観戦記2448 PRIDE.26 ミルコ・クロコップvsヒース・ヒーリング | 人生マイペンライ

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格闘技を愛し50歳過ぎても殴り合う

《本日のDVD鑑賞》

 

先日、岩佐選手の海外での挑戦者決定戦&挑戦、統一戦などのハードマッチメイクは 「弱い選手と闘わない」 という約束でプロ入りした井上尚弥選手を凌ぐハードマッチメイクだと書いた。しかし、マニー・パッキャオしかりボクシング先進国以外では当たり前のことだろうし「噛ませ犬」が噛み返して世界へ駆け上るのが真剣勝負の醍醐味。噛ませ犬ではなくても、この選手ならスター候補と対戦したら面白い試合をするだろう!あからさまな「スター選手保護」と思われないマッチメイクで客が呼べる!と重宝がられる選手というのも多くいて、勝敗以上の価値を出す選手は人気者になる。

ボクシング以外の格闘技だと王座や団体の多さもあって様々な団体を渡り歩けるスター選手、もしくはスター選手が団体初登場などで抜擢されるスター選手は多くいた。

その中でも、PRIDE、HEROS、K-1 Dynamite、UFC、RIZINに参戦し、しかもスター選手との激戦を繰り広げMMAの歴史のような選手が‘テキサスの暴れ馬‘ヒース・ヒーリング!

 

1987年3月にアメリカのテキサス州ウェーコで生まれた‘テキサスの暴れ馬‘ヒース・ヒーリングはアマリロで育ち、サッカーをしていたが18歳からMMAの練習をしながらウェスト・テキサスA&M大学でレスリングを習う~コンピュータープログラムの仕事をしながらサンボを習い全米選手権で優勝。

1997年4月に20歳でUnified Shoot Wrestring Federation.4でデビューして、クリス・ギリンに1Rで1本勝ち~12月のUnified Shoot Wrestring Federation.7で、エヴァン・ターナーとのUSWFヘビー級王者決定戦は1Rに棄権敗けで王座獲得ならず~11月にPSDAでエヴァン・ターナーに1Rで1本勝ちしてリベンジすると、様々なマイナー団体でさらに2勝1敗~1999年6月のバス・ルッテントーナメントでは、2試合とも1Rに1本勝ちして優勝~7月のWorld Vate Tudo Championshipトーナメントで、決勝まで進むもアレッシャンドリ・カカリコに1-2の判定負け~9月のSuper Browl.13トーナメントでは、1回戦でロッキー・バティスティーニに1Rで1本勝ち~同日の準決勝でも、ショーン・マッコリーに1Rで1本勝ち~決勝でも、ボブ・シュライバーに1RでTKO勝ちして優勝。

2000年にもマイナー団体で2連勝して、6月のPRIDE.9で初来日しウィリー・ピータースに1Rで1本勝ち~10月のPRIDE.11でも、トム・エリクソンを1Rに1本で降す~12月のPRIDE.12では、エンセン井上選手に1RでTKO勝ち~2001年3月のPRIDE.13でも、ソボレフ・デニスに1Rで1本勝ち~5月のPRIDE.14では、ビクトー・ベウフォートに判定負け~7月のPRIDE.15で、マーク・ケアーを2RにTKOで降す~11月のPRIDE.17でアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとPRIDEヘビー級王者決定戦で対戦も判定負け。

2002年2月のPRIDE.19で、イゴール・ボブチャンチンに判定勝ち~9月のPRIDE.22でも、コーチキン・ユーリに1RでTKO勝ち~11月のPRIDE.23では、エメーリヤエンコ・ヒョードルに1R終了時TKO負け

 

そして、またもヒーリングらしい門番的なマッチメイクで対戦するのはPRIDE3戦目となるミルコ・クロコップ!

 

1974年9月にユーゴスラビア社会主義連邦共和国を構成するクロアチア共和国に生まれたミルコ・フィリポヴィッチは、幼少期から民族紛争真っただ中で育ち 『その頃の私は戦争に対する怒りに任せて、ひたすら体を鍛え続けるようになっていた。自分が強い男になってみんなを守り、もう誰も死なせないと心に誓ったからだ』 と独学でトレーニングをする~7歳からテコンドーを始め、その後空手も習うがユーゴスラシア紛争で18歳の時に軍隊に入る~軍隊でキックボクシングのトレーニングを続けていると上官から 『私はあなたが将来特別な兵士になるとは思わないが、いつか良いファイターになると信じている。だから通信を学ぶ必要はない。あなたを解放するので、その分、1日2回トレーニングを積んで欲しい。そしていつか母国に誇りを持たせて欲しい』 と言われる。

初代K-1王者のブランコ・シカティックの弟子として1996年3月のK-1で初来日し、ミルコ・タイガーのリングネームで前年のK-1GP準優勝のジェロム・レ・バンナに判定勝ち~5月の準々決勝は、アーネスト・ホーストに判定負け~シカティックのジムを離れ、アマチュアボクシングの国内王者~地中海競技会で銀メダル~1997年には世界選手権に出場~テロリスト対策の特殊部隊に配属もされている。

1994年4月にK-1に再登場し、K-1GP予選2回戦でジャビット・バイラミに延長判定負け~しかし怪我人が出て、10月の決勝大会に出場~マイク・ベルナドル、武蔵選手、サム・グレコを破るも決勝でアーネスト・ホーストに3RKO負け。

2000年のK-1GPも予選大会を勝ち抜くが、12月の決勝大会は1回戦でアーネスト・ホーストに延長判定負け~2001年も富平辰文選手、ピーター・アーツ、に勝利も、GP予選でマイケル・マクドナルドに1RでKO負け~そして8月にK-1で藤田和之選手とMMAルールで対戦し1RにヒザでTKO勝ち 『観戦記369』11月のPRIDE.17では、高田延彦選手とドロー~大晦日のINOKI BOM BAYEでは、永田裕司選手を1RにKOする~2002年にK-1に戻り柳澤龍志選手、マーク・ハントに勝利~4月にはPRIDE.20に出場し、特別ルールでヴァンダレイ・シウバと対戦しドロー 『観戦記371』

 

7月にK-1で、レミー・ボンヤスキーに2RでTKO勝ち~8月のDynamiteでは、桜庭和志選手を2RにTKOで降す~大晦日のINOKI BOM BAYEでも、藤田和之選手との再戦に判定勝ち。

 

そして、ミルコ自身も望んだと云われるPRIDEに再参戦!いままでは日本人、ヴァンダレイと体格的には有利な相手とのMMAだったミルコだが、本格的なヘビー級MMA選手であるヒース・ヒーリングに対しどんな闘いができるか!?リングサイドには井上康生さん!

 

2003年6月8日 PRIDE.26 ヒース・ヒーリングvsミルコ・クロコップ

 

ヒース・ヒーリング 20勝8敗

 

ミルコ・クロコップ 4勝無敗2分

 

1R、様子を見ながら廻るミルコに、ヒーリングが組み付きにいく!

 

ミルコは切って離れる~ヒーリングは再び突っ込み、ミルコは左を狙う!ヒーリングは再び左ストレートで突っ込むも、ミルコはかわしてカウンターを狙う!

 

ミルコは左ストレートを狙い、ヒーリングは左ミドル~ミルコがキャッチして投げる!

 

ミルコは深追いせずに、グラウンドへ誘うヒーリングに立ってこいと手招き!

 

スタンドに戻りミルコのパンチにヒーリングがローも、ミルコは蹴り足をキャッチしにいく

 

離れて再びヒーリングが突っ込むが、ミルコはヒザで迎撃!

 

再びヒーリングが胴タックルも、ミルコは投げ捨てる!そしてミルコは、再び立ってこいと手招き!

 

スタンドでヒーリングが突っ込むも、ミルコは余裕ある動きでかわす

 

ミルコがプレスかけ、ヒーリングをコーナーに追い込むがヒーリングは足を取り押し返す!ついにミルコがハイキックを出すが、ヒーリングもしっかりブロック

 

今度はヒーリングがパンチ~ハイキックも、ミルコはバックステップしてかわす

 

ミルコが左ストレートで踏み込むが、ヒーリングはタックル!しかし、ミルコは切る!

 

それでもヒーリングは、ここがチャンスと組み付くがミルコはガブる

 

ミルコが、これぞPRIDEルール!という4点ポジションでのヒザを連打!

 

ヒーリングは潜りながら、上手く肩で押し上げ抜け出す

 

スタンドに戻りパンチが交差する~ついにミルコのミドルがカウンターで当たる!

 

ヒーリングが再三タックルも、ミルコは切って立てよ!と挑発する!

 

再びヒーリングが胴タックルにくるところに、ミルコの左ミドルがヒーリングの脇腹をエグる!

 

ヒーリング効いた!苦しそうに崩れるところにミルコの左!

 

ひっくり返ったヒーリングに、ミルコがパウンドの嵐!

 

横を向いて動けないヒーリングに、レフリーが飛び込んで止める!

 

見事にミルコ・クロコップが1RにTKO勝ち!レスリング出身のヒーリングのタックルを切りまくり、ミルコがこれだけの完勝をするとは・・・・

ミルコは 『気持ちいい。PRIDEのリングで実力を発揮できた』 ヒーリングに対しては 『心が強い。PRIDEのトップファイターだと思う。でも、今日のファーストコンタクトで彼は私を捕まえられないと思った。捕まえられないのなら立ち技では絶対に負けない自信があった。予定通りの展開だった。捕まえられていないのでそれ以降のことは想像していない。もし捕まったとしても間違いなく脱出する技、レスリングや柔術のスパーリングを十分にしていた。基本的に問題はなかったと思う。グランドでヒースの頭を押さえて膝で頭を攻撃した時にもつれた。そこから脱出するときに右肘が引っかかった。無理やり引き抜いたときに少しピリッとしたので、アイシングをしているだけ。大丈夫です。PRIDEのスケジュールを考えて、時間が来たら必ずベルトを貰う』 と話す。

ヒーリングは 『非常にがっかりした。ファンは私にとって重要だから。ミルコは素晴らしい選手だと思う。もっと長く戦いたかった。アバラにいい攻撃をもらってしまった。タックルしてテイクダウンしようと何度も試したが、ミルコがとても速かった。立ち技の方が良いかなと思った。そのときにつかまってしまった。ボクシングとキックボクシングの技術が大変優れていた。でも、グランドに持ち込めなかったので、彼のグランドのスキルはわからない。グランドでは打撃をそれほど受けていないが、自分の反応が遅かった。レフェリーは正しい仕事をしていて、試合を止めた。運が悪かったと思う』と話す。

当時は立ち技選手がMMA選手にタックルを極められる何もできずに敗けていくシーンが多かったが、ミルコのタックルを切って打撃に徹底する試合振りに立ち技好き格闘技ファンは痺れた。

 

★ミルコは2ヶ月後もPRIDEでイゴール・ボブチャンチンと対戦! 格闘技blogランキングをクリック格闘技 ブログランキングへにほんブログ村 格闘技ブログへにほんブログ村