ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

ワインな日々~ブルゴーニュの魅力~

テロワールにより造り手により 変幻の妙を見せるピノ・ノワールの神秘を探る

このブログは 「ワイン遍歴の終着点はブルゴーニュである」と
密かに確信しつつあるワイン好きのひとりごとである。

高名な評論家が何を言おうが 権威ある本に何と書かれてあろうが
そんなことは知ったことではございません。
信じるのは自分の五感のみ。
これは 長年音楽を聴いてきた経験からの自負である。

売らんがための美辞麗句はどこにでも存在する。
わたしは誰にも媚を売る必要がないから 駄目なものは駄目とはっきり書ける。
ただ 自分の未熟さを反省する謙虚さだけは失いたくない。

読者を増やす努力は一切しない。
ランキングにはまるで無関心。
読者のためのバイヤーズガイドを目指さない。

音楽を語ると敵が増えるが、酒を語ると友が増える。
今日もひとりでブルゴーニュを開栓して ひとりごとを語り始めよう。

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フレデリック・コサール サン・タムール 2014  一見裏ラベルの右が本来のエチケット

購入日    2016年6月
開栓日    2018年12月1日
購入先    湘南ワインセラー
インポーター ヴァンクール
購入価格   4980円(税別)

 

ややオレンジがかった色 2014のピノ・ノワールより薄く、ガーネット色が乏しい

 

決して大げさではなく、こんなに洗練されたガメイにはこれまで出会ったことがない。

乏しい自分の経験ではあるが、これまでの人生で最上のガメイである。

そこらの凡庸なブルゴーニュのピノ・ノワールがぶっ飛ぶレベルのワインで、

湘南ワインセラーのHPにも書かれているように、これは紛れもない天才の仕事である。

 

言うまでもなくサン・タムールはクリュ・ボージョレの1つで、

「ボージョレに美味いワイン無し」と固く信じているわたしが、

わざわざこんなワインを買うことなどあり得ないことである、はずだ。

 

ではなぜこのワインが家にあるのか。

一昨年コサールの他のブルゴーニュを買う際に、間違えて1本だけ紛れ込んだのである。

あ、そうだった、これって(狭い意味の)ブルゴーニュではなくボージョレだった、

と後で気づいた。

 

なので全く期待せずに開けたのだが、何なんだこの洗練度の高さは!

まず軽めのビオ香がするが、コサールのワインだからこれは予想通りだ。

ビオ香嫌いの家内に飲ませても気づかない程度だから、普通には気にならない。

 

小さなサクランボのような楚々とした酸があり、例のガメイのイヤな後味はまったくない。

しかし、よく観察するとピノ・ノワールの酸に特徴的な細くてキリッと締まった芯がなく、

酸が僅かながら茫洋と広がる。

 

ピノ・ノワールとは違うが近似しており、ここにガメイのプライドを感じるのである。

と書くとガメイには失礼だが、ガメイは生理的に嫌いなのでそう言わざるを得ない。

当然今年もボージョレ・ヌーボーなど口にしていないが、

こんなに洗練されたガメイを目の前にすると、既成概念が覆される。

これはヌーボーなどとは次元が違う全く別物の飲み物である。

 

ピノ・ノワールであるブドーとほぼ同価格だが、値段設定はリーゾナブルであり、

対抗馬が多いピノ・ノワールのブドーより個性では凌駕している。

 

この価格で手に入る赤ワインとして、最上の作品と言えるだろう。

今更ながら、コサールの才能を認識した。

脱帽というしかない。

 

 

 


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ブルゴーニュワインが15年前の3倍くらいの価格になって、

もはや普通の人の日常の飲みものではなくなった。

15年前に5,000円で購入したワインを今開けて評価をブログに書いても誰も購入できないし、

15年前に5,000円だったワインの新ヴィンテージは15,000円になってしまっているから、

感想を書いても嫌味でしかない。

 

という理由でワインの記事が書けないでいる。

飲み頃まで10年はかかるであろうワインを、15年前の3倍以上の価格を出してまで

買って追っかける気にならず、最近ではすぐ飲めるシャンパーニュと日本酒に逃げている。

 

だから長生きしたとして、新しいヴィンテージを買い込み、楽しいワインの未来を語っている

自分が想像できない。

考えるだけで鬱々とした気分になる。

 

これは鉄道でも同じで、すでにJR全線をほぼ完乗しているので、新しい線に出会う喜びはない。

むしろかつて乗った線が次々に廃線になっていくので、鬱々とした気分になる。

昔乗った旧線を訪れると、「ああ、あれから20年も経ったのか」という思いが先に立つ。

かつて宮脇俊三も同じことを書いていた。

 

一方仕事は忙しくなるばかりで、開業して17年以上経ったというのに、

連日新患が続々やって来られて、商売としては大繁盛している。

我ながらいい仕事をしていると思うし、それなりに社会貢献もしていると思うが、

体力と気力を消耗しているのも事実だ。

こんな仕事ができているのもひとえに職員のレベルの高さに依存している。

院長一人では相撲は取れない。

 

大病院の院長になっている同期生で現役の勤務医は、わたしどころの苦労ではないと思うので、この程度の仕事量で弱音を吐く資格はない、とも思う。

 

 

数日前に勝谷誠彦が亡くなった。

数年前までテレビでよく見かけたし、昨年には兵庫県知事選に出ていたし、

落選後「64万人の魂 兵庫知事選記」という本も出版していた。

 

1年前に勝谷誠彦の弟であるの循環器内科医の講演を聴き、名刺交換したが、

業績がある学者肌の先生で、兄のことも楽しげに語っておられた。

だから相当驚いたが、ネットの記事を読むと亡くなったのも仕方がない、という死に様である。

 

『勝谷誠彦のxxな日々。』を配信してきた高橋茂という人が、

「勝谷誠彦追悼 酒と戦わずして命奪われたコラムニスト」という記事をアップしている。

 

それによると急性肝不全で亡くなったとある。

2018年8月に配信されたネット番組で、黄疸が出ていて顔色が悪かったとも書かれている。

 

酒を飲みすぎてアルコール性の肝硬変・肝不全で亡くなったのに、

これのどこが急性肝不全なのかと思うと呆れて物も言えないが、

理屈を超えて死者に寄り添った記事ということだろう。

 

一方、宮崎哲弥は「自死に近い死だったと思う」と言っている。

わたしは勝谷誠彦と知り合いではないが、この意見の方が納得ができる。

 

昨年の1月に、親しかった大学の同期生が、同じ死に方で急逝した。

彼は奥さんを亡くしてから3年、毎日ウィスキーをボトル1本飲んでいたようだ。

仕事はしていたが、亡くなる数ヶ月前から腹水も溜まっていた。

彼自身医師だったから、そうなることはわかっていただろう。

通夜の席で、親友だった同期生の医師が「まあ、自殺やな・・」と小声で呟いていた。

 

もう1人、高校時代の同期生で、アルコール性の膵炎で入退院を繰り返し、

今ではほとんど寝たきりになっている親友がいる。

彼も奥さんを亡くしたあと酒が過ぎていたようだ。

スポーツ万能で剣道3段、京都大学工学部現役合格して一級建築士、

企業人として活躍していたのだが・・

 

Zの襲来は大過なく済みそうなのだが、何となく暗いブログになってしまった。

こんなときにショスタコーヴィチの交響曲など聴いているとますます鬱になりそうだ。

 

亡き父もわたしくらいの年頃、友人が次々と亡くなる時期があって、

落ち込んでいたことがあったし、

恩師の元阪大医学部長も同じようなことをて言っておられたのを思い出す。

 

まあそういう年になったということだろう。

早いうちに在庫のワインを開けてしまおう。

 

 

 


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淡路島の南の方にある民宿「南海荘」

 

緑家さんのブログにしばしば登場する南海荘に、おっさん3人(ラブワインさん、緑家さんと

わたし)で泊まりに行った。

もう何ヶ月も前から予約を入れていただいて、やっと行けたというくらい人気の宿である。

何とラブワインさんは自宅から5500ccのフォードに乗ってやって来られた。

 

緑家さんがとにかく食事が美味しいと言っておられたので期待して行ったが、

予想を大きく上回る料理のレベルであった。

何と昨晩の料理は魚料理ではなく、イタリアン?!

もちろん普段は鮮魚料理がメインで、いつでもイタリアンがOKというわけではないらしい。

 

2皿目のカルパッチョ これが淡路島の民宿の皿?

 

左から シュロスヨハネスベルク 2017  サピエンス 2008  ラ・フルール・ペトリュス 2000

 

緑家さん持参のシュロスヨハネスベルク 2017はラインガウのスタンダートレベルらしいが、

フレッシュさが満載のリースリングである。

粘度質らしく、ミネラル感は強くなく、球体のようなバランスの良さがある。

リースリングは新しいほど特有の魅力があり、緑家さんがいないと出会えないワイン。

こんなフレッシュなのを頻繁に飲めたら幸せだろなあ。

 

ラブワインさん持参のシャンパーニュ マルゲ サピエンス 2008

造ったのはエルヴェ・ジュスタンという人で、9月にリエゾンに持参いただいた

ジュスタン 2007と同じ造り手、同じ畑のラベル違い・ヴィンテージ違いらしい。

 

2007はシャルドネの印象が強かったが、2008は赤っぽい。

まずビオ香が香り、その後にピノ・ノワールらしい余韻が長く、

相当なクオリティのシャンパーニュであることはひしひしと伝わる。

 

ところがラブワインさんにとってはこれが期待はずれであったらしく、

あとの2人が満足しているのに1人で落ち込んでおられた。

22時頃撃沈したあと、2時半にゴソゴソと起き出して再度検証し、ブログをアップされている。

やはりこの人は尋常ではない。

 

わたしばブルゴーニュではなく、ボルドー右岸ポムロールの

ラ・フルール・ペトリュス  2000を持ち込んだ(メルロー80%、カベルネ・フラン20%)。

2001年にピーロートからプリムールで購入したもので、購入価は6000円もしなかった。

 

個人的に非常に思い入れのあるシャトーで、90年代に何本も飲んだ良い思い出がある。

鹿肉のパスタと相性抜群だったが、この2000はまだまだ若く、

このワインはオフヴィンテージを購入して早飲みしたほうが良いと思った。

 

朝食 料亭レベルのかますの焼き魚

 

今日の昼は福良市にあるひらまつ食堂へ

 

何の変哲もない食堂のようだが、予約で一杯で、つぎつぎ客がやって来るが

店主が満員ですとお断りされていた。

 

実に面白い2日間であった。

プランニングして頂いた緑家さん、一番遠いのにクルマでお越しいただいて

乗せて頂いたラブワインさん、本当にありがとうございました。

 

 

 


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新築した市立吹田市民病院 自慢の広いリハビリ室

右端にちらりと写っているスラリとしたスーツ姿の女性は、案内役の職員さんかと思ったら、

副院長・看護部長さんだった

 

最近またも患者さんが激増、しかも一般医で診断に難渋したような難しい症例が多く、

オフタイムにはへばっていて、ブログ更新のエネルギーが残っていない。

 

しかし個人的にはいろいろなことがあって、仕事以外も忙しい。

緑家さんと京都のつか本に20:30 に行ったり、ooisotaroさんと久々に再会したり、

楽しいことも多い。

しかし、夏以来のZの襲来にはまだ決着がついていない。

今回は色んな意味で勉強になっており、興味深いことも多い。

 

先の土曜日は関西医大病院教授と一緒にリエゾンに行って、17年前に購入した

ボルドーのシャトー・ピション・コンテスト・ラランド2000を持ち込んだ。

たまにはボルドーもいいものだ。

 

昨日は堺市医師会医会の40周年記念式典に来賓で参加して、

堺の活発な同業者と12時前まで居酒屋で鉄道・経済の話などで大盛り上がった。

Zの襲来に関する貴重なアドバイスももらったが、さすがにやり手の対応は違う。

 

今日は朝から新築なって移転直前の市立吹田市民病院の内覧会に出かけてみた。

はるいちご先生と本当にニアミスであったようで、ほとんどすれ違っていたようだ。

 

受付では昔から親しい総長に出迎えられ、1人で案内に沿って歩きながら

キョロキョロしていたら、研究室時代の後輩だった外科医がいる。

あれ?どうしたの?と言ったら、新任の救急部長で赴任してきたのだそうだ。

 

立ち話をしていたら、後ろからいかにも偉そうな男性に案内されてきた女性から

あらこんにちは、と声をかけられた。

この方は自民党厚労族の渡嘉敷奈緒美の後ろ盾になっている、元薬剤師会会長である。

偉そうな男性はあとで分かったが本当にエライ人で、この病院の理事長であった。

元薬剤師会会長に便乗して、懇切丁寧に新病院内を案内して頂いた。

 

 

手術用ロボットダヴィンチが置いてある手術室には、お馴染みの泌尿器科部長がおられたし、

新しい病院はやっぱり希望に満ちている。

 

JR 岸辺駅前 

バスロータリーにバスはいないが、写真のマーケットの中は人がいっぱい

 

バスまで時間があったので、病院の隣でより駅に近いショッピングモール、

医療モールが入るビルに少しだけ入ってみた。

これがまたえらい賑わいで、梅田阪神の地下の食料品売場くらいの混みようだ。

 

2階の一角の医療モールには、まとめて8軒の医療機関が一斉にオープンする。

ここの通路にはことに人が一杯である。

千里中央のSENRITOよみうりの医療モールより規模が大きく、

今後どんな風に発展するのか興味深い。

 

診療所は医師個人の技量による点も多いのは当然だが、

この医療モールの成否は今後徐々に明らかになってくると思う。

 

 

 


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フィリップ・ルクレール マール・ド・ブルゴーニュ

 

学会出張を3回こなしたあと、特に理由はないが何となく元気がなかった。

仕事は忙しいがだんだん気が短くなっており、ときどき患者さんにキレたりして、

あとで反省している。

 

「何でそれで患者が減らないのか、不思議で仕方がない」と家内は言うが、

大阪の名割烹Mのカリスマ親父さんも、

「気に入る客だけ大事にする」などと笑いながら言っておられる。

それで予約が取れない店になっているから、通じるものがあるかも知れない(ウソ)。

 

この年になると、同じ年代の人間が寄ると病気と年金の話になる。

昨日も鳥取県米子市から、小学校1年のときの同期生・最も古い友人が

予告もなく突然診療所にやって来てくれた。

 

小学生の時たった1年だけの付き合いだったが、今まで交友が続いている。

といっても会うのは20年ぶりだが。

京都に夫婦できたついでに寄ってくれたのだが、こういう友人は得難いのもので、

とても嬉しい。

 

非常に元気そうだが最近大病をしたそうで、今のうちに会いたい人とは会っておきたい

と言っていた。

この年になるとお金より時間で、その気持ちはよく分かる。

 

わたしは元から大阪の家の人間だが、父親が米子の病院に赴任していて、

8歳まで米子で育った。

彼を含めて米子にはまだ小学校時代の友人が2人いて、

大阪の気風と米子とではかなり違うのかも知れないなあ、とふと思う。

 

 

さて、珍しいブルゴーニュのマールだが、この夏にブルゴーニュを旅行された知人が、

ドメーヌで購入してきてお土産に頂いたものである。

地下の貯蔵庫から泥がついたまま出してきたので、瓶に泥がついているため、希少感が溢れる。

NVだが、1970年代に瓶詰めされたものらしく、コルクも相当年をとっている。

 

調べてみるとネット上でも手に入らなくはないようだ。

しかし、おそらくもっと新しいヴィンテージのものだろう。

 

ルクレールはジュブレ・シャンベルタンのドメーヌで、どちらかといえば

土臭くて洗練されていないイメージがあるのだが、このマールはブドウのエッセンス

そのものだ。

 

もちろんストレートで飲むのだが、ぐいぐいやると食道癌になりそうで、

毎年検診に行く際にビクビクするから、少しずつ舐めながら楽しんでいる。

 

普通のブランデーより繊細で線が細く、洗練度が高く糖度が低い。

「あ〜これ、ピノ・ノワールやなあ」感が口内から溢れ出て、幸福感に浸る。
ある意味、これはピノ・ノワールからできた芸術品である。

 

 

 


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自分で書くのも何だが、日常診療以外にもよく働いていると思う。

この16日間で、大きな学会の一般演題発表が2題、東部総会のシンポジウムの座長が1回。

これが町医者の仕事かと思うが、これは趣味である。

しかし16日間で3日も休診にすると、あとが大変なのである。

 

発表結果は、バカ受け・もう一つ・いま一つということで、1勝2引き分けであった。

個人としてはやや不本意な結果である。

まあこれは仕方がない。

正直のところ、学会における自分のアピール力のピークはもう過ぎたと実感している。

 

うちには医師になって2年目の娘がいるが、学会前でもわたしが毎晩酒を飲んで

ノートパソコンでYou Tubeを見ているだけなので、一体いつ学会発表の準備をしているのか

不思議であっただろう。

プレゼン準備の80%は、酔いながらアタマの中でこしらえているのだ。

 

日曜日の学会の教育講演で、前東大教授(現780床の大病院院長)の話を聴いた。

元理事長で有名な先生の講演だったにもかかわらず、あまりポピュラーではない

疾患に関する講演だったためか、会場に聴衆は少なかった。

しかし内容は素晴らしかった。

 

前の方に座っていたので、講演終了後一言挨拶をした。

「素晴らしい講演でした」「勉強になりました」

などという社交辞令は言わない。

 

「先生の話を聴いたらホッとしますわ」

とだけ言い放って、会場をあとにした。

 

台場駅でゆりかもめを待っていたら、またこの大先生と一緒になった。

向こうは東大教授、こっちは大阪の町医者だが、同世代のせいか波長が合う。

電車に揺られながら、

「学会も若い人が増えて、そのうちあいつは誰だと言われるようになるだろうなあ」

などと言い合って、新橋で別れた。

 

この先生は、東大系病院では最大級の780床の病院のトップだから、

気苦労は大変だろうなあ、と思う。

大阪の大病院の院長にも同世代の友人が片手以上いる。

今の病院経営はものすごく大変だ。

 

こっちは個人の診療所の医師だから、気を配る範囲も限られていて、

まだまだ気楽なのかなあ、と思いながら大阪に帰ってきた。

ずっと上り坂で続けるのはもう無理だなあ、と感じつつある日々である。

 

 

 


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2018年3月23日 撮影

 

2018年9月9日 撮影

 

強風を伴った台風21号が関西を襲ったのは9月4日の火曜日であった。

前回も書いたように、樹齢50年の梅の木の枝が強風でボッキリと折れた。

 

2日後の9月6日、植木屋さんに来てもらって、皮1枚残っていた枝を持ち上げて、

縫帯みたいなものをぐるぐる巻いて、下から支える木を置いた。

上の写真はその3日後だが、今日現在も同じように緑を保っている。

 

停電はしなかったが、eo光が切れたためネットが約48時間使えなかった。

9月6日午後に何の予告もなく突然繋がったが、

9月16日になって、突然eoサポートから電話があり、

「繋がりました」という報告を受けた・・

 

「あの、とっくに繋がっていますけど、どっか遠くで切れていたんですかね?」

「はい、基地局で切れておりました」

ということであった。

まあ、遅ればせでも電話をしてくるのは律儀と言うべきか。

 

 

ところで明日は自民党の総裁選当日である。

報道が増えて何だか面白い。

 

逃げのようだが、わたしは感性に従って生きるのを信条としており、

何らかの政治的・社会的発信をしようとしているのではない。

報道から、今後起こることの予想をして面白がっているだけである。

 

前回のブログでうっかり次のように書いてしまったが、

こんな短絡的は話ではありえないと改めて思ったので、訂正しておきたい。

 

 総裁選で負けたあと、石破支持者を人事で冷遇した自民党を批判して離党。

 反自民の「右派もどき政党」を設立して党首に納まる。

 野党に結集を呼びかけて統一候補を立てる。

 来年の参議院選挙で反安倍を訴えて勝利。

 安倍を退陣に追い込み、憲法改正阻止。

 

TV番組などで安倍首相と石破の一見真剣な討論が放映されている。

しかし議論内容は学級委員選挙並みで、驚くほど低レベルだがこれは想定範囲内である。

衆愚を前に複雑な国際問題も含めた高度な問題を論じても受けるはずはない。

 

5年半の実績を元に、世界でも有力な政治家と言われる安倍晋三も、

「閣僚を辞めてから推薦人になれなど誰が言ったのですか」

などとしょうもないことを言っている。

これはテレビ受けするためのパフォーマンスではないか。

 

安倍陣営の合同選対事務総長は麻生派の甘利明だが、

これまでの言動から、この人はものすごく明晰な人間と思っている。

この政治家が次次期総裁候補に名前が挙がらないのが不思議なくらいだ。

 

その甘利明が、安倍晋三の党員票の55%くらいは獲得するだろうと予想していた。

意外に低い数字だと思ったのだが、ちょっと考えると納得できる。

要するに一般の自民党員を衆愚とみなしているのだ。

 

石破茂の発言を聴いていると、ウェブで言われているように内容が何もない。

ここまでバカだったのかと呆れるが、一体何のために総裁選に出たのか、

まともな人なら疑問に思う。

 

「与党が右翼で野党が左翼」などというステレオタイプの分類が意味をなさないことは

はっきりしており、「政策通で軍事オタク」という衣を纏った極左政治家が、

何らかの意図を持った集団を背景に、与党の総裁選に立候補している、

と考えることはできないだろうか。

 

高村副総裁は、「総裁選後はノーサイドで結束を」と言っているし、

安倍陣営批判をした斉藤農水省は、とても優秀で将来の総理候補との噂もある。

実は彼は安倍支持で、安倍陣営と談合した上でわざと批判発言をしており、

総裁選後にも「能力を買われて」閣内に留まるのではないかと邪推するが、どうだろうか。

 

石破は総裁選後離党せず、獅子身中の虫となって生きると予想されるが、

与党のリーダー格の政治家でも、頭のキレる人物はさほど多くない

というのが最近の実感である。

 

 

 


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2018年9月4日。

この日の午後2:30頃の暴風は、これまで体験したこともなくて、今後忘れることのない、

ものすごい勢いの風であった。

 

職員が帰宅できなくなるので、午前10時に診療受付終了。

それまでに来院された15人の患者さんを診察して、11時前に仕事を終えた。

この時点ではまだ晴れていた。

 

暇なので12時前に同じビル内の内科を覗いてみたら、誰も患者さんがいなくて

院長と受付の女性がが暇そうに

「トランプでもしようか」などと言っておられた。

 

皮膚科を覗いてみたら、やはり患者さんはいなかったが、受付に3人も女性がいて

「うちは晩まで平常営業です〜」

などとにこやかに言っておられた。

まあ、ここの院長の家は徒歩すぐだし。

眼科と歯科と婦人科は早々と閉院中。

 

昼過ぎに帰宅したら近隣の病院に勤務する娘も、電車が止まるので

早々と帰宅して昼寝している。

 

そうこうしているうちに天候は急変。

予想以上の暴風雨で、嵐の中テレビを見ていたら突然画面が真っ暗になった。

すぐ復活したが、その瞬間からネットと固定電話が繋がらなくなった。

 

eo光のネットと電話とテレビの契約だが、なぜかテレビだけが生き残っている。

光ファイバーは、バス道の向かいにある電柱から来ているのだが、

外は暴風雨で、窓から見てもファイバーの線がブンブンしているだけで、

どこが切れたのか確認しようもない。

 

ただちにサポートダイアルに携帯から電話したが、当然繋がらない。

娘が機転を利かせて、相談窓口フリーダイアルに繋ぎっぱなしにしたら、

100分くらいで担当者のお姉さんに繋がった。

 

状況を説明したら、予想通り宅外配線の不備だとわかったが、

「通常でしたら当日中お伺いするのですが、このような状況でして

 いつになるか分かりません。申し訳ありません」

と丁寧に応対された。

 

その後2日経つが、まだ工事担当者から連絡はない。

まあそりゃそうだろう。

後で知ったが、関電の電柱も400本くらいは倒れている。

2日後の本日現在まだ近隣で停電が続いているくらいだから、

電柱経由で来ている光ファイバーも相当数ブチ切れていると思われる。

 

個人契約の光ファイバーの断線が2万件あると情報ページに書いてあるし、

いつ再開通するか分からない。

 

ということで、かろうじてテレビは映るが(4日の夜は数時間切れていた)、

ネットと固定電話が無いままの日常である。

従って、このブログ更新もiPhoneのテザリングで行っている。

 

箕面在住の家内の友人は、今現在も電気と水道の無いままで、

「水風呂入ってぬるいビール飲んで寝よ」

と呟いている。

 

今朝には北海道で大地震があり、停電と断水が大規模に起きているらしい。

生活用水が無いとトイレなど本当に困る。

 

先日訪れた北海道の地震被害や、関空が早く復旧することを心から祈るが、

たかがネットができないくらいで不平を言うなんて贅沢である。

のんびり待つしか無いのである。

 

6月の地震で立体駐車場が損壊したうちの診療所に今回は被害はなく、

平常通り仕事はできている。

しかし、近隣の千里中央付近は現在も信号が切れており、

ついさっきまで千里阪急ホテルも停電だったと聞く。

 

わたしは第2室戸台風の暴風の記憶があるが、事後の被害状況の記憶はない。

当時は関空も無かったし、インフラも含めて時代が違う。

災害はある期間の間には必ずやって来る、と改めて心に刻んでおきたい。

 

さて、今回の台風で最も悲しかったのは、自宅の中庭にある梅の木の大きな枝が、

暴風の中、気をもむ家内が見ている最中に目前でボッキリ折れたことだ。

義父が50年間育ててきて、毎年美しい花を咲かせる名木だから、ひどく落ち込んだ。

 

台風が過ぎてから確認したが、自宅前のバス通りの木々もボキボキ折れていて

道路が通行困難になっている。

あんな大きな木や枝が折れるのだから、こんなに弱そうで折れ曲がった梅の木が折れても

仕方ない、と家内ともども自分に言い聞かせて、諦めようと思った。

 

しかし完全断裂ではないので、まだ見込みがあるかも知れない。

今日、昔から自宅に入っている植木屋さんに連絡したところすぐにやって来られて、

午後3時過ぎから暗くなった7時までかかって、修復してもらった。

 

「木は皮一枚残っておれば再生する可能性がある」

というプロの言葉を信じて、復活を祈りたい。

来年の3月には、またあのピンクの花を見ながらワインを飲みたい。

 

ちなみに修復代金は2万円だった。

復活するなら安いものだ。祈りながら来春をまつことにしよう。

 

そんなこんなで3日ほど暇なので、仕事場でネットの動画を見ていた。

元々わたしはテレビでもほとんどニュースか経済番組しか見ないのだが、

こと政治報道に関しては、ネットTVの報道内容と既存のメディアの内容が

相当異なることに最近気づいた。

 

巷では常識になっているように

「ネットTVは右派的、既存のメディアは新聞テレビを含めて左派的」

ということである。

個人的には右だとか左だとかいう分類は好きではないので、

きちんと世情判断ができていて論理的に破綻がないかどうか、という点にしか関心はない。

 

ネットでDHCテレビがやっている「虎ノ門ニュース」というのがあって、

青山繁晴とか百田尚樹とか有本香など、右派と言われる論客が登場する。

 

本日驚いたことに、この虎ノ門ニュースに、録画であるが安倍晋三総理が登場し、

インタヴュアーの有本香相手に30分以上熱弁をふるっていた。

これを見たらいわゆる左翼の人々は、安倍晋三を右翼と言うであろう。

 

わたしは安倍晋三のファンでも何でもないが、自称知識人・常識人として

先般からのモリカケ問題に始まる反安倍キャンペーンにはほとほと嫌気がさしており、

嫌悪感すら覚える。

国の最高機関である国会を何だと思っているのだろう。

 

だから、「モリカケ問題を争点とする政治家」はポピュリストであり、

信用できないと感じてきた。

 

そんな「モリカケ問題を争点とする政治家」は野党には掃いて捨てるほどいるが、

与党などにも大勢いる。

典型例が、石破茂、小泉進次郎、小池百合子である。

 

だからこの人達を政治家として信用していない。

同じことを感じている人間は、友人にはいないがネットにはたくさんいるようで嬉しい。

 

既存メディアでは、世論調査で安倍晋三と石破茂の支持率は拮抗しているという報道が多い。

これは不思議である。

石破茂の言っていることに具体的な政策など見えず、ほとんどが安倍に対する人格攻撃である。

こんな人間が「正直、公正」などと言っているのは何かの冗談としか思えない。

そもそも言語そのものが冗長で意味不明だ。

 

最近そんな石破の意図が何となく納得できるようになった。

 

総裁選で負けたあと、石破支持者を人事で冷遇した自民党を批判して離党。

反自民の「右派もどき政党」を設立して党首に納まる。

野党に結集を呼びかけて統一候補を立てる。

来年の参議院選挙で反安倍を訴えて勝利。

安倍を退陣に追い込み、憲法改正阻止。

 

というシナリオではないのか。

バックには、支持率拮抗と報じ続けた既存の左派メディアもついている。

そんな石破が、バリバリの左翼ではなくて何なのだろう。

 

かつて、小沢一郎が渡辺美智雄に

「(自民党から)50人(?)連れて来たら総理にしてやる」と言ったらしいが、

それは結局叶わず、宮沢総理が誕生したという話がある。

 

どうも同じストーリーがある気がする。

わたしは自民党員でも何でもないので自民党総裁選の投票権はないが、

推測としては面白い。

 

個人的な希望としては、誰が総理になっても国際的な安定が基本で、

消費税増税は回避すべきであると思うし、

何よりブラジルレアルやメキシコペソが下がってほしくない。

 

暇だから饒舌が過ぎた。

政治のことは日常生活にすぐさま影響は来ないが、来春にはレアルが40円になっていて、

梅が今年のように花をたくさんつければ嬉しい。

 

 


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然別湖畔温泉「風水」の部屋から天望山(唇山・・湖面に映ると唇に見える)を望む  

2018年8月14日 午前6:28 撮影

 

3年ぶりに盆休みに家内と旅行に行った。

昨年と一昨年は住宅建築と引っ越しのため盆休みは潰れてしまったので、

久しぶりの旅行である。

 

思い立ったのが6月末で、6月中に無効になるANAのマイルが残っていたので、

それを消費しようと思ったのだ。

 

そもそも鉄道好きなので、年に10回くらい東京を往復しているが、

よほどの事情がない限り新幹線を使っている。

だからマイルはほとんど貯まらないのだが、それでも30,000マイルを捨てるのは惜しい。

ということで、6月末でANAの予約が取れる行き先を選んだのだが、結果北海道になった。

 

わたしには、死ぬまでにもう一度見てみたい風景というのがいくつかある。

その筆頭に挙げられるのが、上の写真の天望山の向こう側にある「東雲湖」だ。

読み方は「しののめこ」、別名東小沼とも言うらしい。

44年前に訪れ、これほど美しい風景があるのか、と息を呑んだ瞬間が忘れられない。

 

東雲湖は、「北海道3大秘湖」の1つに数えられている。

その「北海道3大秘湖」とは、東雲湖、オンネトー、オコタンペ湖のことを言う。

 

昭和49年の夏休みの北海道旅行でその「北海道3大秘湖」をまとめて訪れた。

「北海道3大秘湖」という言葉は今ではよく耳にするが、

44年前はブームになりかけた時期で、一般の人はそんな湖は知らないのが普通だった。

 

オンネトーは阿寒湖の近くあって、当時から車道が通じており、

光景の美しさは記憶にあるものの今も昔も行きやすいため、秘境のイメージがない。

そのせいか、何となく印象に乏しい。

 

一方支笏湖の近くにあるオコタンペ湖は、現在湖畔に至る道がなく、

車道の展望台から眺めるだけの状況になっており、隔靴掻痒の感がある中途半端な湖である。

ここには2012年9月にタクシーで訪れて記事にした

 

昔に行った際に「湖畔まで降りた」と書いた上記の記事の記載は間違っており、

実は降りたのではなく車道から湖畔まで登る道があったようだ。

現在ではその道が封鎖されているため、一般人には行く手段がない。

 

昨年まで台風などの影響で展望台に至る道路が閉鎖されていたらしいから、

ある意味秘境かも知れないが、クルマで行って遠くから眺めるだけなので

所詮札幌や千歳から片道1時間で行けるドライブのデートスポットの域を出ない。

従ってオコタンペ湖は遠望は美しいものの、秘湖と言うのはちょっと引っかかる。

 

だが東雲湖だけは違う。

深閑とした山奥にひっそりと在る。

周囲1kmなので、湖というよりほとんど池なのだが、周囲環境からみても孤高の存在である。

然別湖畔から2時間くらい熊笹の茂る道を歩いて行くしかない。

それが結構悪路で、ちょっとした山歩きくらいの装備は必要だ。

 

ここだけは、絶対にもう一度行きたい。

数十年間、ずっとそう思ってきた。

北海道には学会などで開業後の17年で7回も訪れているけれども、

時間と決意がないと行けない場所にあるから余計にそう思う。

 

30,000マイル=30,000円がそれを後押しした。

決意の割に動機が貧乏くさいが、この機会を逃すと一生行けないかも知れない。

幸いぎりぎり切符と宿は取れた。

宿泊先は、然別湖畔に1軒しかない然別湖畔温泉「風水」である。

 

このホテルが実に親切で、JR新得駅まで送迎までして頂いた。

やや高齢のドライバーがこれまた親切な人で、往復のルート上にある施設など

観光案内までして頂いて、標高800m(道内最高標高の自然湖)の然別湖の立地条件などが

よく理解できた。

 

 

新得から然別湖に登るルート上にある扇が原展望台から東に十勝平野を望む

 

44年前には、然別湖畔にあったユースホステルに連泊して

白雲山と天望山に登ったあとに東雲湖に降りるルートを行った。

 

その当時のユースホステルは現在では建物ごと取り壊されていおり、

ホテルマンに聞いても、現在のネイチャーセンターの場所にあったと聞いている

という答えしか帰ってこない。

やはり半世紀近い時間はとても長いのだ。

 

送迎のドライバーだけが、当時から若くはなかった亡きペアレントの男性を

知っておられた。

「とても親切な人でした」と言ったところ、

「話の面白い人でした」と返ってきたが、今のホテルのメンバーにもその心意気は

受け継がれていると思った。

 

もう年なので、昔のようにこの季節に白雲山に登るだけの元気はない。

尻込みする家内を何とか説得して、然別湖畔から東雲湖に往復することにした。
 

 

然別湖畔から東雲湖へのルート

ホテルから登山口(南のくびれの部分)まで車道を20分

湖畔の岩と木の根の道を70分(実際にゆっくり歩いて90分)

湖畔から東雲湖まで軽い登りを20分

 

この日に出会ったのは、男性1人が2組、家族連れが2組とカヤックで来ていた2人であった。

然別湖畔からガイドさんとカヤックで対岸まで行くのが、最も歩くのが少なくて楽である。

冬期にはスノーシューズで凍結した然別を横断して行くことも可能らしい。

 

 

霧で湖面が見えないが、この標識から10mくらい下に湖面がある。

熊笹が茂っており、ダニも多いらしく道もないので、湖面にいくのは覚悟がいるので行かず。

 

標識の手前から東雲湖を望む 2018年8月13日 10:50撮影

 

2013年に行かれた方のブログの写真では、木々に妨げられてほとんど湖面が見えないが、

2017年の強風で手前の木々が軒並み倒れて、展望が開けたそうだ。

東雲湖から然別湖までは細い流れがある谷になっており、霧の通り道になっているため、

小一時間の滞在中にも刻一刻と湖は表情を変える。

 

これこそわたしが44年前からずっと脳にメモリー保存してある映像の具現である。

自分の脳にある映像と完全に一致した。

 

昨年の強風で手前の木々があらかた倒れてしまい、湖面への眺望が開けたのは僥倖である。

この日(8月13日)が曇りながら天気に恵まれたのも幸いであった。

翌日を予備日にしていたのだが朝から雨で、1日ずれたらこの映像を脳に上書きすることは

叶わなかった。

 

だが、今回の旅行の目的はもう1つあった。

鳴き声は聞こえるものの、臆病なので滅多に目にすることがないエゾナキウサギに

出会うことである。

東雲湖の西岸は、全国でも珍しい「生きた化石」ナキウサギの生息地なのである。

 

うちでもうさぎを飼っていたので、基本的にうさぎは鳴かないのは知っている。

しかしナキウサギは「チッチッ」という甲高い声で鳴く。

山に入ってわかったが、事前にその鳴き声を知っていないと鳥の声と区別がつかない。

 

ナキウサギの糞 小さくて丸い糞の塊は明らかにウサギのものだ

 

東雲湖に至る道の右側はがれ場になっており、岩の隙間にナキウサギが住んでいる。

観察力に優れた家内が、湖の手前の岩場で塊になった糞を見つけた。

鳥の声に混じって、確かに鳴き声がするようだ

・・この時点ではどれがナキウサギの声か定かではなかったのだが。

 

東雲湖畔のエゾナキウサギ

 

小一時間の湖畔滞在の最後に、ハムスターくらいの大きさで耳が短い小動物が現れた。

確かに目の前で「チッチッ」と鳴きながら跛ねている。

数分間すばしこく動き回ったあと、木々の中に姿を消した。

 

東雲湖の水深は1m程度らしく、流入する流れも無いので、

数年で消滅するのではないかと10年くらい前から言われている。

ロプノールとはだいぶスケールが違うが、自然とはそういうものだろう。

 

この湖(もはや池)が完全消滅したら、この場所を訪れる人はもっと少なくなり、

天望山への登山者くらいになるであろう。

まさに秘湖の名にふさわしいではないか。

 

 

 


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リエゾンのメインデザート カルダモンのアイスクリーム 2018年8月4日

 

先月から診療所開院後18年目に入ったが、困ったことに患者が減らない。

どこから湧いて出るのか、連日新患がやって来られる。

エントロピーが増大するのと同じなのか?

ありがたいと言えばそうなのだが、個人の能力と時間には限界がある。

 

1人1人にかける時間が長く、設備投資も大きいので、経済効率は悪い。

どこかでフェードアウトをしたいと思っているのだが、どうなるのだろうか。

 

とか言いながら、最近けっこう外で食事する機会が徐々に増えている。

ポワンが閉店して知らぬ間にリエゾンになって気づかずにいたが、

5月に再訪しだしてからすでに5回訪問した。

ワインを持ち込めるのがありがたい。

 

西天満にあったアキュイールの時代からほぼ10年になるが、その10年は

中多シェフの進化を実体験してきた時間であった。

あえて初期のアキュイールの弱点を指摘するとすれば、デザートの完成度ではなかったか。

 

ポワンが閉店になった昨年には、料理はもちろんのこと、デザートも飛躍的に洗練されて、

完成度の高いものになっていた。

 

出崎シェフのリエゾンになって、明らかに中多シェフと異なった個性が見られる。

その最たるものが、このデザートの「色彩」だ。

 

こんな美しいデザートは見たことがない。

果物とアイスクリームとそれらを彩るパステルカラーの食材の色彩が見事である。

 

フロアの大林さんに、「これは誰が作ったの?」と当然聞いてみた。

女性のパティシエでもいるのかと思ったらそうではなく、出崎シェフ本人だそうだ。

 

見かけによらないと言ったら失礼だが、このシェフは有名なイラストレーター永田萠さん

顔負けの色彩感覚の持ち主ではないか。

永田萠さんは旧知の友人だが、一度感想を聞いてみたいものだ。

 

 

 

 

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