海外へ行くと、みんな後ろに目が付いているように、自分の背後を気にします。普段から、後ろを気にしているか、いないかで危険度が大きく違ってきます。車を運転している時には、しょっちゅうバックミラーやサイドミラーで後ろの車の動きを気にしているわけですが、歩いている時にも同じように後ろの人の動きを気にする必要があります。
例えば、買い物でスーパーやホームセンターなどの混雑している店内を歩いているとします。その時に、自分の後ろから誰かが来たら、その人が通れるように道を空ける必要があります。自分の買いたい物を探すのに夢中になっていて、ぜんぜん後ろを気にしない人が多いのがこの国の特徴です。いつ敵が襲ってくるか分からないような、緊張感がまるでない、子供のような大人があふれている国です。
8月は日本ではお盆の習慣があります。都会ではあまり見かけなくなった行事の一つですが、田舎ではまだ根強く残っている風習です。この時期になると、先祖の霊がこの世に戻ってくるという迷信を信じているのです。日本だけではなく、海外でもハロウィン祭などがあって、死んだ人の霊が地上に戻ってくるという考えは、もともと人の心に霊というものがあるから考えるのかも知れません。けれども、人の霊はこの世を去ったあとは、2度とこの世には戻って来ません。この世にいるのは、悪霊と言われる悪魔の霊です。ですから、お盆などの行事をして呼び寄せているのは、先祖の霊などではなくて、悪魔を呼び寄せているのです。供え物をしたりして、祈っているのを喜んでいるのは、悪魔です。この時期には、世界中の悪魔が日本に集合して、大宴会をしているのです。ですから、事故や台風や地震などの災害が頻発するのです。悪霊は人の心に入り込みますから、犯罪も多くなり、死ぬ人が増える時期です。
海外から日本へ来たり、海外から日本へ戻ってきた人で、特に交通の不便な地方都市に住む人にとっては、自動車の運転免許がどうしても必要になります。車は生活手段だからです。都会に住んでいると高い駐車場代を払わされて、その上に毎年高い所得税を払うので生活に余裕のある人しか持つ必要はありません。

実際に現在日本の運転免許制度は、どのようになっているのかを紹介します。

まず、海外に住んでいたときに車を運転していた人の場合ですが、日本へ来て免許証の書き換えをすればいいと思うのですが、そう簡単には行きません。免許証の書き換え時に、学科試験とさらに実技の試験を受けて合格する必要があります。以前は、自動車の免許を取りやすいハワイなどへ短期滞在して、日本へ戻ってきて書き換えをするだけでいいという時代がありました。こうした人を防ぐには、その国での一定期間の運転経験を調べるだけで済むと思うのですが、そうではありません。運転免許センターでの厳しい学科と実技の試験に合格しなければ、海外の免許証を書き換えられないようになっています。日本のやりかたは珍しいのです!

次に、海外から来た人が日本で運転免許を新しく取る場合はどうでしょうか?これがまた、ものすごく大変です。自動車学校に通うわけですが、英語で教えてくれる教習所は、都会にはあっても地方都市にはまずありません。ということは、日本語である程度会話できる必要があります。次に学科試験ですが、日本語の試験問題を読むことは不可能ですから、英語でのテストを受けることになります。実技試験になんとか合格できても、日本の学科試験は、日本人でさえ合格できないほど難しいので、この難関を通り抜けるのに、何回も追加料金を支払って(現在、1回の受験料は5千円から1万円します)、自動車学校を卒業します。それから、さらに運転免許センターでの最終の学科試験があります。これも英語で受験するわけですが、さらに難しい試験です。そして落ちるたびに受験手数料として¥2500くらい支払う必要があります。

実際に、運転免許センターでの外国人の受験状況を見る機会がありましたが、全受験者の10%くらいいた受験者のほとんどが不合格でした。これは言葉の違いと言う不利な条件を持っている人たちにとって、明らかに不平等な扱いです。


この世では、いつもいろいろな災害や危険がやってきます。日本は地震が多いので、大地震があるとみんなが避難しなければなりません。そんな非常事態に、誰を優先して助けるかということです。一人一人の個人を大切にするのか、国という組織を大切にするのかを考えてみると、日本は国の組織が動き始めると、それが優先になります。一番弱いものから順番に助けるということは、自分の力では動けない者や自分では助けを求めることができないものです。
権力や財力を持っている人たちは、自分の役割をはっきりと認識する必要があります。
日本の都会暮らしをしているとあまり気づかないのですが、自然に囲まれた田舎で暮らしてみると、日本は本当に農業に適した国であることがよく分かります。四季があって、海に囲まれて山や川の多い地形は、昔の人が瑞穂(みずほ)の国といったように、水を大量に利用する稲作にぴったりの国なのです。自分の家で食べる分の米を自分で作ることができれば、生活していけたのがよくわかります。どうして、この大切なことを忘れてしまったのでしょうか?景気が悪いとか、生活が苦しいと言っていますが、この国に住んでいる人々が本当に暮らしやすい豊かな国になるにはどうしたらいいのでしょうか?答えははっきりしています。この自然を利用することです、農業国として林業国として生活していくことです。
日本は、いろいろな面で先進国とはいえない部分が残っていることに気づきます。その一つが住宅事情です。まず家の価格が高すぎます。土地の値段が高いだけではなく、家の建設費が高すぎます。そのために、1戸建ては手が届かないため、共同住宅であるマンションもべらぼうに高いのです。その結果、家を購入できない層は、借りるわけですが、家賃がまた高いのです。それも、海外の家のように広々としたプールと庭付きの住宅であれば納得できますが、うさぎ小屋かニワトリ小屋のような狭くて、ベッドルームが2つで、トイレが1つしかない仮設住宅のような間取りの家です。そして、高いお金を払って、家を購入しても、車と同じように買って1年もしない内に、その財産価値はどんどん下がっていきます。理由は簡単です。住宅に関して、国が正しいことをしていないからです。それと、悪いことをしている人々に気づかずに、それを許しているからです。庶民とか国民と呼びかけている、その人々が悪いのです。
海外から日本に来た人は、日本人がとてもじろじろと見ることにいやな感じがすると思います。まるで、珍しい動物が歩いているように、いつまでもじっと様子をうかがっています。一昔前までは、日本人はとても礼儀正しいと言われていたのですが、最近は冷たい人種という印象を持たれているようです。
カナダに住んでいた時に、カナダ人(と言っても、100の民族が集まっている国ですから難しいのですが、先祖がヨーロッパから移住してきた白人系の人たち)は、他の国の人をじろじろ見たりすることは、決してありませんでした。まったく初めて出会った人にでも、気軽に挨拶をしたり話しかけてきたりします。
この差はどこからくるのでしょうか?大きな原因は、最近の日本人が自己中心で相手の気持ちを理解しようとしないところにあるようです。狭い国土に大勢の人が住んでいて、ほとんどが日本人ばかりですから、少しでも他人と違っていることをとても気にするようになったのだと思います。でもどうか、パリサイ人のような日本人をゆるしてください。

海外から日本へやってきたり、海外から日本へ戻ってきて、いいキリスト教会を探すのはとても大変です。自分たちも2年前にカナダから日本へ戻ってきて、カナダで通っていたような聖霊派の教会を探し回りました。インターネットで探したりしました。でも、実際に牧師さんの話を聞いてみると、普通の福音教会だったりして、がっかりしました。教会の規模が大きいとか、信者が多いとかいうのは、まったく関係のないことだというのが分かりました。一番大切なのは、キリスト様がそこに臨在されていて、愛にあふれた教会であるかどうかです。もちろん、羊飼いとしての牧師さんの働きも大切です。
関東地方に住んでいる方には、いくつかのいい教会がありますので、紹介しておきます。
・埼玉県越谷市にあるビクトリー・キリスト教会
・横浜市元町にあるワードオブライフ横浜教会
・中央線三鷹にあるチャーチオブグローリー
・神奈川県藤沢市にあるアメージンググレースチャーチ

最近の日本の住宅のデザインをみると、ほとんど何も考えられていないように感じます。もちろん、建築家がデザインする場合もあると思いますが、デザイン感覚がほとんど感じられません。そして、家を建てたり、購入したりする人にデザイン感覚が無いことが問題です。高価な物を使ったからといって、デザインがよくなければ、何も価値がありません。ダイアモンドを、立方体にカットしたら、輝きも少なくて宝石としての価値が無いのと同じです。住宅のデザイン感覚を磨くには、いい物を数多く見ることです。逆に、デザインの悪い物を見ないようにすることも必要です。デザインの中には色彩も含まれます。カラーの組合わせは、とても難しいのですが、いい組合わせと、そうでない物とでは受ける印象がまったく違ってきます。日本人にとって、カラー感覚は子供のころから抑えられてしまっています。男の子は青や緑系統で、女の子は赤や黄色系統などのように、決められてしまっていて、自由に自分の好きな色を選ぶことさえ許されません。こんな環境の中で育てば、カラー感覚が発達しないのも当然だと思います。

このブログには、2年ほど書き込んでいませんでしたが、最近になってアダルトサイトからのコメントが書き込まれるようになって、もうブログをクローズしようかと思いました。とりあえず、余分なコメントを削除して、もう少し続けようかと思っています。せっかく見てくださった方に、お礼も言いたいと思っています。

そして、このブログに変なコメントをつけてくる人には、神様の裁きがありますようにイエスキリストの御名で祈ります。アーメン