本草渉猟博物嗜癖 その一 『行者大蒜』 | 空閨残夢録

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 先日の5月15日木曜日の午後に、豊平川上流域の札幌市南区定山渓を散策する。日当りの好い川縁や崖の斜面では、北海道で人気の山菜である「行者大蒜」が食べごろを過ぎて葉が大きく開いていた。この山菜はボクが子どもの頃には「アイヌネギ」と主に呼ばれていた植物である。

 アイヌの人々はこれを「キト」或いは「キトビロ」と呼んでいた。和名の「行者大蒜(ギョウジャニンニク)」と名付けたのは植物学者の牧野富太郎博士で、修験道の山岳修行者が荒行の食にして精をつけた山菜だったことからの命名である。

 この葱科の植物の臭気は韮より大蒜より一層強烈で、この臭いからアイヌは魔除けとして祈祷に使ったのであるが、「祈祷びる」が「キトビロ」の語源ともされる。「野蒜(のびる)」が本州の野山で食べられているであろうが、つまり、「祈祷蒜」が「キトビロ」と発音が変化したと察する。

 行者大蒜は蝦夷地のお花見でジンギスカン鍋の具材として、又は卵とじ、おひたし、餃子の具に、醤油漬けにして保存したりと使われて食べられている。滋養強壮、風邪の予防、便秘、脚気、肺病などに効果があると、その昔から伝わる山菜なのである。

 学名を Allium victorialis ssp. platypbyllum の行者大蒜は、百合科多年草であり、鱗茎や葉に、きわめて韮や大蒜より強い刺激臭がある。近畿地方以北の山岳地帯、北海道、千島列島、サハリン、東シベリアに分布する。ヨーロッパからシベリア内陸部の森林帯に分布する基準亜種のアリウム・ウィクトリアリス・ウィクトリアリス ssp.victorialis は本邦の行者大蒜より幅の狭い楕円形の葉をつけるらしい。

 西欧ではラムソンもしくはワイルドガーリックまたは熊葱(ベアラウフ)などと呼ばれるらしい。アイヌ民族は春先に大量に採集し、乾燥保存して一年間利用していた。オハウ(汁物)の具としたり、ラタシケプ(和え物)に調理して食べる。

 行者大蒜の花は、葱属植物特有の球形の形状で、いわゆる葱坊主のように丸く白っぽい。ニンニクよりもアリシンを豊富に含んでおり、抗菌作用やビタミンB1活性を持続させる効果があり、血小板凝集阻害活性のあるチオエーテル類も含むため、血圧の安定、視力の衰えを抑制する効果がある。成分を利用した健康食品も販売されている。

 栽培された行者大蒜は刺激臭が野生のものより弱くなる。それでも大蒜の成分に近いためか、食べたときの風味も大蒜に近く独特の臭いを持ち、極めて強い口臭を生じることがある。野生のものは食べると排便にも強烈な臭いを放ちかなり辟易する。

 行者大蒜の食べ頃は以下の映像ぐらいの時で、今では道内で栽培もされているから札幌市内のスーパーマーケットの蔬菜売り場のコーナーで普通に見ることができる。しかし、栽培種は野生種よりも独特の強い臭気は弱い。