人生は選択の連続

迷った時は、どちらを選ぶ?

それであなたの人生は別の道を進んでいくことになる

 

決断力はあった方がいい

誰かに相談しても、最終的に決めるのは自分自身だから

 

先日、ドラマで

「迷った時はワクワクする方に行く」と言っているものがあった。

素敵だと思う。

 

私は、迷った時はいつも

「きつい方、厳しい方を選んできた」

自分にとって楽ではない方

 

例えば、今やっていることに悩んだ時、

続けることと、辞めることと、

どちらが楽か考えてみる

そして楽ではない方を選んできた

 

今、私の人生は、ここでこの道を歩いている

 

全部自分で責任を取ればいい

失敗も必ず役にたつ(若いうちは特に)

 

重要なのは、どちらを選ぶかの前に

自分で決めることだ

 

その昔、自分の人生を自分で決められない人がたくさんいた

特に女性

今だって、家族に恵まれないことによって、

若い頃に自分で自分の道を選ぶことが困難な人もいるだろう

 

でも、誰かを傷つけたとしても、誰かをがっかりさせたとしても、

自分の人生の選択は、自分で決めた方がいい

そして、後悔すればいい

やらなくて後悔するよりは、やって後悔する

誰かのせいにしない

 

それで大切な家族を失ったとしても、

自分の人生に責任を取れるのは結局は自分だけだから

生まれて初めて自分の畑を持ったのは8年前

それから毎年畑を耕している

流石に、やり方を心得てきた

 

広さは1アール、

庭に作ったので、日当たりは、半日ほど

八ヶ岳の石と根っこばかりの土地を

重機で岩のような石だけ退けて貰って

その後は、ツルハシや備中鍬で耕し、

石を運んで畑を作った

開拓者気分だった

 

畑の仕事にはいろいろな作業がある

 

まず土づくり、鍬で耕して、元肥や灰などを入れる、石ころや根を取り除き平にする、畝を立てる、黒マルチをはる、種を蒔く、苗を植える、追肥、水やり、脇芽を取る、棒で支える、ネットを張る、芽かき、雑草を取る

 

この中であまり好きじゃない作業は、黒マルチをはる。

だったけれど、昨年から冬野菜以外は、マルチを止めたぁ!

 

唯一苦手なのは、間引きである

 

ポットだろうが、地植えだろうが、

種を多めに蒔いて、葉がぶつかり合うと間引きする

強い子を残して、弱い子を間引いていく

葉物野菜は、間引きが間引き菜として活躍してくれる

これはとても美味しい

でも食べられない葉っぱや間引き菜は

もう用済みということで、間引かれ、捨て去られる

これが辛い

 

だってその子も種から芽を出して、ここまで元気に育っているのだもの

なんとかならないものかと、敗者復活畑なるものを作ったこともある

間引き菜を植える場所

果たして間引かれた子たちが、それで喜んでいるかは分からないけれど、

発芽した子たちを、ただ捨て去っていく作業はどうしても好きになれない

 

畑も弱肉強食なのだった…トホホ

ただいま、レタスぜめにあっております

 

春になると田舎ではみんなが畑仕事を始める

私も小さいなりに畑をやっている

せっかく自分でレタスを作っているのに、

もっと立派なレタスが、かなり安く手に入るし、

たくさん貰ったりする

くれるという野菜はなるだけ貰うようにしている

そして頑張って無駄にしないようにする

調理して食べられればベストだけれど、無理だと感じたら早めに貰い手を探す

そんな日々

 

集中してやって来るのは、レタスだけではなく、

とうもろこし、キャベツ、大根、白菜もあるかなぁ~

 

とうもろこしも、収穫したらすぐに食べないといけない野菜だけれど、冷凍保存も出来るし、粒をばらして保存すると、かなり重宝する野菜

 

この中で一番問題なのがレタスなのです

基本生で食する野菜で、とにかくもたない

今年も、いろんな所からレタスがやってきた

うっかり二つやってくると、ご近所に分けて、

二つ手に入れたご近所さんから一つやって来て、

そうこうしているうちに、私の畑のレタスが「早く収穫してくれ~」と叫び出す

 

とうもろこしの栽培をやめたのはそれが理由

旬の季節に、山ほど貰って、

我が畑のとうもろこしは収穫できずに傷んで行ったのでした

 

レタス料理を、ググる日々

それでも限界がある

そうそうレタスばかり食べていられない

どうしてもうさぎの気分になってしまう

 

ということで、珍しく、友人からのレタスをひとつ断りました

いただける野菜はひとつも断らないように心がけているのだけれど、ダメにしてしまうわけにもいかず、

食べ切るのも大変な苦労で、

今も野菜室と、畑でレタスが待っているのです

50代に入ったあたりから、ダイエットなんて論外、とにかく痩せないように気を付けることにした

 

そもそも肥満体型になると病気になりやすいとか、

健康診断で引っかかって注意されたりするようだけれど、

亡くなる時は、みんな痩せて行くのです

 

若い頃は、痩せている方が服が似合うとか、

美しく感じる傾向もあるようですが、

それも日本だけの風潮です

 

若い女の子は、ぽっちゃりしていたり、

アスリートのような健康体が最も美しい!

 

話がそれました。

 

50を過ぎてからは、

痩せること=シワを増やすことになります

理想的には、その前が細めで、そこから着々と少しずつ肉をつけていくのが老けない技かと思います

少しずつってのが難しいし、

問題は、要らないところにばかり肉がつくことなんですけどね

 

でも、この歳になると分かります

スタイルの良さよりも、

何よりも

健康

 

健康な体というのは、十分に肉がついている身体のことです

不健康になると、食べても食べても肉は付きません

 

アスリートの身体は本当に美しいと思うし、

エアロビクスのインストラクターのようにちょっと太めの筋肉体質の人たちは、間違いなく健康体に見えます

 

そこを目指しましょう!

 

若者よ、今からそちらを目指しましょう!

痩せている方が美しいなんて、一部の人間の趣味の話です!

 

またまた話がそれました💦

そういえば…

東京にいた頃、夏はいつも食欲がなかった

夏に食欲が落ちて、体重が減り、

冬にたくさん食べて、体重が戻る。

一年のそういう流れが、自然に感じられて正しいのだと思っていた。

 

夏に舞台が入ったりすると、

全く食欲がなくなり、

冷麺しか食べられなかったりしていた

KALDIの冷麺にはよくお世話になりました

毎日冷麺、時々、寿司みたいな感じだった

 

若い頃は、痩せることは、悪いことには感じられなかったし、

体力もあったので、気にはしていなかった。

 

9年前、原村に移住してから、

夏に食欲が落ちることがなくなった。

それが当たり前になって、すっかり忘れていた

あの暑さのせい(だと思われる)で食欲がなくなるということを

冬にたくさん食べて太ったら、そのまま夏を超えて、次の年の冬にまた肥えることになる。

 

ここにいても夏バテはする

今日も昼間は暑くて、明らかにバテ気味だった

でも夕食の時は涼しくなっているので大丈夫

食欲が落ちることはない

 

そして、ある年齢から、私が心がけているのは「痩せないように」なので問題ない

 

残りの人生、楽しい食事が一体何回あるのか考えた時、

食欲が落ちないというのは素晴らしいことだ

出かけようとしたら、車の右前のタイヤがパンクしていた

夫が、見送りのために出ていて気づいたから良かったものの、

私だけだったら気づかずに運転していたに違いない

とりたてて違和感はなかった。

 

そもそもいつ、どのタイミングでパンクしたんだろう?

遡ると…

昨日の朝、村役場までゴミを捨てに行った

その前日だと、松本まで50キロ、遠出して遊んでいた

 

違和感を感じていないのだから、いつからか全く分からない

困ったものだ

 

車のことは、殆ど夫任せ

車検も、保険も、冬用タイヤに変えるのも

(夫が居て良かったぁ)

と

感じることがとても少ないので、

 

とりあえず良かった良かった夫が居て良かった

 

こういう時に、何回も繰り返し言っておこう

image

本日の収穫 葉物野菜と苺

 

最近だと、ジャム用いちごとして売っているような🍓だけれど、私はいちごミルクにして食べる

 

子どもの頃は、いちごはいつもミルクをかけて食べていた

苺を潰す人と、潰さない人がいたけれど、

我が家はみんな苺ミルクだった

 

今のいちごは、大きくて立派

あんな一口では食べられないような苺は見たことがなかった

 

立派で(大半は)美味しくて、高い

苺はいつの頃からかそういう果物になってしまった

 

高冷地では、果樹は殆ど実をつけない

でもベリーなら栽培することができる

 

ウチでは、ストロベリーの他に、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリーを栽培している。今は収穫しないけれど、一応、ジューンベリーとマルベリーの木もある

 

苺は大好きな果物だけれど、高くてなかなか頻繁には食べられない果物に成り上がってしまった

(苺に限らず、あらゆる日本の果物が高価で豪華で贈答用になってしまった)

 

だから、私は庭で苺を作る

山ほど収穫した日は、苺ミルクをイヤと言うほど食べる

残った苺と、さらに出来の悪い苺は、冷凍されてそのうち苺ジャムになる

気づけば、夏至が過ぎていた…

今年2025年の夏至は、6月21日土曜日

 

夏至は、一年で最も昼の時間(日照時間)が長い日である

つまり先週の土曜日をピークに、だんだん短くなっていく時期に差し掛かってしまったわけだ

 

夏至は、その名前の通り、「夏に至る」

つまりこれから夏本番である

それなのに、私は、これから日が短くなるのだと、

まるで冬の始まりのような気分に陥るのが常だ

 

ものごとは、全てプラスかマイナスに動いていて、

ゼロで止まっていることはない

 

冬至から夏至まで昼の時間がだんだん長くなっていく半年は、プラスであるとしたら、

夏至を過ぎて、今はマイナスの時期に突入してしまった

それだけで少しだけ気が重くなる

 

プラスに作用していく時は前向きなので気持ちも軽やか

でもどんなことでも右肩上がりに真っ直ぐに上がっていくことはない

上がったり下がったり波打ちながら、少しだけプラス方向に進んでいくのが一番良い成長だ

 

それに比べたら、こよみは、半年後に必ず冬至がやってきて、

そこからプラスへと移行する

 

結局は、この一年の繰り返しを何回楽しめたかが勝負である

6月が終わると、半年が終わる

私の場合、この月末にやることがいくつかある

 

味噌の天地返し

この8年毎年作っている味噌をひっくり返す作業

 

換気扇の掃除

台所の換気扇は、年に2回掃除することにしているので、

年末と6月末

 

そんなことより、大掃除に近い掃除である

 

若い頃から、どうして年末に大掃除をするのだろう?と疑問に思っていた

 

もちろん、汚いまま年を越したくないとか、気分的なことは分かるのだけれど、

年末は寒いし、何かと忙しいし、何よりも、押し迫るとゴミが捨てられなくなる

掃除をするということは、大量のゴミが出るということ

年末はそれには似つかわしくない

 

ということで、ベストは、6月ということになった

梅雨時なので、ジメジメしている

晴れて梅雨明けとなった時にすっきりした状態にしようと思う

私の場合、雨が多いので、庭仕事が出来ず、時間ができる

 

大した大掃除はしないのだけれど、

普段あまり掃除していない、高いところとか、戸棚の中とか、順番にあけて見てみよう。

全部出すと色々要らないもの(最近使っていない無駄なもの)が出てくる

それをまず、捨てる

掃除の基本は捨てること

 

そして、使いやすいように整理して、

時々、別の場所に整理し直す

 

これが、大問題!

 

いい場所を見つけて、別の場所に新たにしまい直すと、

数日後、使おうと思った時に、まず見つからない

自分がどこにしまったのかわからなくなる

(ここにあるべきだわ!)と良い場所をひらめいて嬉しかったことは覚えているのだけれど、

それが何処なのか覚えていない。

 

こういうことがどんどん増えていくので、将来的にはもう移動しなくていいようにきちんと整理整頓しようと思っている。

人生最後になるかもしれないダンスに巡り合い、

不安を抱えながらも参加することにした

 

膝が悪いので、ジャンプはしない、深く沈まない

ジャンプの振りの時は、踵の上げ下げで対応する

手の動きも、体操のようには広げない

クラシックバレエのように柔らかく

うっかり思いっきり振ると、肩とか筋とかを痛める恐れがある

 

色々なダンスをやってきたおかげで、適当に手を抜く方法はいくらでも見つかる

それでも基本的に頑張っちゃう人なので気をつけよう!

 

初日、たった10分で、息はハーハーぜーぜー、呼吸が苦しい

もうダメかもしれないと思った

でも、負けず嫌いなので、手を抜きつつ、最後まで(60分)踊り続けた

次の週になると、驚くほど、体力的には楽になった

 

そして、月2回とは言え、そろそろ半年になるので、今は体力はOK

でも曲が多すぎて、毎回新曲があり、振りを覚えられないから、いまひとつノリノリでは踊れない

今更ノリノリで踊ることもないのだが

 

ダンスエクササイズであり、別に格好良く踊ることが目的ではないZUMBAではあるが、

私の目的は、スマートに音に乗って気持ちよくなること

だから、目線や首の位置にもこだわる

今年中には、私なりに満足のいく踊りに到達したい

それが出来たら、少しだけ派手なウエアにして

イメージだけはダンサー気分で、音楽に浸りたい

 

だーれも見ていない、

鏡もない、

大切なのは、自分が気持ちよく踊れること