果たしてどれだけの人が「民主主義」を正確に理解しているだろうか?「民主主義」ほど、その意味が一人歩きしてきた言葉を私は知らない。
「民主主義は多数決だ」「話し合いで決めるのが民主主義だ」など、認識が散乱している。
本書で語られている民主主義とは民衆が合議で決定する政治制度のように語られており、初期の民主主義は「集会民主主義」、5世紀から18世紀初頭までを「選挙民主主義」、それ以降を「牽制民主主義」と分類している。
だが、私にとって最も的確な民主主義の定義は、社会学者・宮台真司氏が語った「国民権力が上位にあり、国家権力が国民権力に従属している主従関係」である。
そして宮台氏によれば、民主主義の対義語が権威主義であるという。
本書では専制政治という政治用語が出てくるが、それも権威主義と相違ないものだと解釈している。
さて、記録に残る最も古い民主主義(集会民主主義)が始まったのはシリア・メソポタミアの都市だったという。(紀元前2500年)
近代の中東諸国は民主主義が成立せず、君主制やムスリム権力者が宗教的な権威で政治を行っているので意外に感じるが、メソポタミア地域は非常に早くから文明が発達した地域なので、よくよく考えれば不思議でもない。
私はギリシャが発祥だろうと思っていたのだが、ギリシャで集会が興ったのが紀元前650年前で、それから100年が経過してアテネで民主主義へ移行したというのだから中東地域の文明社会がいかに早かったことかが窺い知れる。
やがて人口が増えるにつれ、民主主義は代議制となり、社会の発展や拡大とともに民主主義もアップデートを果たした。
しかし、憲法や法の欠陥から民主主義は一部の政党や軍隊などに奪われ、国民が時の権力者の奴隷となった歴史もある。
日本は封建社会から近代化し大正時代には大正デモクラシーという民主主義への機運が高まった時期もあったが、満州事変から日中戦争、太平洋戦争へと向かう情勢の中、軍部が政治権力を握り、国民の拝外主義も加勢して大日本帝国憲法下で権威主義の一形態である軍国主義国家へと変貌を遂げたのである。
実際に日本が真に民主主義を手に入れたのは1946年に施行された日本国憲法成立以降であり、人権規定のある憲法第十条から第十三条が民主主義の根底となっている。
日本で生活していると民主主義は当然のものであると認識しがちではあるが、民主主義が機能するためには選挙権を持つ国民の教養のレベルや民度が非常に重要である。
よき社会への切望、平和な社会への希求という社会参画者たちの認識なくして民主主義は成り立たず、国によっては民主主義から権威主義へと戻る場合もある。
また広大な土地、多様な民族、様々な宗教を抱える国では民主化したとたんに民族や宗教ごとに分裂し内戦を繰り返し、小国を乱立させる事態になりかねない。そういった国の事情もあり民主主義がすべての国に適応できるわけではないことも考慮しなければならない。
もし仮に、日本国内において政治団体が日本国憲法の人権規定を削除しようとするならば、民主主義は危機に陥るかもしれない。
日本の民主制度が、いかに洗練されたものであるかについては、現代を生きる私たちが身をもって経験しているはずだ。
★★☆☆☆




