夜分恐れ入ります、ぐりっど洛西のKと申します。
昨日のぐりっどの忘年会前に、
社会福祉士の研修に顔を出しておりました。
その中で、“今後福祉の研修を開催していく中で、どのような研修が受容あるのだろうか”
という問いかけを頂きまして、グループワークで考えておりました。
◯福祉現場で働いている方が、独立開業していくにつれての福祉経営に関する研修
◯新人研修で、良い職場環境づくりという意図でアウトドア研修(一緒にバーベキュー等を楽しむ)
◯ダブルジョブ研修(同じ法人で、介護職として入職したが、途中から週1回程の事務等の他職種経験ができる制度)
あたりが上がりました。
多方面からのご意見、なかなか斬新なものが多く昨日は大分疲れましたが私自身アドレナリンが出ていた1日には相違ないです。
研修の在り方、事業所内や外に関わらずこの先アイデアと受ける方々の受容を検討していかなけれ ばなりません。
論理的思考を働かせなければならないとき、
『〜しなければならない』という場面に立っているとき、
私はなるべく、適当になることをイメージします。
固くなるほど、自身の能力を発揮できなければ、またいつもの私らしくいることができません。
“当たり前の犠牲者”にならないために、
厳しい局面でこそ、テキトーでいられる肝の強さを持つことは、今の社会で大切なことなのではないかと感じます。
そうしたときに、水平思考(ラテラルシンキング)という考え方が役に立ったりしますの で、
またこの思考法を後日ご紹介していきたいと思います。
日常生活の中で、ほとんど多くの方が求めている感覚が、
「楽」と「楽しい」の2つであるのかもしれません。
そして、多くの方が、楽を求めてなお、楽しさも追及する方をお見受け致します。
少し難しい表現を致しますと、
「楽しい」を得るためには、「楽」を支払わないといけません。
また、「楽」でいられるときは、「楽しい」という心地に達することはありません。
しかし、「楽」を捨てさえいえば、必ず「楽しい」が得られるとは限りません。
「楽」を支払って、「苦しい」に達するかもしれませんし、「辛い」状態にいるかもしれません。
その状態から、ひとつ環境か何かを変化させた形に「楽しい」という感覚を得られるのだと思います。
かといって、常日頃に「楽」を支払い続けると今度は現実問題、身体に影響が出ます。
時に楽をして、時に楽しいを求めて。というバランスを持った生活の質(QOL)を求めることが、人の生き方なのかなと私は考えます。
具体的な意見を述べますと、
ゴールが「楽」ではなく、あくまで間に挟みつつ、「楽しさ」を追求する形。
「楽」をゴールに据えておくと、人間特有の幸福感が薄れていくのだと私は思います。
あなたが今いる環境や行動が、苦しいとき、辛いとき。それが「楽しい」に変容する要素であるならば継続の忍耐が良しなのかもしれませんし、
その先に何もない、苦しいとき、辛いときならば、何らかの方法や支援を受けて、その環境や空気、心の状態や考え方の世界観を変えていきましょう。
また、間に「楽」な要素を取り入れながら小休止して、あくまで「楽」に留まり続けることじゃなくて、再度「楽しい」を求めて活動することを選択すること。
一人で不安なのであれば、誰かに頼って気力をもらうこと。
それを提供できるのが、福祉職である我々なのだと胸を張っていきましょう。