大全
三浦 俊彦
可能世界の哲学―「存在」と「自己」を考える
小野 功生
構造主義
梅津 信幸
「伝わる!」説明術 ちくま新書(551)
ルイ アルチュセール, Louis Althusser, 河野 健二, 西川 長夫, 田村 俶
マルクスのために
尾関 周二
言語的コミュニケーションと労働の弁証法―現代社会と人間の理解のために
浅野 楢英
論証のレトリック―古代ギリシアの言論の技術
牧野 広義
自由のパラドックスと弁証法
米山 優
情報学の基礎―諸科学を再統合する学としての哲学

小説  新昆類  (21) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 重要なのはマルクスの実践的態度である。ドイツ哲学・フランス政治・イギリス経済・
おのれの前に他者として表出する前衛的出来事。こうした世界事象に驚嘆し、他者から学
び格闘することにをもって現在の表層を具体的に記述するシミュレーションこそ重要であ
る。前衛とは敵が表層において現出する前衛的出来事から学び研究し、再構成することを
もって現在の表象にシミュレーションすることが前衛の存立条件なのである。

 これをレーニンは一九一七年十月、ロシア革命と労働者国家の樹立として実現した。
レーニンは近代政党の型を資本主義政党に先駆けて形成した。内部をもたぬ労働者階級の
革命党はサークルの集合体であってはならぬ。サークルの寄せ集めがいかにして、ツアー
皇帝の政治警察に弾圧され、壊滅され、運動の流れを切断されてきたか。マルクスが内部
をもたぬ人間を発見し、最後の人間をシミュレーションしたように、マルクス革命的想像
力を継承したレーニンは、ではいかにして内部をもたぬ最後の人間を組織化し、革命党を
形成するのか? これをシミュレーションした。

 当時、労働者階級をもっとも組織し大きかったのは、カウツキーを主流派とするドイツ
社会民主党であった。いわゆる帝国主義社民である。レーニンが他者としてドイツ社会民
主党から学んだことは、労働者存在の二重性である。労働者は近代的工場制度によって訓
練され組織されている。私有化され特権化された内部をもつ独我としての私的所有より革
命的な存在である労働者は民族言語の内部に閉じ込められ、交通関係が限定されている労
働者の意識は、労働組合運動という経済的要求としての自然発生に限界がある。自然発生
とは私的所有の欲望が不均衡衝動として発生する。ありのままの労働者はけして革命的で
はない。賃金が向上し労働条件が改善され、前時代の奴隷的工場のひどい条件の下で働く
労働者とおのれを比較し、おのれが構成員として働く近代的工場制度に自己満足すればか
れは内部をもつ帝国主義労働者として自己完結する。

 それまでの総評を解体し連合となった帝国主義労働運動はいまなお総括されていないが、
これこそは中曽根による八五年体制戦略の機軸であった。国鉄労働組合は解体され陰謀集
団が権力と蜜月な政治取引をやったのである。小沢が自民党を割って、新生党をつくった
とき、影には当時の連合会長山岸がいた。

 内部をもった人間は「国民国家」民族言語の動物的本能によって組織される。こうして
第二インターナショナルは崩壊し、ドイツ社会民主党は帝国主義戦争・市場分割戦争に組
み込まれてしまう。内部をもたぬ人間がシステムの革命をめざす実践過程に登場するのは、
ただおのれがただの労働力商品として意識する階級としてである。先行意識は世界を変革
できる目的意識である。これを政治意識という。政治とは人間関係のおそろしさを社会関
係の表層において、もっともダイナミックに現出する。そこでは人間のエサ場での支配欲
望、集団場所における自己実現欲望、推論とシミュレーション・ゲームとしての闘争、陰
謀、だましあい、暴力、それらが渦巻くエネルギーに満ちた場である。

 さまざまな潮流が場所と空間の支配権をめぐって昼・夜、ゲームの争奪戦をしている。
ゲームの空間支配のための最強な職業としての暴力装置が国家警察であり国家軍隊であり、
治安維持に全体をかける、天皇の警察と天皇の軍隊はいま再起動している。

 内部の感受性を宝のように大事にする文学的人間はけして政治空間に参入してはならな
い。せいぜい声明とか署名とか選挙に出馬すればいいだろう。実は選挙とか、議会とは政
治空間ではない。儀式である。政治とは階級と階級の激突であり、ゆえに治安警察がスパ
イを送りこむ、「自国内の敵規定」となる、壮絶なイデオロギー闘争として起動する。日
本においては明治近代から地下たるアンダーグランドにこそ政治空間は存在し、それは現
代まで続いている。現在の国会とはやはり帝国議会として儀式を模倣している。それを報
道するメディアとは戦前をひたすら反復している。そこに本来の政治空間は皆無であろう。
階級闘争としての政治空間は文学的人間の感受性を壊滅させるであろう。

 むきだしの表層、ゲバルトとしての政治空間は幻想としての人間の内部いっさいを殺ぎ
落とす。アンダーグランドにこそ政治空間は沸騰し、マグマとしてイデオロギーは生成し
ている。帝国主義市民としてのわれわれは、そこへ降りていけば、自己が粉砕されること
を動物的本能として予感している。ゆえにおそろしいのである。われわれの自己遺伝子と
模倣子はすでに義務教育とメディアによって尊大な市民として培養されてきた。しかしな
がらその刷り込みの書きこみが嘘であることは、蒼ざめた資本主義の裸となった現実原則
によって自覚している。

 あたしのまわりは他人事な仮想現実でほんとうのことはかくされいる。健全な市民とし
て培養された自己遺伝子と模倣子とは国民言語であるが、その下降にもうひとつの本来の
動物としての自己遺伝子と模倣子が再起動をいまかいまかと待っているのを、ある日突然
瞬時に気づく。こうして風景はかわる。昨日の日本は今日の日本ではない。新撰組が活躍
した幕末期から本来の日本その現実原則はアンダーグランドにもぐりこんだのである。こ
うして近代的自我としての感受性は崩壊し、帝国主義と資本主義の二十世紀を商品として
命がけの飛躍を作動させる。それがイデオロギーの作業領域であろう。

 USAにおいてもベトナム戦争・湾岸戦争・バルカン症候群としての戦争が出来事とし
て現出するのは帝国主義と資本主義のはざまである国内からである。ある日、突然、帰還
兵は悪夢によって戦争を個人的に再起動させてしまうのだ。かれは兵士として生産をゼロ
へと壊滅させ消費させる資本主義の反復運動を組織として体現した。兵士としての商品は
完成品として仕上げられればられるほど、そのソフトはウィルスとなり、帰還兵をして、
市民が集うレストランで機関銃を発射するのである。なぜなら生産を壊滅させる商品は生
産する商品へと、なかなか転換できないからであろう。労働力商品を資本論としてあらわ
したマルクスが再登場している理由がここにある。USAはマルクス資本論の典型として
おのれを自己実現させるであろう。

 なぜ、わたしがこうした理論作業をしているのかといえば、わたしが鬼怒一族の子孫だ
からである。そしてわたしの妻、真知子は有留一族。鬼怒一族と有留一族は市民社会には
けして回収されえない特異的存在である。われわれの歴史と現在は記述化と説明されえな
いアンダーグランドにある。世界恐慌としての経済金融クラッシュは、いずれにおいても
かくされてきたアンダーグランド昆虫情報体が飛び出すに違いない。デジタル資本主義が
丸裸にするのは基本的運動構造ではなかったか? マルクスが市場経済といわなかったの
は市場経済など、古代から存在していたからである。近代の資本主義は、最後の人間を現
出させるだろう。資本主義の運動構造とはやはり人間をめぐる問題なのだろう。
 近代の内部とは私的所有としての心理学であろう。「わたしの心こそ資本主義の私的所
有・最後の砦」であろう。ゆえに資本主義は出来事を分析するとき心理学者を動員する。
数字は精神分析でするがよい、とするのがマルクスへの破綻した対抗ではあったが、すで
に近代精神分析としての心理学も破産している。「思いの強さ」という心理も資本主義私
的所有の最後の牙城であろう。

 内部をもたぬ人間は弾圧・投獄・敗北・無力・絶望、つくっては破壊され、再建しては
破壊される連続的経験を通して、敵から動物的本能として学習するのである。

 レーニンはツアー皇帝に対する青年貴族の反乱・人民意志派の革命的伝統「人民のなか
へ」、こうしたロシアの政治革命運動の敗北から学び、継続は力とするためには何をすべ
きなのか? レーニンの兄は「人民の意志派」として皇帝の暗殺に失敗、牢獄で銃殺され
た。この執念からレーニンはいかに勝利する組織を形成するかのシミュレーションを起動
させる。帝国主義政党もふくめて、今日の政党の原基はレーニン組織論が現出した表層の
流れにある。自民党もレーニン組織論を採用していなければ露となって消滅していたであ
ろう。

 党員条件の明確化、全国政治新聞の発行、党大会、中央執行委員会(執行とは行政であ
り事務管理生産能力とコマンド指令として行動委員会)、支部に対する上級機関としての
地区・県委員会、それぞれの名称は違うが、自民党でさえ組織構造の形は中央集権として
のレーニン組織論である。党員の条件があいまいでサロン的なサークルの寄せ集まりでは、
今日の緒潮流が激突する政治空間をたたかうことはできないし、レーニン組織論が骨格と
ならなければ、近代政党として形成できない。二十世紀とは組織集約である。ロシア革命
は商品としてのプロレタリアートが命がけの飛躍をした世界の場所であった。つまり資本
主義を先行したのである。それはつまりレーニンが資本主義と帝国主義を対象化するのに
成功したからであろう。

 ロシア革命後、レーニンは青年たちに訴えた。マルクス主義を主体化するためにはその
前提であるヨーロッパ哲学史を学ぶ必要がある。マルクス主義とは資本主義を分析する方
法であるから、ギリシア哲学からはじまるヨーロッパ哲学と経済学の総括の体系軸として
ある。だからその前提を学ぶことを怠ってはならぬと。




【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】


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小田 裕司
反グローバリズム労働運動宣言
浜林 正夫
パブと労働組合
久米 郁男
労働政治ー戦後政治のなかの労働組合
佐藤 芳夫
小沢一郎の暗躍を支える連合―大量失業時代に山岸・連合はどこへ
鹿島 昇
日本神道の謎―古事記と旧約聖書が示すもの
鹿島 昇
裏切られた三人の天皇―明治維新の謎
松重 楊江
日本史のタブーに挑んだ男―鹿島昇その業績と生涯
桂 延寿, 鹿島 昇
桓檀古記
鹿島 昇
昭和天皇の謎―神として、人として
鹿島 昇
北倭記―倭人興亡史
鹿島 昇
歴史―如何に解読すべきか
鹿島 昇
歴史捏造の歴史〈2〉―デッチアゲの万世一系
タマラ・K. ハレーブン, Tamara K. Hareven, 正岡 寛司
家族時間と産業時間
エドワード・P. トムスン, Edward Palmer Thompson, 市橋 秀夫, 芳賀 健一
イングランド労働者階級の形成
小林 章夫
召使いたちの大英帝国
鄭 賢淑
日本の自営業層―階層的独自性の形成と変容
デイヴィッド・R. ローディガー, David R. Roediger, 小原 豊志, 井川 眞砂, 竹中 興慈, 落合 明子
アメリカにおける白人意識の構築―労働者階級の形成と人種
大森 真紀
イギリス女性工場監督職の史的研究―性差と階級
望田 幸男
近代ドイツ=資格社会の展開
東條 由紀彦
近代・労働・市民社会―近代日本の歴史認識〈1〉
門倉 貴史
ワーキングプア いくら働いても報われない時代が来る
松野 仁貞
毛沢東を超えたかった女
荒俣 宏
プロレタリア文学はものすごい
フロンティア文庫編
日本プロレタリア文学選
尾西 康充
近代解放運動史研究―梅川文男とプロレタリア文学
尾西 康充, 岡村 洋子
プロレタリア詩人・鈴木泰治―作品と生涯
ヴァレリー アノテル, マリー・ロール ドゥ・レオタール, Val´erie Hanotel, Marie‐Laure de L´eotard, 伊藤 緋紗子
私たち、ブルジョワ―フランス上流階級のスタイル事典
ピーター ゲイ, Peter Gay, 富山 太佳夫, 田中 裕介, 三宅 敦子, 辻 建一
快楽戦争―ブルジョワジーの経験
ミシェル ヴォヴェル, Michel Vovelle, 立川 孝一, 印出 忠夫
革命詩人デゾルグの錯乱―フランス革命における一ブルジョワの上昇と転落
ドノーソ, Jos´e Donoso, 木村 栄一
三つのブルジョワ物語
ベルナール ブルジョワ, Bernard Bourgeois, 樋口 善郎, 松田 克進
ドイツ古典哲学
菊盛 英夫
文学カフェ―ブルジョワ文化の社交場 (1980年)
T.C. オーウェン, 野口 建彦, 栖原 学
未完のブルジョワジー―帝政ロシア社会におけるモスクワ商人の軌跡、1855~1905年
本田 喜代治
民族問題―プロレタリヤ国際主義とブルジョワ世界主義 (1952年)
水穂 しゅうし
ブルジョワ刑事 7 (7)
ヴェルナー ゾンバルト, 金森 誠也
ブルジョワ―近代経済人の精神史

小説  新昆類  (22) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 みすぼらしくきたならしい現実に生き、貨幣がなければ路上街頭生活へと追放され死ん
でいく、内部をもたぬ貨幣という数字に徹頭徹尾規定され、内部をむたぬ数字によってお
のれの生死の条件を、生活において制約されているものこそ、プロレタリアートである。
これが内部をもたぬ最後の人間として世界市場に接続している。この世界はいつのまにか
資本と商品によって脈管が形成されてきた。これが二十世紀であった。自然もまた商品で
あった。これが現在の世界システムであり、USAには資本の国家・多国籍企業が中央集
権としてアップロードする利潤をわがものにすることのできる皇帝が幾人も住んでいる。
皇帝と労働力商品としての奴隷の関係は古代いらい変わりはない。商品とはダウンロード
であるが資本とはアップロードである。

 みすぼらしくきたならしく矮小であり卑屈なわれわれ市民が、マルクスの言葉に出会う
とき。もう、いやだ。もう、こりごりだ。ちくしょう。ちくしょうめ。くそったれ。あの
やろう。バカにしやがって。殺してやる。なめるなよ。いまに、みてろ。だめだ。
だめだ。もう、おれはだめだ。なんてぇ、こった。ちくしょう。これが、おれの人生か。
負け犬になってたまるか。その前にあいつを、ぶっ殺してやる。マルクスの言葉はこうい
ったむきだしの世界市場の表層から、おのれが商品であったことを自覚させ、階級と階級
のはざまの眠りから、階級形成への登山、その一歩を開始させるのである。

 世界市場とは強制収容所であり、スピーカーからウィルスイデオロギーの演説が流れる
と、囚人たちは感動に涙した。偽りの市場主義イデオロギーは葬られた。強制収容所はス
トップした。市場経済自由化の失敗である。囚人にとっていま必要なのは、リスクを恐れ
ず思考錯誤を繰り返すことだ。九十年代とはクリントン政権のもとでユダヤ金融ネットワ
ークがグローバルの名のもと、全世界プロレタリアートを囚人とした、強制収容所からの
大量虐殺への逆襲である。九十年代とはユダヤ自己遺伝子と模倣子が世界市場を制覇し全
面展開した十年間であった。ゆえに文明の衝突としてのユダヤ人問題。ユダヤ人がバビロ
ン帝国の奴隷からはじまり、エジプト帝国の奴隷、そしてローマ帝国の奴隷からヨーロッ
パの奴隷、商品創造と金融創造の能力があるゆえ、どこの帝国においても財政を担当させ
られ、庶民から嫉妬され、ゲットーに囲い込まれてきた。

 ゲットーとは強制収容所である。資本主義の勃興とともにユダヤ人はゲットーから国家
財政さえも左右できる存在となり、ヨーロッパはユダヤ人問題に頭を悩ます。その最終解
決を施行したのがナチスであった。ユダヤ人を強制収容所のガス室へおくりこんだのはヨ
ーロッパ民族資本主義の総体の意志であったことを忘れてはならない。ゆえに能力がある
ユダヤ人はUSAへ亡命した。そして第二次世界大戦から五十年をかけて世界資本主義を
製造の商品から金融商品へと転覆したのである。九十年代はその爆発であった。イスラエ
ルがイギリスとの武装闘争で独立を勝ち取ったように、ついに金融世界市場においてユダ
ヤはアングロサクソンから独立し、おのれの動物的本能である自己遺伝子にとりこみ、グ
ローバル金融世界市場を模倣子が全面展開する養豚所としたのである。すでに日本が誇る
庶民の貯蓄資産がかれらによって収奪されているのは自明である。いまとはユダヤ五千年
と中華五千年の文明間闘争の季節であり、これが二十一世紀ゼロ年代としての十年間であ
ろう。一方がドイツファシストによって大量虐殺された悲惨な歴史をもつなら、中国も日
本ファシストによって侵略され千万人以上が大量虐殺された悲惨な歴史を内包している。
つまり堂々と歴史を語れる子孫たちなのだ。歴史を語れるものこそがグローバル市場へと
命がけの飛躍ができる。

 ソ連解体後、ユダヤ人はロシアからイスラエルあるいはUSAへ転出していったが、そ
の後、ロシアは機能を停止し、世界市場から見放された事実を、もってしても、いかにユ
ダヤ人の能力がその国のシステムを担っていたかがわかる。

 すでにファシズム同盟国に勝利した第二次世界大戦のイギリス・USA二重帝国の正義
英雄物語は九十年代にすたれてしまっていた。かわりに登場したのがユダヤ人が過酷な強
制収容所で「どう生き延びた」かである。これが、労働力商品としてリストラの嵐からど
う生き延びるかをめぐる世界プロレタリアートにとって、身近な問題として受け入れられ
た。強制収容所ではまさに人間のからだから石鹸や数々の商品を生産するという資本主義
の極限を誕生させた。市場の選民たるユダヤ人がその商品原料となったことば文明の皮肉
である。こうした修羅場での商品生成を死の恐怖が日常であった現場を通貨したユダヤ人
のグローバル金融戦略とネットワークがいかなるものかは、われわれの想像を絶するだろ
う。資本主義とは商品と消費の関係であり、つぎなる商品を消費してもらうためには、こ
れまでの世界を破壊しなくてはならない、それが戦争である。

 戦争は世界恐慌という形でもあらわれる。一度ご破算にするのだ。やがてくる世界恐慌
は、アングロサクソンの二十世紀形態をご破算にするに違いない。グローバル世界資本主
義とは富の一極集中であり、そこにおける金融商品の瞬時のマネーゲームなのだ。ロシア
革命七十年で蓄積してきたソ連の富は、USAの巨大資本家に回収され、九七年東アジア
金融危機においても富は、USAのある頂点へと回収されていった。高度経済成長の過酷
な労働で死亡するほど働いて形成した日本全般の富も九十年代においてUSAの富豪に回
収されてしまった。日本に残ったのは砂漠の富としての天文学的な国家財政赤字である。
今日の世界市場とは冷酷にして富がひとりに集中する一人勝ちのシステムなのである。ゆ
えに資本原理はマルクス資本論以上に原理化しているのだ。これに対抗するために、西ヨ
ーロッパはEC統合としてユーロを形成した。ひとりの富のために全世界プロレタリアー
トは労働する商品となる、これを帝国主義市場原理という。資本主義の極限を通過した工
場制度こそ強制収容所であり、人間はいまなお商品なのである。

 われわれ市民の日常とは、もう、いやだ、もう、いやだと思いながら毎朝、決意をこめ
て肉体知覚を武装し、おそろしい人間関係の現場で、無から有を生み出す商品誕生のため
に格闘する。これが表層であり現実原則である。自分の肉体におのれみずからムチをうっ
て自己動員しなければ、家賃も払えず、路頭に投げ出される。

 われわれ市民の壁とは世界市場であり、われわれの内部とは市場の競争と戦争に規定さ
れ、全面的にシステム設定されている。内部とは商品を手に入れることによって誕生し、
喜怒哀楽とは交換によって規定された感情である。興奮と幻滅とは交換であり、実はセッ
クスも商品と商品の交換である。恋愛も商品と商品の回路である。かくしてマルクス唯物
論は商品を解明し、資本主義からどう人間が脱構築できるのかを人間的社会あるいは社会
化された人類の表層において探求する。

 それまでの哲学は現実を人間的あまりに人間的に自己解釈してきた。民族言語たる動物
的本能たる自己遺伝子と模倣子の内部たる深層の神学にとりこまれてきた。マルクスはこ
れを商品の解明において表層へと転倒したのである。自然的人間は商品へと進化した、こ
れが近代から今日の戦争と革命の世紀であった。人類とは商品である、これが資本主義文
明である。そこにおける民族主義とは世界市場に規定された商品と商品の差別化と差異を
ありあまるほどに主張しているのだ。イデオロギーもまた、ヘーゲルがそうであったよう
に世界市場に対抗する商品である。ゆえに世界市場の戦争と革命は民族および部族戦争と
して現出する。今日のアフリカ現象こそがわれわれ市民の未来を先取りしている。文明と
はやはり砂塵へと帰還するのだろうか?

 ユダヤ教徒はヨーロッパキリスト教世界そのものを信用していない。いつまた再び自分
たちがキリスト教徒にだまされて強制収容所送りになるかもしれない恐怖をもっている。
ゆえにソビエト連邦が崩壊したとき、ドイツ全体主義の暴力としての反復が自分たちに襲
いかかるであろうことを予測して、イスラエルヘ集団移住したのである。ヨーロッパ・キ
リスト教世界はすべてユダヤ人迫害をドイツに罪と背負わせ、いまなお、歴史的謝罪はユ
ダヤ教徒世界にしていない。キリストを裏切ったのはユダとされ、この神話はいまなおキ
リスト教徒世界の根源的物語である。九十年代はユダヤがクリントン政権にのり、金融ネ
ットワークによって、資本主義をユダヤ原理主義へと誘導したのである。

 それが文明の衝突であり五千年の民族歴史が内包されている。ゆえに世界とはおそろし
いのである。ユダヤ人が金融において強いのは「ある民族が生き長らえる秘密は敗北を受
け入れるその能力にある」という一点にある。そして九十年代の金融マネーゲームはつい
国民国家を商品として生成した。資本主義はまさに、地球規模となって、国家は商品とし
て格付けされるのである。一九七二年固定相場から変動相場に転換してから三十年が経と
うとしている。 





【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】



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大沢 武男
ユダヤ人ゲットー
重信 メイ
中東のゲットーから
フランク・ダバ スミス, Frank Dabba Smith, Howard Jacobson, 落合 恵子, メンデル グロスマン, ハワード ヤコブソン
シークレット・カメラ―ユダヤ人隔離居住区ルージ・ゲットーの記録
田村 和子, 山本 耕二
生きのびる―クラクフとユダヤ人
ケネス・B・クラーク, 今野 敏彦
アメリカ黒人の叫び―ダーク・ゲットー
山下 肇
近代ドイツ・ユダヤ精神史研究―ゲットーからヨーロッパへ (1980年)
ルイス・ワース, 今野 敏彦
ユダヤ人問題の原型・ゲットー
エマヌエル リンゲルブルム, ジェイコブ スローン, Emmanuel Ringelblum, Jacob Sloan, 大島 かおり
ワルシャワ・ゲットー―捕囚1940‐42のノート
エドワルド デル・リウス, 山崎 カヲル
新版 リウスのパレスチナ問題入門
伊藤 定良
ドイツの長い一九世紀―ドイツ人・ポーランド人・ユダヤ人
鹿島 〓
秦始皇帝とユダヤ人―人民中国の教科書問題
阪東 宏
日本のユダヤ人政策1931‐1945―外交史料館文書「ユダヤ人問題」から
本間 長世
ユダヤ系アメリカ人―偉大な成功物語のジレンマ
エンツォ トラヴェルソ, Enzo Traverso, 宇京 頼三
マルクス主義者とユダヤ問題―ある論争の歴史(1843‐1943年)
マルクス, 久留間 鮫造, 細川 嘉六
猶太人問題を論ず
森沢 典子
パレスチナが見たい
今 拓海
地図にない国からのシュート-サッカー・パレスチナ代表の闘い-
ヒュー・マイルズ, 河野 純治
アルジャジーラ 報道の戦争すべてを敵に回したテレビ局の果てしなき闘い
田中 宇
イラク
坂本 勉
トルコ民族主義
イクバール アフマド, デイヴィッド バーサミアン, Eqbal Ahmad, David Barsamian, 大橋 洋一, 大貫 隆史, 河野 真太郎
帝国との対決―イクバール・アフマド発言集
ラフール マハジャン, 益岡 賢, いけだ よしこ
ファルージャ 2004年4月
吉田 鈴香
アマチュアはイラクに入るな―プロのNGOが紛争地でやっていること
片倉 もとこ
アラビア・ノート
ポール ランディ, 小杉 泰
イスラーム
バーナード ルイス, Bernard Lewis, 白須 英子
イスラーム世界の二千年―文明の十字路 中東全史
土井 敏邦
米軍はイラクで何をしたのか―ファルージャと刑務所での証言から
長倉 洋海
マスードの戦い
師岡 カリーマ・エルサムニー
恋するアラブ人
落合 信彦
憎しみの大地―落合信彦選集〈11〉
藤井 純夫
ムギとヒツジの考古学
遠山 敦子
トルコ 世紀のはざまで
リバーベンド, Riverbend, リバーベンドプロジェクト
バグダッド・バーニング―イラク女性の占領下日記
シャーロット アルデブロン, Charlotte Aldebron, 森住 卓
私たちはいま、イラクにいます
アルバート ホーラーニー, Albert Hourani, 湯川 武, 阿久津 正幸
アラブの人々の歴史
イブン アッティクタカー, 池田 修, 岡本 久美子
アルファフリー〈2〉イスラームの君主論と諸王朝史
NHKスペシャル「イスラム」プロジェクト
イスラム潮流
片倉 もとこ, 後藤 明, 中村 光男, 加賀谷 寛, 内藤 正典
イスラーム世界事典
片倉 もとこ
「移動文化」考―イスラームの世界をたずねて
スラヴォイ・ジジェク, 松本 潤一郎, 白井 聡, 比嘉 徹徳
イラク
森住 卓
イラク 占領と核汚染

小説  新昆類  (23) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】


 ユダヤ人であったマルクスのシミュレーションとインスピレーションは、旧約聖書以来
の長いユダヤ人の旅と時間が存在していたからこそだと思われる。アインシュタインもユ
ダヤ人であったが、ユダヤ人から天才が出現するのは、古代からの悠久時間との日常的対
話であると、かれは自伝でのべている。ユダヤ教のバイブルである旧約聖書はキリスト教
とイスラム教という世界宗教の原典である。日本の天皇神学が世界宗教になれないのは、
あらかじめ人類観が喪失しているからである。古事記にしても日本書紀にしても司馬遷
『史記』の盗用にすぎない。ゆえに日本とは古代から他者のソフトを盗用し、おのれのも
のとでっちあげる能力にかけては世界一番なのである。ペテン師と詐欺師による捏造こそ
がその動物的本能としての日本イデオロギーであることは、すでに世界で暴かれている。
ペテン師と詐欺師はおのれの歴史を総括できない。現実原則がだましだまされの自己解釈
関係だからである。日本とは他者によってしか発見されえない特殊な場所なのだ。ゆえに
現在の時間のみとなり、時間は不断に消却され、あたらしい、だましとだまされの営為と
向かう。こうして歴史は日本外部によってしか認識されない。

 マルクスは内部に深層の時間をもっていたからこそ、内部をもたぬ最後の人間を発見で
きた。さらに市民社会の特権的内部と、内部をもたぬ表層に表出する流通の貨幣と商品の
秘密をあばいた。マルクス以後の帝国主義による世界市場とは、すでに国家さえも商品と
なった。その前衛こそ為替相場である。瞬時における為替相場とは国家通貨をめぐるマネ
ーゲームであるが、国家=金融商品である。売られた国家は暴落する。それが九七年にお
けるアジア金融危機であり、これを総括しマレーシアの指導者は固定相場にしたのである。
USAが覇権を握るIMF=ガット世界体制とは、USAのただひとりの富豪のために多
様な国家を商品と変換したシステム設定であった。まさに国民国家とは商品としての資本
主義原理であり、これが現代の資本論なのであろう。敗戦後、日本はUSA主導によりサ
ンフランシスコ条約からIMF=ガットシステムに組み込まれてきた。日本は商品となっ
たのである。

 商品の価格を高くするために、国内の革命勢力と成田空港に反対する土地を強制収容で
取り上げられた農民の運動を、膨大な国家機密予算をつかい壊滅してきたのである。すべ
ては国家という商品創造のためであったが、いまや成田空港は国際空港としてもアジア国
際競争力から脱落しようとしている。空港という商品でさえも、世界市場から価格比較さ
れ、成田空港や関西空港はかれらが第一価値観とする市場主義によって敗北した。九〇年、
ブッシュ政権から突きつけられた日本の貿易黒字を解消するための構造障壁交渉、そこで
国内需要として六〇〇兆円の公共事業のUSAへの約束。九十年代はまさに海・なぎさを
破壊し、山林道路建設という、全国いたるところで大規模工事が勃発した。

 しかし、九十年代の官僚はそれが実は商品創造であることを忘れていた。世界市場から
切り離され国内で自己完結できる商品などもはや存在しない。われわれ市民とはすでに世
界市場によって規定されている。国内旅行より近くの海外旅行の方が安ければ、海外を選
択するだろう。これが世界市場である。ゆえに九十年代の大規模公共事業は廃墟となるの
である。砂漠に残ったのは天文学的な赤字国債借金地獄である。

 バブルの戦犯である宮沢大蔵卿が九十年代にやったことは印刷機経済である。九十年代
とは、まさに借金による国家バブル商品だったのである。あれほど公共事業をてがけたゼ
ネコン(大手建設会社)が大量の不良債権をかかえ、倒産寸前にあるのは不思議である。
実はかれらは本業ではなくマネーゲームで失敗したのだ。かれらがもうけた富はすべてU
SAのプレイヤーに収奪されてしまったのである。六〇〇兆円の公共事業をUSAが日本
に約束させた九〇年とは、すでにUSAのプレイヤーたちは日本公共事業システム、暗闇
市場といわれていたゼネコン、暗闇システムといわれていた建設省など、データー化され
全面的に分析されていたのである。なぜか?。それらは世界金融市場にとって商品だった
からである。商品とは裸体にされ明るい間昼間のテーブルにあげられる。秘密は女性性器
たる「おまんこ」をペンライトで、真剣に擬視するストリップのすけべな観客のごとく、
商品とはさらされる運命にある。

 商品とはまさにストリップ劇場におけるセックス交換である。その交換もまた商品とし
て観客を楽しませ興奮させる。ストリップ嬢が「つぎはだれ?」とひさし指でウエルカム
をするとき、プレイヤーはまっさきに手をあげるのだ。九十年代の日本とは世界金融市場
USAのプレイヤーにとってストリップ嬢の、おまんこであった。

 指名されたあなたは競争に打ち勝った幸福にあり、服をぬぐ。やがて裸体のあなたはス
トリップ嬢の指示により、男根を天に向けて寝る。やがてストリップ嬢はおしりをそこに
移動させ、みごとあなたの「きんたま」をおのれのぬれた入り口にさそう。ぐっと、あな
たのきんたまは吸引されていくのだ。ストリップ嬢のしろいおしりの上下運動がはじまる。
観客は「きんたま」と「おまんこ」の結合に集中する。「おまんこ」の肉ヒダが「きんた
ま」吸い付いている、はなさないと。「おまんこ」は「きんたま」の根元まで降下すると、
またうえにあがる、でも「きんたま」ははずれることはない。この商品としてのセックス
上下運動こそ株式市場である。何億人もの視線がそのプレイヤーたちセックスに集中して
いるのだ。商品とは交換という上下運動の熱のまさつでありヒダラである。銀行で為替相
場を仕事でやっている女性から、ある飲み屋で聞いた話だが瞬時の判断が左右する仕事に
没入しているとき、あすこが濡れてしまうそうである。あれは、どんなセックスよりも興
奮するの、と。そして幻滅がやってくるの、と。

 マルクス以後の資本論とは商品分析の基礎となり、実証主義の基礎となった。マルクス
はギリシア哲学を再発見したルネサンス以降の近代哲学を総括し、その内部とは神学と市
民社会の私的所有としてのアトミズムによる世界の解釈にすぎないことを発見した。精神
の運動・闘争としてある私的所有としての内部をもつ閉じられた円環の哲学を、実践の空
間としての存在へ、人間関係が裸体としてむきだす表層へと転倒したのである。

 近代的工場制度でのシステム化された戦略的部品としての労働。機械を操作格闘し、お
のれ自身の肉体的知覚を機械と同期させる武装せる労働。これら内部をもたぬ労働者の工
場制度は軍隊と同様だ。その労働は常に危険であり、かれの肉体的知覚と筋肉は緊張して
いる。その反復作業は軍隊の基礎である行進に相当する。また機械の操作と格闘は軍人に
とっての武器使用である。野外で仕事をする土木・建築でも近代的工場制度は貫徹されて
いる。

 第二次世界大戦においてアングロサクソンの軍隊が、ヨーロッパ戦線と太平洋戦線にお
いて、ファシストの軍隊をひとつひとつ徹底的に撃滅し、勝利していったのは、イギリス
産業革命以来の近代的工場制度における労働者の組織された工場訓練であった。USAに
おけるフォード型大量生産の巨大化した工場制度こそが、USA労働者を日常として訓練
しガムをかみながらであっても、日本帝国の海軍・陸軍を徹底的に殲滅した。重要なのは
人の要素なのである。

 これに対し日本とドイツの軍隊は、「土と血」といった精神の国家神学によって形成さ
れていた。日本であれば神としての天皇であり、ドイツであればヒットラ-「わが闘争」
におけるローマ帝国を北方ゲルマン民族が再興するという第三帝国民族神学だった。内部
と深層によって骨格付けられた軍隊は、最初、世界をだまくらかす電撃作戦として、勢い
はあるが、元来その思想と価値が強力な内部である超越的神学による閉じられた円環であ
るため、実践的な戦場である戦線の現場分析を誤り、戦略的敗北をまぬがれない。神学の
主体は外部としての、むきだしの表層を排除してしまう。神学は永遠の自己解釈であるか
らおのれの都合が悪い論理は排除するのである。神がかり的超越的な力が存在すると思い
こむ担い手は、世界市場のまえに敗退する。

 ドイツも日本も近代的工場制度は形成されていた。そしてドイツの産業革命における発
明と合理的な金属機械類の体系は強力。またドイツ医学と化学は世界の先頭を走っていた。
しかしながらドイツ・日本の資本主義はアングロサクソン型の自由発生型資本主義という
市場の見えざる神の手にまかす自由性はなく、国家計画デザインの下に成長した資本主義
だったのである。




【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】

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片倉 もとこ
イスラームの日常世界
歴史の謎を探る会
常識として知っておきたい世界の三大宗教──歴史、神、教義……その違いが手にとるようにわかる本
久保 有政
創造論(クリエーション・サイエンス)の世界―聖書から生まれた先端科学
大川 玲子
聖典「クルアーン」の思想――イスラームの世界観 現代新書
岡田 明子, 小林 登志子, 三笠宮 崇仁
古代メソポタミアの神々―世界最古の「王と神の饗宴」
高馬 三良
山海経―中国古代の神話世界
山本 ひろ子
異神〈下〉中世日本の秘教的世界
江波戸 昭
一気にわかる民族と紛争―世界を読み解くキーワード
西川 照子
梅原猛の世界―神と仏のものがたり
上村 勝彦
バガヴァッド・ギーターの世界―ヒンドゥー教の救済
大林 太良, 吉田 敦彦, 伊藤 清司, 松村 一男
世界神話事典
ホセ カサノヴァ, Jos´e Casanova, 津城 寛文
近代世界の公共宗教
立山 良司
宗教世界地図 最新版
スティーヴン・F. ブラウン, Stephen F. Brown, 五郎丸 仁美
プロテスタント
阪本 俊生
プライバシーのドラマトゥルギー―フィクション・秘密・個人の神話
世界宗教大事典
須藤 隆仙
世界宗教用語大事典
ジャクリーヌ ヴァロン, 田辺 希久子, 荒木 美智雄
世界の宗教ものがたり
司馬 遷, 野口 定男
史記 上 (1)
武田 泰淳
司馬遷―史記の世界
水沢 利忠
史記 (1)
渡辺 精一
ビジュアル 史記物語
水沢 利忠, 佐川 繭子
史記“列伝”
宮田 雅之
宮田雅之の切り絵―史記・水滸伝・唐代伝奇・三国志
椎名林檎・勝訴ストリップ―フォト&スコア
ストリップ史研究会, 石橋 ワタル
ストリップ芸大全
森 栄二
マイクロウェーブ技術入門講座 基礎編―マイクロストリップ・ラインの基礎からミキサ設計まで
谷口 雅彦
裸女の秘技絢爛絵巻―ストリップはいま…
荒俣 宏
万博とストリップ―知られざる二十世紀文化史
藤野 羽衣子
ストリップ万歳
広岡 敬一
性風俗写真館〈2〉赤線・ストリップ時代編
日本鉄鋼協会
わが国における最近のコールドストリップ設備および製造技術の進歩 (1977年)

小説  新昆類  (24-1) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 一九二九年ニューヨーク発「アメリカが死んだ日」株式暴落、世界恐慌同時大不況の突
入と戦乱の三十年代。イギリス・USAはケインズ社会政策をとりいれる経済政策によっ
て資本主義の循環危機を保守。スペインにおける人民戦線政府の誕生とそれをめぐる反動
勢力の転覆攻撃。ドイツ社会民主党の労働組合運動と選挙運動を帝国主義社民と批判し、
社民内分派闘争としてリープクネヒト・ローザ・ルクセンブルクによるドイツ共産党の創
出と、その指導による労働者武装蜂起の失敗。このとき、ドイツの政治空間は選挙ではな
くドイツ共産党員三十万人と、あたらしく勃興した国家社会主義党の街頭であった。スタ
ーリンに忠実であったドイツ共産党は三十万人の党員をかかえながら、ドイツ労働者の指
示を失い孤立。ナチスたる国家社会主義党は金融・銀行攻撃とユダヤ人排撃と反共突撃隊
によって、急速に支持を拡大し、やがて選挙で第一党になる。ヒットラーは国会放火がド
イツ共産党であるとする捏造によって、ドイツ共産党を壊滅。ナチズム運動の爆発的拡張
は国民的運動となった。なぜ、ドイツ共産党が敗北したかといえば、当時のスターリン指
導による世界共産党たるコミンテルンが「労働者の祖国ソビエトを守れ!」が第一方針だ
からである。国家社会主義党と競り合っていたとき、ドイツ共産党の演説は、「コミンテ
ルンはこういう方針をだした!労働者の祖国たるソビエトをまもれ!」という国際主義し
か演説できなかった。ドイツ労働者の動物的本能の自己遺伝子と模倣子に接近できた演説
は国家社会主義党の側であった。ナチズム突撃隊は資本主義への憎悪を扇動したのである。
資本主義=ユダヤ人となり、商人たるユダヤ人は排斥された。これが近代市民社会の原罪
である。ドイツ革命の失敗は世界史に大きな打撃を与えた。結局、プロレタリアートは、
ナショナル(国)からインターナショナル(国際)へ転換できるのか? という命題であ
る。

 ドイツ社会民主党が中心になってつくった第二インターネショナルにおいては、プロレ
タリアートは国民国家に組織され、戦争に動員されてしまった。人類という概念ははたし
て存在するのかということである。同類どおしが殺し合いをやる人間とは、はたして類的
存在であるのか? という根底的懐疑から人間存在に絶望するニヒリズムは誕生する。二
十世紀の哲学的命題はすべて第一次世界大戦後に出現してしまっていると、いわれている。
敵対し国民国家どおしの世界戦争に愛国主義により戦争に賛同し解体した第2インターナ
ショナルの反省から、ロシア革命勝利による全世界労働者の鼓舞と高揚からレーニン指導
によって誕生したのが、第三インターナショナルである。しかし、レーニン死後、スター
リンによって、「全世界労働者は労働者の祖国ソビエトを帝国主義とファシストから防衛
せよ!」に転換させられた。この革命的批判として、スターリンとの党内闘争に敗北し追
放されたトロツキーによって建設されたのが、第四インターナショナルであった。ユダヤ
人であったトロツキーは世界共産党の悪魔として固有名詞にされてしまった。いわゆる
「トロッキストの策動」という固有名詞である。こうしてトロツキーはスターリンが放っ
た暗殺者によってメキシコで頭蓋骨をピッケルで割られるという思想者特有の暗殺のされ
方で殺された。日本においては一九七七年、ある党派がおのれの哲学と政治思想を批判す
る敵対党派の最高指導者を二名暗殺した。その指令の方法はスターリンと類似していた。
まず、頭蓋骨を叩き割るのである。永遠にその頭から思想と言語が飛び出さないように、
まず頭蓋骨から殲滅するのであろう。

 これこそがイデオロギー戦争の現実原則が激突するアンダーグランドの政治空間である。
「自民党の汚職には怒りの一票で」などと、はしゃいでいる近代市民社会には、本来の政
治空間などは存在していないばかりでなく、市民社会とは成人式の晴れやかな、つぎから
次へと出現する衣装の豊富な量であり、不断に自己の裸身を着飾ることが制度となってい
る。市民社会とはアトミズムなのだ。動物的本能をかくすことに最大限のエネルギーをさ
くのである。ゆえに疎外された仮想関係として成立している。市民社会とは人間が商品で
あることを前提とする不断の商品再生産システム装置。ゆえに商品を汚し分析し批判する
イデオロギーは嫌悪されるのである。「あなた暗いわね」と。たしかに七十年代は暗かっ
た。国家権力に反対する青年たちを、「あいつらは、連合赤軍だ、きおつけろ」こうした
言葉で、自己を正当化し、ひたすら、経済とマイホーム獲得に奔走してきたのである。自
分の企業がもうかれば自分の給料があがる、という高度経済成長が国民的価値観であった。
土地を取り上げられた三里塚農民の叫び声も全国農業協同組合は無視したばかりでなく、
国家官僚の指示で、農作物を市場から排除したのである。国家に反対するものには、徹底
した弾圧と排除を!アンダーグランドにたたき落とせ! これこそが市民社会の原罪であ
る。ゆえに日本とは明治近代成立時からふたつの空間に分裂してきたのだ。アンダーグラ
ンドにおいては何人もの政治青年たちが殺され、あるいは思想において自殺してきた。情
念のマグマと鬼怒一族・有留一族の古来からの怨霊は通底している。

 現在の日本における根底的危機とは、六十年代から七十年代の街頭世代としてのスチュ
ーデント・パワーを上部構造とシステムに迎え入れなかったことによる。フランスでは六
八年パリ五月革命世代を八十年代の社会党ミッテラン政権時において文化大臣にまでさせ
て、歴史が迎え入れることに成功した。USAにおいても、クリントン・ゴア政権として
迎え入れることに成功した。中国においても紅衛兵世代は指導的立場で活躍している。し
かし日本はこの世代を政治から徹底的に排除した。ゆえに日本の団塊の世代はある無意識
な動物的本能をもって、日本解体を促進している。全共闘世代は街頭と社会において侵略
戦争を経験した軍人世代によって敗北を強いられたのである。日本システムが受け入れた
のは、六八年世界街頭運動への傍観者であった人間か、あざやかに変節した人間のみであ
った。世界的に街頭パワーとして表出した団塊の世代とは、第二次世界大戦後すぐに誕生
した世代である。その自己遺伝子と模倣子には世界大戦が根源にある原子を内包している。
原子爆弾の世代といっても過言ではない。ゆえにおそるべき世代なのである。九五年オウ
ムによる無差別テロとして東京中枢に戦争を行使した戦略参謀としての人物はこの世代だ
った。まさにアンダーグランドからの市民社会に対する正義なき最初の一撃であろう。

 世代圧殺の森として霞ヶ関を敵と射程したのはなぜか? 問題は有名大学出身の三十歳
代というスキル世代ではない。問題は六十年代から七十年代を街頭へと疾走した世界紅衛
兵世代である。パリニューヨーク・ワシントン・北京・ソウル学生四月革命・そして日本
各地の都市と大学・高校その地球的連動とは、やはりこの世代が原子爆弾という、ある物
質とある物質が衝突するとき、すざましいエネルギーが表出するという原子を、おのれの
動物的本能たる自己遺伝子と模倣子に核として作動させているからである。あいまいな態
度に終始して日本全国のお客さんを失望のどん底たる幻滅をあたえてくれた自民党・加藤
六十歳世代はよく「日本をダメにしているのは責任を回避する五十歳代である全共闘世代
だ」と、憎悪して、言う。しかしかれらの弱点は、自民党・加藤によって明らかになった。
いわゆるマス・メディアにたいする根底的懐疑が欠如しているのだ。たしかに社会人とし
て優しき大人ではあるが、おのれをめぐる情勢分析が、あまりにも自己解釈として作動す
るのである。いわゆる戦争をしらないのであり平和でなければならないという、神話にあ
る、小市民としての典型である。

 「およそ、戦争は人間の弱点を前提とする。そしてまさにこの弱点を衝くことを本旨
  とするのである」                クラウゼヴィッツ『戦争論』

 ところが現在五十歳後半~60歳前半としての団塊の世代は、その青春時において、同
世代が党派闘争として戦争をしてきたのである。かれらは子供の頃からエネルギッシュに
同世代人口が多いため競合してきた。まさに競争によって鍛えぬかれた世代であり、知識
欲は優れている。そしてかれらの動物的本能たる原子は戦争であるから、組織形成は軍隊
として自然生成させることができる。運命づけられた組織者なのである。そこに六十歳代
後半のごとく、「あれも、これも」という逡巡はない。まさに農村から北京に結集し文化
大革命をなしとげた紅衛兵の世界同期世代なのだ。

 日本は再度この二十一世紀ゼロ年代に、アンダーグランドから第二撃が、出来事として
現出することは間違いないであろう。この帝国主義市民社会とアンダーグランドが、ふた
つの日本として分裂進行していることこそが、最大の危機なのである。これをマトリック
ス政治空間という。二重言語と複合、いまなお、われわれは寺山修司と三島由紀夫の呪縛
にある市民社会に生きている商品である。

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中村 哲
1930年代の東アジア経済―東アジア資本主義形成史〈2〉
今橋 映子
パリ・貧困と街路の詩学―1930年代外国人芸術家たち
F.L. アレン, Frederick Lewis Allen, 藤久 ミネ
シンス・イエスタデイ―1930年代・アメリカ
児玉 数夫
1930~1950年代 洋画アドグラフィティガイド
成田 龍一
“歴史”はいかに語られるか―1930年代「国民の物語」批判
田中 仁
1930年代中国政治史研究―中国共産党の危機と再生
吉原 正彦
経営学の新紀元を拓いた思想家たち―1930年代のハーバードを舞台に
堀江 あき子, 谷口 朋子
こどもパラダイス---1920~1930年代 絵雑誌に見るモダン・キッズらいふ
奥 須磨子, 羽田 博昭
都市と娯楽―開港期~1930年代
富田 武
スターリニズムの統治構造―1930年代ソ連の政策決定と国民統合
和田 英次郎
スピードとエレガンス―1930年代の車たち
中谷 彪
1930年代アメリカ教育行政学研究―ニューディール期民主的教育行政学の位相
高取 英
寺山修司
寺山 修司
寺山修司演劇論集 (1983年)
寺山 修司
パフォーマンスの魔術師―寺山修司の芸術論集
寺山 修司
寺山修司の仮面画報
寺山 修司
アメリカ地獄めぐり―性・暴力・詩・映画・演劇・政治 寺山修司評論集 (1969年)
前田 律子
居候としての寺山体験
三島 由紀夫
宴のあと
保阪 正康
三島由紀夫と楯の会事件
三島 由紀夫
中世・剣
村松 剛
三島由紀夫の世界
三島 由紀夫, 古林 尚
三島由紀夫最後の言葉
松本 徹
三島由紀夫 エロスの劇
三島 由紀夫
金閣寺