いろいろな外国の人と話をしていると、日本人はとても特殊な国民性を持っていることに気づきます。それは、海外などで暮らしたり、外国人と親しくなって話すことで気づくことで、日本の中で同じ民族同士で付き合っている時には気がつかないことです。どうしてそのように特殊な国民性になったかといえば、やはり島国で外国から孤立していて、ちょうどガラパゴス島に住んでいる動物たちのようです。外敵から襲われる機会が少なく、地震や台風などの災害はありますが、他の国の人がやって来る機会が少なかったからだと思われます。
例えば、日本人は農耕民族であるからだけでなく、何か環境や社会的な異変に対応するのが非常に不得意です。はっきり言うと、すばやい決断力が乏しく、とっさの行動が苦手です。それでも、自分の周囲の人がみんな同じようであれば、問題はあまり起きません。ところが、国際社会に出て行ったり、外国人を相手に何かを進めていく時には、ペースがとてもスローで、相手に対して負けてしまうことが多いのです。
日本では、沈黙は金とかしゃべらずに黙っていることが、いいと言われています。相手の言うことやすることを見て、自分の行動を決めるという場合が多く、相手と同じことをして、それを競争するという考え方です。小さいときから、勉強や運動などで競争するのが好きですが、それは相手と同じ土俵で争うだけなのです。相手と違ったことをしていたら、そうした競争にはならないわけです。
いつも相手の様子をうかがっている国民ですから、相手の言うことや行動で、その場を判断するのが得意です。テレビやラジオ、新聞などから、人がしゃべっていることを情報として取り込むのが得意です。そして、自分自身がしゃべったり、行動することは、相手の情報をまねているだけです。それは、自分自身の独自の考え方を持たなくてもいいからです。
ところが、ほとんどの外国人は、自分自身の特徴を見つけて、自分独自の考え方を小さいときから持つように教育されてきています。ここが日本人とは大きく違うところです。日本人は、アイデンティティーやコンセプトが無いと批判されるのは、実はこんなところに理由があるからです。


あなたは、自分の判断をする時に、何を基準にして判断していますか。その場面によって違うと思いますが、とても重要な決定をする時はどうしていますか?例えば、病気になった時には、病院へ行って医師の診察を受けて、その医師が信用できるなら、その言葉を信じて治療を任せているのではないでしょうか。何か高価な品物を買う場合には、いろいろな情報を集めたり人の意見を参考にして、それを信じて判断しているのだと思います。
自分の信条(生きていく道)はどうでしょうか?過去の恩師や先輩、有名な偉人、偉大な哲学者、天才達、そして自分の親の教えてくれたことなどを基準にしているのではないでしょうか?
でも、どんなに優れた人の意見や考えであっても、常にいつの時代にも当てはまるとは言えません。新しい事実の発見や、新しい技術の発明で、それまでは不可能であったことが可能になるからです。
それでは、何が正しいことで、何を信じればいいのでしょうか?普通の人は、12歳くらいの時に自分がどうして、何のために生まれてきたのだろうかと考えると言われています。その時に、適切に親や教師がアドバイスできれば、その後の人生が大きく変わります。有名な科学者である、アインシュタインも言っているように、この世には人が考えもおよばないような整然とした力が働いているのは事実です。その宇宙を動かすことのできる力を持っているのが、神様なのだと気づくことが必要です。そして、自分自身が生きていることも、神様の限りない支配のもとにあるからです。
太陽と空気と水がなければ、5分と生きてはいられない生命ですから、信じないわけにはいきません。そんなものは、何億年も前から自然に存在しているのだと思っているかも知れませんが、それでは、どうして人類がこの地球上にいる必要があるのでしょうか?偶然にこうした環境ができたわけではありません。アメーバーのような生物から進化して、今の人間になったと信じていますか?どうして、そんな風に進化する理由や原因があるのでしょうか?
神様の言葉を集めた聖書には、このことが最初にはっきりと書かれています。神様は、自分と同じ姿の人類を自分の息子や娘として作り、いつか一緒に地上で暮らしたいと思われたからです。
日本は地震国ですから、いつ大地震が襲ってきても不思議はありません。それで、非常時に持ち出す物を用意するように、いろいろなところに書かれています。貴重品や預金通帳、お金、非常食料品などをバッグに詰めておいて、いざという時にそれだけは持ち出そうと考えます。
けれども、一番大切なことは、自分自身と家族のいのちを守ることです。それ以上に大切なものはありません。他のものは、何とかなりますが、いのちを失っては何にもなりません。非常時に持ち出す物は、自分と家族のいのちで、それ以外は持って行く必要はありません。
海外で生活するには、その国の言葉を覚える必要があります。英語やフランス語、スペイン語、中国語などいろいろな言葉がありますが、日本語を話す人は、日本人の他にはわずかしかいません。昔、アメリカのミネアポリスに出張していた時に、友人が通っている大学でやっている日本語講座に出席したことがあります。先生はアメリカ人ですが、みんなとてもうまく日本語を話していました。会話が中心ですから、アメリカ人にとってはやさしいと思いました。
日本では、中学くらいから英語の勉強をするのですが、何年たっても話せる人はわずかしかいません。英語の放送や映画を聞くこともできません。これでは、英語の勉強をしている意味がありません。
日本の政府に望みたいのは、英語教育の見直しです。現在の教科書で読み書きを中心に教えるやり方を止めて、もっと実用的な(日本の義務教育のほとんどに言えますが)教育をして欲しいのです。具体的には、会話を中心にすることです。例えば、自分が海外から来た人に日本語を教えるとしたら、一番生活に必要な言葉から教え始めると思います。毎日の挨拶や、相手に何かを質問するとき、頼むとき、助けて欲しいときなどの会話です。これを覚えれば、日常生活をしていけるという、最低限の言葉を教えることです。
日本の英語検定などをいくらやっても、この資格は海外では通用しません。しゃべれない(聞き取れない)英語の検定など意味がありませんから、やめたほうがいいです。
自分が育った時のことを思い出すと、人と同じようにすることを教えられてきたように思います。幼稚園や保育園から始まって、他のみんなと同じようにしないとダメと言われて、成長してきたわけです。小学校も中学も、みんな同じで、他人と同じようにできないと失格となります。そのための試験、テストの連続でした。こんな日本の仕組みが、一人一人の個性や考え方、才能の芽をつみとっているのです。まるでどこかの独裁国とよく似ている思いませんか?
人とは違っていることを大切にして、そのことで世間から笑われてもばかにされても、気にしないことです。そうしなければ、これからの国際化の波に飲み込まれてしまいます。
ハロウィンが日本へ入ってきて、本当のことを何も知らない日本人はすぐにだまされていますが、ハロウィンは危険な祭りです。なぜかというと、日本のお盆のように、霊を呼び寄せるからです。それも、日本のように先祖や親兄弟の霊ではなく、もっと恐ろしい霊を呼び寄せる祭りだからです。そして、かぼちゃをくりぬいて、目や鼻や口を付けるのは、殺された子供の頭を飾っているのです。自分も知らないでカナダに住んでいた時に、ハロウィンでお菓子を集めに、暗くなってからやって来る子供たちの相手をしましたが、このことを知ってからは、もう子供たちが来ても何もしないことにしました。日本では、昔は「ひとさらい」と言って、小さな子供を誘拐する犯罪があったのですが、今はカナダやアメリカなどで、ハロウィンの時に子供を誘拐したり、毒入りのお菓子を与える犯罪が増えています。やがて日本でも、こうした犯罪が入ってくるでしょう。
日本の道路には、必要のない余計な標識があふれています。そして、本当に必要な標識がありません。「後部座席のシートベルトをしましょう。」とか、「ETCを通過する時には20km以下で。」とか、「雨に注意」、「霧に注意」、「スピードに注意」など数え上げたら限りないほど不要な標識がたくさんあります。その一方で、初めて知らない土地を車で走る時に、行き先の表示の分かりにくいのと、必要なところに行き先表示がないことです。地元の人や、すでに道路地図が頭に入っている人は、行き先表示は使いません。本当に必要としている利用者の立場をぜんぜん理解していない感じです。それなら、どうしたらいいのかですが、先進国(日本は後進国です)を見習うことです。海外にあって、日本に無いものがたくさんあります。例えば、交差点での常時右折可です。日本では左側通行ですから、常時左折可となります。正面の信号が赤でも、確認していつでも左折ができる仕組みです。これで、交差点での交通渋滞が緩和されます。そして、カーブでの制限速度表示です。日本のカーブでの表示は、半径を何メートルと表示していますが、これでは何の役にも立ちません。カナダなどでは、急カーブのところには、40kmとか、60kmという制限速度の表示があって、この速度で走れば安全に曲がれることが分かります。実際に、すべての車がこの速度まで落として走っているわけではありませんが、とても分かりやすい標識です。
日本は55年前に第2次世界大戦に負けて、それまで以上に貧しい国となりました。物質的なこともそうですが、精神的にもとても貧しい国になってしまったのです。心も、身の回りにもゆとりがなく、とにかく毎日の食料を確保して、生きつないでいくのが精一杯の毎日でした。そこで、どうしたら生活が楽になるかを考えたわけです。現在の中国や開発途上国とよく似ています。そして、安い品物を作ってアメリカなどに輸出して外貨を稼いだり、海外移住して一旗あげるなどの手段に頼ったわけです。その10年後に経済が回復して、少し生活が豊かになると、すぐに過去のことを忘れてお互いに競争しあうようになりました。貧しかった時には、お互いに励ましあって生活してきたことを忘れてしまったのです。
その結果が、お金さえあれば、何でも手に入るし自分の好きなことができるという、お金に縛られた日本人を作り上げたのです。昔の人は、そういう人のことを守銭奴(しゅせんど)と呼びました。ケチで自分中心の考えに捕らわれている人のことです。お金でいのちは買えないし、本当の愛情も買えません。

海外から日本へ来ると、知らない日本人に出会った場合に相手から挨拶してくることはほとんどありません。そして、重い荷物を持っていても、道を探していても、声をかけてくれる人はめったにいません。犬を連れて散歩していても、よほどの犬好きの人でない限り声をかけたり、なでてくれる人はいません。自分の家族や親戚、知人、友人には挨拶をしたり話をするのですが、知らない人や特に外国人には心を閉ざしてしまいます。それが、日本人は冷たいと言われる理由のように思います。原因はいろいろあると思いますが、カナダで暮らしていた経験からすると、日本人の心には神様の愛がないからだと思います。神様の愛とは、イエス様の愛です。どんな人でも赦(ゆる)して受け入れるという、無限の愛の大きさを知っているか、知らないかの違いです。この愛が心にあれば、誰に対しても、何に対しても恐れることはなくなります。そして、神様によって作られて、この世に寄留者として仮住まいしている人々をお互いに愛し合えるようになります。
民主党が、いままでの悪政を行ってきた自民党に交代して、新しい政治を行おうとしています。今までの間違いを正して、隠されていた悪事に光を当てて、徹底的にクリーンな政治にして欲しいと思います。政治家ということで、権威を振りかざすようなことが、決してないようにしてください。自分たちの代表として選んだ人々です。そして、自分たちの税金で生活していることを忘れないようにしてください。
これからの政府に望むことは、山のようにありますが、一番大切なのは、弱い人や苦しんでいる人を優先して救うことです。財産や権力、地位というこの世でしか役に立たないものにしがみついて、口先だけで弱者救済とか言わないようにしてください。他の国の指導者の言うことに気を使って、びくびくしないでください。そうした指導者は、決して相手の国のことなどを優先して考えてはいません。みんな自分の権力や地位が大切だと考えているのです。
ます最初に望むことですが、
税金については、生活に最低限必要な食料品や光熱費、ガソリンなどに消費税をかけないでください。その代わりに、お金に余裕のある人から必要な税金を取ることです。一律に5%とか7%とする必要はありません。そして、納税は勝手に給料などから天引き(この言葉は、いやですね!)するのではなく、個人が申告するようにしてください。
自動車税も廃止してください。どうして車を買うときに税金を支払って、さらに毎年税金を払う必要があるのでしょうか?交通の便の悪い地方都市では、車は生活必需品です。それに固定資産税のように、毎年税金を、それも一律にかけるのはどう考えてもおかしいことです。そうではありませんか!