少し前のこと。
以前から気になっていた路線バスに乗ってみた。
JR成田駅から八日市場駅までを結ぶバスだ。
JRバス関東が運行している。
時刻表上、約1時間半ほどかかる。
この日、始発からではないが、成田市内から乗車して終点の八日市場駅まで行ってみた。
成田空港近くまでは乗車したこともあるが、その先は未知の路線。
裏道へと進んでいく。
少ない乗客はさらに減っていき、途中からは3名になる。
千葉県には高い山はないが、木々に囲まれた小山のような場所も走る。
一面畑が広がる景色、小さな集落の生活ぶりなども眺められ、旅の気分はかなり味わえた。
定刻通り、終点の八日市場駅に到着した。
自分も含めて下り立った3人はいずれも旅人もしくはマニアのようだ。
すぐにバスや周辺をスマホで撮影し始める。
もちろん、ワタクシも、だ。
八日市場に来る用事はなかった。
しかし、折り返しで戻るのはもったいない。
どこかで昼呑みしようと目論んでいた。
駅前に2軒、目的を果たせそうな店があった。
中華料理店とファミリーレストラン。
どちらも地元密着のような風情で選択に窮する。
そこで、両店制覇を決意した。
まずは中華料理店の「伊好家」に入った。
何組かの先客が昼食をとっていた。
座敷もあり、かなり年季の入った店内で趣きがある。
瓶ビールを注文すると、栓を抜かずに栓抜きと共にビールが運ばれてきた。
最近、経験した記憶がなく、なんとなく懐かしい気がした。
柿の種も添えられる。
次は、こちら。
器、味、どちらも「ザ・町中華」だ。
ご機嫌になる。
続いて、こちら。
エビチリではなく、エビのケチャップ煮とメニューに書かれていた。
たしかに辛くない。
料理の一品料理にはハーフサイズが用意されているのは嬉しい。
「餃子の王将」でいえばジャストサイズというやつか。
これもハーフサイズにした。
紹興酒の小瓶も1本追加した。
落ち着く店だ。
いつしか店内は自分だけになった。
レジでは店員さん同士で伝票の確認をしており、その会話がおもしろかった。
「これは○○さん」
「これはいつも○○を注文する男の人」
自分は、
「昼過ぎから奥の席でグダグダ独りで吞んでいた初めての男の人」
とでも言われるのかもしれない。
本当はもっとゆっくりしたかったが、「次」もあるので出ることにする。
次いで、隣りのファミリーレストラン「ぶんしん」に行ってみた。
ずいぶんとかわいい白とピンクを基調とした店内。
ご高齢のお嬢様店員さんが愛想良く接客してくれる。
ビールの後にハイボールも注文。
このハイボール、とても酒の味がした。
つまりは濃い。
水みたいなテキトーな店ではないのである。
嬉しい。
そして、ハイボールにもまた柿ピーが付いてきた。
2杯目の酒からは付いてこない店がほとんどだと思うが、こんなところにも気遣いが感じられた。
嬉しい。
ただし、その袋には手を付けなかった。
あまりにお腹いっぱいだったからだ。
ふと「boca(ボカ)」というスペイン語が浮かんできた。
グアテマラでルチャリブレ(プロレス)修行をしていた時代、大衆食堂のメニューでよく目にした単語だ。
本来は「口」を意味するが、中米では「酒のつまみ」とも訳される。
cerveza(ビール)の隣りに「con boca(コン・ボカ)」と書かれていたら、つまみ付き。
きょうの2つの店のように、ちょっとした何かが付いてきたのである。
ご丁寧に「sin boca(シン・ボカ)」と書かれている店もあって、そちらはつまみは付かないことを意味する。
一度、つまみが来ないとクレームを言ったら自分が間違えていて恥ずかしい思いをしたこともあった。
八日市場駅前の食堂で、しばし四半世紀前の遠いグアテマラの食堂の思い出に浸った。
帰りのバスの時刻に合わせて席を立った。
「時間待ちでたくさん吞んでいただいてありがとうございます。電車ですか、高速バスですか?」
と会計で訊かれる。
「バスです」
「東京ですか?」
「成田なんです。路線バスで」
「あらー、そうですか。またどうぞ」
そんな会話を交わしてから店を出た。
乗客は自分一人。
乗降客がないままバスはひた走る。
そして、いつしか眠りに落ちる。
わずか1時間半ほどの八日市場駅前昼呑みだったが、その往復の時間も含め旅の愉しみを存分に味わえた。