空閨残夢録 -20ページ目

空閨残夢録

上層より下層へ 
中心より辺境へ 
表面より深淵ヘ 
デカダンよりデラシネの戯言


 札幌では、今、ライラックの花が満開となり、大通公園ではライラック祭りが開催されている。そして可憐な鈴蘭も庭に咲きはじめている。

 鈴蘭の花は白く小さな鐘のような形で、麗しく清楚な花である。北海道では原野の林内でも自生しているのを見かけるが、庭で栽培されているものはドイツスズランが多いらしい。

 スズランの学名のコンバラリアは、ラテン語の“ Convallis (谷間)”が由来で、英語では“Lily of the valley(谷間の百合)”または“May lily”、フランス語では“Muguet”で、フランスでスズランの花は「聖母マリアの涙」の象徴とされている。

                      

 日本のスズランは別名で“君影草”の名前もある。ドイツでは「五月の小さな鐘」と呼んでいるらしく、西欧ではこの花を五月に愛する人に贈る風習があり、この花を贈られると幸福が訪れると信じられている。鈴蘭の花言葉は、純潔、繊細。

 鈴蘭の可憐で清らかな白い花は、香りも姿形と重なるように芳しいのだが、クリスチャン・ディオールの香水で、「ディオリッシモ」は、鈴蘭の芳香をトップノートにしている佳品で、今でもロングラン商品である。




 ディオールの有名な香水であるこのディオリッシモは、調香師エドモン・ルドニッカの制作で、“草原に咲く鈴蘭”をイメージして調香したそうだ。しかし、スズランを自然に蒸留し薫りを保つのは至難の業らしく、この香水はスズランの天然香料は使用されていない。

 このディオリッシモという香水を、つけ始めの最初から、その残り香の消えるまで、やわらかくエレガントに包みこんで香るのが特徴的でる。

 ディオールが「広く大勢の若い女性に使ってもらいたい」と願って作られた香水であるが、その通り発売以来、世界中の女性に愛用され続けているパフュームである。(了)






 心正しき者の歩む道は、心悪しき者の利己と暴虐の不正によって包囲される。
 
祝福されるべきは、愛と善意の名において暗黒の谷で弱き者を導く者。
 
 なぜなら、彼こそが兄弟を守護する者にして迷い子たちを見出す者だからだ。
 
そして、おまえがわたしの兄弟を毒し、滅ぼそうとするとき、
    
わたしはおまえに激しい怒りでもって大いなる復讐の鉄槌を下す。
 
わたしがおまえに復讐の鉄槌を振り降ろすとき、
    
おまえはわたしが主であることを知る。



 クエンティン・タランティーノ監督による1994年の映画『パルプ・フィクション』で、サミュエル・L・ジャクソン演じるギャングのジュールスが、裏切り者を射殺する前に、旧約聖書のエゼキエル書25章17節だと言って聞かせる文章が上の一文。この言葉は最後のエピローグでも再び登場する。そしてプロローグと連関もしてもいる一節。

 しかし、この語られる言葉は本邦で翻訳された旧約聖書よりも、映画のなかのセリフとなっているのは文学的な構文で、言葉の響きを秘めたレトリックの文脈をなしている。ついでながら以下に、日本で翻訳された旧約聖書のテキストのエゼキエル書25章17節を記せておこう。

---------------------------------------------

わたしは、彼らを憤りをもって懲らしめ、大いに復讐する。
 
わたしが彼らに仇を報いるとき、
    
彼らはわたしが主であることを知るようになる。





 『パルプ・フィクション』は、ひとつの作品が、3つの物語により、時系列的にチャプターが主役と脇役が入れ替わりながら進行する構成で展開する。これはオムニバス形式ではなく一連の繋がりはリアルに全体としてあるのだが、3つのアンソロジーは結末に収斂し整合されていく独特の演出となる。

 個人的に好きなエピソードは「金時計」の物語。これは落ち目のボクサーを演じるブルース・ウィリスことブッチのお話し。八百長の試合で5回戦でノック・アウトされるハズが、暗黒街の顔役マーセル・ウォルレスを裏切って試合相手を殴り殺してしまう。

 当然にマフィアに追われるハメとなったブッチだが、 恋人ファビアンと逃走しようとしたが、ファビアンがブッチのアパートから金時計を忘れてしまう。この時計は曽祖父の遺品で、祖父、そして父へと受け継がれた大切な遺品、ブッチの大切な命よりも大事な宝物であった。

 この宝である金時計を幼い日にベトナム戦争で死んだ父の遺品を持って、ブッチの前に亡き父の戦友が訪れる。短い場面だがクリストファー・ウォーケンがクーンツ大尉として登場するのが味があり重厚な名演と存在感を与えている。これにより金時計は大きなオブジェとして映画の物語で輝きを見せている。



 別なエピソードでザ・ウルフを演じたハーヴェイ・カイテルも短い場面の登場だが一際存在感を誇示しているのが印象的。この場面でタランティーノ監督も役者として出演しているのが見所である。

 アクション的な要素でいえば、ブッチが敵と戦う場面で、最初にハンマーを持つけど、止めて、バットを持つけど、電動のチェンソーに替えたが、日本刀に眼が入り、それを武器に決めて切り込むシーンが最高ですネ。これで狙われているマーセルを助けるのも心情的にスバラシイ場面であろう。これは日本的な仁義と義侠心を感じさせてくれる名場面である。




 暗黒街の顔役マーセルの妻役をユア・サーマンが演じているが、ジョン・トラボルタと“ジャック・ラビット・スリム”という1950年代をテーマにした秘宝館みたいなレストランで、二人がツイストを踊るシーンも最高の演出場面である。

 このレストランで、トラボルタ演じるビンセント・ベガが注文したのは、飲み物が“ヴァニラ・コーク”に、食べ物は“ダグラス・サーク・ステーキ”である。このステーキはいわゆるガーリック・サーロイン・ステーキだと思われる。

 ユア・サーマン演じるミア・ウォレスがオーダーした飲み物は、なんと5ドルもする“マーティン・ルイス”というミルク・シェイクと、“ ダーワード・カービィ・バーガー”というハンバーガーだった。

 5ドルもする飲み物に対してビンセントはバーボンでも入っているのかとウェイターに尋ねるが、どうやらアルコールなど添加されていない所謂純正なミルクセーキである。このミルクセーキにはチェリーが一粒飾られているが、ミアはこのチェリーを口の中で弄ぶようにおしゃぶりするシーンはお下品ながら妖しくカッコイイ場面である。

 このミアが弄ぶ赤いチェリーはマラスキーノ・チェリー(Maraschino cherry)であろう。アイスクリームやパフェなどの添え物としてよく使われる、砂糖漬けされた甘く赤いチェリーだが、このマラスカ種の本物であるタイプはなかなか日本では入手できない。

 日本に流通しているのは「マラスキーノ・スタイル・チェリー」であり紛い物である。色の薄いチェリー(ロイヤルアン種、レイニアー種、ゴールド種など)から作られ、収穫したチェリーを、まず塩水に浸し、それから着色剤、シロップ、アルコール、香味料などに漬け込む。赤く染めたチェリーはアーモンドの、緑に染めたチェリーはミントの香りを付けらることが多い。

 「マラスキーノ」は、チェリーの1種であるマラスカ種と、それから作られるリキュール(昔は酒にチェリーを漬け込んだ)に由来する名前。元々は王族や裕福な人々のための愉しみとして生産され消費されてきたチェリーだが、19世紀に初めてアメリカに輸入され、高級なレストランで供されるようになった。

 20世紀になるころには、アメリカの生産者は現在のように、このチェリーに、アーモンドのエキスでフレーバーするようになった。1920年代の禁酒法時代に、現在のようにアルコールではなく、塩水を用いる方法が考案されるようになった。したがって、現在のマラスキーノ・チェリーは、アルコール飲料である酒類の「マラスキーノ」とは関連がない。

 イタリアのサクランボを原料にしたリキュールで、ルクサルド社の製品のマラスキーノはマラスカ種のサクランボが原料に、フランスはマルニエ・ラポストル社のチェリー・マルニエと、デンマークのヒーリ ング・チェリー・リキュールは、グリオット(griotte)種を原料としているようだ。

 5ドルもするミルクセーキだから、ミアの口にしたチェリーはフランス製のコアントロー漬けのグリオッティーヌだとも考えられるが、ミアはチェリーを口で弄ぶだけで食べず終いで、トイレでコカインを吸引し、帰宅後に更に薬物を摂取して瀕死の状態に見舞われる。ビンセントの必死な介護で一命をとりとめるミアだが、ビンセントは次のチャプターでブッチに命を奪われる展開となる。

 さて、ミルクセーキとは、つまり、ミルクと砂糖と卵をシェイクした飲み物で、アルコールの添加されないカクテルともいえるが、酒類を添加すればエッグノッグというカクテルになる。マンハッタンというカクテルにはマラスキーノ・チェリーが添えられるが、タランティーノ監督はこの映画で酒を登場させないのが興味深いけど、麻薬と暴力は全開に登場するノワール作品である。

 ハードボイルドの小説や映画では、酒やカクテルは重要なアイテムであるが、タランティーノ監督の映画ではアルコールの気配が無いのが面白いといえる。(了)



 




 先日の5月15日木曜日の午後に、豊平川上流域の札幌市南区定山渓を散策する。日当りの好い川縁や崖の斜面では、北海道で人気の山菜である「行者大蒜」が食べごろを過ぎて葉が大きく開いていた。この山菜はボクが子どもの頃には「アイヌネギ」と主に呼ばれていた植物である。

 アイヌの人々はこれを「キト」或いは「キトビロ」と呼んでいた。和名の「行者大蒜(ギョウジャニンニク)」と名付けたのは植物学者の牧野富太郎博士で、修験道の山岳修行者が荒行の食にして精をつけた山菜だったことからの命名である。

 この葱科の植物の臭気は韮より大蒜より一層強烈で、この臭いからアイヌは魔除けとして祈祷に使ったのであるが、「祈祷びる」が「キトビロ」の語源ともされる。「野蒜(のびる)」が本州の野山で食べられているであろうが、つまり、「祈祷蒜」が「キトビロ」と発音が変化したと察する。

 行者大蒜は蝦夷地のお花見でジンギスカン鍋の具材として、又は卵とじ、おひたし、餃子の具に、醤油漬けにして保存したりと使われて食べられている。滋養強壮、風邪の予防、便秘、脚気、肺病などに効果があると、その昔から伝わる山菜なのである。

 学名を Allium victorialis ssp. platypbyllum の行者大蒜は、百合科多年草であり、鱗茎や葉に、きわめて韮や大蒜より強い刺激臭がある。近畿地方以北の山岳地帯、北海道、千島列島、サハリン、東シベリアに分布する。ヨーロッパからシベリア内陸部の森林帯に分布する基準亜種のアリウム・ウィクトリアリス・ウィクトリアリス ssp.victorialis は本邦の行者大蒜より幅の狭い楕円形の葉をつけるらしい。

 西欧ではラムソンもしくはワイルドガーリックまたは熊葱(ベアラウフ)などと呼ばれるらしい。アイヌ民族は春先に大量に採集し、乾燥保存して一年間利用していた。オハウ(汁物)の具としたり、ラタシケプ(和え物)に調理して食べる。

 行者大蒜の花は、葱属植物特有の球形の形状で、いわゆる葱坊主のように丸く白っぽい。ニンニクよりもアリシンを豊富に含んでおり、抗菌作用やビタミンB1活性を持続させる効果があり、血小板凝集阻害活性のあるチオエーテル類も含むため、血圧の安定、視力の衰えを抑制する効果がある。成分を利用した健康食品も販売されている。

 栽培された行者大蒜は刺激臭が野生のものより弱くなる。それでも大蒜の成分に近いためか、食べたときの風味も大蒜に近く独特の臭いを持ち、極めて強い口臭を生じることがある。野生のものは食べると排便にも強烈な臭いを放ちかなり辟易する。

 行者大蒜の食べ頃は以下の映像ぐらいの時で、今では道内で栽培もされているから札幌市内のスーパーマーケットの蔬菜売り場のコーナーで普通に見ることができる。しかし、栽培種は野生種よりも独特の強い臭気は弱い。




 先日、5月15日木曜日の午後、札幌市南区の最南端である定山渓に行く。ここは札幌市内を流れる豊平川の上流域の渓流。札幌の市街地にある植物園の野草園と開花が約2週間は違う山間部でもある。







  カタクリ



  ヒトリシズカ








  数日前にカタクリの咲いていた場所にシラネアオイが咲き始めた。