ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

テロワールにより造り手により 変幻の妙を見せるピノ・ノワールの神秘を探る

このブログは 「ワイン遍歴の終着点はブルゴーニュである」と
密かに確信しつつあるワイン好きのひとりごとである。

高名な評論家が何を言おうが 権威ある本に何と書かれてあろうが
そんなことは知ったことではございません。
信じるのは自分の五感のみ。
これは 長年音楽を聴いてきた経験からの自負である。

売らんがための美辞麗句はどこにでも存在する。
わたしは誰にも媚を売る必要がないから 駄目なものは駄目とはっきり書ける。
ただ 自分の未熟さを反省する謙虚さだけは失いたくない。

読者を増やす努力は一切しない。
ランキングにはまるで無関心。
読者のためのバイヤーズガイドを目指さない。

音楽を語ると敵が増えるが、酒を語ると友が増える。
今日もひとりでブルゴーニュを開栓して ひとりごとを語り始めよう。

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昨年11月27日に新しい過活動膀胱治療薬であるビベグロンが新規発売され、

このところちょっと新しい話題に乏しかった排尿機能学会に活気が戻ってきた。

 

過活動膀胱というのは2002年に疾患の定義がなされ、その後2006年から数年間で

いくつもの薬剤が登場し、すっかり治療法も定着した感がある。

過活動膀胱症状スコアを考案した本間之夫先生は、この流れに乗って東大教授に就任され、

すでに一昨年大学を退官された。

 

この10年間、本間先生には個人的にも非常にお世話になったし、何度も一緒に飲みに行った。

東大教授と大阪の町医者を、過活動膀胱という疾患が取り持ったと言えるかもしれない。

 

治療の主役になる薬剤は、40年前くらいからある抗コリン薬の新薬が

この10年で数種類登場し、治療薬の選択肢が広がった。

しかし、2011年に発売されたβアゴニスト、ミラベグロンが今では市場を席巻していると

言って良いだろう。

今回の新薬は、世界で2番目のβアゴニストである。

 

これらの薬剤のほとんどは治験段階から関わっているので、

発売以前からそれぞれの薬剤の特徴はある程度つかんでいる。

 

これは臨床医としてのわたしの矜持だが、現場の先駆者だとの自覚のもと、

エビデンスが蓄積されてガイドラインに収載される前に、

薬剤の基本を押さえることに努力している。

高齢者が多いので、処方機会が多くなるのがアドヴァンテージにもなっている。

 

加えて、大学の基礎医学教室時代にたたき込まれた「抄録書き能力」「プレゼン能力」は

年齢とともに磨きがかかり、今や「お笑い芸人レベル」と高く評価されている。


要するに単なる自慢話だが、症例数が多いこととプレゼン力が身についていることで、

自分の専門分野の新薬発売記念講演会によく声がかかるのである。

昨年からちょっと数えただけでも下記のようなものがある。

 

2018年11月10日 講演 大阪市内リーガロイヤル

         横浜市立大学呼吸器内科金子教授と講演

講演の後は、座長を務めて頂いた関西医大病院教授とリエゾンへ

 

この日の赤は珍しくボルドーを持ち込んだ

 

2019年1月24日 座長 市立吹田市民病院 勉強会 千里中央

おなじみの国循の副院長、吹田市民の副院長などと歓談。

 

2019年1月31日 ミニ講演と座長 大阪市内 メイン演者は北風政史先生 大反響!

北風先生の講演に対し、こんなに話がうまい先生がいるのかと絶賛の声多数。

 

2019年2月7日 座長 箕面市立病院 勉強会 千里中央

手術用ロボットダ・ヴィンチの適応拡大に伴う講演。登録医60人近くが出席する大きな会

になった。

 

2019年2月9日 講演2題(前立腺とワイン) 大阪市内 メイン演者はまたも北風政史先生

出題したワインを自分で間違えてばか受け。

会終了後は、リーガロイヤルの「つるや」でまたも盛り上がり。

 

 

2019年2月21日 福井市で講演 座長は福井大学教授 

2次会では教授と講師の先生とともに料亭で美味しい料理と日本酒をごちそういただいた。

福井の酒は旨い。さっそく自分でも購入した。

 

一本義 大吟醸熟成酒 一朋

 

翌日午前休診にしたら夜診が大爆発で帰宅したら22時。休むと後が大変。

 

えちぜん鉄道 福井駅にて 知り合いではないので声は掛けず

 

2019年2月21日 北摂連合医会で座長  千里中央 演者は嘉村康邦先生

嘉村先生は、女性泌尿器科分野のわが国の第一人者で、前から話を聴きたいと思っていた。

初対面だったが事前にお互い顔と名前は知っており、2次会で深夜まで盛り上がって歓談。

 

千里中央 千里の菫にて 

 

翌週2月27日のNHK「ためしてガッテン」を見ていたら「女性骨盤底筋」がテーマで、

誰が解説者として出てくるのかなと思って見ていたら、この先生だった。

飲み屋でもテレビでも変わらずおもろいキャラクターである。女性にもてるはずやわ。

 

2019年3月2日 新薬発売記念講演会 大阪市内 

一聴衆として行くだけと思っていたら、最前列に指定席があって、座長の名古屋大教授に

コメントを求められ、情報交換会では乾杯の発声、会終了後に山梨大副学長と旭川医大教授と

3人で飲みに行って深夜まで歓談。

旭川医大教授から「先生のコメントが今日のハイライトでした」と褒めて頂いたが、

わたしには講演料は一切なく、飲み代が出ていっただけ。

メーカーにとってはありがたい招待客で、後日担当者から深〜〜く感謝されましたわ。

 

帝国ホテルの久兵衛にて

 

2019年3月9日 新薬発売記念講演会 in 和歌山 座長は和歌山県立医科大学教授

2社の大阪支店長が揃ってお出迎え。

力入っているなあと思いきや、同じような話も3回目で話術に磨きがかかり、自称ばか受け。

おそらくここ数年で最も完成度の高いプレゼンが出来たと思う。

2次会では教授から和風イタリアンで美味しい料理とワインをごちそうになりました。

 

  

 

ホテルの部屋から見た和歌山城

翌日は日曜日なので、雨だったが和歌山城を散策して帰阪。

 

2019年3月14日 世界腎臓デーに合わせてCKDセミナー 千里中央

阪大腎臓内科がメーカー協賛で毎年行っている勉強会 演者は阪大腎内伊阪教授

毎度緻密な講演が聴けるので、非常に勉強になる。

なぜか門外漢のわたしが乾杯の発声。

 

今後は来月の学会総会での講演1つ、

全国規模の発売5周年記念講演会での以来講演1つ、年末と来年にも講演依頼がすでに

入っているし、この間排尿機能学会にも演題提出を予定している。

 

 

明石のCIRO  ナポリ料理の店 2019年3月3日 訪問

 

個人的には、毎度のもめんに行ったりしているが、それ以外にも今里にふぐを2回食べに行き、

明石のチーロにも先々週に遠征した。

新しく近所の友人も誘ったが、B級グルメの達人の彼にはものすごくツボにはまったようで、

「また行こう!!」とすでに言っている。


堺の「弥助」

 

また、昨日には緑屋さん行きつけの堺の寿司「弥助」をはるいちごさん親子と4人で

初訪問した。

これがまた特長ある名店で、寿司に対する認識が深まった。

緑屋さん、ありがとうございました。

また連れて行って下さい。

 

 

 

 


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ドメーヌ・ギスレーン・バルト シャンボール・ミュジニー 1er オー・ボー・ブルン  2005
価格  12800(円)

購入日    2008年6月
開栓日    2019年2月28日
購入先    うきうきワインの玉手箱
インポーター ミレジム
購入価格   12800円(税別)

 

久々に開けたバルトのシャンボール・ミュジニーの1級もの。

開戦当日は、タンニンが強くてまるでボルドーのようなワインである。

 

わたしが手に入れた2002〜2004のこの作り手のワインは

ACブルゴーニュを除いてことごとく状態不良で、

それが嫌になって2005を最後に買うのを止めてしまった。

 

状態不良、すなわち熱入りだったわけだが、誰に責任があるのかは知らない。

2005まで買い集めたのは、たまたま購入した2001が香しくて軽やかだったからだが、

これはヴィンテージの影響が大きかったようである。

 

この2005はともかく重すぎて、ピノ・ノワールらしい香りも立ってこない。

開栓翌日にはそこそこ柔らかくなり、幸い現在の2005は熱入りから免れていたのかと

思われたが、それでもブルゴーニュワインとして魅力に乏しい。

 

ヴィンテージの特長もあると思うが、ここまでボルドーみたいになってしまった

ブルゴーニュに存在価値があるのか、わたしには理解できない。

ボルドーもブルゴーニュも、評価の高い作年のワインほど扱いにくいというのは

当たっているようだ。

 

 

 

 

 


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今年に入って、相変わらず忙しい。

先月は本業が忙しかったが、今月は本業はヒマで、そのかわり座長やらプレゼンやらの

仕事が一杯あって、連日パワポならぬKeynoteで発表ネタを練っている。

 

先々週は吹田市民病院の勉強会の座長、先週はミニプレゼンと国循の北風先生の発表の座長、

昨日は箕面市立病院の勉強会の座長を務めた。

明日はワークステーション(株)のイベントで

またも北風先生とのコラボで、医療の話とワインセミナーの予定である。

 

先週わたしが座長をした北風先生の講演は、これまでわたしが聴いた講演の中でも

最高に素晴らしいものであった。

参加者は45人もあったそうだが、いろいろな参加者から大きな反響を頂いた。

企画したわたしとしては、してやったりである。

 

この先生の話は毎年聴いていて、すでに7〜8回経験しているが、

今回初めて医師対象の講演を聴き、あまりの頭の回転の速さに舌を巻いた。

 

後輩の先生から「先生の話は上手いと思っていましたが、上には上があるんですね」

という感想を聞いたが、レベルが違う。

明日また北風先生の話が聴けるので、楽しみである。

 

鳥取港の汐見亭

 

蟹刺し

 

さて、先週末に仕事終了後、同業の開業医4人で鳥取までカニを食べに行った。

元事務局長と福山のS先生、そして大阪では珍しい京大出身の若手スーパー開業医H先生、

という仲良しの個性的な面々で出かけた。

旅程は、同じく鉄道ファンである元事務局長が手配してくれたので、有難かった。

 

久しぶりに本場に食べに行ったが、内容は言わずもがなである。

ぜひまたこのような大人の遠足に行きたいものだ。

 

出雲市発出雲大社行きの一畑電鉄

 

これは出雲大社の本殿ではない

 

旅カエルが撮ってきた写真

 

翌日曜日には、鳥取を朝に出て山陰本線で出雲大社に向かった。

33年前にクルマで行ってから、久しぶりの訪問である。

 

生憎の雨だったが、参拝後「そば荒木屋」で昼食後、伯備線経由で帰阪した。

この蕎麦屋も旨かったなあ。

3先生方、また一緒に出かけましょう。

 

 


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シモン・ビーズ サヴィニー・レ・ボーヌ 1er オー・ゲット 2004

購入日    2015年4月
開栓日    2019年1月3日
購入先    湘南ワインセラー
インポーター ラフィネ
購入価格   7430円(税別)

 

ドメーヌ・ベルトー・ジェルベ ヴォーヌ・ロマネ 2013

購入日    2015年9月
開栓日    2018年12月31日
購入先    湘南ワインセラー
インポーター 八田
購入価格   5980円(税別)


年末年始に開けたブルゴーニュのピノ・ノワールの2本。

最近和食が多くて赤ワインを開ける機会が減っているが、ボルドーはともかく

ブルゴーニュはしばしば飲みたくなる。

 

いずれも1本づつしかないワインであり、価格も購入時期も確認せず開栓した。

価格は同程度と思っていたが、あとで調べてシモン・ビーズが相当高いのに驚いた。

価格差以上に、ヴィンテージが9年も違うのにまた驚いた。

 

シモン・ビーズのサヴィニー1級は、繊細な線が1本通っていおり、

まだまだ硬くてタンニンが解けておらず、時間が経ってもへばらない。

しかしやはりタンニンは解けない。

 

はて、これを置いておいたらもっと高めのピークが来るのだろうか。

1級畑だが、さほどポテンシャルは高そうには思えない。

まだまだ長熟であることは間違いなさそうだ。

 

一方のベルトーだが、このドメーヌもきちんと骨格があって、酸とタンニンのバランスが良い。

サヴィニーより若いが、こちらの方がむしろ飲み頃で、付き合いやすい。

一時狭い業界で話題になった、アメリーという20代の若い美形のヴィニュロンが造った

ワインらしい。

 

ヴァンサン・ドニ・ベルトーの時代から、この造り手のACブルゴーニュも

ジュブレ・シャンベルタンも同じテイストであった。

ヴォーヌ・ロマネの特長よりも、造り手の個性を強く感じる。

 

と思って調べてみたら、ミシェル・グロのモノポール畑であるクロ・デ・レアと

地続きの2つの畑をブレンドしたものだそうだ。

クロ・デ・レアはヴォーヌ・ロマネにありながら、ヴォーヌ・ロマネの特長はやや希薄である。

畑の位置を知って、なるほどと納得した。

 

この造り手はフィサンが本拠だが、テイストは南の方のブヨブヨしたワインと対極にあり、

ブルゴーニュの北の方の雰囲気を保持している。

このヴォーヌ・ロマネ以外のキュヴェはまだまだ価格が上がっておらず、

食中に開けるワインとして最適だろう。

 

 

 


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今年も毎年恒例のわが家の自家製おせちから

新居に移って2回目のお正月だ。

 

こちらは本町の「ル・コントワール・デュ・グー」の洋風おせち

 

やっぱりプロの仕事である。

はるいちご先生も、緑家さんも、ここのおせちをお願いしているそうだ。

藤田シェフはとても親切で、店の雰囲気もとても良い。

 

年始めにふさわしいおせちである。

今年も元気で過ごせますように。

 

 

 

 


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今日は大晦日だがバタバタしている。

 

診療は28日(金)の午前までで、最終日だけ暇だった。

ここに来て新患数が増加し、仕事としては順調であると言える。

 

来年には学会総会の会長企画で「地域医療」の部門でコンパクトな講演することになったし、

300億円市場の薬剤の発売5周年記念講演会の演者の話も来ている。

現場主義で多くの患者さんを診ていることがベースで、基礎医学講座で若い頃を過ごして、

データ整理と学会発表のノウハウを持っているから、開業医でもこんな話が来るのだと思う。

 

 

最近既存メディアのニュースは見なくなって、

引っ越しとともに朝日新聞を解約してから新聞も読まなくなった。

代わりにWeb記事やYoutubeが情報源になっている。

 

かねてから選挙前など「世論誘導しているなあ」と思って既存メディアを見ていたが、

「メディアを握るものが国を動かす」と昔の米国の社会学者が書いていたと聞くと、

やっぱりそうだったのだ、と思う。

インターネットの普及により媒体としての「メディア」は今後確実に変化する。

中国のようにインターネットに規制をかけない限り、世論誘導が困難になるに違いない。

 

わたしは経済に興味はあるが政治的なことにはさほど関心はないのだが、

目の前にあるお金をどんな形で置いておくかは考えざるを得ず、

為替などに影響する政治情勢のことは多少知っておかざるを得ない。

 

というのも、今年はZの襲来があったからだ。

個人事業主だから税理士事務所と契約しており、当然毎年きちんと確定申告を行っているが、

あちらには調査権というのがあって、わたしの前にやってきた時点で、

事業用口座だけではなく、外貨も含めてすべての口座を把握しているのだ。

あなおそろし・・

 

3年前に10年満期になったドル建ての生命保険の満期金を、

外貨預金の口座を作ってドルのまま受け取ったのだが、これの確定申告をうっかり忘れていた。

国産普通車が買える程度の金額だったのだが、自分でも間抜けだったと思うのは、

一時金で受け取ったことである。

他にも収入があるので、年金にして受け取るより税額が大きく増える。

経済に無知だと痛い目に遭うのである。

 

最近では外貨の出入りと消費税に目を光らせているという話を聞いて、

今年うちにZの襲来があった理由がわかった。

 

経済に詳しくなくて、Zとも縁がない同業者にこの話をしたら、

「せんせのところは、ガッポリ稼いでいるから来るんでしょ」とか

「接待交際費をバカスカ使っているんでしょ」

などと言うのだが、違うのである。

まあ、ほとんどの同業者はこのレベルのことしか知らないと思う。

 

一方経済に滅法詳しい同業者にこの話をしたら、

「受け取り方を間違えましたねぇ。ことに外貨には気をつけなきゃあ」

と言われた。流石である。

 

やって来たZの調査官は紳士的で几帳面な方であったが、

面談の中でこちらに悪意がないことはわかったはずだ。

一方、この医者と論争するのは大変だ、と思ったかもしれない(笑)。

 

元より帳簿管理はしっかりしており、細かい入出金を調べられても問題はないのだが、

痛くない腹を探られるのは愉快ではない、とこれまでは思っていた。

例えばクルマの経費はどのくらい認められるのか、

もしフェラーリを買ったらどの程度経費で認められるのか(買えないけれど)、

接待交際費はどの程度まで認められるのか、といった点は解釈の違いもある。

 

調査官によっては「ごまかしてるやろ〜」という姿勢で来ることがあるかも知れないが、

今回の調査で、怯まず堂々と根拠を示せば良いことがわかった。

元税務署長でベテラン税理士である患者さんのアドバイスの通りだった。

 

ほとんど仕事にしか使っていないクルマの使用明細の資料、

接待交際費、消耗品費などは3年分の細かな明細を作成して提出し、

12月半ばに修正申告を行い、いくばくかの追加納税額が発生したが、年内で調査は終了した。

最初に税理士事務所に調査に入ると通達があってから、5ヶ月が経過していた。

 

今回の件では、税理士事務所の会長と担当の女性には実に世話になった。

人対人の話し合いになるので、弁護士と同じで能力が問われる仕事だとよく理解できた。

税理士事務所も仕事だから相当額の費用はかかるため、全面的には笑えず、

経済的にはダブルビンタを喰らった格好だ。

ある意味Zと税理士事務所は同じ穴のムジナとも言えるかも。

 

 

さて、ワインに関してはほとんど買い足していないので、あまり語ることがない。

ほとんど在庫のワインを消費しているだけなので、想定内で新しい発見はない。

驚くほどの幸せワインには出会わなくなったが、ブルゴーニュのグラン・クルは

価格高騰で買えなくなっているので仕方がないだろう。

 

しかし、10年前と比べて自分が開けるワインのレベル(金額ではない)は上がっている。

気に入らない造り手のワインは購入していないし、在庫からも無くなっているので

当然ではある。

 

 

昨年の引っ越し前後から、40年ぶりにオーディオ機器が全面的に入れ替わった。

今年購入したのは高価なCDプレーヤーと安価なネットワークオーディオプレーヤーのみ

であるが、機器としてはこれでほぼ満足している。

 

一方の音源だが、年齢のせいか新しい音楽がなかなか頭に入ってこない。

プロコフィエフの交響曲など退屈で聴いておれず、すぐ止めてしまう。

よって気に入った作曲家の作品ばかり、演奏者を替えて聴いていることが多い。

 

40年くらい前に、評論家の宇野功芳が

「現在ブルックナーをまともに演奏できる指揮者は、マタチッチと朝比奈隆だけだ」

と語ってレコード市場に大きな影響を及ぼしたが、わたしもその通りだと思っていた。

しかし今ではマタチッチ(1984没)も朝比奈隆(2001没)も、

宇野功芳(2016没)も故人になってしまった。

そしてその後も新しい演奏は登場してきている。

 

近年になって、自分が納得できるブルックナー演奏は目に見えて増加しており、

宇野功芳が語っていた時代の演奏とは価値観が異なってきている。

今振り返っても、前世紀の録音で愛聴に値する演奏の比率は非常に低い。

 

今世紀になってブルックナー交響曲全集を完成させた、最近の指揮者を挙げてみる。

(曲により前世紀末の録音も含む)

旧時代の指揮者であるバレンボイムが入っているのは意外であった。

 

宇野功芳がまるで評価していないが、わたしが高く評価しているゲオルク・ティントナーは

1999年に病苦で自殺しており、この中には含まれない。

この指揮者の醸し出す世界は、ベートーヴェンの体臭に馴染んだ聴き手には無縁だ。

 

2001以降に完成されたブルックナー交響曲全集

・アイヴァー・ボルトン

・イム・ホンジョン

・デニス・ラッセル・ディビィス

・ヤニク・ネゼ・セガン

・シモーネ・ヤング

・ダニエル・バレンボイム(3回目の全集:シュターツカペレ・ベルリン)

・マーカス・ボッシュ

・ゲルト・シャラー

・マレク・ヤノフスキ

・ヤン・シャープ・ズヴェーデン

・ロベルト・パーテルノストロ

・マリオ・ヴェンツァーゴ

・ヘルベルト・ブロムシュテット(保有せず)

 

これらの全集の録音をちょっとかじり聴きするだけでも、カラヤンやベーム、

マゼール、ショルティなど昔に大家と呼ばれた指揮者とは世界観が違うのがわかる。

世界的な名指揮者と評価されていたこれらの指揮者たちは、所詮は古い価値観から抜け出せず、ベートーヴェンやブラームスは上手く演奏できても、ブルックナーの核心からは遠かった。

 

彼らの演奏は当時から気に入らなかったが、不遜ながら今になって

自分の感性がぶれていなかったことを再確認するのである。

 

上記の中でもヤニク・ネゼ・セガン、ヤン・シャープ・ズヴェーデンの演奏は出色で、

2人とも次の時代を担う天才指揮者だと個人的には感じている。

 

また、ゲルト・シャラーの録音も地味だが注目に値する。

ロベルト・パーテルノストロの全集録音は何と1000円台で買えるが、

大してレベルの高くないオケを駆使して、熱演を繰り広げている。

40年前にこの録音があったら、きっと大絶賛されただろうに。

 

また、全集はまだ完成されていないが、最近聴いたクリスティアン・ティーレマンの

第4番は、前世紀には考えられなかった柔らかな演奏で、

ようやく時代がブルックナーに追いついてきた気がする。

 

未完の第9番を除くすべての交響曲は、最終音で高みに至る予定調和の世界であり、

裏切られず最後に必ず印籠が登場する水戸黄門の世界に通ずる。

こんな神の啓示を受けたかのような作曲家は、稀有な存在だと言わざるを得ない。

 

 

 


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昔からなのだが、標題性を持った音楽は嫌いである。

その代表的なものは反戦歌であると言えば分かりやすい。

 

しかし、ピーター・ポール&マリー(PPM)がカバーした

「花はどこへ行った」くらい洗練されてしまうと、反戦歌として意識せずに

音楽そのものを楽しんで聴ける。

 

一方、谷川俊太郎作詞・武満徹作曲による合唱曲「死んだ男の残したものは」は

豊中混声合唱団などが演奏しているが、これなどベタな反戦歌であり、

目的のために音楽を利用した最たるものと言える。

 

だから、ソビエト共産党の評価を意識して書かれたショスタコーヴィチの交響曲を

どうしても好きになれない。

 

しかしショスタコーヴィチ(1906-1975)が生きた時代を考えると、

すでにベートーヴェン以降の名だたる作曲家たちの交響曲が出揃っていたわけで、

そこに加えて新しい個性を持った作品を生み出すには

相当な苦悩があったことは想像に難くない。

 

ショスタコーヴィチより前の世代で、グスタフ・マーラー(1860-1911)や

ジャン・シベリウス(1865-1957・1925以降は作品なし)とほぼ同じ時代を生きた

スウェーデンの作曲家ヴィルヘルム・ステンハンマル(1871-1927)という作曲家がいる。

2曲の交響曲を残しているが、この2曲の対比が面白い。

 

交響曲第1番(1902-1903)の作曲時期はマーラーの第6番、シベリウスの第2番と一致する。

ステンハンマルがシベリウスの第2番(1901)を1903年に聴いて、

北欧的であることに衝撃を受けて自己嫌悪に陥り、「あまりにブルックナー的である」

と自分で酷評し、封印してしまった作品である。

従って生前には世に出ておらず、作品番号も振られていない。

(筆者注:ネーメ・ヤルヴィ・パーヴォ・ヤルヴィのCDの英文解説による)

 

聴いてみると確かにドイツロマン派の流れを汲むというか、焼き直しのような作品で、

第1楽章の冒頭からしてブルックナーのアダージョっぽくて、ブラームスみたいな響きもあり、

第2楽章の終盤あたりはブルックナーの第7のアダージョのコピーのようだ。

 

ただし佐村河内守の交響曲第1番のような確信犯のまがい物ではなく、

これを破棄した作曲者の心情が察せられ、正直さに好感が持てる。

だから耳馴染みがよく、楽しんで聴けるとも言える。

演奏会の題目に載せるなら、第2番より第1番の方が確実に観客受けするだろう。

 

一方交響曲第2番(1911−1915)は自信作であったようで、

はっきりした北欧的な個性が出ている。

しかしどことなく旋律線が持続せず、結局のところ捉えどころのない作品に留まっている。

このあたりが、広く人口に膾炙しない所以であろう。

 

余談だがステンハンマルの作品では、短い小品に見るべきものが多く、

交響曲やピアノ協奏曲などの大作で知られる作曲家の範疇からは外れているようだ。

 

また、同じスウェーデンには、アラン・ペッテション(1911-1980)という作曲家がおり、

何と17曲もの交響曲を作曲している。

(第1番は破棄、第17番は未完のため、実質的には15曲)

 

ショスタコーヴィチと同世代の作曲家だが、決して前衛的ではないものの、

聴いてみるとショスタコーヴィチとは別の意味で当惑するしかない作品である。

交響曲全集も発売されており、HMVのサイトでは、細かな解説を読むことができる。

 

そこには、この作曲家がいかに病気(多発性関節炎とされている)で苦しみ、

苦難な人生を過ごしたかが書かれている。

誰が書いたのか知らないが、解説者の思い入れが強すぎて、作品の鑑賞の妨げになる。

モーツアルトだってベートーヴェンだって、楽な人生だったわけではないだろう。

 

もしショスタコーヴィチに第5番が無かったら、交響曲作曲家としての知名度は

もっと下がっていたのに違いない。

ペッテションをつまみ聴きしていて、ふとそう思った。

 

プロコフィエフ(1891-1953)やオネゲル(1892−1955)など、20世紀にいくつもの

交響曲を作曲した作曲家がいる。

ペッテションは、彼らとは天才度において差があるのではないか。

また、社会性をおびただけショスタコーヴィチは、天才であるかも知れないが、

プロコフィエフやオネゲルに交響曲作曲家として一歩譲るのではないか、とも思った。

 

ふと思い出したが、3曲の交響曲を書いたラフマニノフ(1873-1943)の

後半2曲は20世紀に書かれている。

第3番(1936)は才能が枯渇したあとで書かれた駄作としか思えないが、

第2番(1906-1907)は通俗を装いつつ奇跡的なバランスを持つ名作である。

 

まとまりのない文章になってしまったが、これらの作品が書かれた年代を知ると、

交響曲を作曲するには20世紀、特に後半は難しい時代だったのが理解できる。

 

 

 


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この夏の猛暑で、築55年のコンクリート造りの平屋建て建物(義父の旧診療所)に

昨年しつらえたワイン庫の天井が落ちてしまった。

ワイン庫内外の温度差による結露が原因と考えている。

笑えない話だが、幸い秋になっているので、まだ修理の段階になっていない。

 

緑家さんからいろいろアドバイスをもらっていたのだが、生かせなくて情けない。

この顛末を書くと落ち込みそうになるので、今後の対策を考えてから

復旧に入って行きたいと考える。

平屋建ての建物のワイン庫は難しい。

 

 

開業後17年以上過ぎたが、ここにきて新患数が改めて激増している。

この1ヶ月で150枚もカルテが増えた。

前立腺肥大症と過活動膀胱治療薬の患者数・処方数ではおそらく大阪でトップだろう。

 

メーカーの本社の学術担当者が、わざわざわたしの意見を聴きに東京からよくやって来る。

患者のためならと思って情報提供しているがもちろんボランティアで、

メーカーの営業戦略にある程度の影響はあるのだろう。

 

毎日忙しい日常が続いており、外部から見たら非常に活動的な医師に見えると思う。

しかし毎日鬱々としている。

 

10年くらい前、同期生で最もカリスマ性があるイケイケの開業医が突然うつ病になって、

しばらく休診していた。

高校大学は全学の運動部の部長で、これほどやり手で順風満帆の男が、

どうしてうつ病などになるのか信じられなかったが、今にして何となくわかる。

 

この友人は、もちろん今では回復していて、以前にもまして親分肌の雰囲気を

醸し出しているが、同期生の阪大教授(科は違う)が

「人は外見だけではわからんよ」とボソッと言っていた。

心の健康と時間はお金では買えない。

 

 

先月淡路島で合宿した際、ラブワインさんとショスタコーヴィチのことが話題になった。

交響曲に限った話として、自分が聴いた経験を思い出してみたが、

15曲の全曲をすべて聴き通したかいささか自信がなく、

2番、3番、6番、8番、14番あたりは、どんな曲かと言われてもイメージが浮かばない。

 

うちにはバルシャイの交響曲全集があるし、おそらくほとんど聴いていると思うのだが、

個々の作品の印象を語れるほどには知らないのである。

 

そこでこの2週間ほどで、いくつかの交響曲を聴いてみた。

元々陰気な音楽であるし、時候も晩秋で明るくないから、余計に鬱々となる。

 

改めて述べるまでもないが、ほとんどの作品がソビエト共産党の評価を受けることを前提に

書かれており、書かれた当時の社会情勢の情報を取りに行かざるを得ない。

 

わたしは反戦歌のような色のついた目的性がある音楽は大嫌いである。

(宗教音楽も広い意味では目的性のある音楽であり、素直には受け入れがたいと思っている)

だからショスタコーヴィチの作品は、純粋な音楽作品として耳に入ってこない。

 

2番、3番ははっきり革命やメーデーを礼賛する作品になっており、

11番、12番は革命をテーマにした標題音楽として書かれている。

 

だったら前衛的な作品や、弦楽四重奏曲はどうなのか?

交響曲ですら聴いて鬱々となるのに、ショスタコーヴィチ研究者でもない私が、

私小説的な弦楽四重奏曲など聴く気にならない。

そんなものを聴くくらいなら、モーツァルトの弦楽四重奏曲を聴きたくなる。

 

しかし現代のモーツアルトと呼ばれたショスタコーヴィチらしく、

政治性や社会性を置いておいて個人的に楽しめる作品もある。

 

第4交響曲の前衛性、先進性には以前から気づいていたが、

今回聴き直して改めて第8番の存在感を認識したし、

マーラーの大地の歌の影響を受けたとされる第14番には、聴き惚れてしまった。

これは相当な名作である、かも知れない。

 

大衆向けでわかりやすい12番以降の陰鬱な3曲(13〜15番)はある意味異様な音楽である。

15番は1972年ごろに大阪で行われた日本初演を生で聴いたが、

あれからもう半世紀、しっかり聴き直した記憶はない。

 

こちらもそれだけ年をとっているわけで、同時代の音楽である以上、

ワインのように開栓時期によって印象も変わってくるであろう。

 

「14番は20世紀に書かれた交響曲の中でも屈指の名作だ」

と言ってもおそらく共感者はほとんどいないだろう。

だから、ショスタコーヴィチの音楽を聴いていると、ますます鬱々としてくるのである。

 

 

 


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フレデリック・コサール サン・タムール 2014  一見裏ラベルの右が本来のエチケット

購入日    2016年6月
開栓日    2018年12月1日
購入先    湘南ワインセラー
インポーター ヴァンクール
購入価格   4980円(税別)

 

ややオレンジがかった色 2014のピノ・ノワールより薄く、ガーネット色が乏しい

 

決して大げさではなく、こんなに洗練されたガメイにはこれまで出会ったことがない。

乏しい自分の経験ではあるが、これまでの人生で最上のガメイである。

そこらの凡庸なブルゴーニュのピノ・ノワールがぶっ飛ぶレベルのワインで、

湘南ワインセラーのHPにも書かれているように、これは紛れもない天才の仕事である。

 

言うまでもなくサン・タムールはクリュ・ボージョレの1つで、

「ボージョレに美味いワイン無し」と固く信じているわたしが、

わざわざこんなワインを買うことなどあり得ないことである、はずだ。

 

ではなぜこのワインが家にあるのか。

一昨年コサールの他のブルゴーニュを買う際に、間違えて1本だけ紛れ込んだのである。

あ、そうだった、これって(狭い意味の)ブルゴーニュではなくボージョレだった、

と後で気づいた。

 

なので全く期待せずに開けたのだが、何なんだこの洗練度の高さは!

まず軽めのビオ香がするが、コサールのワインだからこれは予想通りだ。

ビオ香嫌いの家内に飲ませても気づかない程度だから、普通には気にならない。

 

小さなサクランボのような楚々とした酸があり、例のガメイのイヤな後味はまったくない。

しかし、よく観察するとピノ・ノワールの酸に特徴的な細くてキリッと締まった芯がなく、

酸が僅かながら茫洋と広がる。

 

ピノ・ノワールとは違うが近似しており、ここにガメイのプライドを感じるのである。

と書くとガメイには失礼だが、ガメイは生理的に嫌いなのでそう言わざるを得ない。

当然今年もボージョレ・ヌーボーなど口にしていないが、

こんなに洗練されたガメイを目の前にすると、既成概念が覆される。

これはヌーボーなどとは次元が違う全く別物の飲み物である。

 

ピノ・ノワールであるブドーとほぼ同価格だが、値段設定はリーゾナブルであり、

対抗馬が多いピノ・ノワールのブドーより個性では凌駕している。

 

この価格で手に入る赤ワインとして、最上の作品と言えるだろう。

今更ながら、コサールの才能を認識した。

脱帽というしかない。

 

 

 


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ブルゴーニュワインが15年前の3倍くらいの価格になって、

もはや普通の人の日常の飲みものではなくなった。

15年前に5,000円で購入したワインを今開けて評価をブログに書いても誰も購入できないし、

15年前に5,000円だったワインの新ヴィンテージは15,000円になってしまっているから、

感想を書いても嫌味でしかない。

 

という理由でワインの記事が書けないでいる。

飲み頃まで10年はかかるであろうワインを、15年前の3倍以上の価格を出してまで

買って追っかける気にならず、最近ではすぐ飲めるシャンパーニュと日本酒に逃げている。

 

だから長生きしたとして、新しいヴィンテージを買い込み、楽しいワインの未来を語っている

自分が想像できない。

考えるだけで鬱々とした気分になる。

 

これは鉄道でも同じで、すでにJR全線をほぼ完乗しているので、新しい線に出会う喜びはない。

むしろかつて乗った線が次々に廃線になっていくので、鬱々とした気分になる。

昔乗った旧線を訪れると、「ああ、あれから20年も経ったのか」という思いが先に立つ。

かつて宮脇俊三も同じことを書いていた。

 

一方仕事は忙しくなるばかりで、開業して17年以上経ったというのに、

連日新患が続々やって来られて、商売としては大繁盛している。

我ながらいい仕事をしていると思うし、それなりに社会貢献もしていると思うが、

体力と気力を消耗しているのも事実だ。

こんな仕事ができているのもひとえに職員のレベルの高さに依存している。

院長一人では相撲は取れない。

 

大病院の院長になっている同期生で現役の勤務医は、わたしどころの苦労ではないと思うので、この程度の仕事量で弱音を吐く資格はない、とも思う。

 

 

数日前に勝谷誠彦が亡くなった。

数年前までテレビでよく見かけたし、昨年には兵庫県知事選に出ていたし、

落選後「64万人の魂 兵庫知事選記」という本も出版していた。

 

1年前に勝谷誠彦の弟であるの循環器内科医の講演を聴き、名刺交換したが、

業績がある学者肌の先生で、兄のことも楽しげに語っておられた。

だから相当驚いたが、ネットの記事を読むと亡くなったのも仕方がない、という死に様である。

 

『勝谷誠彦のxxな日々。』を配信してきた高橋茂という人が、

「勝谷誠彦追悼 酒と戦わずして命奪われたコラムニスト」という記事をアップしている。

 

それによると急性肝不全で亡くなったとある。

2018年8月に配信されたネット番組で、黄疸が出ていて顔色が悪かったとも書かれている。

 

酒を飲みすぎてアルコール性の肝硬変・肝不全で亡くなったのに、

これのどこが急性肝不全なのかと思うと呆れて物も言えないが、

理屈を超えて死者に寄り添った記事ということだろう。

 

一方、宮崎哲弥は「自死に近い死だったと思う」と言っている。

わたしは勝谷誠彦と知り合いではないが、この意見の方が納得ができる。

 

昨年の1月に、親しかった大学の同期生が、同じ死に方で急逝した。

彼は奥さんを亡くしてから3年、毎日ウィスキーをボトル1本飲んでいたようだ。

仕事はしていたが、亡くなる数ヶ月前から腹水も溜まっていた。

彼自身医師だったから、そうなることはわかっていただろう。

通夜の席で、親友だった同期生の医師が「まあ、自殺やな・・」と小声で呟いていた。

 

もう1人、高校時代の同期生で、アルコール性の膵炎で入退院を繰り返し、

今ではほとんど寝たきりになっている親友がいる。

彼も奥さんを亡くしたあと酒が過ぎていたようだ。

スポーツ万能で剣道3段、京都大学工学部現役合格して一級建築士、

企業人として活躍していたのだが・・

 

Zの襲来は大過なく済みそうなのだが、何となく暗いブログになってしまった。

こんなときにショスタコーヴィチの交響曲など聴いているとますます鬱になりそうだ。

 

亡き父もわたしくらいの年頃、友人が次々と亡くなる時期があって、

落ち込んでいたことがあったし、

恩師の元阪大医学部長も同じようなことをて言っておられたのを思い出す。

 

まあそういう年になったということだろう。

早いうちに在庫のワインを開けてしまおう。

 

 

 

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