暴走ピノキオ 文学・音楽・地域研究

暴走ピノキオ 文学・音楽・地域研究

大学の専攻は地域研究だったが・・・

好きな音楽 BLANKEY JET CITY ,Donald Fagen ,STEELY DAN、くるり,The chang 、AIR、ゆらゆら帝国、Theatre brook,MAD CAPSULE MARKETS,RadioHead,サニーデイサービス、The Chemical Brothers,Fatboyslim,Junior jack,Tom Waits,Joao Gilberto,Lenny Kravitz,Nirvana,Garbage,EGO-WRAPPIN,Daft Punk,Primal Scream・・・・・・


好きな本 ノルウェイの森、世界の終わりとハードボイルドワンダーランド、風の歌を聴け<村上春樹> 限りなく透明に近いブルー、コインロッカーベイビーズ<村上龍> 路上<ジャックケルアック> 夏への扉、月は無慈悲な夜の女王<ロバート.A.ハインライン> キリマンジャロの雪<へミングウェイ> 京極夏彦 全作品



 

テレビでもラジオでも毎日耳にする言葉「為替」

ただ実際に為替の定義を理解しているかといえば、そうでもなかったりする。

イメージするのは外国通貨と日本円とのレートで、特にドルに対して円が上がったとか下がったとかは話題になりやすいから、なんとなく理解しているつもりになる。

だが為替は思っていたよりも、もっと身近で江戸時代からすでに日本国内で始まっていたというのだから意外だ。

江戸時代は「大阪の銀遣い、江戸の金遣い」いわれ、大阪と江戸では大口取引で使われる貨幣が異なり、銀山が多い西で銀貨、金山が多い東で金貨を遣い、西と東で経済圏に違いがあった。

加えて庶民や小口の取引では「銭」が使われていたので日本では実際に3種類の貨幣が流通していた。

商取引で使用する貨幣が違えば両替が必要になり、また物理的にお金を運搬するにも盗難リスクが高くてできない。

となると為替手形の登場となり、江戸時代は両替商を経由してお金のやりとりをしていた。

つまり為替とは売買代金の受け払いを現金の移動をすることなく行う手段ということになる。

つまりクレジット決済もPayPayでの決済も銀行振込も為替だ。

 

★★★☆☆
 

               

 

北朝鮮からの脱北は、今ではほぼ不可能になってしまった。

 

ピーク時の2009年には2900人以上もの北朝鮮人が脱北したとされるが、年々、中国との間の国境警備が厳しくなり脱北者の数は減少した。

 

国境付近ではバッファゾーン(接近禁止区域)が設けられ、近づいた者を警告なしで即時射殺するようになり、また地雷が敷設された箇所もある。

 

脱北を許してしまった警備兵への厳罰も強化され、警備兵も増員された。

 

物理的に警備が強化されただけではなく、北朝鮮・中国の両国のハイテク監視システム(CCTV)の設置により監視は強化され、かつて警備兵と脱北ブローカーとの間での賄賂が脱北を可能にしていたが、監視カメラによって警備員が外部の人間と接触することができず、賄賂が事実上不可能になった。

 

このドキュメンタリーは、今よりも国境警備が緩かった頃に、北朝鮮から1000人以上もの脱北者を支援した韓国人牧師キム・ソンウンが実際に北朝鮮人一家を脱北させる実録のドキュメンタリー映画である。

 

祖母・父・母・幼児二人の5人家族の脱北を手伝い、中国国境にある川を渡り、中国からベトナム→ラオス→タイへ渡り、最終的に韓国を目指す。1万2000キロの脱出劇は生きるか死ぬかの紙一重の賭けだった。

 

もし家族が北朝鮮や中国当局にみつかり北朝鮮へ連れ戻されたら、政治犯収容所へ収容され、そこで人生は終わる。

 

政治犯収容所では地獄のような拷問があり、死ぬよりつらい経験をさせられる。だから収容されてしまった人は「殺してくれ」と懇願する。

 

北朝鮮を世界一大きな刑務所とするなら、政治犯収容所は地獄。

 

私が権威主義を危険視するのは権威を握った一部の人間が特権を手放したくないがために都合の良いルールを作り、それを破ったら極刑をもって処せられ、恐怖政治によって人が支配されるディストピアの国が出来上がってしまう懸念があるためだ。

 

人間は自分の欲望を最大限に実現させようとする生き物であり、独裁政治が成立してしまうと頂点にいる個人や団体の欲の最大化のために国民が奴隷になってしまう。そして権力の椅子を奪われないように法律を作り、権力構造をひっくり返そうとする者が現れると殺してしまう。

 

日本にも権威主義をかかげる政治家や政治団体はある。しかし、そういった政治団体を危険であると認識できる理由は歴史を知り、原理を理解しているからであって、わかってない人間に民主主義のありがたさは伝わらないだろう。

 

国民権力の上に国家権力を置いてはいけない。

 

日本人は北朝鮮を見てそれを学ぶべきだろう。

 

国民から主権を奪おうとする団体が現れたら注意が必要だ。

 

★★★★★

       

 

 

野口氏の著書を手に取るのは何冊目になるだろうか?

毎回毎回、こちらが知りたい事を先回りして本を発行されているので、必然的に彼の本ばかりを手に取っているような気がする。

今回も例に漏れず、日本の経済成長が鈍化した主な理由を調べていたら、本書にたどり着いた。

SNSを見ると日本の経済成長の停滞については的外れな見解が多く、素人の主観というものは思い込みによって非難したい者を叩くばかりで説得力がない。こういったSNSでのデマや陰謀論に巻き込まれてしまうと誤った情報にとりつかれて、おかしな行動を起こす人が増えてしまうのは困った状況である。

私が信頼する著者の分析では、日本の低成長は外部的要因として中国の工業化をあげている。

中国は年々、生産技術が進歩し、あらゆる製品の性能が向上した。それだけではなく、安価な人件費で安く大量に生産できるようになり、日本がそれまで優位性を誇っていた電化製品の輸出は中国との価格競争で敗北するようになった。

ここで日本の企業が失敗したのは中国製の製品との差別化ができなかったことであると著者は言う。

毛沢東時代までは経済政策が共産主義であったために、自由な経済活動ができずに経済力が育たなかった中国。だがその後を継いだ鄧小平は政治体制こそ中国共産党の専制政治を維持したままに、経済政策を共産主義から自由主義へと変革した。そのため経済合理性を伴った中国経済は瞬く間に飛躍し2011年にGDPで日本を抜き、世界第2位の経済規模にまで発展した。

1990年代に急成長を遂げた中国の工業は先進国(とりわけ日本)が製造していたものよりも著しく安い価格で輸出するようになり、先進国の製造業がそれまで占めていたシェアを奪っていった。

ここで日本の多くの企業は、新たな価値を有するような新製品の開発や中国製品との差別化を実現できず、中国製品との価格競争を強いられ衰退していったのである。

円安によって輸出量を増大させて企業利益を増やすことを目指した日本政府の円安誘導は90年代後半から行われるようになり、2001年以降、積極的に為替市場へ介入してきた。

しかし、それを支えたのは低賃金で働かされた労働者たち、とりわけ派遣労働者たちであった。人件費を抑え、低価格の製品を作り中国製品と競う状況となった。

高い失業率のヨーロッパ社会と異なり、日本の経済政策の基軸は「低失業率」。その方針と中国製品との低価格による製造コストが伴い、1996年の派遣法改正によって派遣社員を増やし労働者を維持しつつも低い失業率を保つようになったのである。


この失業者を減らす苦肉の策は、法律として恒久的に制定されたために増えすぎた派遣社員はそのままに一方の正規雇用は縮小されてしまった。この労働者の低賃金化は後の日本経済停滞化の主因の一つとなった。

これは経済の三面等価の原則(生産・分配・支出)に従って、「分配」が縮小され、縮小された分配によって「支出」(消費)が縮小され、消費の縮小が売り上げと利益を減らし、生産の縮小へと導かれてしまい、この経済の悪循環によってデフレーションが続いてきた。

中国の工業化・日本の低賃金・円安はすべて関係したものだが、日本経済の復活を目指す場合はここから抜け出すことにある。

日本の企業経営者の平均年齢は60代前半で、ほかのOECD加盟国と比べると顕著に高い。

新しいアイデアで経営を発展させるには、あまりにも高齢化しており、新しい価値を生み出したり、付加価値のある製品を製造するには期待できない。特にIT業界においては明らかで、日本はアメリカの後塵を拝している。

要するに日本の企業は全体的に硬直している。

 

だが、企業経営者の若返りやクリエイティブな事業の推進、労働者の賃金の底上げが日本経済の復興に不可欠なのは言うまでもなく、取り組むべき課題が明白である限り、日本経済が復活できる可能性は残っている

 

★★★☆☆

 

 

 世界の人類が現在のような人口分布となり、それぞれの民族を構成した歴史を省みると、それは侵略者による征服が繰り返され、あるいは疫病などによって人口が減少したところに入植者が現れ、先住民たちが駆逐されたという例が紹介されている。 そういった地域や国がそれぞれ異なった経路を辿った原因は、人々の生物学的な差異ではなく、環境の差異によってもたらされたというのが著者の主張である。 

 

 タイトルは「銃・病原菌・鉄」だが、それ以外にも家畜や食料生産、あるいは文字や中央集権的な政治権力というのも大いに影響している。 紀元前1万1000年前まで人類は誰しもが狩猟採集によって生活をしていた。そこから西暦1500年ごろまで徐々に農耕へと生活の糧が移行し、定住生活を営むようになった。その狩猟採集から農耕への移行速度がユーラシア大陸が速かったという理由が意外にも"緯度"であったようだ。

 

  今のシリア、ヨルダン、イラクなどがある肥沃三日月地帯から人類初の食料生産が始まり、速い速度で東へ伝わり、最終的には極東である日本へ伝わったのが紀元前1000年前からというのが学説なので、日本へはそれなりに時間がかかっているようにも思われるが、中国までは紀元前8000年頃に伝わっているので、ユーラシア大陸内で陸続きなら、やはり伝播速度は速い。 食料生産で重要なのが気温や雨量だが、緯度が北過ぎて寒いと育たない植物があり、また逆に南過ぎても暑さで育たない植物もある。縦に長いアフリカ大陸やアメリカ大陸よりも横に長いユーラシア大陸は同類の植物の育成をしやすい環境だったために食料生産技術が東へ速く伝播し、早い段階で文明が発達したようである。 

 

 その食料生産に重要な役目を果たしたのが家畜の存在で、特に顕著な5種類が羊・山羊・牛・豚・馬であった。 動物には家畜に向いている種類と向いていない種類があり、シマウマが家畜に向かない理由が気性の荒さとは思ってもいなかったのだが、確かに考えてみるとシマウマを飼育しているのは動物園くらいではないだろうか? 気性の荒さや扱いづらさ、または大量の餌が必要だったり、大人の大きさに育つまでにかなりの年月を要する動物も家畜としては不向き。

 

  農耕は家畜により合理的な食料生産が可能となり、食料生産ができるから定住でき、やがて持続的な定住生活は鉄を生み出し、武器や銃を生産するに至った。結局のところ文明の発達には環境が重要であり、すでにユーラシア大陸で食料生産を行い、中央集権組織があり、鉄製の武器などを生産する技術のあったスペインがアメリカ大陸を征服する経緯についてもスペイン側の武器・銃・騎馬隊が戦闘の主力となった。

 

  だが、武器以上にヨーロッパからの侵略者たちによってもたらされた疫病はアメリカ大陸の先住民が駆逐されてしまった主な原因で、実際には北アメリカの95%の先住民は疫病の感染によって死亡しているとのことである。 

 

 本書が再び注目された時期はコロナが流行した頃だったと記憶している。つまりコロナウィルスが蔓延するのと同時に日本では本書の内容に書かれているヨーロッパからの入植者たちによって持ち込まれてしまった病原菌などの感染症がアメリカ大陸の民族構成を変えた一つのきっかけであったことが注目されたのかもしれない。

 

★★★☆☆

 

 

書籍や新聞などの伝統的なメディアを主に利用する人々が結局はインターネットのみを情報源とする層よりも比較的正しい知識を得られる理由を確認していきたい。

 

これらは総務省の情報通信白書や各種調査・研究で裏付けられた傾向である。


まず、書籍や新聞は、出版社や新聞社の編集者・校閲者による厳格な事実確認、査読、責任ある制作プロセスを経て発行される。これにより、誤情報やデマが混入しにくく、比較的信頼できる情報源となる。一方、インターネットは誰でも匿名で情報を発信可能であり、ソーシャルメディアやブログなどのユーザー生成コンテンツでは信頼度が低く(総務省調査では、新聞の信頼度が約60-70%に対し、SNSや動画サイトは10-30%程度)、偽情報や偏った情報やデマ、意図的な思惑が働き、偏ったイデオロギーが拡散しやすい環境である。これにより、ネット中心の層は誤った知識を蓄積するリスクが高い。


また、書籍は一つのテーマを深く体系的に扱い、専門家による包括的な解説を提供できるので断片的な知識ではなく、論理的でつながった正しい理解が得られやすい。新聞も、プロの記者による取材に基づく記事が一覧性が高く、全体像を俯瞰しやすい。更に「費用」と「時間」と多大な「労力」をかけた記事が正確性や情報量で勝るのは必然。一方、インターネットの検索は速いが、ピンポイントの断片情報に偏りやすく、異なるサイトを跨ぐため一貫した知識の流れを把握しにくい。結果、ネット中心の層は浅い・偏った知識に留まりやすい。


更にインターネット、特にSNSや検索エンジンでは、アルゴリズムがユーザーの好みに合った情報のみを優先表示し、反対意見や多角的な視点を排除する傾向があり、偏った知識が強化され、正しい全体像が歪む。一方、書籍や新聞は多様な視点を含むパッケージ形式で提供され、意図的に幅広い情報を摂取しやすいため、バランスの取れた正しい知識が蓄積されやすい。


書籍・新聞利用者は、伝統メディアの特性から自然に批判的な読み方を身につけやすく、情報の質を慎重に評価する習慣がある。一方、ネット中心の層は速さと利便性を優先し、情報の真偽確認を怠りがちで、誤情報を鵜呑みにするケースが多い。調査でも、伝統メディアを信頼する層の方が正確な知識を持ち、社会的関心が高い傾向が見られる。

よって書籍や新聞を活用する層は、質の高い検証済み情報を基に深い・正確な知識を築きやすいと言える。ただし、インターネットも信頼できるニュースサイトなどを活用すれば補完可能で、両方を組み合わせるのが理想的だ。

 

伝統的メディアも広告主(スポンサー)に反する報道はできないので情報の公平性を欠くケースはある。しかし、それはネット記事やSNSも同様。

 

社会性の高い記事に関しては責任が伴いがちな伝統メディアのほうがネット記事や個人のSNSによる発信よりも正確性や理論的で包括的な理解を得ることにおいては圧倒的である。

 

SNSやYoutubeでわかった気になってしまうような新たな無知層の出現は、いずれ政治や社会に悪影響を及ぼすことは必至である。