ハンニバルは、フェニキア人の大国、カルタゴの武将だ。「ローマ人の物語」なのに、なぜ表題が敵国の武将、ハンニバルなのか? 一世紀以上にわたるポエニ戦役で、ローマという国は大きく変容した。その核心に、この武将ハンニバルの29歳から終生にわたる戦いがあるからだ。
ローマは王政から共和制になり、ようやく同盟諸国をまとめイタリア半島を統一した。紀元前3世紀後半、救援を求められ、初めて海を渡ってシチリアへ兵を出したところから本書は始まる。船を持たなかったローマがモノマネで戦艦を急造し、ブサイクな操船でカルタゴの失笑をかう・・・そんなローマがカルタゴと渡り合い、地中海の覇権を奪い、戦いはやがてギリシャ・マケドニア・シリアもからむものへと広がってしまう。ローマは最後には大国カルタゴを滅亡へ追い込み、文句ない強国となる。もともとローマに大きな野望があったわけではないのだが、ハンニバル相手に翻弄されるうち成長してしまった・・・という歴史のダイナミズムを堪能させてくれる歴史物語です。
この物語の第一等の華がハンニバル・バルカ。 とにかくカッコいいんです! 正直、ホレた。何がカッコイイって、あまり私的な記録が残っていないから、素顔はわからない。演説や逸話がわずかに示されるだけで、そこに想像をかきたてられる。象をつれてのアルプス越えをはじめ、意表を突く戦いっぷり。兵士と共に粗末な食事と露営もいとわず、何十年も故国を離れて転戦したストイックさ。本国からろくに支援も受けられずとも戦い続け、ついに敗けて最後はシリアへ亡命し自殺するという不遇な最期。硬派で、兵たちには人気のある武将を思い描けば、これはもう最大級にカッコイイ人物としか思えないではありませんか。
対するローマの英雄はスキピオが登場する。こちらは、華々しい逸話満載です。明るさと才気にあふれた彼は、民衆からの絶大な人気を背景にわずか25歳で司令官の大役に任命されます。ローマとしては年齢規定を破る法外な賭けだ。しかしスキピオはハンニバルに習ったかと思われるような見事な策略と戦術により、勝ちをあげていく。彼こそハンニバル侵略下で育った新しい世代の人材だったのです。
陰と陽、という性格のハンニバルとスキピオだが、カルタゴとローマの対比もおもしろい。カルタゴの兵は北アフリカのヌミディア騎兵、ガリアの歩兵など、ほとんどが傭兵でカルタゴ市民は闘わない。一方、ローマは同盟諸国の兵とともに軍団を構成するが、中心となるのはローマ市民兵だ。同盟諸国に寛容で戦いに臨んではローマが重責を負うということらしい。また、カルタゴの敗将は厳罰に処せられるが、ローマの敗将は「経験をつんだ」ということで罰せられず次回も出馬できる。配下とした属国との税などの取り決めにしろ、ローマの牧歌的というか寛容な性格の政治の体制がよくわかる。
しかし、この長い戦いの間にローマの政治体制そのものが変化した。これまでは一年交代で二人の執政官(最高官職)を選んでいたが、戦時体制ではそうもいかない。連続で官職にとどまることを可とする仕組みにしたり、スキピオのように年齢制限破りを認めたり、また諸国との関係も考え直さずにはいられなくなり、牧歌的とはいかなくなったようだ。ここまででローマ人の物語「第二弾」はひと区切りとなる。
本書のおもしろさは、ダイナミックな歴史的事件を具体的に裏付ける細かな記述に支えられている。調べうるかぎりの史料を調べあげ、物語に現実味を与える仕事はお見事というほかない。たとえば、はじめてローマが作った船の断面図。重要な会戦の布陣の図。ローマの軍団構成のやり方とその員数内訳。ローマの行軍と野営のお作法。彼らが一日に食べていた糧食の内容。
著者は歴史を立体的把握にもっていくには、「同時代かそれに近い時代を読むしかない。そして、それらを読み始めるや、歴史が立体的になるだけでなく、色彩をともない大気まで感じられる」と述べている。結果、味気ない歴史本でなく、わくわく感いっぱいの「戦記」というにふさわしい物語を紡ぎだしてくれたことは、読者としてとてもうれしい。翻訳調のかわいた文章にこれほど胸が躍ることは、そうないことだと妙に感心する。お試しあれ。
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