昨日見た放射線の汚染状況地図では、
日本の海は全滅でした……トホホ

福島沖は、勿論放射能汚染で真っ赤です。
それが風向きや潮の流れで太平洋に流れだし、
アメリカ西海岸に到達したのはいつでしたっけ?

だから、なるだけ日本海で獲れた魚を食べるように心がけています。
でも、日本海側も、北海道の周りも
全部大なり小なり汚染されていました……ショック

そもそも回遊魚ですから、
福島沖の海が汚染された時に終わってはいたのです。

最近は、スーパーでお魚を購入する時、
なるだけ海外のモノを選びます。
仕方がないです。

野菜だって、産地を見てると頭が痛くなります。
東京なモノで、関東で採れた野菜が圧倒的に多いです。
西の方、四国や九州などで栽培された野菜だと
迷わず手が出るのですが、
関東で栽培された野菜は、じっくりじっくり手に取って見て(手に取ってみても放射能は見えませんが……)

ま、怖いのは放射能だけではありません。

この国で、当たり前に繰り返される
産地偽造、賞味期限偽造、成分表示偽造。
偽造ばかりで、何を信じたらいいのか分かりません。

高いから安心という訳ではありません。

私たちが一番欲しいのは「安心」のはずなのに。

今、食品を選ぶ時、
安全なモノを選ぶのはほとんど不可能になってしまいました。
だから、安全ではないけれど、
なるだけ危険度が低いモノを選びます。

お魚たらふく食べたいです。
日本はそもそもお魚の美味しい国でした。
日本国内を旅行すると、海の傍の地域に行くと
いつも新鮮なお魚を
どんな民宿でも出して下さいました。
あの当たり前だった喜びは、もうありません。

当たり前だと思っていたのがいけないのでしょうか?

あの東日本大震災で、この国はそれまでの国とは違ってしまったのだと思います。
それに目を閉じて、知らぬふりをいつまで続けられるかの勝負をやっているのでしょうか?

あと数年もすれば、もう隠せない事実がボロボロ出てきます
(もうすでに山ほど出ていますが、報道されていないだけです)

怖いです。
みんなで大人しく死ぬしかないのでしょうか?
せめて子どもたちだけでも安全なところで安全なモノを食べて生活して欲しいです。
彼ら自身では選べないので、周りの大人に勇気を持って欲しいです。

原発を一基でも再稼働した時、
この国は終わるのだと思います。

底なし沼に両足突っ込んでバタバタしているのに、
なぜ目が覚めないのでしょうか?
そんなにお金が好きですか?
安心の方が好きではないですか?
なでしこジャパンが、準々決勝でオーストラリアに勝利し、
ベスト4へ進出しました。

準決勝は、2日木曜日朝7時(日本時間) 
相手は一度も勝ったことがない相性の悪いイングランドです。

世界ランキング第4位の日本、なでしこジャパン
そう言ってしまえば、当たり前の結果かもしれないけれど
ワールドカップ直前の大会でボロボロの成績
今回は、ディフェンディングチャンピオンということもあり、
厳しい戦いが予想されたワールドカップ

でも、くじ運が良かったこともあり、
予選リーグも割と楽なグループに入り、
そしてここまで全試合1点差勝利。

滅茶苦茶強いぞ!って感じではないけれど、
きちんと勝ってくるところはさすがとしか言いようがない。
アメリカやドイツのように安定した強さを見せていると思います。

男子サッカー選手たちは、
なでしこの活躍を見て、
やっぱり凄いな!と感じていらっしゃることでしょう。

男子と女子の差は、
割とランキング通りに勝敗が決まりやすい。
つまりまだまだ力の差が大きいということでしょうね。
実際、圧倒的に強いのはヨーロッパ(これは男子と変わらない?)
次にアジア。
南米とアフリカは確実にまだ女子サッカー後進国って感じ。
これからこの縮図は確実に変わって来るでしょうが、
今のところは、ランキングの差が、そのまま力の差で、そのまま勝敗に響いている感じ。

もう一つ大きな違いは、
男子サッカーに比べてスピードやボール(人の)当たりが弱いこと。
お蔭でサッカーが見やすい。
ファウルが少ないので
プレーヤーがやりたいことを出来る局面が多い。
お蔭で、私はサッカーの基本的なやり方を女子サッカーを見ながら学ぶことが出来たりします。

国内では男子サッカーのようには盛り上がっていない様子。
外に出てワールドカップの話題にならないモノ。

でも、ベスト4に残ったのは、これはまさしく実力です。
ここからは、本当にどうなるか分からないけれど、
もう少し日本国内の熱も上がってもいいのかも。

次のイングランド戦
そして決勝は、アメリカとドイツの勝者と。

どちらも私はスケジュール開けて待っています!!
猫の餌は、体重に対してこのくらいあげましょう!
と書かれている。
動物病院のお医者さんと話した時も、
基本的に餌に書かれている分量で問題なかった。
それをずーっとあげてきた。

ところが、2匹が人間の食べ物を狙う。
時々私のバックの中にスナックやパンなどうっかり入っていると、
朝起きた時には食い散らかされているし、
ゴミ箱もあさりまくる。
わが家のゴミ箱の上には、2㌔のダンベルが置かれている。
それさえもバタバタやりつつずらしてゴミ箱をあさることもある。
とにかく何一つ外に置いておけず、もの凄く大変だったのだ。

猫は、そもそも満腹になったらそれ以上餌を食べない。
と言われている。
しかし、多頭飼いをすると状況は変わってくる。
わが家には今3匹居る。

あまりに酷い状態だったので、
2月のある日から餌を置きっぱなしにしてみることにした。
食べること食べること。
1.9キロだった一番小さい奴の体重が、
あっという間に2.3キロになった。
この体重比はなかなかのものだ。
それと同時に人間の食べ物を狙うことが基本的になくなった。
ゴミ箱は全くあさらない。
なあんだ、お腹が空いていたんだ。
っていう結論。

さて、それ以来、餌を置いておくのだけれど、
この2匹が、とにかく食べ続ける。

もうお腹一杯で食べられないよぉ~的な顔を私に向けつつ、
エサ皿の前から離れなかったり、
とりあえず、数粒食べて、水飲んで、人間にちょっかい出して、餌食べて
みたいなことをしょっちゅう繰り返している。

どうやらこの2匹はかなり頭が悪いんだろうという結論に達している。

残りの一匹は、食べたいだけ食べたら餌には見向きもしない。
ほとんど好きな場所で寝ている。

体重は、それ以降それほど増えていないと思う。
食べた量だけトイレで出しているのだ。
そうとしか思えない。
食べ続けて、トイレの砂の減り方も半端なくなった。
でも人間の食べ物は狙わない。
楽になったような、
お金が掛かるようになったような。

あまり太らせたら長生きしないだろうと
餌を選んだり、餌の量を指示通りにしていたのだけれど、
このおバカさんの2匹には通用しないようだ。
好きなように生きたって、早死にするとは限らないから、
当面は放っておくつもりだ。
今日は女子ワールドカップ
なでしこジャパン決勝リーグ初戦
相手は背の高いオランダ。

オランダと言うと、男子サッカーのイメージで凄く強いイメージがあるけれど、
女子は、試合してみたら、今一つでした。

試合開始10分で日本が1点を先制したせいもあるけれど、
一度も負ける気はしなかった。
というより、負けはないな。と思って見ていました。

そもそも、攻撃してこない。
日本がボールを持っていると、誰も取りに来ない。
そんなチームで、
結局日本のミスで一点をあげただけでした。

終わってみれば、またまた1点差
なんだかぎりぎりで勝ち上がってきている日本です。

ワールドカップですから、何が起こるか分かりません。
決勝に向けて力を上げてくるチームが勝利をつかみます。
日本は、ラッキーな枠に入ったので、
是非、この後力を着々と上げて、
決勝まで生き残って貰いたいです。
決勝は、ドイツかアメリカかフランス。
あっちのグループに入らなくてホントラッキーでしたと。

さて、今日勝ったのは、ウチの旦那のお蔭です。
前回のワールドカップの全試合
男子ワールドカップは、前々回の決勝リーグまで行った大会
ウチの旦那は、ほとんどの試合を生で見ていません。
「どうせ負けるんだから」と捨て台詞を残してリビングから消えていきます。

ところが、最近の試合は、結構一緒に見ていることもあったのです。
先日の男子のシンガポール戦も
リビングで文句言いながら見ていました。

今朝は、私が旦那がいなければ勝つのだ。
と言ったからかどうかは分かりませんが、
試合開始とともにリビングから消えて行きました。
「オランダが勝つに決まっている」と言い残して。

彼の思惑では(言っていることを鵜呑みにするならば)
オランダとオーストラリア戦が楽しみだったようですが、
それはなくなり、
日本は、ブラジルが敗退してくれたお蔭で
準決勝に進む確率がかなりアップしたと私は思います。

今日の2得点は、どちらも流れの中で、
とてもきれいに取れた得点だから、
きっと次の試合はまた一歩チームのレベルを上げて望んでくれることと信じて
楽しみにしています。

実は、次の試合は日曜日の朝。
土曜日は夜遅くまで仕事、
日曜日は朝早くから仕事、夕方から結婚式の2次会
月曜日は朝早くから使用、午後から仕事、その後、神戸へという
私にとっては超ハードスケジュール、地獄の週末。
若い頃なら疲れても頑張ればいいことだけど、
今は、無理。
疲れたら休まないととんでないことになる。

あああ、準々決勝は見られないなぁ~とがっかりしていたら、
なんとなんと試合時間が日曜日の4時でした。
つまり早朝。
家にいる時間。
見たら寝不足で死んでしまうかもしれない。
でも、見たいな。

と自分の老体に相談している次第です。
国会延長してでも今回の国会で安保法案を強行採決したい自民与党

日本全国で、毎日のように繰り広げられる戦争反対のデモ

今日は、沖縄戦没者追悼の日です。
沖縄で式典が行われている。
その式典に参加した安倍首相に対する「帰れ!」の野次。

昨年7月1日集団的自衛権が閣議決定された。
閣議決定にはなんの効力もないが、
それを法的に進め、戦争できる国にしようとしている与党。

戦争にはならないと単に考えて、
何も問題視しない一部の日本人。

これまでの戦争だって、一体誰が戦争になるだろうと考えているだろうか?
誰も考えていない、でも戦争になる。
一部の権力を持った人の誤った判断で。
一部の権力を持った人の金儲けのために
そして死んでいくのは一般市民だ。
だから、私たち一般市民は無関心になってはいけない。
戦争になる可能性のある法案なら今のうちに廃案に持って行かなければ。
この法案を通しても、戦争になんかならないと考えているならば、
そもそもこの法案そのものが不要であろう。
国会で論議しなければならないことはたくさんあるのだから、
それこそ止めて貰いたい。

世界中のどこかで絶えず戦争がある。
戦争は止められない。
とみんな思っているのだろうか?

私の考えは、
この世から男がいなくなったら戦争は起こらないと思っている。

愛する人、愛する故国を守るために 武器を持つのは男の考え方だ。
女は、武器は持たない。
愛する人の上に覆いかぶさるだけだ。

今隣国が攻めてきても、
私は武器は持たない。

そもそも争いは仕方のないことだ。
人が二人以上いれば争いは起こる。
それはどんな動物でも同じ。
動物たちは、実際に野生の世界で弱肉強食
生きるために他の動物を殺す。
しかし彼らは武器を持たない。
自分や家族の食糧分と、自分や家族の身を守るためだけにしか
相手を殺さない。

武器がなければいいのだとつくづく思う。
武器がなければ、人間だって、殴り合って双方くたびれるまで殴り合って、
数人が大けがをして、ほんの数人が運悪く亡くなる可能性があるだけだ。

昨年、安倍政権は、その武器輸出三原則も廃棄した。
これまで日本は武器を輸出しなかったのに。
これは日本人として、日本人を貶める事態だった。
でも、この時も無関心を決め込む日本人が周りにたくさんいた。

自分の身に降りかかってくるまで何も言わないのならば、
気付いた時に戦争になっているだけです。

戦前だなぁと感じるようになって1年以上が経ちました。
東京オリンピックが決まった時、
1941年の決まっていたけど中止になった東京オリンピックをイメージしました。
2020年の東京オリンピックは本当に開催されるのでしょうか?
もし今が戦前ならば、
1941年と同じことが起こらないとは限りません。

イスラエルのネタニヤフ首相と笑顔で記者会見をしていた安倍首相を見て
怖ろしいと身震いするのは、
私が単に歳を取ったというだけのことなのでしょうか?
50代になって物忘れが激しくなった。
いえいえ、私は40代でも物忘れが多いです。
人の名前とか出てこないです。
と言う方も多いかと思う。

50代になって始まったある物忘れ
これには結構驚愕させられているのだ。

あるモノがない。
どこに閉まったか覚えていない。
探す。
見つかるタイミングは、その時々だ。
今までしまっていたのとは別の場所にしまったから見つからないのだ。
でも、すぐに見つかることもある。
とにかく見つかった。
ああ、こんな所に閉まったんだ。

ここまでは40代の時もあった。
もしかしたら30代でもあるという人はいるのだろう。

しかし、大きな変化は、
そこにしまったことの記憶が、
自分の脳のどこを探しても見つからないのだ。

そこにしまったのは私自身に違いない。
でも、全く覚えていない。
記憶の糸をたどっても全く出てこないのだ。

これが私の場合50代になって現れた驚愕する脳の老化だ。

勿論、二つのことを同時に出来なくなったとか、
些細なミスをするとか、
そんなことも増えたけれど
自分で閉まった
つまり自分がやったことの記憶がないというのはかなり怖い。

でも、間違いなく自分がそこに片付けたのだ。
そして同じ人間である自分が探す。
当然、自分だったら片付けそうな場所を探すので
その内に見つかる。
そしてやっぱり記憶にない。

今現在、探しているのに見つからないモノが二つある。
切迫していないので、適当にしか探していないが、
いつもあれどこにしまったんだろう?と頭の片隅にある。

もっと年を取って、こういうコトが増えていくのなら、
模様替えとか、部屋の掃除による物の移動とか
やってはいけない行動のひとつになるのかもしれないと
それはちょっと寂しいなと思ったりもする。

4月開始の春ドラマがどんどん最終回を迎えています。
ほとんど追い付いておりません。
だからこそ、少しずつ見たモノから感想を……

まず、始まる前にお薦めした岡田恵和さんの脚本「心がポキッとね」
私のブログを読んで、1話見てみました!という方までいらしたので、
責任を感じて、しっかり読み解きます。

なぜ、これほど面白くなかったか……?について。

裏情報は全く存じ上げませんので、
あくまでも個人的な見解です(ご了承下さい)

この作品は、演劇的コメディにしっかり作られていたと思います。
前クールの「問題のあるレストラン」の坂元裕二さんの時と同じように、
ある意味、脚本家さんが書きたいモノを自由に書かせて貰えたのではないかと推測したりします。
憶測であります。

だって、どちらも舞台的に(つまり演劇的に)面白い造りをしているからです。
しかし、テレビで見ると今一つ面白くない。
才能ある人気脚本家だからと言って、自由に書かせたらこういった面白くなさも発生してしまうというか……?

まず、主演の4人ですが、
水原希子さんのひとり勝ち、大勝利でした。
とても魅力的で可愛らしい方で、その魅力を全開しておりました。
最初から最後までキャラクターのイメージもずれず、素晴らしく目を引き続けました。
以前、彼女を初めてみた時に魅力的な方だと思ったけれど、
彼女の魅力を発揮できる役を書いて貰い、それにしっかり答えたという感じです。

キャラクターの整合性という意味で、
藤木直人さんは、役にずれはほとんど感じられなかったけれど、
やはりキャラクターが少々嘘っぽい。
この間見た岡田さんの脚本に藤木さんは同じような役柄で出演されていました。
つまり作品の中で欲しいキャラクターで、藤木さんに合っているのだとは思います。

阿部サダヲさんの役は、
元エリートで元DV旦那には見えないし、
その片鱗を見せるためなのか?お酒を飲むと豹変するという造りはいかがなものか?と思います。

そして一番の問題は、山口智子さん。
実は、久しぶりの山口智子さん出演番組というコトで
とても楽しみにしていました。
初回登場した時にまず、引きました。
なんだ?!この作りは?!嘘っぽすぎる。
岡田さんが書かれたキャラクターを山口智子さんが演じるにあたって
どうしてこのような方法を思いついたのか?
全く分かりません。
もしこんな嘘っぽい造りをしなければ出来ないならば、
他の女優さんを当てた方が良かったと心底思います。

このメインの4人の役者さんと役(キャラクター)が魅力的であることが
このドラマを成功させるのに絶対に必要だったのに
(4人の男女のラブコメディですから)
その内の3人が魅力的ではなかったという感じです。

それほど酷いバランスでした。
その中で、輝けた水原希子さんには今後も期待しています。

それ以外の役(役者さん)もほとんど作っているように見え、
舞台っぽい造りが、テレビでは嘘っぽく見える典型でした。

どうしても書かざるを得ない一番問題のシーンは、
山西さん演じる精神科医?(メンタルクリニック)のシーン。
このシーンがもっとも舞台的なので分かり易いと思います。

クリニックのシーンで医者を演じる山西さんは一言もセリフがありません。
つまりこのシーンは、確実に一人芝居、モノローグになっているのです。
とても舞台的な作りなので分かって頂けるかと思います。

メンタル的に何の問題もない人も、
いろんな局面でこのクリニックにやってこさせて、
一人芝居を演じさせています。
その相手の精神科医、つまり穏やかな趣の人を望まれる位置に、
顔がいかつい山西さんを置いたらどんなに面白いだろうか?
という造りです。
しかし、どのシーンも面白くならなかった。
達者な役者さんもいらっしゃるのに、
みんな力が入ってしまって、どうにも辛いシーンになってしまいました。

これはアイデア倒れなのか?
テレビで一人芝居なんか面白く出来ないのか?
脚本の問題なのか?
演出の問題なのか?

これは全く分かりませんが、
必要なかったですね。

この男女4人のラブコメディを成功させるためには
周りの(同僚たち?)人たちを膨らませる必要は全くなかったので、
4人を如何に魅力的に、ごちゃ混ぜにしていくか?
つまり最初は三角関係だったり四角関係だったりしていたものが、
次には、男と男、女と女が生活し、
また元に戻り、
最終的には両カップルともうまく行くという
基本のラブストーリーだけでいいわけです。

こうやって考えながら書いていると、
もしかしたら、
それ以外の役者を登場させなければならないとか、
やっぱり脚本家の好きなようには書かせて貰っていないのかもしれません。

あっ、もう一つ思い出したこと。
吉祥寺の扱いでしょうか?
井の頭公園はしょっちゅうでてくるのですが、
吉祥寺の町並みは、1回くらいしか出てこなかったのです。
ロケの都合かも知れませんが、
そうなると吉祥寺(セリフでは何度も言っている)にする必要があったのだろうか?
ということです。
私が大好きだった岡田恵和さんの作品「ランデブー」の時のように
架空の町を作ってくれた方が、
このような舞台でも成立しそうなラブコメディは、
きちんと世界観を成立させることが出来たのではないか?
と考えました。



昨日は、仕事終えてシンガポール戦を楽しみに帰宅した。
男子サッカーワールドカップ予選の初戦である。
相手は、格下のチーム
だから、きっとたくさんシュートして点を取ってくれるだろう。
私は何よりも攻撃的なサッカーが好き。
とにかくたくさんシュートしてくれると楽しい。
そして買ってくれればOK
まあ、勝ちは問題ないと思うんだけど……

今朝は、女子サッカーワールドカップ予選リーグの最終戦
エクアドル戦
エクアドルは、同グループで日本に負けたスイスが10得点、
同じく日本に競り負けたカメルーンが6得点獲得した相手。
日本は、何点取ってくれるかな?
負けても決勝リーグに行けるといういい状態で迎えた試合だし、
気持ちよく点をとってくれるはず。

楽しみにしていたふたつのサッカーの試合は、
どちらも同じような展開で、心底疲れました。

力の差があるから、
どちらも圧倒的に日本が攻撃し続けた。
男子に至っては、シンガポール側でプレーする時間帯はほとんどなく、
シュート数も物凄かった。
ところが、まさかまさかの0対0
勝ち点1という体たらく
なんで点が取れないの?
もうびっくりしました。
それも前半はまだいい感じだったけど、
後半になってからは、点を取りそうな局面もどんどん減っていった。

女子は、試合開始に1点取ってくれたから、
さてさて、この後どのくらい点を取ってくれるか楽しみだったのに、
その後85分間、ゴールを揺らすことはなかった。
なんだこれは?

終わってみれば、勝ち点3で一位通過
3試合で得点はなんと4点、で3勝。
割がいいと喜んでいる場合なのだろうか?

昨日の男子サッカーは、さいたまで行われていた。
つまりホーム戦。
日本人のサポーターばかりの会場だったが、
終わってみたらブーイングの嵐だった。
日本のサポーターもあそこまで露骨にブーイングをするようになったんだなぁと
変なところで感心したりしていた。

男子サッカーは決定力不足とずーっとずーっと言われ続けている。
何をどうしたらいいのかはわからないけれど、
点を取って貰いたいという気持ちはいつも同じ。

自分たちのサッカーをやるという言葉も聞き続けているが、
相手に翻弄されるばかりのサッカー

組織力はあるけど、
個人力がない?
日本人らしさとでもいうのでしょうか?

なでしこは、決勝リーグに1位通過しました。
相手はまだ決まりません。
オランダかタイかもうひとつ3位のチーム。
予選で、フランスが負けたり苦戦して
下手するとトーナメントの日本側に入ってきそうないやーな予感
まあどちらにしても、ひとつずつ勝って行くしかないわけですから、
相手どうこうではないのかも。

男女とも、これから少しずつ調子をあげて行くのだと信じたいです。


役者に芝居を教え始めて20年余りが過ぎた。
その時代の若者と一緒に作業をし続けられることは、わたしにとって本当に幸せなことだと痛感している。

以前ブログに書いたが、
彼らの使う日本語でびっくりすることが多々ある。

あくまでもレッスン中のコト。
「ありがとう」について書いたことがあるが、
最近新たに出回っている言葉が、
間違った「すみません」の使い方だ。

これについて今日は書きます。

私の仕事は、演技を教えるので、
稽古場で行われることは演出家の仕事に似ている部分がある。
基礎を教える時ではなく、
レベルの高いクラスでは、
ほとんどある台本を読み解き、上演の形に持って行くまでをやるので、
途中からは完璧に演出の仕事になってくる。

演出家が役者に言う注意を「駄目だし」と呼ぶ。

「ここはそうではなく、こういうふうにやって」(分かり易く書くと)
のような発言を「駄目を出す」「駄目だし」と呼ぶのだ。

つまり稽古場で、私は駄目を出すのが仕事と言ってもいい。

最近、駄目を出すと、「すみません」と謝られることがあるのだ。
これは私の感覚では、1年くらい前から発生した新しい間違った日本語だ。

ダメを出すのが仕事であるから、
生徒(役者)はダメを出されるのが役割であり、
それに対して「謝る」なあんてことはあり得ない。

なのに、謝られる。
その度に「謝らなくていい」と言うと、
ハトが豆鉄砲を食らったような顔になる、子もいる。
そう、私はよくこういう状態にさらされる。
よっぽど、私のように言う人と出会わずに来たのだろうとその時に感じるのだ。

1年前までは、このような人はほとんどいなかった。
ダメを出された時に生徒(役者)が言うべき言葉は、
「はい」だ。
その「はい」の言い方で、
本人が分かっているのか?分かっていないのか?
分かっているけど出来ないのか?
そして今後どうして行くかの会話に移ったりする。
「はい」の言い方には百通りもあり、
それが会話の基本だ。
それを台本上でやるのが役者の仕事だ。

稽古場で生徒が謝らなければならない局面は、
基本的にたるんだ態度、やる気のない態度で、
他の人に悪影響を与える時だけだ。
つまり芝居で間違ったことをしたり、失敗した時は、
謝る局面ではない。
それを説明するために2,3分使う必要があるかどうかわからないので、
私は、とりあえず「謝らなくていい」と一括することになる。

時間が足りないのだ。
芝居を、演技を教えるためには、決定的に時間が足りていないのだ。

そもそも「すみませんを使わない会」の会長である私は、
「その(すみません)はどういう意味?!」とつっこみたくなる状態だ。
それ以上の説明をするためには
充分に落ち着いた空気感と時間が必要だ。

小学校や中学校で国語、及び社会生活の中で言葉を学ぶ
言葉は生き物だから変化して行くのは仕方がない。
しかし、間違っているモノがあるのだ。
それは、大人になっていく過程で治していかなければならない。

そもそも「ありがとう」とか「すみません」(出来ればごめんなさいと言って!)は、
感謝の気持ちや謝罪の気持ちを表すための言葉であり、
その気持ちがないならば、形で使ってもらいたくない!
というのが私の意見だ。

「前より、声出るようになったね」
というと、
「ありがとうございます」と言われる。

次の瞬間、ムカッと来る(笑)
そして「褒めてないから」と言う。

私は褒めていないし、向こうの「ありがとう」にも
喜びの気持ちも、感謝の気持ちが感じられないから
ムカッと来てしまうのだと思う。

それはやはり間違っている言葉の使い方だと私は思っているのだ。

先生に怒られた時
とりあえず「すみません」と言っておけば事が済むとか、
そういう「すみません」は、心ある人には通じないと思う。
気持ちがなければ、言ってくれない方がいい。

悪いと思っていないなら謝らない人の方が
私は論理的で好きなのだ。
こんなこと言ってると、
やはり、
社会的には生きにくい人間ってことになってしまうのだろうか?




核のごみの最終処分場について、
これまで公募を募ってきたが、
結局、どこも喜んで引き受けてくれるところはなく←当たりまえ
国が動き出すことになった。
これから国が選定して、その地域を説得するという方法に変わる。

他人ごとではありませんよ。
あなたの町に、あの廃棄物が来るかもしれません。
その地が決まる前に、
きちんと自分の問題だと向き合って
原発反対の声を挙げていく必要があります。

現在、国内にある高レベル放射能廃棄物は、約1万7000トン
想像も出来ない量です。
これが、原発を稼働すると毎年、毎時、増えていく。
まだ一か所たりとも処分場が決まっていないにも関わらず……です。
ありえますか?

国が、その地を決めるために動き出しました。
条件は、土壌が今後数百年に渡り安定しているところと言う意味で、
色々でていますが、
どこになるから、自分の町ではないからいいではなく、
きちんと反対の意思を表しましょう!
他人ごとにしてはいけない重大事です。

そもそも、その大量の放射性廃棄物を作ってしまったことも問題だし、
では、それをどうしたらいいか。
まず、移動するだけで危険ですから、
今ある場所に置いておくことが一番だと思います。
そもそも原発がある市町村には、
多額のお金が国から落ちています。
それと同じことを国はしようとしているのです。
多額のお金と引き換えに受け入れてもらう以外に、候補地は現れないのですから。

そうすると原発の町と同じことが起こります。

青森県知事選が先日ありました。
現職が低い投票率で勝ちました。
青森には六ヶ所村があります。
大間原発も工事中です。
どちらも役に立っていないわけですが、
物凄いお金が(税金が)使われています。
そのお金で生活している人がたくさんいます。
お蔭で原発から離れられなくなってしまっています。
青森の六ヶ所村は、
平均年収が、日本でもっとも高い町です。
異常な事、想像できますよね。

そこから原発をなくし、
原発収入なしに生活して行くこと。
一度、麻薬に身を染めた人が、麻薬から立ち直ることは簡単ではありません。
働かずしてもらえるお金は、麻薬と同じです。

原発村にはそう言ったことが起きています。
それならとりあえず、核廃棄物もそのまま置いてもらうしか、今のところ方法はないように思います。
何故なら、移動することがよろしくないからです。
一部の地域に集約させられていれば、
被害は小さく治められるけれど、
日本全土に移動したら、もう住めるところはなくなります。

そして、今後、原発を再稼働したら、
毎年毎年、どこにもやりどころのない放射性廃棄物を製造し続けることになります。
今が、原発を辞める、
つまり後戻りする最大のチャンスなのです。

無関心にならず、きちんと反対の意思を示して行きましょう。

それでないと、
近い将来、この国には安心して住む場所がなくなります。
今だって、長野以北は危険地域
つまり国土の半分は福島第一原発事故の影響を受けているのですから。
海に至っては、お魚が回遊していますから、ほぼ全滅です。

低い放射能ならいいや。
と考えて生活するしかないわけです。

将来、私は見るコトがないと思うけれど、
この国は、多くの癌患者たちが福島の影響だと国を相手に立ち上がるでしょう。
水俣病の時と同じ、
そしてもっと多くの人たちが。

その被害者をこれ以上増やさないためにも、
今大人の私たちが、きちんと原発を停止しないと、
安心して生きることは勿論、
安心して死ぬことも出来ないです。