茨城大学人文社会科学部正保研究室 -17ページ目

茨城大学人文社会科学部正保研究室

研究室の活動を紹介していきます。最新の研修会情報は左カラム上側の「研修会情報」をクリックしてください。

茨城県立佐和高校1学年で今年度2回目のグループワーク授業をしました。

 

・聖徳太子ゲーム

・おもちゃジェスチャー

・仕事ジェスチャー(1人バージョン、2人バージョン)

・私は木です

 

学校側からの要望は「生徒たちが元気よく活動できるワークがいい」とのこと。

身体表現系のワークで構成してみました。

聖徳太子ゲームは身体表現ではありませんが、一人一人のメンバーが積極的に参加するのを促すのに適しているのと、その後カードを使ったワークが続くのでその流れを考えてです。

 

結果は上々ですが、6クラスを2クラスずつまとめて計3時間の授業は結構疲れました(笑)。

 

 

佐和高校HPにある「心を育む…」は「心を育てる…」の間違いです(後で訂正をお願いします)。

 

 

水戸三高で今年度第5回目のグループワーク授業をしました。今回で最終回になります。

 

まず、トランプを使って3人1組を作り、この3人で最後まで活動しました。

まずウォーミングアップとして上下ドン!(ハイ、イハ、ドン!)を。あっという間に3人が打ち解けます。

 

それからお見立て。1人が相手2人を何かに見立てて話しかけます。最初にアシスタントの大学生が「お手本」をやってみせました。見立てる相手は順に「カラス」「消しゴム」「シンデレラ」など。最後に「シンデレラ」を持ってきたのは次に「私は有名人」をやるため。

 

「私は有名人」ではメンバーが頭上に有名人の名前を書いたカードをかざしておしゃべりをします。相手が誰なのかは見えますが、自分が誰なのかはわかりません。おしゃべりのプロセスの中で自分が誰なのかを推測していきます。

 

と、文章で書くと簡単なのですが、一つ前の「お見立て」からして結構配慮が必要な活動です。ポイントはおしゃべりの内容がヒントになるのですが、それがストレートだとすぐに分かってしまって面白くないこと。遠いところから少しずつヒントを出して段々正解に導く会話をしてくことがキモですが、これを言葉で伝えるのがなかなか難しい。

 

おじさん相手のワークショップだったら、「最初は外角低めに一球外しておいて、それからくさいところでカウントを稼いで、最後はフォークボールで決めてくださいね」と言うと一発で伝わるのではないかと思うのですが、相手が女子高生では使えません。

 

と思っていたらアシスタントのE君がこんなアイディアを。「恋愛に喩えたらどうでしょう。例えば好きな人ができたとして、すぐに『好きです!』『付き合ってください!』とは言わないですよね。始めは、『おはよう』『いい天気だね』から始まって『その服似合ってるね』『いい髪型だね』とかいう風に」と言うので、「じゃあ、君が補足して説明して」と言ったらこれが的中。みんなコツをつかんで取り組んでくれました。

 

見立てる有名人も「旬な」人を選ばないと生徒にウケません。アシスタントたちの提案も入れて、今日は定番の有名人に加えて以下の人たちを入れました。「松陰寺太勇、瑛太、フワちゃん、竈門炭治郎、ゆりやんレトリィバア」など。私が知らない人も入っています。カード作成時にジャンル別に色分けしておいて良かったです。次から次にやってくるカード交換のリクエストにうまく対応できました。

 

ジャンルは以下の5つです。

・歴史上の人物(徳川家康、紫式部、坂本龍馬など)

・タレント(タモリ、ビートたけし、明石家さんまなど)

・スポーツ選手(イチロー、錦織圭、羽生弓弦など)

・物語の主人公(浦島太郎、ドラえもん、コナンなど)

・その他(トランプ大統領、宮崎駿、安倍晋三など)

 

終了時には、「今日大事なことは二つ。一つはみんなとても楽しんでやってくれたと思います。それはとても良かった。もう一つ、みんな自分がこう言ったら相手はどう受け取るかを考えて取り組んでくれたと思います。それは社会生活でとても大切なこと」と振り返って終了としました。担任の先生方も飛び入り参加してくれ、とても盛り上がって最終授業を終えることができました。

上下ドン!

 

私は有名人

 

先生も飛び入り参加

 

使用したカード(一部)

水戸第三高校で第4回目のグループワーク授業(絆作りプロジェクト)でした。

前回は身体表現だったのですが、今回は言語表現がテーマです。

Bang!で少し口と体を動かしてから、①知ってるよ!、②それはちょうどいい!、③ワンワード、と言葉のワークを続けました。最近、高校ではあまりやっていないワークでしたが反応は上々。

受けたネタは「三高の修学旅行が海外になるよ!」(知ってるよ!)、「初めてのデート」(ワンワード)。

知ってる人は分かるイエスアンドのワークですが、これが次回第5回(最終回)に続いていきます。

前回(9/4)の猛暑から一転した肌寒さの中での授業でしたが、これで今年度のあちこちの高校授業の延べ参加者は2000人を超えました。

今まで、小規模校での活動が多かったのですが、大規模校での活動を続けることにより、大人数での運営のノウハウが徐々に蓄積されています。

 

 

 

 USBメモリの中を整理していたら2015年に茨城大学公開講座「教育と臨床に生かすインプロヴィゼーション」で行った講演の逐語録が出てきました。私が提唱し、本ブログでも紹介している「心を育てるグループワーク」の内容がコンパクトにまとめられていますので、ここに収録することにしました。

 

○はじめに

 「教育と臨床に生かすインプロヴィゼーション」ということで、そのへんのいきさつは、最初にお話しましたけれども、今日はその中で「教育に」というところについてお話したいと思います。

 今日初めてお会いする方もいらっしゃいますので自己紹介しておくと、私は大学の教員をやっていながら、支援学校の校長もやってるんですけれども、あとは、県内の小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、いろんな学校で授業を頼まれることが多いです。今は、定期的にやっているのは1校で、もう1校、先々週ですか堤防が切れた石下の高校で授業を頼まれて、それは2週頼まれていたので、じゃあ来週金曜に行きますと言ったら、前日の木曜に電話がかかってきて、「来なくていいです。みんな今、屋根の上に上がっています」と言われて。へえ、と思ってテレビを点けたら大変なことになっていたということで、結局授業はなくなってしまいましたけれども。でも、あの学校も4年続けて行ってるんですね。

 

○現場のつぶやき

 いろんな学校で授業を頼まれるのにはいろいろ訳があると思うんですね。現場から聞こえてくる声としては、こういった声が聞こえてくるわけです(図2)。

 

 生徒の人間関係力が十分に育っていないですとか、人間関係をうまく結べない児童生徒が増えているとか、友人関係、思いやり等、人間関係に対する不安がある生徒が多い、ちょっとしたことでつまずくと立ち直れないとか、「どうせ」が口癖になってしまっているとか。こういう声が聞こえてきて、なんとかしてください、力を貸してくださいと言われて、じゃあ、行って、やりましょうかということになっていることは多いですね。

 

○人間関係の問題

 子供たちを巡るさまざまな問題の共通項に、心と人間関係の問題があるということが言えるのではないかと思っています。これは(図3)、経団連が新人の大卒者採用に当たって重視している項目の上位ですけれども、過去10年以上ですけども、コミュニケーション能力が一貫して1位を占めていて、そしてその度合いが、毎年どんどん高まっているということですね。

 

 主体性、チャレンジ精神、協調性、誠実性なども含まれているようですけれども、どうもそれらはあまり重視されていないようだ。ということは、企業、社会が求める力として、人とかかわる力というものがすごく大事にされている。言い換えると、それが今不足しているというところでもあるんじゃないか、と思います。これ(スライド)も同じですね(図4)。

いろんな能力の中で、1番はコミュニケーション能力だと。以下、主体性、課題解決力、ストレス耐性、論理的思考力等々ですね。リーダーシップなんかは、5.6%しか必要とされていないということなんですね。

 

○背景にある問題

 で、こういった問題の背景にあるものとしてですけれども、昔から言われていることですけれども、地域社会が弱体化してしまって、昔とは変わってしまったとか、少子化で子どもの数が減っていて、人間関係を結ぶ機会が少ないとか、親子関係、そもそも親のあり方が昔と今では変わってしまっているとか、子どもの遊び方も変わっているし、コミュニケーション手段も変化しているということですね(図5)。

 

 ちょっと余談というか、脱線してしまいますけれど、若いお母さんが子どもに授乳するときにどうするかという話がありまして。昔だったら、そこは子どもに話しかけながらおっぱいをやるというのが昔の風景だったのが、今お母さんはみんなスマホをやっているというというわけです。子どもがどう反応しているかを見てないということですね。私はその光景は見ていないですけれども、まあ、ありそうな感じはしますよね。電車に乗って、7人がけの席に7人座っていて、みんなスマホをやっているというのは珍しくないですよね。そうするとやっぱり、子どもと接するときにもスマホ片手にということは、今はあるんじゃないかと。そうすると、コミュニケーション手段の変化が親子関係の変化にも影響を及ぼしているということが言えるんじゃないかということですね。

 

 

 

 

 

◎グループワークについて

 

 そういった問題が今ある中で、子どもたちの人間関係の問題を解決し、心を育てる手段としてグループワークが今注目、活用されているという現状があるんじゃないのかなと思います。

 

 グループワークは、定義としては、個人の心理的教育・治療や対人関係の発展のために、メンバー間の相互作用を用いる技法の総称と定義されますけれども、文部科学省が出している、生徒指導提要という各学校、全校に配られているマニュアルの中に「教育相談の新たな展開」(図6)というページが3ページほどありまして、そこで紹介されているのがここにある8つの活動ですね。

 

 グループ・エンカウンター、いわゆる構成的グループ・エンカウンターですけれども。ピア・サポート、ソーシャルスキルトレーニング(SST)ですね。アサーション・トレーニング、それから、アンガーマネジメント、ストレスマネジメント、ライフスキル、キャリアカウンセリングなどなどですね。下の方はあまり馴染みのない名前もあるかと思いますけれど、アンガーマネジメントは、怒りのコントロールということですけれども、子どもに対するコントロールということでもあるし、大きな声では言えないけれども、先生方に対するコントロールというのもあると思うんですよね。体罰とか、ぱーっとやっちゃうとかね、「かっとなったら三つ数えましょう」とやっているみたいですけれども、それが、大人も子どもも必要になっているという状況です。ここに、インプロは入っていないんですね。いつか入るといいなと思うんですけれども。

 

○現場の混乱と背後にあるもの

 現状として、こういう形になっているわけなんですよね(図7)。

 

 つまり、本屋さんに行くと、いっぱい本が出ていて、それぞれこういうやり方がありますよ、こういうふうにやるといいですよと書いてあるんですね。書いてあるんですけれども、これだけいっぱいあると、じゃあどれを使えばいいのか、何がどう違って、どんな効果があって、うちのクラスの子どもたちに何をしたらいいのかということがパッとわかる現場の先生はそういないと思うんですよね(図8)。

 じゃあ、どれがいいのかと、試しに1冊買ってみて、新学期にやってみてというのが現状じゃないかなと思うんですけれども。それでもやらないよりは良いと思いますけれども、どれだけ効果があがるかという点では、心許ないところがあるかなと思います。

 

 その混乱の背後にあるものとしては、まず一つ、人間関係に関して現場が必要としていることが非常に基本的なレベルになって、かつ増大しているということですね(図9)。

 

 一方、各技法が提案している内容は専門化し高度化している。 だいたい大学の先生がいろいろ考えて、自分の研究でやっていることを、現場向けに下ろしているつもりで書いているんですけれども、やっぱりちょっと内容的に、ある意味で言うと、タコツボ的なところはあるのかなと思うんですね。

 それを是正するためには、ワークの内容・あり方を学校と子どもたちの現実にすりあわせる必要があるだろうということが一点。それから、心に関する活動はインスタントな効果は望めません。なので、繰り返し実施する必要があります。 繰り返し実施するには少数の明確なコンセプトに基づいて整理する必要があります。でないと、やってることがごちゃごちゃになっちゃいますから。

 

 私もいろんな学校から依頼を受けて、その依頼を受けるときの雰囲気、空気として感じていることなんですけれども。いろいろ困っていることがある、それはわかります。で、なんかやってくださいという。で、やると、そこで私が魔法の杖を振ってくれるように思っている学校が結構あるんですけれども。それは、無理ですよということは最初に言います。インスタントな効果はありませんと。私はやりますけれども、やったことを学校でどうやって継続して、子どもたちに実践していくか、そこは皆さんがやらないと難しいですよということを言う訳ですけれども。じゃあ何をどうやればいいんですかということを、そこで話が長くなると、諦めちゃうわけですよね。諦めないで、じゃあやってみようかなと思ってもらうためには、コンパクトにこれとこれとこれをやってくださいというふうに整理してあげないといけないわけなんですね。

 

○構成的グループ・エンカウンター

 今、一番学校の現場で取り入れられている活動は、さっきも言った、構成的グループ・エンカウンターですね(図10)。

 これはもう学校の現場の中で一番ポピュラーにやられていて、だいたい先生方に言えば、聞いたことがあるとかやったことがあるとか、日々実践してますという方までおられる。全く知らないという人はまずいないと思います。

 これをベースにちょっと考えてみたいんですけれども。6つの機能があります。自己理解、自己受容、他者理解、自己主張、感受性、信頼体験ですね。で、それぞれの中身は右側に書いてある通りです。

 

 これをですね(図11)、ちょっと6つは多いかなと思うんですよね。

 

 よく見るともっと整理できるかなと思います。どう整理するかというとですね、「自己受容」ですね。ありのままの自分を受け入れるということがありますね。いろんな自分があるわけですけれども、実際の自分をすべて自分で受け入れる自己受容ですけれども。それは、「自己理解」のバリエーションと考えることができるかなと思います。つまり、自分に対する理解の幅をもっと広げていけばいい訳ですから、その中には自己受容が入ってくるかなと思います。この2つはまとめることができますかね。それから、この図の左下ですけれども、「他者理解」とありますけれども、自己理解、他者理解これは、1つのコインの裏表の関係です。私にとっての自己理解はあなたにとっての他者理解です。で、あなたが例えば私に対して他者理解することは、私の自己理解になります、ということですね。それを、あとでもう1回言いますけれども、要するにその人の人となりについて理解することだというふうにまとめることができるかなと思います。

 

 それから、図の右側を見て頂くと、6つの機能の「感受性」と「信頼体験」。感受性は心の感度を高めるということ、信頼体験は他者を信頼するということなんですけども、この2つはですね、人と関わるということの2つの側面なんですよね。どういうふうに人とかかわるかということで、かかわり方の感度のレベルを上げましょうという感受性ですね、それから、相手を信頼してかかわりましょうというのが信頼体験ですね。ここでは、相手のことを具体的に知る必要はありません。相手がどこに住んでいるのかとか、今日何を求めてここに来ているのかとか、血液型が何型かなんていうことを知る必要は一切ないし、自分についてそれを表現する必要もないですね。ただ、かかわりのあり方を、今までとはちょっと違った形にすればいいということですね。なので、左側は理解するということをやっていく。そして右側半分はかかわるということをやっているというふうに整理することができると思います。

 

 真ん中の自己主張のところが微妙なんですけれども、SGEのエクササイズの中で、自己主張というのは、自分の本音を表現するとありますけれども、代表的なエクササイズとしては2つあります。

 ひとつは、よく使われているのは無人島SOSというものです。無人島にあなたは流れ着いてしまいました。そこに10個のアイテムがあります。10個のアイテムのうち、どうしても必要な3つを選びましょうというのを、一人一人選んで、それを今度はグループで話し合ってグループとしての結論をまとめましょうという、そういう課題ですね。それは、自分が思っていることを相手に表現して、また相手の言っていることを聞いて、その中でコンセンサスを得ていくという課題ですね。この無人島SOSの課題の場合、自分の人となりについては表現する必要はありません。自分が何に価値を置いているかとか、自分がこれが好きだ嫌いだということではなくて、科学的に考えて、どれがベターかということを考えればいいわけなんですよね。そこでは、個人の考えよりも、客観性のほうが求められますから、理解するということは必要ないわけです。それよりも、何が科学的に根拠があるかということをベースにして、人とかかわればいいわけなんです。なので、この課題はこの図の中では右側のかかわり寄りということになります。

 

 同じ自己主張の課題の中でも、たとえば結婚の条件という課題があります。自分の結婚相手に必要と思う条件6つあげて、その中から1つ選んでください。例えば、容姿、収入、性格、愛情、健康、知恵が大事とかっていう、その中から1つ選んで、それをまた、グループの中でコンセンサスを得ましょうという課題ですね。この場合は、自分の価値観について自分で理解する、それから相手の価値観を理解するということが必要になりますから、この図の左側、理解するというところに寄るということになります。なので、この自己主張は真ん中に置いておいた方がいいかなと思います。

 

 下に自己表現というのがありますけれども、自己主張の課題の中には、コンセンサスを得るということよりも、もっと自分を表現して、みんなで1つの絵を一緒に描きましょうとか、1つのパフォーマンスをやりましょうというものもあります。構成的グループ・エンカウンターの中ではそれはものすごく隅っこのほうにちょこっとあるぐらいなんですけれども、自己表現というのもこれからの時代は特に大事になってくるんじゃないのかなと思っています。なぜなら学校ではですね、正解があって、その正解にいかに早く正確に辿り着くかということを求められている組織なんですけれども、その中で、正解がないカテゴリーの中で、何を自分は表現していくのかということが、これからは大事になっていくかなと思います。なので、今はあまり重要視されていないんですけれども、自己表現は大事だと思うし、実はここでやっているインプロなんかも、自己表現がメインになってくるかなと思います。

 

○グループワークの3大要素とその関係

 で、それを整理すると、こういうことになるかなと思うんですね。3つに分けることができる(図12)。

 

 3つの3大要素として、一番下、ベースにかかわるということがあって、その上に理解するということと表現するということ。この3つをですね、グループワークの中で実践していって、そこから子どもたちに何かを学び取ってもらいたいと思ってこれを整理しました。

 

 さらに、この3つの関係(図13)なんですけれども、実はこのすべての活動は人とかかわることにおいて成り立っているので、自分で机に向かってプリント学習してなんかやってるとか、自分で腕組んで目をつぶって瞑想してたらなんか湧いてくるとかというものではなくて、すべては人とのかかわりの中で生まれてくることなので、一番下に書いてある「かかわり」は、こういうふうに並べると、3つのうちの1つなんですけれども、でも他の理解するにしたって表現するにしたって、かかわることをベースに成り立っているので、全体の構造としてはこういう、二重の円構造になるんじゃないかなと思います。

 

 で、かかわるということの中に、左下に広義のかかわりとありますけれども、すべては人とかかわることによって成り立っているのだと言ったら、それは広義のかかわりですね。その広義のかかわりの中で、でもこの活動の中には相手のことを理解することは含まれてないよねとか、自分のなにかを表現することは含まれてないよねという、ひたすら人とかかわるということもあるわけですよね。たとえば、絹川友梨さんが最初にやってくださったのは、どちらかというと、人とひたすらかかわりましょうということをやっていたんだと思います。声を出しましょうとか、人の話を聞きましょうということの中には、新しい何かを創造しましょうとか、相手のことを理解しましょうということは、大きくは入ってきていないと思います。それも、大事なポイントであると思います。

 

 構成的グループ・エンカウンターと、それから今日は端折りますけれども、グループワーク・トレーニング(GWT)という課題、それからインプロの活動の中に、それぞれがどれくらい含まれているかというのを、友梨さんの本も含めて、エクササイズ集を見て、その中で全部分類した結果がこんな感じになっています(図14)。

 

 構成的グループ・エンカウンターでは、相手のことを理解するということがメインですね。インプロは表現するということがメイン。インプロはウォーミングアップでやっていることと、メインの活動でやっていることが、大体はっきり分かれているので、かかわるということはウォーミングアップでやっていることですね。で、そのあとの、イエスアンドを使った、エクステンド&アドバンスを使ったいろいろな活動は、みんな表現することを目的にしていると思います。GWTの活動は、説明は省略しますけれども、かかわることがメインですね。GWTで取り扱われているエクササイズはほとんど、SGEからの借り物なので、そのへん少し混ざっているなと思ってみています。

 

 

 

 

 

 

 

◎心を育てるグループワーク

 

 以上をまとめて、私が学校の現場で提案しているのは、こういうことです(図15)。

 「心を育てるグループワーク」といって、すべての児童生徒を対象にして、他者とのかかわりを通して、必要な対人的技能や心理的資質を、楽しみながら育てるということですね。

 で、この楽しみながら育てるというのは、別に楽しまなくてもいいんじゃないかと言う人が学校の現場の中にはいらっしゃるんですけど、学校とは楽しむところじゃないよと言う方もいらっしゃるんですけれども、私はこだわりがあるところですね。

 

 今の友梨さんのお話で、例えば、相手の話を聞きましょうといってやっているわけですよね。で、あそこで声を出しましょう、というと、やっているほうは楽しくないわけですね。やらされている、指示されてやっているという思いがあると、楽しくないわけですよね。で、相手の話を聞きましょうという相手に対して、こちらが出題している側だと思ってやっていると、楽しくなるわけですよね。やっている側の思いとしては、そんな自覚はないんですけれど、気がついたら、「声が出せるようになってるね」とか、「あれ、ちゃんと人の話、聞いてるね」というところで、~せねばならないとか、学ばねばならないとかいう意識と離れたところで楽しんでいるうちに、必要な対人的技能や心理的資質が身に付いてくることがとてもいいんじゃないのかなと思っています。

 

○かかわりを支えるもの、iksy

 で、そのかかわるということについてなんですけれども、これですね昨年書いた論文に挙げてあることなんですけれども、かかわりについて、心理学者、特に社会心理学者は従来いろんな研究をやってきて、人のかかわりの能力を測る心理テスト、いわゆるソーシャルスキル能力というのを測るテストをいっぱい作ってきました。みんなすごく頭の良い人たちがやっているので、いろんな項目をばっとあげて、アンケート用紙を何百枚刷って、大学生や子どもたちに配って書いてもらって、それをコンピュータに突っ込んで、因子分析をやってというふうにすると、何何因子、何何因子、といっぱいでてくるんですよね。たとえば、挨拶因子だとか、お礼を言う因子だとか、仲間に入れてもらうのがどうだとかというのがいっぱい出てくるんですね。で、出てくるのは良いんですけれど、それがみんなが揃わないんですね。研究者Aさんがやると6つ出てきました。Bさんがやると7つ出てきました、Cさんがやるといや5つですとかと言って、しかも、中身が揃わないわけなんですよね。専門の人たちがやってるのだから、それなりに意義があるんだろうなとは思うんですけれども、私みたいにあちこちの学校現場に呼ばれて、その学校現場で大体私に声をかけてくる学校は困っている学校ですから、困ってる学校の人たちにあんまり難しいことを言っても、わかりませんという部分になるので、話を単純にしないといけないんですよね。

 

 私の考え、コンセプトは先にトップダウンで考えてしまいます。何を考えたかというと、伝える働きと受け取る働きということで、2つ考えます(図16)。

 

 さらに言葉を使うか使わないかで2つ考えます。そうすると、4つのカテゴリーに分けられて、人と人とのかかわりは、全部この中で行われているだろうと。じゃあ、それを測るにはどうしたらいいのだろうということで考えたんですけれども。

 

 まず、言葉で伝えるは「言う」ということですよね。言葉で受け取るが、「聞く」ですね。言葉を使わないで伝えるが「する」で、言葉を使わないで受け取るが「読む」ということで、4つについて、じゃあこういうことを聞いていけば、それで測定できるのではないかなということで、下にありますけれど、もうひとり葉山さんと協力して作ったのが「基本的コミュニケーション能力測定尺度iksy作成の試み」という論文にまとめて、質問紙を作って、去年論文を発表しました。iksyというのは言う、聞く、する、読むのローマ字の頭を取って、iksyですね。(注1)

 

 

 

 ただ、これはもう、最初から1つ欠点が分かってます。分かっててもどうしようもない欠点なんですけれども、「見る」がないんですね。本当は「見る」をいれて、ミクシー(miksy)にしたいんですけども(笑)、「見る」が作れない。なぜ作れないかというと、「見る」の項目をそれだけ取り出して聞こうとしても難しいんです。「見る」ということは、「言う」とか「聞く」とか「する」、「読む」ということ全てにまたがっているので、「見る」ということだけを取り上げて質問紙を作ろうとすると、すごい不自然なものになっちゃうんですね。「人の目を見る」、これ以上書きようがないんですよ。人と話をするときに、人の目を見ると言ったら、「言う」と絡むよね、とか、人の話を聴くときに相手の目を見ると言ったら、「聞く」と絡むよねというふうに重なっちゃうんで、それだけを取り上げるのは、なんとかしてやりたいなとは思っているんですけれども、今はまだ課題の状態です。

 

○かかわりの力

 で、グループにはかかわりという力がありますが、このかかわりの力については、前にも話したんですけれども、x=2n-n-1という計算式があります。どういうことかというと、あそこに(図17)に4人の人がいますよね。4人の人がいると、4人の人間の間にはどれくらいかかわりがあるかということを考えた場合に、この式に代入するわけですね。

 

 4人なので、nイコール4ですね。4をあの式に代入すると、2の4乗で16ですね。16から4を引いて、1を引いて、11がかかわりの数だということですね。これは何を言っているかというと、あの4人の人の中に、この人とこの人との2者関係を全部数えると1、2、3、4、5、6かな。で、3者関係、この人とこの人とこの人の3者関係が全部で4。最後にこの4人全部ひっくるめた4者関係を数えて足すと、11になるわけなんですけれども。これがですね、一人増えるたびに、ものすごい勢いで実は増えて行くということになっていまして、10人だと1000。20人だと100万ですか、今日は15人、いるわけですけれども、15人だと5~60万になるんだったかな、2~30万だったかな、になると思います。40というのは、40人学級の40で、40人いたらということで考えると、1兆になるんですね。41はなんで1半端が出てるかというと、先生を入れたら41だよね、と、それで言うと2兆になるわけです。グループにはそれだけのかかわりの潜在力があるわけですね。その潜在力をどう使うかというのは、先生の心積もり一つですけれども、その先生がすごい金八的な人で、気合いでできるという人だったらいいかもしれませんけれど、私みたいな凡庸な人間だとやっぱり、そこでツールが欲しいわけですね。そのツールとしてのグループワークというものがあると思います。あるいは、先生の中にはそういうのが嫌いな人もいて、みんな黙ってろと、黙って前向いて、俺の話を聞いてろという場合には、相手が40人いようが100人いようが、人間関係は0ということになります。どっちがいいかは、教師の胸次第ということになるかなと思います。私はあるものは活用した方がいいだろうな、と思っています。

 

 

○理解すること

 で、理解するということについてですけれども、エンカウンターは理解するということが中心の活動だとさっき言いましたけれども、意味としては2つありますね(図18)。

 

 まず他者と出会うということが1つですね。他者との出会いを通して、自分と出会うという自分との出会いが2つ目。これでワンセットですね。さっきもちょっと言いましたけれども、自分で小部屋にこもって瞑想しているというのは、エンカウンターではない。グループワークにおけるエンカウンターではないですね。そうじゃなくて、人とかかわっていくと、そこに相互作用が生まれて、相手が自分に何か言ってきて、そういう言われている自分ってなんだろうというところで、他者と出会って他者との出会いを通して自分と出会うということがあるわけです。

 そのイラストにあります「はじめまして」と言って、「真面目そうな人だわ」と思って、「太郎さんてとても真面目そうですね」と言われて、「えーそうですか」と言いながら、「俺ってそう見えるんだな」と言っている、ここにエンカウンターの1つの形があるわけですよね。

 

 構成的グループ・エンカウンターは、名前を分解すると、構成で枠で、グループでかかわりで、エンカウンターで出会いで、枠の中でかかわることで出会うという活動なんですけども、それがこういうなりたちになっているわけですね(図19)。

 

 さっきちょっと言いましたけれども、向こうから考えてみると、女の子がいて、女の子が男の子について他者理解をする(図20)。

 たとえば「この人真面目そうだな」と思ったとする。それは他者理解ですね。それを、相手に向かって言うと、それがフィードバックになるわけですね。「太郎君って、真面目そうだよね」と言ったら、言われた太郎君にすると、自己理解になるわけですよね。「あ、自分ってそういうふうに人から見えるんだ」と思うわけです。思ったことやそれから、「僕は実はね、そう見えるかもしれないけれど、意外と不真面目なんだよ。この間だって先生にいたずらしてね」というようなことを相手の女の子に言ったとしたら、それは自己理解と自己開示ですよね。その自己開示によって、女の子は太郎君に対する他者理解を修正するということがあるわけですよね。

 こういうふうに自己理解と他者理解は相互にかかわり合う関係の中にあって、それでワンセットになっているわけですよね。どちらか片方だけということはあり得ない。構成的グループ・エンカウンターのいろんな活動の中でも、実はここがメインの活動ですね。

 

○出会いとかかわりの関係

 出会いとかかわりは饅頭のアンコと皮の関係、というちょっと変なたとえ話が出てきましたけれども(図21)。

 

 そもそも、構成的グループ・エンカウンターが始まった1970年代、今から40年以上前ですね。高度経済成長の真っ只中の時代にエンカウンターが出てきて、当時それは大学生の自己啓発を促進するための活動として生まれたものだったんですね。当時は高度経済成長の時代で、少しでも良い学校に入って、一生懸命勉強しに学校に入って、良い会社に入れば、良い人生に送れるという学歴神話を日本人みんなが共有していて、そのためにみんな少しでもいい点を取って、少しでも上のカテゴリーの生活を送りたいと思っていた時代ですね。その時代には、我慢しても見返りがくるという価値観をみんなもっていた訳ですよね。我慢して受験勉強をします。やればやったことはその後見返りとして返ってきますということがあったわけです。その時代に、出会いということは大きな課題だったわけです。出会いというのは、楽しい側面もありますけれども、実はつらい側面もあります。自分に出会うということは、ある意味で楽しいと思う人もいるかもしれないけれども、それは見たくなかった、それは聞きたくなかったということもあるわけですよね。でも、我慢して自分に向き合っていけば、それに変わるものを得られるということを当時の人間は考えていたと思います。その出会いというアンコを食べるために、かかわりという皮も一緒に食べてた訳なんですよね。

 

 ところが、今2015年。今のこの現代においては、たとえば、さっきも言った学校現場で、私に子どもたちに授業をやってくださいと依頼してくる。依頼してくる学校は非常に困って依頼してきている。何に困っているかといえば、子どもたちが人とかかわれませんというところで困って依頼してくるわけですね。その先生たちが、子どもたちが自分に向き合って欲しいとか、自分と出会って欲しいと思って頼んでくる人はほとんどいないわけですね。それはいいから人と最低限のかかわりができるようになって欲しいと思って依頼してくるわけですね。そうすると、今はもう、アンコは食べなくていいから皮だけなんとか食べてくださいという思いで依頼がきているわけです。そうすると、昔は出会いが目的でかかわりが手段だったわけですけれども、今はかかわりが目的で出会いはどこかに消えてしまっていて、昔手段だったかかわりが今は目的になっているという、手段の目的化が起きている。つまり、かかわり優位の時代が今の時代だというふうに言えます。なので、構成的グループ・エンカウンターが学校現場に広がっていって、すごく知られているのはいいんですけれども、そこで紹介されているエクササイズ、あるいは書かれているやり方なんかは、実は今の時代に合わなくなっているものが実は結構多いです。それに変わるものを出していかないと、今難しい状況になっているなというふうに思っています。

 

○表現する

 

 で、あと表現するですね(図22)。

 相互にかかわりながら、創造力を発揮して可能性に挑戦する。それから、正解のない世界で楽しみながら表現することで、本来の自分に還るという、意義があるんじゃないかなと思っています。特に、一番最後の本来の自分に還るということについては、もう少し後の方でお話ししたいと思います。

 

 以前、うちの卒業生が卒論で取り組んでくれたんですけれども、インプロの心理的効果ということについて調査研究したことがありますけれども、この4つあるんじゃないかということですね(図23)。

 

 自己解放、それから一体感、柔軟性、自己肯定といった心理的な資質を身につけることができるという、それが心理的な効果ですね。3年ほど前ですかね、アメリカから来てワークショップをやったスー・ウォルデンかな、彼女とこの話をしたら、だいたい4つで良いんじゃないの、と言って、あともう一つ足りないのはプレゼンス、現在がないよねと言われて、うん、分かってるんだけれど、それは難しいよね。現在、今ここという感覚があるといいんじゃないのと言われたですけれども。だいたいこんな4つくらいがあるのかなと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

◎グループワークにまつわるさまざまな問題

 

○背景の問題

 私は学校で今頼まれて何かをやるときに、インプロがかなりのウェイトを占めてますけれども、なぜじゃあそれをやるかという背景の問題として、まず不登校とかいじめの長期化、固定化ということがあります。どの学校もこういうことで困っているわけですね。そこではですね、学校の息苦しさがあると思います(図24)。

 言い換えると、それは、私はかかわりの障害じゃないかと思っていますけれど、他者とかかわれないとか、集団に参加できないとか、友達と遊べないという問題を抱えた子どもたちがいっぱいいるわけなんですよね。そういう子どもたちに対してどうかかわるかということなんですけども。

 こんな言葉があります「困った子どもは、実は不幸な子どもである。彼は内心に戦っている。その結果として外界に向かって戦うのである」。これはイギリスの教育学者のニールさんという人が昔言った話ですね。もうちょっと平べったい言葉では「困ったこどもは、困っている子どもである」という言い方をすることがありますね。これは私が若い頃に知り合いの校長先生から聞いた言葉で、胸に刻んだ言葉ですね。困った子どもは困っている子どもであるということですね。みんな自分の中で困っているんだけども、その困り感を外に出して向けてくると、学校の中では困った子どもになってしまうというんですよね。そういう子どもに対して、なんとかしてあの子を手なずけたいとか躾けたいと思って、悪戦苦闘している先生方はいるんですけれども、そこで手なずけよう、躾けようとすると、実は逆効果になるということが結構ありますね。みんなやっぱりかかわれない、参加できない、遊べないということで困ってるわけで、その子どもたちをじゃあどうしたら遊べるようになるのかというところですよね。

 

 それから、今言った「治療者がなすべきことは子どもが遊べない状態から遊べる状況に導くことである」。ドナルド・ウィニコットという、これもイギリスの精神分析学者が言っている言葉ですけども、特にプレイセラピーということを彼は研究してますけれども、ここの大学にも子どもの相談室がありますけども、プレイルームというのがあって、床にカーペットが敷いてあって、壁一面がおもちゃで埋められているという部屋で、その部屋に不登校の子どもを連れて行ったら子どもはどうするかというと、半分の子どもは遊びます。半分の子どもは遊べません。遊べないで、そこで途方に暮れているわけですよね。で、その途方に暮れている子どもを大学院生が実習として入っていって、「じゃあ何して遊ぶ?」と言ってかかわっていくわけですよね。それは遊べない子どもを遊べる状況にしてあげるということ。それはとりもなおさず、かかわれない、参加できない、遊べないという状況を変えていこうとしているわけなんですね。

 

 こういう枠組みの中で、私は学校に対して、じゃあこんなことをやってみましょうかといろいろ提案しているわけですけれども。ここにあげてあるのは、私がよく使っているワークの例としてあげてあります(図25)。

 

 これは、私のブログにアップしてあります。私のブログは検索サイトで正保研究室といれて検索してもらうと大体出てきます。名前を間違えないようにお願いします。私のところにくる手紙の一定数は、生保で来ますけども、ダメですからね。一発で変換したいと思ったら、「しょうほう」と入れると出ます。正保(しょうほう)という年号がありますので、「しょうほう」と入れると、最初は商法が出て、5番目くらいに正保が出ますね。すいません、脱線しました。元に戻します。

 

○楽しむこと

 楽しむということですね。ここは大事ですね。昔買ったイタリア車のカタログにこんなことが書いてあって、「イギリス人は礼儀を、フランス人は料理を額に汗して芸術に高めた。その間にイタリア人が陽気に歌を歌いながら自動車を芸術に高めた」ということが書いてあったんですね。パンフレットの表紙に書いてあったんですけども、非常に好きな言葉でずっと覚えているんですけども。イギリス人は礼儀を、フランス人は料理を芸術に高めた。ただし、それは額に汗して高めたと。イタリア人は自動車を陽気に歌を歌いながら芸術に高めた。まあ、行き着くところは同じなんだけれども、どうせ行くんだったら、汗かいてやるよりも楽しみながら行った方がいいだろうということですよね。ちなみに私が買ったのはこのランボルギーニではないんですけども、結構格好いい車だったんですけどね、良く壊れました。イタリア人が陽気に歌を歌いながら作った車は良く壊れました。(笑)(図26)

 

○楽しくてためになる

 で、楽しくてためになるという言葉を英語で言うと、Interesting and instructiveというふうに普通は言うと思うんですけども、この言い方だと、私は大事な点が伝わらないと思っています(図27)。

 つまり、単なる足し算で考えると、足して合格点とれればいいじゃないかとなっちゃうと思うんですね。例えばinterestingで50点満点中、10点しかとれない課題は、はっきり言ってつまらない課題ですね。でも、その課題はinstructiveという点では、満点取れる課題。で、両方足すと、100点満点で60点取れる課題で、それは良い課題だねというふうになってしまうと、私はおかしいと思うんですね。だって、それは子どもの目線からしたら、やりたくない課題ですからね。そうじゃなくて、interestingで50点中、30点くらい、一応合格点取れる課題、instructiveという点でも、50点中30点取れる課題。interestingであって、and then しかるのちに、なおかつinstructiveである課題であれば、これ、同じ100点満点で60点の課題ですけれども、子どもはまあそっちだったらやってもいいよ、ということになると思うんですね。この、interesting and then instructive. このthenを入れるということがすごく大事じゃないかなと私は思っています。

 

○ほめることについて

 ちょっとそれに関連してですけれども。最近こだわっている話なんですけども。ほめることというのがあって(図28)。

 

 「してみせて、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かず」という言葉があって、これ山本五十六が言った言葉だと言ってあちこちで引用されている言葉だと思うんですけども、私、非常に嫌いな言葉なんですね。なぜ嫌いなのかというと、自分が人からこんなことを言われたくないなということですね。「してみせて、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、正保は動かず」と言われたら、私はむかつくと思うんですね。誰だってこれ、むかつくと思いますね。こんなむかつく言葉をありがたがってる世間の風潮が私はおかしいと思います。

 でも、これいろんな本で結構引用されてるんですね。特にSSTのテキストの頭のところで出てきます。「SSTの極意を一言で言います。してみせて、言って聞かせてさせてみて〜、これがSSTの極意です」と書いてます。人を馬鹿にしてるわけですよ、頭っから。エンカウンターの本でも最初にこれを書いている本があります。エンカウンターの極意はこれですと書いている本があります。書いている人は、自分が人を馬鹿にしているということに気付いてないわけですよね。ここは非常に問題だと思います。

 

 一方、こんな話があって、「山本五十六さんが『やって見せ~』とよく申されていましたが、仕事は教えるのでも、讃めてやるということが秘訣のようであります」(図29)。

 

 そして次ですね。「讃めるということは、馬鹿な奴をおだてるということではなく、ともに喜ぶことなのであります。」これは、山本五十六さんと親しい交わりのあった禅寺の和尚さんが講演した言葉の中にある訳ですけれども、ほめるというのはおだてることではなくて、共に喜ぶことだということですね。

 ほめるということには価値観が入ってきますね。評価の軸が入ってきて、評価の軸に照らし合わせて、良いとか悪いとかというのがほめるということですね。でもそうじゃなくて、相手と一緒に「やった!」と言って喜ぶ、その感覚が大事だということですね。

 

 こんな話もあって、去年だいぶ話題になった、『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』の東田直樹さんですね(図30)。

 

 「僕がごほうびをもらいたくなかった理由は、指示された行動の結果、ごほうびがもらえるということに抵抗を感じたからです。自尊心が傷ついてしまうのです。この程度でほめられているなんて、僕には永遠にみんなと同じような未来が訪れることはないのだろうと落ち込んでしまうからです」。自閉症の男の子が書いた本の中にある一節ですね。彼はこれを喋ることはできないんだけれども、絵に描いたキーボードにあわせて指を動かしながらだと、これを発音できる。それを本にしているんですね。

 

 今、私支援学校の校長をしていますけれども、定期的に生徒指導委員会というのがあって、そこに出ますけども。この間もある男の子について、ちょっと案件がでてきて、みんなでどう指導したらいいかねという話題になったんですけれども、そこで出た話しでへぇと思ったのは、その彼は中学生の男の子ですけれども、ほめられることを嫌がるんだそうですね。「ほめられると、寿命が縮まる」と彼は言ってるそうですね。ほめられると寿命が縮まる、学校の先生はみんなそれが理解できないわけなんですよね。どうしたらいいんだろう、この子をほめて育てる、伸ばすしかないのに、この子ほめると嫌がるし、ほめられると寿命が縮まると言ってる子に対してどうかかわったらいいんだろうと、先生方は頭を悩ませているんですけれども、私はいや、それはわからなくもない気がすると。たとえば、東田直樹さんはこう言っているし、そもそもほめるというのは実は人を馬鹿にしているというね。馬鹿にしているは言い過ぎかもしれないけれど、おだてて自分をなにか操作しよう思っているというふうに捉える人だっている訳なんですよね。そうすると、やっぱりほめられるということに対して、アレルギー反応を示す子だっているわけで、じゃあどうしたらいいかと言ったら、さっきのほめるほめられるという関係じゃなくて、共に喜ぶという関係を作れるかどうかがポイントだと思うんだけれども、先生方はその子と一緒に共に喜べる関係を作れてますかと言ったら、みんな「うーん、それはちょっと」というんです。じゃあ、そこを作らないと話は先に進みませんよね、という。そんなことをやり取りしたことがあります。

 

○各種のグループワーク

 各種のグループワークをちょっと整理すると、SGE、GWT、インプロ、あとSSTも入れましたけれども、一番下のところだけ見ていただきましょう(図31)。

 

 動機付けですね。SGEは何を動機づけにして成り立っている活動かというと、気づきを深めるということですね。自分について気づきを深めて、ああ自分はこういう人間だったんだ、この人はこういう人だったんだということを理解すると、なんかやって良かったなと思うわけですね。GWTは課題がみんな正解がある課題なので、課題達成してやったー!できた!という動機づけになっていて。インプロは楽しむことだと思います。SSTは人にほめられるということが動機づけになっています。どれが一番良いかは、みなさんのお気持ち次第なのかなと思います。

 

○グループワークの矛盾

 それから、あとちょっと話をあちこち脱線気味に拾って行きますけれども。これ、10年以上前ですけれども、ある高校で子どもたちと人間コピー機の課題をやったときのことですけども。GWT、グループワークトレーニングですね。これはなにかというと、この絵を見えない離れたところに貼っておくので、それを数人で協力して、記憶して配った紙に正確に写してくださいというのがその課題だったんですね。最初はだまし絵的な錯視図形を持って行ったんですけども、その学校の先生に一言で却下されて、「ダメです。うちの子どもたちはこんな絵に関心を持つような子どもたちではありません」と言って。「じゃあどんな絵ならいいですか」と聞いたら、「まあ、車かバイクですよね」と。ちょっとヤンキーのお兄ちゃんがいっぱいいる学校なので、「ああわかりました、じゃあこれでいきましょう。」と言ってこの絵(図32)を持っていって、子どもたちに絵を描かせると、こんな絵が出てくるんですね(図33)。これは結構良いと思うんですけども、こんな絵はひとつだけなんですよね。こういう絵が出てきたり、こんな絵が出てきたり、こんなのが出てきたり、こんなふうに出てくるわけですね。

 

 

絹川 いいですねー。

正保 いいですか? 何がいいですか?

絹川 元があって、それをそこから自分で考えたものがここに出てきているというところですね。

正保 ということを言う人は、学校にはいないわけです。学校だと、これは、ふざけるな、真面目にやれよということになるわけです。

絹川 えー、相当すごい。遊び心もあるし。創造的ですよね。

正保 ええ。今は僕もそう言えますけれど、そのときは途方に暮れましたね。

絹川 すばらしいじゃないですか。

正保 ねえ。

 

 で、車を元にやりましょうと。元絵がこれです(図34)。車、ミニクーパーね、ちゃんと車名まで描いてあったりとかね(図35)。

 

 竹槍がすごい。やっぱりここでも夜露死苦が出てくるとかね。こういう系が出てくるわけですよね。で、ここで友梨さんは「素晴らしい、すごーい」と言っているわけですけれども、「素晴らしい、すごーい」と言うのか、「ふざけてる」とか「馬鹿にしてるのか」というのかが、分かれ道になるわけですね。

 

 グループワークには矛盾があると思うんですね(図36)。

 ゲームやエクササイズは、所定の目的を持って構成されていて、枠に嵌めるという本質的な特徴があります。ところが始まってしまうと、そこで生じることはリーダーの手を離れて、その場のもの、メンバーのものになるわけなんですよね。そこで、今友梨さんが言っているように「わーすごい」とか「素晴らしい」というふうに言わないと、そこから先に続かないわけですよね。そうすると、実施形態として枠に嵌めつつ、場に対して開いていかなければならないという矛盾した構造があるわけなんですよね。この矛盾もわかった上で取り組むということがポイントになるんですけれども、ここを取り上げている本は見たことはないですね。これについて、取り上げている記述を見たことがないですね。いかにして枠に嵌めていくか、嵌らないときは、さらにどうしたら嵌るかというということは書いてあります。

 

絹川 目的がそっちということですね。

正保 そうですね。どうやって、枠のなかに押し込んでいくかということは考えるんですけどね。

 

 

 

 

 

◎グループワークのマインド

 

○オープンマインド

 で、場に対して開いて行くためには、こういったオープンマインドが必要ということになります(図37)。

 予断を持たずに“今、ここ”にいて、あらゆる可能性を受け入れる心が必要だと。そのためには、何が起こるか分からないリスクを引き受けるということ、体験に正解や模範解答はないので、どんな体験にも意味はある。その意味を見つけられる開かれた心が必要だと。リーダーが新しい出会いのファシリテーター・立会人になるという気持ちが必要だということですね。それを測る、まあ「なんでも測れると思うなよ」といわれちゃうんですけども。尺度として作ったらどうなるかなと思って、ワークショップでリーダーが取る行動を、全部で30いくつくらいあげて、それをですね、またワークショップの参加者の皆さんに協力して頂いて、12個にしぼって、因子としては2つですね(図38)。

 自分自身に対してオープンであること、それから、場に対してオープンであるということについて、それぞれ5つずつの下位項目で評定できるかなというふうに、試案を作って、これは今論文にまとめているところです。 (注2)

 

 

 まあ、ちょっと見てみますかね。自分自身に対して自分を隠さないでいるか、ありのままでいるか自分を見せかけているか、リラックスしているか緊張しているか、批判を恐れないでいるか批判を恐れているか。これ自分自身に対して、そのリーダーがどのくらいオープンでいるかということですが、また、リーダーだけじゃなくて、メンバーも自分自身に対して評価してもいいと思うんですけどね。

 その場に対して、今、ここで起きていることに注意を向ける、メンバーをよく観察する、メンバーのペースに合わせる、その場で起きていることに気づく、状況の変化に柔軟に反応する。

 脱線の脱線ですけれども。これが出てきたきっかけは、出てすごく嫌な気持ちになったワークショップがあって、なんでこんなに嫌な気持ちになるんだろうと思って考えて、そのリーダーの特徴を列挙したのが右側の文章なんですね。右側の文章、大体こういうことをやられると嫌な気持ちになるんだなということを挙げて、その反対は何だろうと考えたのが、左側の文章ですね。その日の彼らのブログを見たら、「たくさんの笑顔で満ちあふれたワークショップができました」って書いてあって、そういうところだけ切り取った写真がアップされてましたけども。何を言っても無駄だよなと思って、何も言ってないんですけども。でもその人たちは、今も活発に活動していますね。私も怒って、当時書いてたブログでね、今日はこんなひどいワークショップに行ったと名前を挙げずに書いたというのが、それが回り回って向こうに話が行ったみたいで、謝罪のメールがきました。すべて言い訳でした。そんなつもりで言ったんじゃない、そんなつもりでやったんじゃない、というメールがきました。

 

○グループワークを支える3つのマインド

 脱線してばっかりなんですけども、心を育てるグループワークを支える3つのマインドということで、1つは、まず信じるということですね(図39)。

 

 子どもの中には成長への力があると信じるということですね。根拠はないですよ、根拠はないけれど、信じなければ始まらないわけですよね。それから楽しむこと。楽しむことによって、外に現れていない成長への力が解発されて、そこから出発するんだということですね。ただ、それがどこへどういう方向へ向かっていくかはわからないですから、開く必要があると。そこで起こることをすべて受け入れる必要があるということですね。これを持って、なんとかやっていけるかなというふうに思います。

 

○「ボウシ」

 そして、最後ですね。なんでこんなもの(図40)が突然出てくるかというと、星新一の短編小説に「ボウシ」というのがあって、どういう話かというと、ミーラ星人という宇宙人が地球にやってきました。で、ミーラ星人は地球に何かめぼしいものはないかなと思って、あちこち見てまわったんですけれども、みんな自分の星から見たら、どこにでもあるようなものでつまらないな、帰ろうかなとしていたときに、ある手品師のおじいさんが家で練習をしているのを見つけました。手品師のおじいさんは、全然売れない手品師なんだけど、帽子から何かを取り出すという手品が売り物の人で、これしかできないからと今日も練習をして寝ようかと思って練習をしていた。その様子を窓の外からミーラ星人が見ていて、彼らは驚愕したと。なんでも取り出せる装置を持っているおじいさん、というふうに彼らには見えた。なんとかしてあの帽子を手に入れようとして、結果的には腕ずくで帽子を取って、彼らは円盤に乗ってミーラ星に帰りました。という話なんですけども。

 

 もちろん、みなさんはお分かりですけれども、帽子がすごいんじゃないんですよね。おじいさんの技がすごいんですよね。帽子だけ手に入れて、なんとかすればウサギが出てくるわけはないんですよね。ところが、インプロとか、それからその他のグループワークをやっていると、ときどき勘違いする人が出てくる。エクササイズがすごい。エクササイズをやれば、何かが得られる、なにか結果が付いてくる、と思ってしまう。でも、それは確かにそういう面もあるんだけれど、実はやっている人がどれだけさっき言ったようなオープンなマインドで、相手とかかわってそこで起こることをうまく引き出していくかによって得られるものが、実はワークショップの素晴らしさなんですよね。そこを理解しないで、エクササイズだけやればうまくいく、で、みんな喜ぶ。喜んでいったい何がいいのかといったら、結局自分の価値を高めることに返ってくわけですよね。「これだけやって、みんなこれだけ盛り上がってる、それやってる俺ってすごくない?」という想いでやっている連中は結構いるように私には見える。誰だって人間、自己愛がありますから、そういう思いがあっていけないとは言わないですけれども、そこに溺れてしまうのは、私はおかしいんじゃないかなと思います。

 私たちが手に入れなければいけないのは、帽子じゃなくて、技だということですね。で、その技というのは、そんな簡単に手に入るものではないと私は思いますが、どうでしょうか。

 

(終わり)

 

さらに詳しくお知りになりたい方はこちらを。

 

 

 

9月4日(金)に久しぶりに水戸第三高校でグループワーク授業(絆作りプロジェクト)をしました。これが第3回目です。

今日は身体表現とイメージ。

5人1組の「仕事ジェスチャー1人バージョン」で身体表現を。

そこから「2人バージョン」に移行して他者との連携による表現へ。

さらに「彫刻ネーミング」を経て、最後は「私は木です」でみんなでイメージを共有した身体表現へ。

率直に言ってとても盛り上がりました。グループ分けをカードで人為的に作れるのもこの学校の強み(それができない学校が多いのも事実)。

みんなの笑顔が溢れました。
もう一つ「溢れた」のは今日の暑さ。クーラーのない格技場で4時間で計8クラス約300名に授業をするともうフラフラ。アシスタントの学生3人含めて、学校側から一人当たりペットボトル計3本の差し入れがありました() アシスタントのみんなもお疲れ様。

 

○仕事ジェスチャー一人バージョンは写真がありません。

前回(7月10日・第2回)実施したおもちゃジェスチャー、家電ジェスチャーなどの延長線上の活動です。

 

○仕事ジェスチャー・二人バージョン

二人で協力して仕事(職業)をジェスチャーで表現します。

二人の連携がポイントです。

 

○彫刻ネーミング

意味のない一対の「彫刻」に観客が意味=タイトルをつけていきます。

 

○彫刻ネーミング

 

○私は木です

 

○私は木です

 

始めに説明の際、担任の先生に「木」をやってもらって、そこにアシスタントが入って説明しました。ここで担任の先生が入ってくれると生徒たちのモチベーションが3割方上がります(笑)

ノリのいい先生方に感謝です。

 

 

水戸三高ではあと2回授業が予定されています。

計5回ということになると、結構豊かな内容を盛り込むことができます。

残り2回が楽しみです。

7月14日に茨城県立大洗高校でグループワーク授業をしました。

今回行ったワークは先週の水戸第三高校と同じ、手合わせ、聖徳太子ゲーム、おもちゃジェスチャー、家電ジェスチャーの4つです。

手合わせは、やはり、始めに2人組、4人組とやった後、他のワークを挟んで、最後に全員で実施しました。

スクールカラーの違いもあり、全く同じように、という訳にはいきませんでしたが、どの授業でも生徒たちの笑顔をたくさん見ることができました。

また、校内でもクラスによるカラーの違いがあり、トランプによるグループ分けは1クラスのみでの実施となりました。

 

これで今年度夏休み前の高校でのグループワークは一旦終了です。ふう。

 

聖徳太子ゲーム

 

おもちゃジェスチャー

 

おもちゃジェスチャー

 

おもちゃジェスチャー