ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

テロワールにより造り手により 変幻の妙を見せるピノ・ノワールの神秘を探る

このブログは 「ワイン遍歴の終着点はブルゴーニュである」と
密かに確信しつつあるワイン好きのひとりごとである。

高名な評論家が何を言おうが 権威ある本に何と書かれてあろうが
そんなことは知ったことではございません。
信じるのは自分の五感のみ。
これは 長年音楽を聴いてきた経験からの自負である。

売らんがための美辞麗句はどこにでも存在する。
わたしは誰にも媚を売る必要がないから 駄目なものは駄目とはっきり書ける。
ただ 自分の未熟さを反省する謙虚さだけは失いたくない。

読者を増やす努力は一切しない。
ランキングにはまるで無関心。
読者のためのバイヤーズガイドを目指さない。

音楽を語ると敵が増えるが、酒を語ると友が増える。
今日もひとりでブルゴーニュを開栓して ひとりごとを語り始めよう。

診療所の配電盤

ルーター3つ、ハブ3つが押し込められている

 

インターネットに有線で繋げるだけで、光ファイバーも電子カルテもないアナログ状態で

開院してから18年、この間のIT化は診療所にも大きな変化をもたらした。

 

・電子カルテの導入・レセコンとの連携

・X線のデジタル化(CR化)・電子カルテとの連携

・超音波検査画像のデジタル化・電子カルテとの連携

・レセコンのオンライン請求

等々、少しずつ機器をを整備してここまで来た。

どれだけお金が飛んでいったか、考えるだけで恐ろしい。

 

診療所のIT化の基本となるのはLAN(Local Area Network)である。

上の写真には10数本のLANケーブルが複雑に走っているのが見える。

何か1つでもトラブルがあれば、直ちに診療は止まる。

 

LANの構築には、レセコンの販売会社、2つの電子カルテの販売会社、

X線装置(富士フィルム)の販売会社の4社が関わっている。

まさしくつぎはぎ状態なので、トラブルの際にどこに連絡したらいいのか分からない。

 

このうち最初の電子カルテの販売元とは縁が切れてしまったが、

今でも富士フィルムのCR装置と電子カルテとレセコン(ORCA)のメンテ料として、

月約7万円支払っている。

 

富士通のレセコン・電子カルテを使っている友人の診療所では、

OSと電子カルテソフトの更新に伴う機器の入替のため、

メンテ費用以外に4〜5年ごとに400万円も必要だそうだ。

 

うちの診療所では、6年目でレセコンORCAのパソコン入替に60万円、

電子カルテのサーバー入替(パソコン込み)に40万円かかったが、

大メーカーの機器よりはまだましな方である。

 

開院18年を経て、先月ではこれまで最高のレセプト枚数を記録し、

ますます忙しくなっている。

きわめて嬉しくないが、おかげでキーボードを打つ速度も相当速くなった。

 

そこでイラつくのがパソコンの反応速度である。

ことに朝1番では、クライアント機とサーバーとの間でのデータの転送速度が遅い。

使っていると30分くらいで徐々に速くなるのだが、機械のくせに寝起きが悪いとは

一体どういうことなのだろう。

 

日によって転送速度が速い日と遅い日もあり、まるでかつて乗っていたアルファロメオ

みたいではないか。

 

毎日のことなので、多少お金がかかっても少しでもパソコンの速度を上げたい。

そう思って、2か月前から診療所の電子カルテシステムを見直すことにした。

 

簡単に言うが、これが相当な難作業なのである。

富士通の電子カルテだったら、5年ごとに400万円払えばおしまいかも知れないが、

基本的にわたしは自分で手を付けないと気が済まない性格なのだ。

 

電子カルテのクライアント機の速度が遅いのには、次の要因が考えられる。

1)インターネットの速度が遅い

2)パソコンのハードそのものの性能が悪い

3)院内LANの通信速度が遅い

 

1)はすぐ検証できる。

インターネットの速度測定サイトにアクセスしたら、大まかの速度は測定できる。

自宅のeo光では約100MB/sだが、診療所のNTT光NEXTでは、30〜50MB/sとやや遅い。

通常使うには大きな不満は出ない数字であるが、何とかしたいと思った。

 

診療所ではオンライン請求を行っているので、NTTの回線が必要であるのは知っていた。

しかし何となく理不尽な気がするので、レセコンの販売会社にeoにできないか聞いてみた。

答えは、できなくはないがリモートでのサポートはできなくなるとのことだった。

eoに乗り換えたいと思ってすでに下見のアポイントまで取っていたが、

泣く泣く諦めることにした。

 

次にパソコンそのものの速度である。

診療所ではMacで動く珍しい電子カルテ「Dopanet Doctors」を使っている。

契約上サーバー以外のクライアント機は、自分で勝手に入れ替えて良いことになっている。

 

診察室のiMac 27インチは、購入後すでに丸5年経過しているので、

最新のものに置き換えれば少しは速くなることが期待できる。

そこで、これを機に買い換えることにした。

 

電子カルテのサーバー機には保管しない患者データ(診療情報提供書・他院の紙ベースの

検査データ・超音波検査画像など)23,000人分で約250MBくらいになる。

さらに写真や仕事に関する個人データなども含めると、1TBの容量では不足する。

 

AppleのiCloudの契約容量を2TBとしたが、iCloudは本体内に丸ごとコピーを置くので、

本体容量も2TBにしないと、いろいろと不自由がなことが起こる。

Cloudのデータと本体のユーザフォルダ内のMobile Documents内のデータが

同期する仕組みになっているのである。

 

この点は非常に重要事項であるにも拘わらず、ネットでは明確に書かれていない!

Microsoftの提供するOneDriveは本体にコピーを残さないので、基本的に異なるのである。

 

ストレージを2TBにしてメモリを16MBにすると、ヤマダ電機では売っていなくて

Apple Storeに注文するしかない。

患者データをクラウド上に上げるのに伴い、看護師用のiMacも、自宅のMacBook Airも

ストレージの大きなものに買い換えざるを得ず、結局3台のMacを入れ替えた。

 

これも速度アップのためとはいえ、合計で90万円近い出費である。

看護師用のiMacはすでに9年、自宅のMacBook Airはすでに丸5年使っているので、

入れ替えてもそう惜しくはないが、これは大きい。

 

税理士さん(女性)に「今月は大出費だ」と言ったら、

「5年で90万円だから、先生のところはよそより相当安いですよ」と言われた。

喜んでいいのかどうか分からない。

 

OSのバージョンが上がるので、電子カルテソフトに連携させているFileMaker Proも

新しいバージョンに買い換えざるを得なくなった。これも6万円以上する。

設定が分からず、電子カルテサポートのエンジニアに何度も電話をして、

それでも分からないので、電子カルテの開発者に問い合わせてもらって解決した。

 

新しいパソコンにIPアドレスを手動で振ること、共有設定くらいは簡単にできるが、

問題は機械にお任せのCloudのデータとの同期である。

 

新しいMac内のデータとiCloud上のデータを同期させるのに、

電源入れっぱなしで何と1週間以上かかった!!

 

eo光の自宅でも5日くらい要したが、明らかにNTTの光は遅い。

同期が終わらないと、機器の置き換えはできないのだが、

こればかりはネットの速度に依存するのでどうしようもない。

 

さて準備が整い、意気揚々と新しいパソコンを使い始めたのだが、

体感上の速度はちっとも変わらない!

何じゃこりゃ?

 

電子カルテの速度が遅いのは院内LANの問題であったと、そこでようやく気づいた。

長い時間の消費と高い出費を払っての結論がこれかと思うと悲しい。

 

・配電盤内のルーターが遅い

・配電盤内のハブが遅い

・配電盤内のLANケーブルが遅い

・院内の壁の中を走っているLANケーブル遅い

・壁のLAN端子と機器の間を繋ぐLANケーブルが遅い

など色々な要因が考えられるが、具体的に自分で入れ替えられるものは限られている。

 

まず配線状態を確認したが、基本知識がないとうっかりつなぎ替えて

動かなくなったら大事である。

何しろ素人なので、お盆の連休中にネットで調べて、WANとLANの違い、

PPPoEとDHCPの違い、ルーターによるLANのセグメントの分け方など調べてみた。

 

設定した富士フィルムの技術者が残していった図面を元に、

不要な線を外して遅そうなハブを1つ外し、配線を単純にした。

 

これでも改善しなければかなりややこしい。

・配電盤内のLANケーブルと機器に繋がっているLANケーブルを入れ替える(これは簡単)

・富士フィルムから提供されたルーターを入れ替える

・壁内のLANケーブルを入れ替える

 これはやや大工事になるが、クライアント1台とサーバー機の間だけなら自分でも

 できないことはない

 

とりあえず本日は、配電盤内の配線をすべて把握できた。

わたしはパソコンの専門家でもネットワークの専門家でもなく、

それがどうした、と言われればそれでおしまいなのだが、

自分の使う機械に拘って調べていくとこういうドツボにはまるのだ。

 

幸か不幸か、来年の学会総会で

「イノベーション時代に開業医は生き残れるか・・オンライン診療時代を迎えて」

というテーマのシンポジウムの演者依頼が来た。

 

まあ元はと言えば自分で思いついたテーマなのだが、うまく採用されたようだ。

福山のS先生、トリをよろしくね。

 

 

今週になって久々にまともな論文(もちろん和文)を書き上げ、一息ついている。

我ながら信じがたいくらいきれいなデータが出てきたので、

論文化されたらこの論文1本で、市場に影響を与える可能性がある。

薬剤を発売しているメーカーにとってはウハウハ状態になるであろう。


ホントにメーカーの収益が上がっても、わたしには何の得にもならないけれど、

一町医者が市場に影響力を持てるとしたら、何となく痛快ではある。

何しろ若い頃、当時の教授(故人)から問題児扱いされたことがあるので、なおさらである。

 

その次の教授も現教授からも、やっぱり問題児(爺)だと思われているとは思うが、

仲良くしているし、年をとると力関係が平衡して何となく平和になるのである。

 

ついでに地元医師会からも、問題児(爺)と思われていると思う。

実際に10年前に医師会の幹部から「お前は問題児だ」と面と向かって言われたことがあるが、

組織の肩書きを振り回す幹部が何と言おうと、信頼関係がある医師と連携ができていれば

何の問題もない。

大企業のサラリーマンでなくて本当に良かった。

 

 

最近テレビも見ないし新聞も読まないので、多くのニュースはネットから入ってくる。

わざわざ見たいとは思っていないのだが、yahooのサイトを開くと

韓国と吉本関連のニュースばかりで辟易する。

あまりにそればっかりなので、情報操作ではないかと勘ぐるのと同時に、

将来は直情径行的な人々が今より量産されるのではないか、と不安になることがある。

 

明日8月2日、韓国のホワイト国外しが閣議決定される予定らしい。

本日の日韓外相会談が平行線に終わったとか、

米国のポンペイオが仲介に入ることを「立ち話で」言ったとか、

菅官房長官がそんなことは承知していないとコメントしたとか、

甘利選挙対策委員長が「100%(閣議決定に)向かう」と発言したとか、

ネットでは読者を右往左往させる情報が飛び交っている。

 

これらの記事を読んで一喜一憂している人は多いと予測されるが、

旧メディアでもネットでも、報道される情報には発信者の意図があり、

深読みする習慣をつけないといけない。

経済的に痛い目に遭うのは最も避けたいことである。

 

カメラの前では、日韓外相が睨み合っているポーズをしているだけで、

今後の運びはすでに水面下で決定されているだろう。

 

明日閣議決定が行われたら、どこかの民衆が大騒ぎしている様子が報道されるだろうが、

急激な貿易上の変化が起こるはずもなく、経済は緩やかに変化する。

香港のデモの方が国際的にははるかに大問題だろう。

 

 

最近よく飲んでいる酒といえば、ふるさと納税でもらった「よなよなエール」である。

普通のメジャーなビールよりちょっと深みとコクがあって、

ベルギービールを思い起こさせる。

 

個人的にはもっとあっさりしたビールの方が好みに合っているが、

合わせる食事によってはしっくりとくる。

 

ワインはあまりにも高くなりすぎて購買意欲が消失し、入れてすぐに開ける泡もの以外は

新しいものはほとんど購入していない。

スチルワイン山ほどあるので、あと20年くらいはこのままでも困らない。

 

ビールも泡ものと同じで、その辺のスーパーなどでいつでも買えるし、

物置の奥から出てきた2年前のお中元のビールでも、まあ飲めなくもない。

実際には半年以上も放置していたビールを開けることはほとんど無いけれども。

 

最も困るのが日本酒である。

「つか本」で料理とともに味わう銘柄に惹かれて

自宅で購入することを繰り返しているのだが、店で飲むのとは味が違うのである。

 

シチュエーションの違いが印象に反映するのだろうと思っていたが、

どうもそうとばかりは言えないと確信するようになった。

要するにネットで購入する日本酒は、ワインと同じように

販売店での保管状態に問題があるものが含まれているということだ。

 

ワインでは、信用できる小売店を把握しているが、日本酒となるとそうはいかない。

ワインより販売店はおそらく多く、ブランドが確立していて味わいが予想できる

ブルゴーニュワインより、はるかに魑魅魍魎で複雑怪奇である。

 

日本酒こそ、一期一会というしかない。

 

 

4月の学会以降もいろいろとプレゼンがあった。

500人を前に話す機会も頂き、意気揚々と乗り込んだものの、

マイクの響きが大きすぎて会場を読み切れず、思い切りギャグが不発で落ち込んだりしていた。

 

今月で開業後何と19年目に入った。

にもかかわらず毎日のように多くの新患に来て頂けるが、最近は若い患者さんが多い。

何でやろ〜と思っていたら、ある患者さんから

「ネットでの評価が高いから来ました」と言われて首を傾げた。

 

かつてある口コミサイトで、待ち時間が長いとか、受付職員がだべっているとか、

決してポジティブではないコメントが入っていたので(気にしていないが)、

どこで口コミ点数が高いのかよく分からなかった。

 

自分で自分の診療所をググってみたらすぐ分かった。

Googleの口コミ点数が高いのである。

高いと言っても書き込んである口コミ数はたった数件でしかない。

 

こんなところに書き込む患者さんは、まずスマホを使う年齢の人たちであり、

年寄りではあり得ない。

高評価を頂いているのはもちろん嬉しいのだが、それでますます患者さんが増えて、

仕事がちっとも暇にならない。

 

先週わたしより8年遅れで大阪市内で開業した、15歳若い同業の先生と話していたら、

何とその日は1日で19人の新患が来たという。

年間新患数が2000人ペースで、明らかにうちの2倍である。

 

一般内科ではこうはいかないだろう。

先日肥薩線紀行に一緒に行った堺市の先生は、開業後15年で総患者数はうちの1.5倍、

連日わたしの2倍くらいの患者数を診ている。

開業医乱立の現在、こんなに恵まれた業種も珍しいと思われるかも知れない。

 

だが、違うと思う。

どの業界でも事情は同じだろうが、誰でも職種を選べば成功するわけではなく、

事業主の能力による差は非常に大きい。

広い意味での臨床力が必要で、集客できる医師にはそれなりの理由があると思う。

 

さて、今日は参議院選挙当日である。

消費税増税を掲げたままの自民党の戦略は無謀かなと思っていたのは5月くらいまで。

年金問題を争点にするなど、あまりに不甲斐ない野党のファインプレーもあって、

おそらく今晩の8時には、与党の安定多数確保という結果で終わると予想される。

 

選挙運動中の時期になって韓国への貿易規制強化を打ち出すなど、

政府のストラテジーは非常に巧妙だと思うが、

そもそも理屈の通じない国家にシンパシーを示す政党に

ここまで支持率があること自体、奇妙ではないだろうか。

 

選挙前になって大誤報を連発する朝日新聞や毎日新聞の凋落ぶりにも目を覆いたくなる。

かつて勤務していた大学・病院の医局には毎日新聞が置かれていたし、

2年前までは自宅で朝日新聞を購読していた。

やっぱり朝日の記事は格調が高い、と10数年前までは率直に感じていたが、

最後の方は、いしいひさいちの「ののちゃん」しか見ていなかった。

 

それほど短期間に、自分の中では

朝日の記事=反日・親中・親朝・反安部でウソを平気で書く・謝罪も反省もしない

という評価が確定してしまった。

 

先日同じビルの内科の先生が新聞を手にされていたので確認したら、日経新聞だった。

「待合室に置ける新聞はこれしかないからなあ」

と言っておられたが、その通りだと思った。

 

既存の大新聞ですら、すでに政治色が付いているのだ。

大阪だから、金満でいやらしい巨人軍の経営者である読売新聞は端から論外。

ネットの普及が一因かも知れないが、昔の朝日はここまで偏向しているとは感じさせなかった。

報道はプロパガンダと同義ではないことを忘れたのか。

 

信者でなければ聖教新聞は置かないし、共産党員でなければ赤旗は置かない。

毎日新聞には医療関連でお世話になったことがあるので

あまり悪口は書きたくないが、10年くらい前にはさんざん医者叩きに走った前科がある。

 

結局、今の大新聞には政治色が付いてしまって、

待合室など公共の場には置きづらい、いや置けない存在になってしまった。

産経新聞はずっと報道姿勢に変化が無いように見えるが、

朝日・毎日が思い切り左に振ったため相対的に右っぽくなり、やはり置けば色がつきそうだ。

 

知識層から見放されつつある一部の新聞社は末期状態で、もがいているように思える。

自業自得で、斜陽産業になるのもやむを得ないのだろう。

 

ロベール・アンポー ヴォルネイ 1er. サントノ 1988

購入日    2005年1月
開栓日    2019年7月
購入先    ヴェリタス
インポーター ヴェリタス
購入価格   4980円(税別)

 

さて、もう14年も前に購入したワインを開栓した。

エチケットには明記されていないが、Ⅰ級畑である。

が、1級であると感じさせるほどの力はなく、平凡で危なげない村名レベルに思える。

 

31年も経過しているのに、果実はきちんと残っている。

小さい赤系果実の酸っぱさがあり、枯れた感じはしない。

むしろ素っ気なく、1〜2日目はちょっと落ち着いた酸っぱいワインでしかなかったが、

開栓後3日でようやく身体に馴染んでくるワインへと変身した。

 

今ではこの畑のワインもずいぶん高くなっているが、もはやそれは言うまい。

14年前ですらすでに古酒に近いものであったが、おそらくその後も自宅のセラーで

ゆっくりと熟成をしていたのだろう。

 

自宅には80年代のワインはほとんどないが、2005年くらいのものなら

まだ200〜300本は残っていると思う。

いつまで飲めるか分からないが、ワインの収集と評価には時間が必要なのだ。

 

 

わが国には「鉄道3大車窓」と言われるところがあって、

個人的にその中で最も好きなのが、今回訪れた肥薩線「大畑ー矢岳」間である。

 

ちなみにそれ以外の2カ所は、篠ノ井線 姨捨駅から東側の車窓、北海道の根室本線の

ぐるり一回りする狩勝峠の車窓である。

篠ノ井線にはちょっとご無沙汰しているが、狩勝峠は昨年訪れて往復した。

 

6月2日の日曜日はあいにくの雨だった。

吉松駅でしんぺい2号にわずかな時間で乗り換え、1149発車。

県境を越えて熊本県の人吉駅に向かう。

 

ホームに石がひかれているので有名な真幸駅(標高380m)を過ぎ、

矢岳駅に向けて山中をディーゼル車は登っていく。

 

矢岳ー大畑間 これがわが国で最も雄大と言われる車窓 雨に煙って見えない・・

 

矢岳駅(標高536.9m)から大畑駅(標高194.1m)に向けて下るが、

いくつかのトンネルを過ぎたあと右側に霧島連峰を望む車窓が広がる。

本来なら、霧島連峰の最高峰韓国岳(からくにだけ)が遠望できるはずであった。

 

大畑駅に至るには高度差が大きいので、ループ線で降りていく。

ぐるりとループを回って引き込み線に入り、1249大畑駅に着く。

 

意外なことに人吉まで行かず、ここで下車する。

 

 

 

駅に隣接する「囲炉裏キュイジーヌ LOOP」 右側にホームが見える

 

大畑駅で下車した目的は、ホーム側にあるレストラン「Loop」昼食を摂るためである。

もちろん立案者である元事務局長が予約していた。

 

入口側から見ると掘っ立て小屋みたいだが、ホーム側から見ると

ガラス張りのモダンな建物だ。

長いコの字型のカウンターがあり、客席数は15席くらい。

昼間だけの営業で、1700まで開店しているそうだ。

 

日に3本(上下で6本)しか列車が来ない秘境駅だが、「満席」の掲示がある

 

3500円の和牛と黒豚のコースを注文

 

看板メニューの野菜のパフェ

 

 

 

メインの和牛と黒豚

酒はビールのあと4人で熊本の「香露」とシャンパーニュを注文

 

もっとゆっくりして次の列車で人吉に向かいたかったが、それだと3時間くらい

待たねばならず、当日中に大阪に帰れない。

 

SL人吉号の発車時刻に間に合うように、人吉からタクシーに来てもらって、1400に乗車。

山道を通って駅に向かった。

人吉駅までの所要時間は約25分であった。

 

出発を待つ SL 人吉号

 

 

こちらが末尾

 

人吉発1438のSLは、ゆっくりと駅に停まりながら、2時間半もかけて熊本に向かう。

もちろん車内では宴会の続きである。

 

八代から旧鹿児島本線に入り、線路が良くなる。

1714に熊本駅に着いたあとは、1735発の新幹線さくらで大阪に帰るだけである。

1916着の福山でS先生が下車し、残り3人は終点の新大阪まで行く。

新大阪着2048。Ⅰ泊2日の長い長い鉄道旅行は終わった。

 

令和元年5月1日に見舞った叔母が、この前々日に亡くなっており、この晩が通夜であった。

新大阪から天王寺まで向かい、叔母に別れを告げたあと、深夜に自宅に戻った。

 

食と酒と鉄道を堪能した旅であった。

 

 

 

マスコミで大きく報道されている通り、昨日吹田市で警察官が襲撃されて、

拳銃を奪われる時間が起きた。

今朝犯人が逮捕され事件は解決したが、重体になっている刺された若い警察官の容態が心配だ。

 

webニュースによる事件経過

 

事件が起きた昨日の朝、家内とともに買い物のため「コーナン箕面今宮店」を訪れた。

犯行現場と近いところに住んでいるが、おそらく犯人は高飛びしているだろうと

勝手に思って、危機意識なく自宅を出たが、あとで情報収集して驚いた。

 

 

 

上記のニュースの一部と自分が受け取ったコーナンのレシートの時間を見ると

6分しか違わない。

 

コーナンは9:30開店である。

日曜日の混雑を嫌って、わざと開店時間直後に行った。

 

家内が商品を選んでいる間、わたしはコーナンのレジそばの出入り口に立っていたので、

ほぼ間違いなく、犯人はわたしの前を通り過ぎている。

ちっとも気づかなかったけれども。

 

今日の診療はとてもヒマだった。

地元で起きたこの事件が影響していることは間違いない。

犯人が逮捕されなければ、今日は学校も休校だった。

 

昨日わたしたち夫婦は、何も考えずに外出してしまったけれど、

軽率では無かったか、と思いつこの記事を書いている。


被害を受けた警察官の方は、地元の大病院に入院中である。

回復を心から祈っている。

 

 

 

6月1日の土曜の診療終了後、同業者のおっさん4人で2回目の遠足に出かけた。

メンバーは全員酒と鉄道が好きで、2月の鳥取カニツアー+出雲大社に出かけたのと同じ

面々である。

 

福山のS先生以外の大阪のメンバーは土曜診療があるので、

新大阪発1508の新幹線さくらで鹿児島に向かった。

1612に福山からS先生が合流し、そのまま直通で鹿児島中央へ。

鉄道での移動は早くなったもので、新大阪から4時間余りかけて1912に鹿児島中央着。

 

 

さつま料理「熊襲亭」

 

タクシーで桜島を望む「鹿児島サンロイヤルホテル」に向かい、

チェックインして荷物を置いたあと同じタクシーで、薩摩料理の店に向かった。

 

庶民的でバラエティーに富んだ料理を、日本酒と焼酎とともに食し、

最後に甘い酒でベチョベチョの酒寿司を食べて(食べきれず)、終了。

 

ホテルに帰って、最上階のバーでウィスキーとワインでダメ押しをして、

大浴場の〆切時間に間に合わず、日付が変わった頃、泥酔したまま就寝した。

 

6月2日(日)雨に煙る桜島

 

翌朝、2日酔い状態で大浴場に行き、朝風呂をゆっくり堪能したあと、

バイキングの朝食を済ませてタクシーで西鹿児島駅へ向かった。

 

鹿児島中央発942の各停国分寺行き電車に乗り、終点の1つ手前の隼人1022着。

ここから肥薩線に入る。

 

1035隼人発の吉松行きに乗り換え、海岸から離れて山の中に入っていく。

この線は、海岸沿いの鹿児島本線ができるまでは、鹿児島本線であった。

 

吉松までは、それなりに駅周囲に民家があり、車内に乗客もいるが、

吉松ー人吉間はほとんど人里離れた山中を走る。

廃線の危機にあったと聞くが、観光列車で集客をして、何とか廃線を免れている

という話もある。

 

肥薩線 人吉ー吉松間を走る「いさぶろう・しんぺい」号

 

吉松着1143で、すぐ向かいに停車している「しんぺい2号」に乗り換え、1149に発車。

この列車は2両編成で、ほとんど全席指定席である。

 

ここからが肥薩線の白眉だ。

北に向かって右に車窓が開けるので、奇数番号の指定席を押さえるのがよい。

手配してくれた元事務局長のK先生は、さすがの鉄道ファンで、

このあたりは全く抜かりが無かった。

 

以下、後半へ。

 

 

 

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割烹「もめん」の空間は茶室であり、茶の心が満ちていて、

カウンターの向かいの塗りの壁には、毎月花が生けられている。

 

この1年くらいの花の写真だけをアップしてみた。

気がつかずに過ごしている中にも、心配りがあることがわかる。

 

 

年号が変わったが、特にどこに行く予定もなく、自宅で床の掃除に専念している。

季節は良いが大阪は昨日も今日も雨で、散歩に行くこともできない。

こんな機会にしか行けないので、今日は入院中の88歳の叔母の見舞いに行ってきた。

 

同業の友人を見回すと、大阪の2人は家族でエジプトとスペインに行っているし、

横浜の先生はクロアチアに行っているという羽振りの良さだ。

ちょっとしょぼいところでも、福山のS先生は石垣島に行っているし、

大阪のはるいちご先生も石垣島から竹富島に行っておられるようだ。

今さらどこにも行けるはずもなく、諦めるしかない。

 

そこでこの休日には音源(要するに音楽CD)の整理をしている。

毎日家にいて24時間をフルに使えるとして、無限に音楽を聴いておれるはずはない。

金と時間が無限にあったとしても、無限にワインや酒が飲めるわけではないのと同じである。

 

30歳過ぎの病理医だった頃、丸1日アルバイト先の大病院で顕微鏡を覗いて

病理診断をする日が週1回あった。

当時出始めたSONYのポータブルCDプレーヤーを持ち込み、音楽を聴きまくっていた。

今でも覚えているが、バッハのマタイ受難曲とマーラーの第6番を聴いた1日があった。

やっぱり若かったのだ。

 

脳のキャパシティには限りがあるので、音源を絞らないと仕方がない。

年も年なので新しい音楽や新しい演奏を取り込む力は明らかに落ちている。

名曲主義に徹し、1曲1演奏に限るのであれば楽であるが、収集癖がそれを邪魔する。

 

Web音源配信サイトNaxosには非常に多くの音源があるが、

自分が昔に買い集めたCDには、アナログ録音をデジタル化したものが多く、

メジャーな録音と思っていたものでも現在では無いものが多い。

かつてヴィヴァルディの四季で一世を風靡したイ・ムジチなど、その一例である。

ヴィヴァルディは多少あるが、アルビノーニが見当たらないのにはちょっと驚く。

 

Web上にある音源であれば、自宅にCDを置いておく意味はないと思うのだが、

収集癖がそれを邪魔する。

思い入れのあるCDはなかなか捨てられない。

 

CDの音質には不満もあるが、昨年に一新したオーディオ装置では、

1970年くらいまでの録音を再生するのにまず不満は出ない。

 

 

そこで今や歴史的録音になったカール・シューリヒトの音源を整理しつつ

リッピングなどを行っていたが、1950年代のライブ録音でも音質が明瞭なものが

けっこう存在する。

 

Decca1953年録音のウィーンフィルによるブラームスの2番は、

1960年代からアナログ盤で聴いてきたが、今でも同曲演奏を代表する名演であると思うし、

同じくウィーンフィルとの1956年録音のモーツアルトの38番は、

その後のパリ・オペラ座管弦楽団とのステレオ録音と同じスタイルの名演である。

 

こういう演奏ばかり聴いていると、新しい演奏がなかなか入ってこないが、

上記の録音に接すると、改めてシューリヒトのキビキビしたスタイルと

当意即妙の棒運びに感心するばかりである。

 

 

 

今日の自宅の庭 まだ寒いが花は春本番に

 

気がつけばもう4月も月末で、平成も終わりかけているが、今月はまだ記事を書いていない。

一体何をしていたのだろうとカレンダーを見ながら振り返ると、

午後診療オフの火・木・土の午後にはほとんど何か予定が入っていた。

 

学会総会が先週名古屋であって、3日間休診にして出かけていたので、

休診前後の診療が大変だった。

これは自業自得で仕方がない。

 

昨年京都であった総会は、幸か不幸か数年ぶりに何の発表もない学会であった。

もう年だし、これで演者指名して頂いてプレゼンするのも終わりだなあ、

と思っていたら、今年は何と第1会場で「会長企画・次世代に残すメッセージ」

などという大層な発表の機会を頂いた。

 

4月18日の午後、獨協医大の教授、東京女子医大教授と3人で60分間の企画であった。

第1会場は3000人入る大ホールで、こんな会場でのプレゼンと言えば、

第一人者が大仰なテーマで話すのが常である。

 

わたしはただの町医者であって、教授でも何でもなく、

開業医がこんな大会場でプレゼンするのは過去に例はない。

テーマは「地域医療」である。まさに時代を反映している。

 

予想通り聴衆は少なく、3000人も入る大ホールに100人くらいいたかどうか。

だがその100人が恐ろしく、対がん協会会長・国立がんセンター名誉総長の垣添先生はじめ

京大名誉教授、東大元教授など超重鎮の面々がおられたし、現職の教授も何人もおられた。

 

座長はお馴染みの阪大名誉教授で、卒業以来腐れ縁の元学会理事長である。

若い頃一緒に苦労した先生の座長で、たった20分とはいえこんな大舞台で発表できるとは

感無量である。

 

自分としては珍しく、1週間も前からスライド作成に取りかかり、

夕方に訪問されたMRさん3人くらいに仮想聴衆になってもらって聴いてもらい、

100枚くらいの原案から50枚くらいに絞って、

相当完成度の高いものにして本番に挑んだ。

 

原稿などもちろん用意せず、すべて流れを頭に入れてあとはぶっつけ本番。

結果はほぼ満足で、学会長に褒めてもらったし、

初対面だった防衛医大の新教授にも面白かったと声を掛けて頂いた。

 

こういう大テーマでプレゼンするのは、各論をどこまで織り込むかがポイントで、

研究や臨床のテーマと異なる難しさがある。

 

 

 

座長にも面白かったと評価頂いて、当日夜に2人でANAホテルの最上階のバーで、

ドンペリ2008を開けて打ち上げをした。

 

ついでに翌日の夜も同じ場所で、横浜の先生と福山のS先生と東大前教授と4人という

メンバーで、同じドンペリ2008を2本開けた。

何で横浜と大阪と福山の開業医3人と東大前教授が和気あいあいと酒を飲んでいるのか、

関係者以外にはきっと分からないと思うが、非常に楽しかった。

 

超一流ホテルのメインバーで、ドンペリを3本も開けるとはバブリーなことだが、

この日はホテルオープン20周年記念とのことで、何と半額なのであった。

ほとんどネット価格でこんなシャンパーニュをホテルで飲めるとは、ラッキーである。

 

同じバーだが、初日はグラスが肉厚でダメダメ、2日目はドンペリ名入りの軽いグラスで

楽しめた。

香りも良く、残糖感がなく、突出した個性を抑えている点など、

ちょっと悔しいくらい上手くできている。

やっぱりドンペリは外れない。

 

 

メオ・カミュゼ(ネゴシアン) ACブルゴーニュ 2010

購入日    2012年12月
開栓日    2019年3月
購入先    ウメムラ
インポーター ラック・コーポレーション
購入価格   2980円(税別)

 

最近お高いブルゴーニュはほとんど飲まなくなった。

まあこんなもんでいいや、テロワール?それってどういう意味だっけ?

とすら思うようになった(半分ウソ)。

 

超一流の造り手、メオ・カミュゼネのゴシアンもの、かつ裾ものだが、

今のピノ・ノワールの価格からしたら、ずいぶんお買い得なワインである。

期待以上でも以下でもないが、翌日の方がまろやかに感じられるというのは

それなりにブドウに力があるのだろう。

 

同じワインの2001、2002は、若開けすると口をすぼめるほど酸っぱくて閉口したものだが、

このワインは抵抗なく楽しめる。

たった?7年しか自宅に保管していないのだが、ある意味飲みやすくなっている。

 

さて、新しいヴィンテージの価格を調べてみたら、2015でやっぱり5000円くらいする。

このワインで5000円かあ、と思うと、買おうとするモティヴェーションが下がる。

だったら倍くらい出して、ちゃんと畑名が入った1級ものの方がいいか、と思う。

だったら2000円で買える純米酒か純米大吟醸の方がもっといいか、となってしまう。


モノレール万博記念公園駅から 「ホテル阪急エキスポパーク」を望む

 

一昨日聞いた情報だが、来年3月をもって万博公園にある

「ホテル阪急エキスポパーク」の経営から阪神阪急ホテルズが撤退するらしい。

となると、来年4月くらいからこのホテルの存続は未知数ということになる。

 

先ほどホテルのHPを覗いてみたが、経営撤退のことなど書かれていない。

2020年の予約が入るかなと思って試してみたが、

2020年1月31日宿泊のプランまでは提示されるが、2月1日以降は予約を受け付けていない。

やはりこれは怪しげである。

 

医師会の大規模な講習会や勉強会など、このホテルには毎年何度も行く機会がある。

吹田市内には、大人数の会合ができる広いホールがあるホテルはここしかないので、

どうしても使わざるを得ないという事情がある。

 

しかし、はっきり言ってわたしはこのホテルは大嫌いだ。

サービスや食事内容などのソフト面では大きな不満はないのだけれど、ハード面が悪すぎる。

 

目の前に太陽の塔が燦然とそそり立つ万博公園という立地は良く、

事故が原因で一旦潰れた遊園地のエキスポランドは、エキスポシティとして生まれ変わり、

とても賑わっている。

 

だったら何が悪いのかというと、ホテルそのものへのアクセスが悪すぎなのだ。

上の写真は、モノレール万博記念公園駅の改札前からホテルを撮ったものだが、

目の前にだだっ広い駐車場があり、歩いてホテルに行くには

駐車場を右または左に迂回しなければならない。

雨の日にはもちろん傘がいる。

 

ネット上の情報では徒歩5分とあるが、早足でなければ5分では無理だ。

夜などあたりは暗く、こんなに見通しが良いのに道を迷ったとの記事も見られる。

真夏の昼間だとさらに苦痛で、上着を着てネクタイをしていたりすると最悪だ。

 

このホテルの建設場所を考えた人間は、はっきり言ってバカだ、とずっと前から思っていた。

調べてみたら

「大阪府の外郭団体である財団法人大阪勤労者職業福祉センターが開業した」とある。

やっぱり役人の発想だった。

 

大阪モノレールが開通したのが1990年で、ホテルも同年に開業している。

モノレール駅から雨に濡れず、炎天下の太陽にも苛まされずにアクセスすることを

どうして考えなかったのか、理解に苦しむ。

 

駅から見えているのに、物理的にも心理的にも遠い。

いちおう万博記念公園駅までのシャトルバスもあるにはあるが、

5分ごとに出ないと意味がない。

 

わざわざ?駅から不便にしておいて、

「来たかったらモノレールでも来れまっせ」

というホテル設計者の姿勢にちょっとムカつく。

 

ホテルの玄関は、写真の向こう側(南側)の万博周遊道路に面している。

つまり、車で行くことしか考えられていないのである。

 

しかし駐車場がこれまた死ぬほど使いにくい。

ホテルに隣接する立体駐車場があるが、1台当たりの駐車スペースがひどく狭いため、

幅広くなった最近の乗用車では普通に駐めてもドアを開けてクルマから出るのに苦労する。

 

それがいやで、ここ3年ほどは1回もクルマで行っていない。

1990年頃のクルマのサイズは今より幅が狭かったとはいえ、

これを決めた人物は、ホテルに駐めるクルマはほとんど軽自動車と思っていたのだろうか。

 

大阪空港・千里中央・北千里方面からタクシーで行くとすると、

万博周遊道路を300°くらい大回りしないとロビー前まで着けない。

千里中央からモノレールで2駅のホテルにタクシーで行くのに、

万博周遊道路をほぼ1周するので3000円もかかる、というのは理不尽だ。

土地勘のない人は疑問に思わず乗っているのだろうが、地元のわたしには許せない。

 

だから行きにタクシーを使う際には、山田方面から地道で行くことにしているが

(タクシー代約1000円)、土日には周遊道路と交差する信号からホテルに進入できず、

ホテルの玄関までたどり着けない。

徒歩すぐのところまで行けるとはいえ、雨の日には傘が必要だ。

 

結局のところ、モノレールでもクルマでもタクシーでも行きにくく、

このホテルは来客を拒んでいるとしか思えない。

そんな地元の顧客から敬遠されるようなホテルの経営が、うまくいくと考える方がおかしい。

 

このホテルは当初「ホテルオオサカサンパレス」としてスタートしたが、

10年余りで経営破綻し、2004年に第一阪急ホテルズ(現阪神阪急ホテルズ)に売却されて

現在のホテルとしてスタートした。

そしてまた経営破綻したということか。

 

目の前に見えている駐車場のリニューアルも含めて、万博記念公園駅の南側を

再開発するしかないと思う。

 

もしホテルが廃業したら、個人的にはここには行きたくないので歓迎だが、

広い意味ではいろいろ困るのも事実だ。

 

近くの大きなホテルといったら、千里阪急ホテルくらいしかない。

このホテルは豊中市にあるので、吹田市医師会などが繁用したくないのも理解できるとはいえ、

千里阪急ホテルの稼働率は激増し、きっと会場は予約困難になるだろう。

同じ経営者だから、そこまで考えての経営撤退を決断したに違いない。

 

もし全部潰して建て直すとしても10年程度は要するだろうから、

千里セルシーの跡地計画とひっくるめて、10年後には千里の姿も変わっているだろう。