シンディとチェルビダッケ | ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

テロワールにより造り手により 変幻の妙を見せるピノ・ノワールの神秘を探る

震災以来、学会などの自粛ムードが漂っている。

実際に、3月18日~20日に横浜市で予定されていた「日本循環器学会総会」は、急遽中止となった。
被災地への医療支援などを考えると、この時期の開催は非常に微妙であり、
中止もやむを得ないかと思うが、学会は決してお祭りではないのも事実だ。

被災地から離れたわたしの地元の大阪でも、医師会のゴルフコンペなどをどうするか、
など議論がある。
「被災地で奮闘している医師を尻目に、ゴルフなんぞにうつつを抜かしていていいのか」
という目線で見られることを恐れる気持ちがあるのである。

医師嫌いのマスコミなどに半世紀以上も叩かれ続けてきて、今の医師・医療関係者は
気の毒なほど人の目を気にして行動しているように感じる。

しかし、ゴルフをしないからといって、被災地に出務できるわけでもないし、
日常は社会貢献的な診療行為を行っているわけであるから、医師だからという理由で、
休日のプライベートの行動まで第三者からとやかく言われる理由はない、と思う。

先週にメーカー共催の研究会に2回参加したが、研究会後の情報交換会(懇親会)は
平常通り行われた。
いつもの通り立食で行われたが、乾杯はなく、粛々と情報交換会は始まった。

幅広い分野の医師を対象にした研究会では、食事目的で紛れ込んでいる常習者
(ほぼ間違いなくニセ医者)を数名知っているが、
普通の医師では、食い物やパーティが主たる目的で研究会に行くことなどあり得ない。

わたしなど純粋に情報交換の場と考えている最右翼で、この場で用事のある医師を捕まえたり、
遠方から講演に来られた先生に名刺を渡したり、質問をぶつけたりしている。
従ってほとんど食べ物を口にすることができず、腹をすかせて帰宅してから
お茶漬けを食べたりすることもある。

毎度書いているとおり、一流ホテルの立食パーティで出されるワインは、
普段自分では開けることのないレベルのものであるため、研究会の日は
まったく飲まずに休肝日にすることも多い。

そんなワインをうっかり口にすると、欲求不満がムラムラと起こってきて
1日を平穏に終えることが難しくなり、帰宅後遅くなってからわざわざ
新たにワインを開けたりする羽目になってしまう。

災害からある程度時間が経てば、というか、もう今では
被災地以外での学会活動や情報交換会は自粛すべきではない、とわたしは思う。

明日の研究会を企画している某社の担当の女性が昨日やって来て、
「どこの会社もそうだと思うのですが、情報交換会は中止です」と言う。
メーカー各社とも、他のメーカーの動向を見てどうするか決めているようだ。

「あれ?先週の会では、ちゃんと情報交換会をやったよ」
と言うと、意外な顔をしていた。

キャンセルされたパーティの料理を、被災地の方々に役立てることができるわけではない。
体裁だけで学会や懇親会などを際限なく停止していては、学問に足踏みをきたすだけでなく、
経済活動の縮小も起こすわけだから、誰も得することはない。
こんな時こそ、経済を回すべきだ、という意見にわたしは与する。

連合軍の攻撃をを受けて廃墟のようになっていたベルリンで、戦時下でも戦後でも、
ベルリン・フィルは活動を止めなかったのは有名な話である。

記録映画「フルトヴェングラーと巨匠たち」の冒頭で、廃墟と化した屋根のないホールで、
若き日のセルジュ・チェルビダッケがエグモント序曲を熱演した映像は衝撃的だった。
カラヤンではなくて、この人がフルヴェンの後任だったらどんなに素晴らしかったか、
とあの映画を見た人の多くは思っただろう。

戦争と天災とは異なるが、日本のアーティストが軒並みコンサートを中止する中、
日本に残ってコンサートを続けたシンディ・ローパーとセルジュ・チェルビダッケが、
自分の中ではかぶるのである。

見かけも生み出す音楽も、月とすっぽん以上に異なるのだけれども。