剣持久木『記憶の中のファシズム 「火の十字団」とフランス現代史』(講談社選書メチエ)・1 | 緑の錨

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歴史家の山本尚志のブログです。日本で活躍したピアニストのレオ・シロタ、レオニード・クロイツァー、日本の歴史的ピアニスト、太平洋戦争時代の日本のユダヤ人政策を扱っています。

 記憶というもののの意味、史実の重みがいわれる場合が多いのですが、もし記憶が誤っていたり史実とされるものがおかしければどうなるか、という問題があります。

 もちろん、歴史的事象について安易な評価は下せない。しかし記憶や史実に有力な疑いがある場合、忘却という救済も否定されるなら、当人もしくは遺族や支持者たちちにとっては、あえて不名誉を甘受するかあるいは「記憶」と戦いつづけるしかない。つまり名誉を守るためには、「集合的記憶」という怪物と永遠に戦いつづけるということになるのです。

 この凄絶な戦いの物語が、フランスの政治運動指導者ラロック中佐について起こったことのようです。

 戦後すぐに没したラロック中佐をめぐって遺族の闘争が可能になった背景には、フランスで「反論権」が認められているということがあります。巨匠の映画に対してすら、遺族が反論することができる。その結果として、政治的な「集合的記憶」と遺族は戦うことができるのです。

 現代にまで続くこの戦いの物語を背景に、「火の十字団」と指導者ラロック中佐の軌跡を綴ったのが、剣持久木『記憶の中のファシズム 「火の十字団」とフランス現代史』(講談社選書メチエ)です。

 これは丁寧に事実を検証していくスタイルを持ち誇張を避けながらも圧巻の研究であり、特に「記憶」の問題や責任の問題や史実と現代の関係を考える人にとっては、必読の書といえるように思います。